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23. 夏のあつさと名誉のかたち③

 大木に刺さったグレッグの大刀を、アリアとグレッグの二人がかりで強引に抜き取る。

 ミシッ、ミシッと木が軋み、悲壮な悲鳴をあげる。落ちる深緑の葉を頭から被りながらなんとか抜き終えると、見事に幹が半分切断されていた。

 じっと眺めているとぐらぐらと不安定に揺れている。それを見て、とりあえず話し合いが終わった後に教師に連絡しておくことになった。

 このまま木を放置してしまうと何らかのはずみで倒れてしまう可能性が高い。


 それほどの力を込めながら、手加減をしていたと述べるグレッグにアリアは引いたが、その男と引き合わせたノクラウトにはさらに引く。

 昔馴染みならグレッグの性格を多少なりとも知っていたはずだ。せめて一言何か伝えてくれても良いのではないか、とジト目で睨みつけるとわざとらしく視線を逸らされた。

 まあ、さすがのノクラウトも半分に切られた大木を見て、やりすぎだ。と、思ったらしく、今度何か埋め合わせをすることで今回の件は不問とした。


 グレッグが大刀を鞘におさめ敵意も戦意もすっかり無くなったことを確認し、アリアたちは木陰で腰を据えて話すことにした。

 濃い夏の影の下、アリアは主人であるノクラウトと第一騎士団団長であるグレッグ・ノイマーンを改めて前にする。

 彼はアリアと視線を交わすと、やはり人好きのする快活な笑みを零す。基本は気のよい人なのだろう。だからこそ、ノクラウトは彼に協力をした。



「――で。結局、実力の確認したいがためにこんなことをしでかしたのですか?」

「有体に言えばそうだな!」

「その程度のことに学園にまで来て……数々の勲章が泣きますよ……」

「構わん構わん。どうせこんなもの飾りだ」



 その「飾り」を得たいがために武功をあげようと画策している者がどれほどいるのか、知らぬ蒙昧でもあるまいに。

 勲章はグレッグの胸元に5つ飾られている。

 そのどれもに金糸の刺繍糸が美しく波打ち、国の紋章が威風堂々と主張していた。


 貴族名鑑に記載されている彼の武勲は凄まじい。

 国家転覆を計略した組織を一人で壊滅させたとか、人身売買組織を潰したとか、魔石の違法売買の組織を摘発したとか。まさしく国家規模の犯罪組織や重要人物を見つけては捕まえている。

 あまりの武功に、よほど頭の切れる人物なのだろうとアリアは思っていたが、本人を直に見るとその考えは霧散する。

 彼は間違いなく本能で行動し、本能で犯人を探し当て、本能でねじ伏せる猪突猛進タイプだ。


 彼と言葉を交わして気付いたが、グレッグは立場や位に頓着していない。

 勲章や飾緒を自慢げに見せることをせず、服の飾りとでも認識していそうな振る舞いだ。イリスの庭で飲み食いをする下級騎士のような人だ。

 アリアは少し考え、彼の隣に座るノクラウトを見る。



「……」

「……なんだよ」

「いえべつに」



 気が合いそうだなぁ、と思っていたとは口にしない。

 コホン、とわざとらしい咳払いをしたアリアは、ノクラウトからグレッグに視線を移す。



「で、自分の実力を確認したところで何だというのですか。やはり、殿下の護衛は第一師団関係者が望ましいということでしょうか?」



 グレッグの所属する第一師団は王族直々の組織だ。

 貴族や平民関係なくまさに実力者だけが揃う精鋭組織。

 そのため基本的に王族の警護は第一師団の人間が行うことが慣例になっている。

 ディーノの護衛であるスコットは父親が第一騎士団団長であり、彼自身が将来は第一師団に入るだろうと有望視されているため護衛として抜擢されている。


 学内の護衛は難しい。

 校舎の構造や仕組みの面もそうだが、何より護衛対象や護衛の環境的に難しい。

 同年代の令息や令嬢の集団のなか、厳つい騎士姿の男が帯同していると他の生徒や教師を信用していないと暗に明言しているに等しい。


 貴族の世界は複雑だ。

 体面と外聞を気にしなければ、たとえ王族であっても立場は容易く揺らぐ。年若い王族の側に厳つい騎士がいると、よほど学園を信頼していないか、よほど己の身が可愛いのかと揶揄される。

