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16. 魔女のお茶会と甘い誘惑①

 静謐な夜に月明かりが瞬く。

 夜露に濡れる月は淡い輪郭を描き、悠然と輝く。ノクラウトの瞳によく似ていた。


 寮暮らしは想像よりも静かな夜を過ごすことが多かった。規則正しく寝食を送り、規則正しく勉学に励む。イースノイシュ家で過ごしていた時の延長のような感覚だ。

 平民の子なら賑やかな夜を好むが、良くも悪くも管理されている貴族の子は部屋のなかで夜を過ごす。

 上級生になれば寮から抜け出す人もいるらしいが、見つからなければ咎められることもない。寄付で成り立っている学園だ。よほど逸脱した違反行為でもなければ、口頭注意程度で始末をつけられる。

 尤も、アリアがそんなことを考えるのは、ノクラウトの隣室で過ごしているからかもしれない。

 低層階は子爵家や男爵家の令息が多く、彼らは平民寄りの思考の者が多い。寮を抜け出しやすい立地でもあるため、騒めきが起きてもノクラウトの部屋に届くことはないだろう。


 その静かな部屋にパチン、とひとつ音が落ちた。

 音の出所はノクラウトの耳たぶからだ。


 自分で開けるのは怖い! と、我儘を言うノクラウトに縋られ、アリアは彼の耳に穴を開けた。

 彼の瞳と同じ金色の輝きがそこにはある。

 ディーノが送った入学祝い。それは、眩いイエローダイヤのピアスだった。ノクラウトの月のような瞳と、射干玉のような髪によく似合っていた。



「どうだ、似合うか?」

「ええ」

「兄上のセンスは間違いないからな」

「そうですか」



 ディーノから貰ったピアスを鏡でチェックし、嬉しさを隠し切れないノクラウトを前に、アリアの心中は複雑だ。

 昼休みの経緯があり、いよいよディーノの考えが分からなくなったからだ。


 理性ある人、というのがアリアのディーノに対する印象だ。同時に腹が黒そうとも思う。

 街に住んでいたときに聞いていた噂話はやはりあてにならない。

 実際に見ると、誰もが色に狂った王子と称することはできなかった。


 腹に一物を抱えていそうな男がレーヴェルシュ嬢に対して見せる態度は、幼児を甘やかすものに似ていた。または、犬猫に対する愛情か。彼ら二人の関係は友人をこえ、恋人には至っていないと噂で聞いていたが、あれを恋とか愛で括るにはいささか乱暴な気がしてならない。

 腕組みや愛称を許容していたが、拒否をしていないだけで受け入れているとは考えられない。二人を間近にみて思ったが、レーヴェルシュ嬢の空回りにしか見えなかった。


 だが、そうなるといよいよ彼が彼女を甘やかす必要性が分からない。

 恋や愛があったなら逆に理解しやすかった。そうでなければ、ハーラシュ嬢が領地で静養している理由がわからなくなる。

 ディーノがレーヴェルシュ嬢に心酔しているように見えないのは、生来から落ち着いているからなのだろうか。落ち着いた態度でありながら、抱きついたり甘やかしたり、愛称を許容しているということは、やはり彼女のことを愛しているからだろうか。

 ディーノのことをよく知らないため、ぐるぐる考えたところでアリアには分からなかった。


 

「眉間に皺ができてる」

「いでっ」


 びしっ、と突かれた額を抑える。

 イエローダイヤモンドと月の瞳を同じように瞬かせながら、ノクラウトは苦笑を浮かべていた。


「ピアスに不審な点はないよ。これは純然たる兄上の善意だ。ピアスに関しては特に気にしなくていい」

(……一応調べたのか)



 アリアがディーノとレーヴェルシュ嬢に図書室で出会い、ディーノから入学祝いを受け取ったことを伝えると、ノクラウトはあっさりと嬉しさを全面に表していた。そこにディーノを疑う素振りすらなかったが、確認はしていたらしい。

