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15. 春と疑惑とはじめまして④

 男性であろうと女性であろうと、ノクラウトの家臣であることに変化はない。

 アリアが女性だと知ったノクラウトは、三日程度狼狽えていたが、あまりにもアリアに変化がなく、また、内扉で繋がっているとはいえ、風呂やトイレは各々の部屋にあり、互いに干渉しないことから、問題だけど問題がない。と、結論づけたようだった。


 つまり、元通りだ。

 アリアとしても今はそんな些細な問題など、どうでも良いと思っている。

 目的は最初から「ルーラ・レーヴェルシュ」だ。


 入学してすでに二週間、すぐに近づいてくると思っていたレーヴェルシュ嬢はノクラウトと接点を持とうとしない。それどころか近づいて来ない。

 学年が違うから会う機会が少ないのかと思っていたが、今の彼女はノクラウトに構う余裕がそもそもないことがわかってきた。

 三年時から学園の勉強は、クラスごとにかなり変わる。一年、二年は特に変化がないが、三年からクラスが細分化され、授業内容も大きく変わる。

 彼女の取り巻きは基本的に特進科、騎士科、文官科に進む優秀な学生が多い。

 だが彼女は普通科だ。

 授業時間、内容も当然変わる。

 そのうえ、生徒会に所属している彼らは行事にも取り組まなければならない。つまり、第二王子に会うための伝手が今の彼女にはなく、手持ちの駒を愛でる時間の方が大事なのだ。

 ひとまず、今月は学園生活に慣れることにするか。と、ノクラウトと話し合い、アリアは一人図書室に足を延ばした。



(でっか、ひっろ……)



 図書室は、街の図書館を彷彿させるほど広かった。

 国営教育機関ということは伊達ではない。貴族から多額の寄付や蔵書の譲渡もある。ちらりと見るだけでも胸踊る空間だった。

 昼休憩の時間、生徒の姿はまばらだ。

 多くの者が食堂に足を運んでいるのだろう。司書の女性が受付に座し、アリアの姿を一瞥すると事務作業にすぐ移る。

 いい意味で放置されている空間に、アリアは逸る気持ちを抑えながら、目的の書架へ足を運ぶ。

 

 アリアの目的は魔法大国である隣国「ティアネト」の資料探しだ。

 自国の勉強は公爵家でみっちりと仕込まれたが、他国の歴史や文化までは着手できなかった。

 隣国を選んだ理由はテストに出る機会が多く、また、いつかベルンハルト王国を出る可能性を考え、近隣国で一番移住しやすい国を調べたところ、真っ先に名が浮かんだからだ。


 魔法大国「ティアネト」は、国民の大多数が子どもの頃から魔法が使えるようになる、魔法で成り立った魔法国家だ。

 街には魔道具が溢れ、街灯から水道という生活必需品だけではなく、庶民の暮らしにも魔道具が当たり前のようにある。

 これは、ベルンハルト王国にはない「マナ」という、エネルギーが関係しているらしい。

 

 「マナ」の結晶が魔石だ。


 ティアネトでしか発掘できず、魔法使いではない者でも魔法使いになれ、どのような土地でも魔法が使えるようになる奇跡の石だ。

 他国ではマナが発生していても濃度が薄く、ティアネトの民でさえ魔法を使えなくなる。

 ティアネトの地だけ、マナの濃度が特殊だ。

 しかし魔法が使えたとしても、ティアネトの地では植物の栽培が難しい。濃度の濃いマナのせいで、動植物に悪影響が出ているせいだ。他国ではまず見ない魔物が跋扈し、討伐部隊が王都に控えている。

 