 王族にとって貴族に嘲笑されることは、信頼関係が構築されていないというだけではなく、反旗を翻される可能性も無きにしも非ずだ。


 だが、さすがに第一王子や第二王子に護衛がいないというのは危機管理の問題になる。

 そのため、王族には幼い頃に側近や護衛として共に育つ専用の友人が用意される。


 ディーノにとっては今のフィルディナントやスコットがそうだ。

 ノクラウトにとってはシルヴィオだろう。

 しかしシルヴィオは年齢が離れているため、ノクラウトと共に入学はできない。

 そのシルヴィオの推薦がありアリアの護衛は強引に可決されたが、本来ならノクラウトの立場にふさわしい者が護衛役になるはずだった。

 それは第一師団の関係者であり、ノクラウトと同い年か近い年齢の者だ。

 だからこそ、グレッグ自ら行動を起こしアリアの腕を確認しに来たのではないか。

 そう思ったのだが、彼はアリアの言葉を聞いても「なんじゃそら」と、どうでも良さそうな返事をする。



「んなもん、シルヴィオから伝令を受けている時点で腕の心配はしていない。アレはノクラウト殿下のことで嘘は言わん」

「えぇ……なら実力確認でなければ、なぜこのような暴挙に?」

「んー。ちぃっと、確認してから頼みたいことがあってな」

「頼みですか?」

「ああ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……閣下? あの、頼みとは……?」



 よほど言い難いのか。グレッグは口をモゴモゴと動かし、ああとか、ううとか。唸り声をあげる。

 先ほどまでの豪気な姿とはまるで違う。萎縮して、何か悪いことを隠している子どものようにアリアの目を見ようとしない。

 ノクラウトは話の内容を知っているのか、アリアがちらりと彼に目配せすると苦笑を浮かべている。

 護衛の件ではなく、ノクラウトの様子を見るに深刻な相談内容でもないらしい。もじもじと言いづらそうにされる相談内容に見当もつかない。

 頭を掻き毟り、項垂れる姿は第一師団団長と言われても困惑してしまう。その姿は彼を年相応に見せた。

 手に刻まれた傷と皺。垂れた眦にはいくつか皺がある。

 その皺を一瞬、悲しげに深めた男は決心がついたのか、気合を入れるように「ごほん!」と、大仰な咳払いをした。そして流れるような所作で両手を合わせて頭を垂らし、叫ぶ。



「頼む! 剣術大会に出て俺の倅を叩き潰してくれ!!」

「は?」



 その頼みは、訓練場の歓声によりかき消されたが間違いなくアリアの耳に届いていた。




 ◇ ◆ ◇





息子(アレ)の噂を聞いているか」

「……おおよそは」

「そうか、なら話が早い」



 顔を手で覆い、情けないと小声で漏らした男は先ほどのような快活な雰囲気を消していた。

 消沈した親の顔だ。そうさせている理由の噂を知っているため、アリアは口を挟めない。


 スコットの噂といえば悪評だ。

 その悪評を親のグレッグがどういう感情で飲み込んでいるのか、親の立場になったことのないアリアには想像しかできない


 スコット・ノイマーンは男爵令嬢に気に入られたいがために、彼女に貢ぎ、彼女の言葉に従い、彼女だけを愛している。

 “犬”のようだと評判だ。

 彼はフィルディナントとは違い、ノイマーン家の末子の次男のためノイマーン家を継ぐことはない。

 そのため剣術を磨き、将来は騎士として父親と同じように名を馳せると豪語しているそうだが、現在の彼は剣術や武術の講義をサボっている。

 アリアと同じように。



「良くも悪くも実力があるせいで、一ヶ月で騎士科全員を叩き潰したそうだ。そっから講義をサボって例の女のところに入り浸っているって話だ。我が子ながら忌々しい」



 一年、二年は剣術や武術は護身術程度の講習だ。

 理由として、体格の違いや性格的に暴力が苦手な生徒も合同で講義を受けなければならないからだ。

 本気で学びたい者は模擬戦を組んだり、剣術や武術の教師が指導する。


 ある意味、合理的だとアリアは思っている。

 剣術や武術の講義は学ぶ意欲のある人間にだけ学ばせる時間だ。

 意欲のない人間はアリアのようにサボる。

 この時間を勉学に利用するか、純粋にサボるかはその学生次第だ。アリアも読書にあて、隣国について学ぶつもりだった。


 しかし、三年時の騎士科の剣術や武術は違う。

 専門的な分野の座学も増えるが、騎士科の特徴といえば実習が増えることが挙げられる。

 実際に大型の獣の討伐に向かうこともあれば、盗賊が出たと要請があれば遠征に向かうこともある。講義のなかで実践経験を積む専門分野だ。当然サボると印象は悪い。