 一応アリアも手渡す前に中身を確認している。イエローダイヤモンドのピアス。

 ノクラウトに似合いそうだな、と思ったことは記憶に新しい。



「それにしても、お前はやっぱり持っているな。兄上と会うのはもう少し先だと思っていた」

「え。いるのを知っていて送り出したんですか!?」

「当然だろ。無意味に放逐するわけがない。クラスメイトの中で兄弟がいる者がいてな、割と有名らしいぞ」

「……早く言ってくださいよ」

「言っても言わなくても結果が全てだ。兄上とレーヴェルシュ嬢にお前は会った、招待状と入学祝いをもらった。以上!」



 ニヤニヤと笑うノクラウトを前に口を噤む。若干イラついたが、確かに早かれ遅かれディーノとレーヴェルシュ嬢には会わなければならなかった。それがたまたま図書室という、アリアの好きな空間だっただけだ。



「ま、会えればいいなーって思ってはいたよ、でも初日に会えるなんてな。どうだった? 少しは話をしたんだろ?」

「どう思ったか……」



 ストロベリーブロンドの可愛らしい髪、大きなスカイブルーの瞳、小柄な体躯、華奢な姿、庇護欲を誘う儚さ。

 当人から吐き出される言葉は貴族らしからぬ快活なものだが、そこがいいと断じられてしまえば、まあそういう人もいるだろうとアリアは思う。

 可愛らしく、守りたくなる人。

 だから令息たちに人気がある。と、言われれば理解はできる。しかし全員が彼女を好きになるかといえば否だ。人の好みは千差万別。彼女のような人を好きな人もいれば、ハーラシュ令嬢のように古き良き令嬢を好きになる人もいる。だからこそ、この状況はおかしい。

 高名な親を持つ子息が誰も彼も彼女を好きになっている、状況。異常だ。



「怖い、でしょうか」

「怖い?」



 彼女自身の魅力で人に好かれていたとしても、魔法や魔術といった外的要因で好かれていたとしても、どちらにせよ、アリアにとっては恐ろしい。

 前者は呪いに等しく恐ろしい、後者はそこまでして人に好かれたいのかと理解のできない恐れだ。


 前者の人間をアリアはよく知っている。

 己の母の存在を思い出し、頭が自然に垂れてしまう。無意識のうちに人を魅了することは怖い。自分自身が望んでいないところで、人の感情を左右する。そして、人生すらも左右される。

 項垂れ、黙ってしまったアリアの頭を見て、ノクラウトは呆れの色を浮かべる。しかし、アリアはそれに気づかない。自身の足元を覗きこみ、思考の海に沈み込んだ彼女はじっと耐え忍ぶように握り拳に力を込めた。

 ノクラウトはゆっくり手を伸ばす。整えられはしていないけれど、輝きは当初より眩しくなったハニーブロンド。そこに、無骨な青年の手が重なった。

 そしてーー容赦なく頭を揺さぶった。



「イデデデデデ! 何するんですか!?」

「アリアが急に黙るからだろ」

「だっ、黙ったのは申し訳ありませんでしたっ、でもそれって頭揺さぶられるほど悪いことですか!?」

「お前に関しては悪いことだよ」

「理、理不尽……」

「理不尽なもんか。いいか、よく覚えておけ。お前は対人関係が底辺以下なんだ。目の前に人がいる時、悩んだら相談しろ。それがオレなら尚更だ」



 幼い頃から自分を偽り、九歳で親を亡くし、それから一人で生きてきた。

 頼るという行為をしたことがなく、自己解決で今まで生きてきたアリアにとって「相談」という言葉は、ポカンと口を開くほど惚ける言葉だった。



「あからさまに悩んでいます。って、態度でいながら口を噤まれるんだ。気分が悪い」

「それは申し訳ありませんが……そもそも、悩みの発端はノクト様の件から発生していますが?」

「だからこそだろ。お前は護衛ばっかり注視しているかもしれないが、そもそも側近なんだよ。側近の悩みはオレの悩み、オレの悩みは側近の悩みだ!」



 胸を張って「どうだ!」と、言わんばかりのノクラウトにアリアは数秒ポカンと口を開いてしまった。

 普通の王族が、たかだか側近を気にかけるはずがない。

 気にかけたとしたなら、幼馴染が側近をしているとか、師匠のような立場の者が側近をしているとか、長年の積み重ねがあってこそだ。けれど、アリアとノクラウトはたかだか数ヶ月の関係だ。だというのに、この甘い王子様は平然と悩みを聞くと豪語する。