 だからこそ、肥沃な地を持つベルンハルト王国を狙いティアネトは過去、何度か侵略戦争をしかけてきた。

 しかし、魔法使いは他国で魔法が使えない。

 ベルンハルトはマナの濃度が低いからこそ肥沃な土地であり、栄えている真逆の土地だ。

 そのうえ農作業で体を鍛えた農夫も多く、人手を作るために子を孕む親も多い。

 侵略戦争は未遂に終わり、今では魔石と食料の貿易で交易を保っている。


 戦争はすでに、数百年も前の話。

 アリアの世代ではお伽話も同じだ。


 だから、隣国に憧れている者は多い。

 魔法使いの国。自由で、夢のような場所。

 ティアネトは移民には人気国だ。

 誰だって、隣に魔法使いがいると思えば気になる。

 何より――自国がじわじわと衰退する様を、間近で見ていたくはない。



「あった。……近代における霊峰ハノーヴァルとティアネトについて」



 ずしりと重い本を手にし、周囲を見る。

 真面目そうな生徒が何人か勉強や読書に勤しんでいる。彼らの近くに座ろうかと考えたが、頬を撫でる春風にアリアは足を止める。


 大窓が開かれ、やわらかな風の届く図書室は粛々として居心地が良い。

 遠くから、剣術稽古をしている騎士科の学生の声が響き、別の場所からは小さな笑い声も聞こえてきた。

 緑の多い学内では、風に爽やかな植物の香りが混ざる。

 風の入る窓辺の席を見た。

 不思議と誰も寄りつかないその場所は、カーテン越しにやわらいだ日差しが差し込んでいた。


 窓向こうには花咲く光景がある。

 イースノイシュ家で見たアネモネが揺れる姿を思い出し、彼女は眼鏡の下で微笑む。

 人気のなさ、春の心地よさ、昼寝してしまいそうな場所だけれど、アリアはその場に足を向ける。

 どことなく、あの家の庭園を思わせる場所に居心地の良さを感じてしまい、絆されているなと自嘲しながら椅子を引いた。



「――見慣れない子だな」

「っ、」

「……あぁ。その金髪に眼鏡は……」



 声がした方に振り返る。

 その方を目にした瞬間、アリアは咄嗟に姿勢を正す。


 声を出さず、手にしていた本を机に置いていて良かったと、どこかで間抜けな己が安堵した。

 伏せた頭上から声がした。

 近い音は、間違いなくアリアに向けられていた。



「そういうのはいいよ。ここは学内だ、身分は平等。だろ?」

「――……御前を失礼いたしました」

「硬いな、(おもて)を上げよ。これでいいか? さすがはイースノイシュ家の者といったところか。たとえ、庶子でも」



 ゆるりと頭を上げた正面、白銀の髪が開け放った窓から入る風に揺れる様が目に映る。

 春のあたたかく心地よい風が男に触れた瞬間、凍てついたかのように寒々しいものと化す。

 レーヴェルシュ嬢と共にいた時の彼、入学式の時に壇上でいた彼。

 二度、見たことのある男は三度目、正面から対した時、あからさまに敵意を飛ばしてきた。

 

 ディーノ・アウレリオ・シメオノフ。

 この国の第一王子、ノクラウトの兄。

 赤い瞳が、アリアを射抜く。



「この席は私の気に入りの席なんだ。新入生には周知されていなかったな」

「そうとは知らず、申し訳ございません」

「いいさ。平等を謳いながら席取りの話をするのは矛盾しているし、何より君には弟が世話になっている。ノクトは元気かい?」

「はい。今朝も――」



『ノクト様……それ、全部食べるんですか』

『甘い物は別腹って言うだろ』

『いや別腹ってか、さっき砂糖ついたクッキーとかマカロンとか、何かよく分からない甘い物食べてましたよね。胸焼けしません?』

『しない。オレはスイーツに殺されるなら本望だ』

『毒味の自分がキツイんですよ! 吐きそう!』

『オレに甘い物我慢しろっていうのか?! 我慢しろ』

『横暴すぎる。病気になったら労災の申請しますからね!』

『糖分に殺されるなら本望と思え!』



「――と、こんな感じで元気です」



 当然、しばらく甘味は調整するように説得した。

 使いたくない手だが、シルヴィオの名を使わせてもらった。どうやら王宮住まいのとき、侍従から甘味の制限を受けていたらしい。

 お目付役がいなくなったせいで食べ放題と思ったそうだが、毒味が甘味を好んでいないため、その夢は儚く散った。

 アリアも甘味で太るだけなら良いが、胸焼けで午前中の授業が丸潰れになる。さすがに三日も続けば胃が死ぬ。今はなんとか珈琲をがぶ飲みして堪えているが、毎日続けば精神より肉体が原因で退学しそうだ。



「ハハっ、あいつ相変わらず甘い物に目がないんだな。君も大変だな」

「そんなことは……」

「その様子だと、ノクトは随分君に懐いているらしい。全く、私が何度も入学祝いを渡したいと言っても会いにこないと言うのに……余程、君を私に会わせたくないのかな?」

「え?」



 赤い目がアリアを見る。

 深層心理を掘り当て、探るような瞳だ。


 分厚いレンズ越しだというのに威圧感は刺すように鋭く、へらへらと笑うノクラウトとはまるで違う。

 金縛りにあったかのように動けなくなったアリアを前に、一歩、ディーノが近づいた。

 甘い春の香りを纏うその人は、冷涼な冬を連想させる。

 

 ――この方が、本当に女に籠絡されているのか?


 喘ぐように口を薄く開閉するアリアに向かって、ディーノの手が伸びる。爪先まで整った男の手が、何か、意図を持ってアリアの手を掴もうとしていた。



「あーっ! ディーくんいたー!」

「っ?!」



 高く響く声を耳に入れ、咄嗟に距離を取る。

 ディーノも一瞬驚いた顔をしていたが、先ほどの表情が嘘のように柔和な笑みを貼り付け、バタバタと駆けつけた少女を迎えるように振り返る。

 ストロベリーブロンドの髪が弧を描き靡く。甘いと思ったディーノの香りがより一層強くなる。

 春のような甘い彼女こそ、香りの原因だった。

 

 ルーラ・レーヴェルシュ。

 

 まさかこのタイミングで彼女に会うとは思うまい。スカイブルーの大きな瞳がディーノを捕まえる。

 伸びた手がディーノの腕に蛇のように絡まり、掴んで離さない。可愛らしい雰囲気の女性だが、間近にするとやはり異様さが際立つ。

 自国の王子が他者と話しているところに、当たり前のように飛び込んでくる態度、知らない人間の前で「ディーくん」と呼ぶ厚顔さ。シルヴィオとは絶対的に合わない女性だ。当然、ノクラウトとも。