 いくら実力があろうとも、騎士団は集団行動を遵守しなければならない。長期遠征になれば慣れない土地、慣れない人間関係でストレスは蓄積する。

 その時にスコットのような輪からはみ出す人間が、精鋭揃いの第一師団に入団できるとは思えない。

 それも、彼の悪評は女性関係だ。心象は最悪だろう。



「失礼ですが閣下から注意を促されては……」

「恥ずかしい話だが、俺の言うことを全然聞きやがらねぇ。……長年放置していたツケが回ってきた」

「グレッグは遠征任務が多いから、家にいた時間の方が少ないんだ。スコットは末子だから尚更交流していないと思う」

「はぁ……。ですが、第一騎士団の入団条件を伝えれば行動を改めるのではないですか? スコット様の最終目標は第一騎士団ですよね?」

「ああ。けど剣術大会で実力を示されたら入団拒否はなかなか難しい。今回は陛下も観覧するしな。能力があり、家柄に問題がいない。女との関係程度では騎士団は目を瞑る。俺の一存で倅の入団拒否は出来ねぇ。相応しい者には入団させるし、相応の者は入団させない」



 だからこそ、グレッグはアリアに協力を願い出たのだろう。

 レーヴェルシュ嬢とのことでスコットは問題になっているが、講義をサボって彼女に会いに行く程度なら多くの人間が目を瞑る。

 学外にでている訳でもなく、悪い友人と会っているでもない。

 純粋な恋心故の暴走だということは、傍目にも理解できる。その男が追いかけている女性が第一王子のお気に入りであり、婚約者でもない女性だからこそ悪評に繋がっているだけで、ほぼほぼ無害だ。



(女性関係に問題があるといってもスコット様の片思いだ。レーヴェルシュ嬢はディーノ殿下が好きだし。問題行動をとっているとはいえ、講義をサボる程度なら今の騎士団に所属している人も心当たりがないわけじゃないもんな)


「これは俺が殿下に願い出た“わがまま”なんだよ。巻き込まれたお前には悪いと思うが、俺は今の倅が気に入らねぇ。努力が足りねぇって話じゃねぇ。道理がなってないんだ。自分の婚約者をほっぽり出して、よその女に媚を売りやがって。他の女が良いなら婚約解消を言えば良い。それをしねぇのが気に入らねぇ」



 心底腹立たしいという態度のグレッグにアリアは苦笑を漏らす。

 一本筋の通った人物であるグレッグにとって、今のスコットは確かに忌々しい存在に映るだろう。

 それをアリアに改心させようという点においては傍迷惑だが、理解できないわけではない。


(でもなぁ)


 剣術大会に出て息子を叩きのめしてほしいという理由は理解できた。動機もわかる。

 けれど、アリアは難色を示す。

 剣術大会に出て目立ちたくないという理由もあるが、そもそも実力不足だ。


 アリアは剣術を学んで日が浅い。

 シルヴィオという手本を見稽古で観察していたからこそ、同世代には勝ち星を得られているが、さすがに三年の騎士科に所属しているスコットには及ばない。

 グレッグには運良く勝てたが、それは地の利を活かしたからだ。

 グレッグ自身、普段利用していない大刀を振り回し、手を抜いて戦った。それなりのハンデをアリアは設けられていた。


 しかし剣術大会に出る人間は本気だ。

 それも一年や二年とは違い、騎士科の人間なら本気で優勝を目指すだろう。

 陛下の見ている前で勝ち星を飾り、表彰台で直接勲章を貰う。

 騎士としての大事な一歩。誰もが夢見る舞台だ。

 そこにポッと出のアリアが出場したところで、くじ運が良くても三回戦敗退程度が関の山だ。

 それでも良い方に見積もっている。最悪、初戦敗退でもおかしくない。



「自分では実力不足だと思います」

「そうだな。よくわかってんじゃねぇか。と、いうわけで! お前は今日から放課後、みっちり俺と剣術稽古だ!」



 あっけらかんと放たれた言葉にアリアは「そうですか」と、返し「え!?」と、叫ぶ。



「な、なぜ! 了承も取っていませんが!」

「了承なら殿下に取ったぜ? お前が俺に勝てば貸出してやるってよ」

「でーんーかぁー!?」

「頑張れアリア! 応援している!」

「とりあえずお前、次も剣術稽古サボれ! 俺が手ずから稽古つけてやる!」



 絶対嫌だ。と、言う間もなく「鍛えてやるからな!」と、豪快に笑いながらバシバシ背を叩くグレッグに青ざめ、救いを求めるようにノクラウトを見る。

 彼は気まずそうに目を逸らした後「骨は拾う」と、言った。心底同情した声音だった。

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