 じわじわと、アリアは湧き出るものが堪えきれなくなる。

 ふ、と声に出してしまえばもう遅かった。



「ふ、はは、あはははは!」

「なっ、おい! なんで笑う!」

「いや、ははっ、我が主人は、ははっ、つ、仕えがいがあるなぁ、と」

「絶対に褒めてない! その言い方は絶対に褒めてない!! だーーっ! くそっ、せっかくいいこと言ったのに! もう良い、レーヴェルシュ嬢に関する情報集めてきたんだっ、聞け! おいっ、笑うな!」



 ひんひんとアリアが腹を抱えて笑いを納めている間、ノクラウトはアリアが図書室に出向いている時、知人から情報を入手したと語った。入手した相手は一個上に在籍する先輩から得た情報だ。

 それは、レーヴェルシュ嬢がすでに三年生の令息の七割を自らの味方につけているという、信じられない話だった。

 笑いは止まり、アリアは真剣にノクラウトの話に耳を傾ける。


 三年の令息はほぼ彼女の手中だが、令嬢は軒並み彼女を敵視しているらしい。

 だが、新興貴族の中で彼女は次期王妃として期待の星になっているそうで、新興貴族の令嬢は彼女を疎ましく思いながら容認し、古格貴族の令嬢だけに嫌われている惨状だ。


 けれど、二年の令息に関しては大半が彼女の存在に懐疑的だ。

 貴族として正しい振る舞いもできず、礼節を重んじていない。明るいだけの女性なら貴族の中にもいる。

 だから、上級生が彼女を囲う姿が理解できない者も多い。しかしそれも古格貴族だけの話だ。新興貴族は漁夫の利を狙う者も多い。

 レーヴェルシュ嬢のような男爵家の令嬢が王家と繋がりを持てるのなら、他家も彼女に追随するだろう。今までの貴族階級を破壊される未来が想像に容易い。



「二年には少ない……なら、やはり接する時間が多い人間が惑わされているのでしょうか」

「それがそうでもない。時間ではなく、キッカケだ、と。面白い話を聞いたぞーーレーヴェルシュ嬢の開く茶会は“魔女のお茶会”と、呼ばれている」

「魔女のお茶会……」



 魔女は隣国の魔法使いの女性を表すときに使われる。

 どうやらそのお茶会を皮切りに、彼女に好意を示す令息が増えることから嫌味で名付けられたらしい。

 実際は、参加者の中には令嬢もあり、全員が彼女に対して好印象を抱くわけではない。令息の中には、どうしてあのお茶会で彼女が好かれるのか疑問を抱く者もいる。

 けれど、そのお茶会に何かがあることは確かだろう。



「さて、今回得た招待状。どうする、アリア」

「どうするって……答えは決まっているじゃないですか」



 第一王子が惑わされた状態で第二王子まで惑わされてしまえば、この国はたった一人の令嬢に傾けられたことになる。国として一大事だ。

 けれど、踏み込まなければどうしてそのような状態に陥ったのか、調べることもできない。アリア一人で参加することも可能だが、お茶会の招待状はノクラウトに届いている。ディーノ王子もそれを知っている。

 なら、どう足掻いても進まなければならない。



「オレを守ってくれよ、アリア」

「はい。ふっ……側近として、守りますよ」



 堪えきれない笑いを漏らすアリアに、ノクラウトはぶすっと頬を膨らました。

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