 だがそれは、眼前のディーノにも当てはまりそうだった。なのに彼は――受け入れている。

 


「えっと……ディーくん、この方は?」



 探るような視線を直接ぶつけてくるルーラに、アリアはどう返すべきか悩む。

 ディーノの御前だがルーラは男爵家の者だ。アリアの方が身分が高い。同じ婚外子のため、その辺りも危惧する必要はない。

 だが、目の前にはディーノがいる。

 一体何が不敬に繋がるか見当もつかず、アリアは彼を一瞥する。ディーノもその煩悶を感じ取ったのだろう、ルーラの背にそっと手を触れた。



「この人は……ノクラウトの、第二王子の護衛だよ」

「え?! こんな人が?! スコットくんとは全然違うじゃん!」



 登場早々失礼過ぎて驚く暇もない。

 一体どうすれば、貴族の世界で生きながら彼女のような性格が完成するのだろうか。

 アリアの見目は良くはない。ぼさぼさの髪に、分厚いレンズの眼鏡。けれど制服は乱れなく着ており、陰気そうではあるもののごく普通の青年に見えるはずだ。

 それを「こんな人」と、目の前で言うのだから、ある意味、相当な胆力の持ち主だ。

 


「ルーラ、思ったままを言っちゃダメだよ」

「はぁい……」

「ノクラウトが信をおく者だ。弟の見る目は確かだよ」

「そうだ、ノクト様! ねぇ貴方!」

「え、はい」

「ちょうど良かった。貴方にコレを渡しておくわ。ノクト様に渡してね」

「手紙、ですか……?」



 もはや許しもなく「ノクト様」呼びであることなど、些事としか考えられない無礼の羅列。

 そもそもアリアは名乗っていない。それなのに貴方、ときたものだ。生来から貴族である者なら苦言を呈しただろう。

 しかし、アリアの生まれは平民だ。

 彼女の暴挙に驚くものの、それだけだ。今はそれより、手渡された物に意識が向く。


 封もされていない正真正銘のお手紙に困惑しながら、見ても良いのかと視線をディーノに投げかける。彼は微笑を浮かべて否定しない。

 見ろ、ということなのだろう。

 開いた文面には、信じられない文字が綴られていた。



「私たちがこの学園のことを教えてあげるわ。ノクト様も私のお茶会にぜひ、いらっしゃってください、って伝えてね!」



 お茶会の案内。

 それも、主催は眼前にいるルーラ・レーヴェルシュだ。

 

 いくら年下とはいえ相手は王族。

 ディーノと親しくしていようと、知り合いでもないルーラの行為は失礼というか、非常識極まりない。

 男爵家の当主が行う夜会やお茶会なら話はまた変わるが、本来なら知り合って、口約束を交わし、そこから手紙のやり取りやお茶会になる。

 目の前で招待状もどきを破り捨てられないだけでも、彼女は幸福だ。すげなく断られても、ルーラは文句も言えない。


 だが、彼女の隣にいる男がそれを見逃している。

 弟の予定を知っているのかとぼけているだけなのか。彼女が指定した日付は、たまたまノクラウトの用事のない日だ。

 断る理由は多々あるが、どうするべきかはノクラウトが決めるべきだろう。

 堪えきれずに嘆息し、アリアは懐に手紙をしまう。

 本来なら折り目がつかないように気をつけるが、初めからところどころに折り目があったため、気にする必要もない。



「――お預かりはします」

「ええ、お願いね。ディーくん行こっ」

「ああ。……君、頼んだぞ」



 嵐のような二人が去った後、静謐が図書館を包み込む。なぜ、日差しの当たるあたたかい場所で人がいないのかようやく理解した。

 昼休み、ディーノがここで読者を楽しみ、終わる頃に嵐のような女が迎えにくるからだ。

 入学式の前にも見たことはあったが、なんというか、平民とか貴族以前の話だ。常識はずれにも程がある行為を彼女は繰り返していた。良くも悪くも、一度見たら忘れらない人だ。

 ただ。

 

(どこかで見たことあるような? でも、あんな人忘れられるか……?)


 あの髪色と瞳。

 華奢で守ってあげたいイメージと相違がある彼女。

 一度見たら忘れられない印象だ。なのに、なんとなくアリアの記憶の淵に引っかかっている。

 悶々とルーラのことを考えていたが、結論は出ない。それよりも。



「よくよく思考の読めない方だったな……」



 制服のポケットに手を入れる。そこには小さな箱がある。

 赤いリボンで装飾され、一枚のカードが添えられた箱には「入学おめでとう」と、親しみやすい字が刻まれていた。

 ルーラが話しかける直前、ディーノがアリアのポケットに素早くこれを入れていた。


 白銀の髪に赤い目を持つ第一王子。

 冷ややかな空気を持ち、アリアを睨んでいた彼だが――間違いなく、ノクラウトに対しては愛情が見えていた。



「うーん、食えない人だ」

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