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13. 春と疑惑とはじめまして②

 結局入学式には間に合わず、アリアとノクラウトは教員用の出入り口を使い、ひっそりと式典に参加することになった。

 一番後ろの席で並んで座り、周囲を観察する。

 ノクラウトは着席から五分と経たず居眠りをしだしたが、アリアは改めて壇上にいるディーノたち、生徒会一同を見つめた。


 壇上には生徒会一同ーーディーノを筆頭に今朝見た男性五人と来賓が四人並んでいる。

 大半が貴族名鑑に記載されていたため顔と名前が一致する。

 一部、全く知らない人間がいたが、新興貴族なのだろう。新興貴族は貴族名鑑から抜けることもある。壇上で座る見知らぬ人物はまだ若く、シルヴィオと同年代のように見えた。

 誰も彼もが小難しい顔をして、式典は厳かに進んでいく。

 来賓の祝辞、陛下からの祝辞、聞いている方は眠くなるが、壇上の面々はノクラウトとは違いキリリとした表情で、石像のように動かない。

 今の彼らを見ていると、問題のある人物には映らない。女にうつつを抜かすより、女に惚れられる要素しかない。

 

(人って、分からないものだな……)

 

 式自体は特に可もなく不可もなく終わりを告げる。

 もしかしたら、ノクラウトのところに生徒会を引き連れたレーヴェルシュ嬢が突っ込んでくるかと思っていたが、壇上を見る限り彼女の姿はない。どうやら生徒会の一員ではないらしい。


 生徒会は優秀な生徒、または王族が運営する組織だ。

 彼女は三年時に「普通科」に在籍している。特別優秀というわけでもないのだろう。


 生徒会の面々は来賓の貴族に貴族らしい綺麗な笑顔を見せ、談笑している。

 流石にレーヴェルシュ嬢もあの場に突進するほど愚かではないようだ。観察する限り彼女が関わっていない時は、以前と変わらず有能らしい。段取りから資料作りからスピーチの内容に至るまで、彼らは完璧に仕事をこなす。

 だからこそ、女一人にうつつを抜かす彼らを排除すべきだという過激な意見は出て来ない。

 

 だが、彼らの延命は学生のうちだけだ。卒業をしたら擁護のしようがなくなる。

 いくら有能とはいえ、彼らの婚約者は今、傷ついてる。

 家同士を結びつける婚約に感情は不要とはいえ、あからさまに婚約者を蔑ろにする姿勢を見て誰が娘を嫁に送りたいと思うのか。

 それも宰相や辺境伯に並ぶ家格の娘だ。

 彼ら以外にも彼女たちを欲する家はいくらでもいる。

 今回の件は貴族界を賑わせている、つまり周知されている。男性側に明白な問題があるため、女性陣は瑕疵にならない。

 早々に切り捨てれば良いものを、慈悲深い彼女たちは婚約者を見捨てずにひっそりと見守っている。

 

 彼女らの願いはささやかだ。

 それさえ叶えば、このまま婚姻を続けてもいいと言っている。

「レーヴェルシュ嬢と関わってほしくない」

 という婚約者の小さな願い。

 それを彼らは叶えるつもりがない。それこそが、いちばんの問題だった。




 入学式が終わるとクラスに案内された。

 この時、各生徒は自分の在籍するクラスが判明するのだが、アリアとノクラウトは学園側に指示を出し、同じ1組になった。

 成績で決まる三年時の特進科の指定はできないが、一年時に護衛と同じクラスにしろという程度の指示はできる。

 クラスの確認をし、周囲の「第二王子と同じ教室」「隣のやつ誰?」という視線をひしひしと浴びながら、二人は早々に寮に戻った。

 

 初日は式と簡易な挨拶だけで終わり、多くの新入生は校舎内の施設確認や学生同士の交流に励む。

 その中で、アリアとノクラウトは荷解きのために寮に戻ってきた。


 荷解きは侍従に任せる者が大半だが、アリアとノクラウトは侍従を連れてきていない。

 どこでレーヴェルシュ嬢に作戦がもれるかわからず、彼女が本当に魔法、魔術、呪いといったものに精通しているのなら、侍従も被害を受ける対象になるかもしれないからだ。

 被害者は少ない方がいいという配慮から、ノクラウトは用意しなかった。アリアがいるなら世話を任したいという安易な考えもあった。


 二人の部屋は隣部屋だ。一枚の扉を隔てて寝室が繋がっている。

 ノクラウトに何かあった場合、すぐに駆けつけるためだ。

 廊下側の扉は基本的に鍵をかける。緊急時に鍵を開ける手間を考え、二人には内扉がある部屋を用意された。これはノクラウトだけではなく、王族や公爵家の子息は大抵この型の部屋になる。

 ベッドサイズ、浴室の広さ、イースノイシュ邸でアリアに用意されていたものより、ひと回りほど全体的に広い。入室後、初めてアリアが発した言葉は「でっか、ひっろ」という、簡素なものだった。



「一人一室与えられるのにも驚きですけど、やっぱり王族ともなれば大きい部屋になるんですね。自分の住んでいたアパートが入ります」

「あと寄付額で部屋のレベルが上がる」

「世知辛い……」

「今度から入学前試験の点数で部屋の大きさが決まるようにしてみるか?」

「それはそれで泣きを見るかたが続出ですよ」



 つまらない話を交わしながら箱を片付けていく。

 衣服、装飾品、筆記道具類。そのどれもが一級品だ。

 シルヴィオに与えられていた衣服も上等すぎると思っていたが、さすが王族。利用するもの全てがオートクチュールだ。

 特に装飾品は目を瞠るレベルの美しさだ。その中でも、タイ留めに付けられているアメジストが群を抜いて美しかった。

 これをあっけらかんと箱詰めして持ち運ぶノクラウトの神経は理解できない。王妃や王が泣くぞと思いながら、装飾品類はじかに触れられないため、アリアは急いで手袋を用意した。



「それにしても、思ったよりも持ち込みが少ないですね。ほぼ衣服と装飾品ですか?」

「ああ。普段使いの消耗品は予め業者が部屋に入れているからな。お前もそうだろ?」

「いや……勿体無いので使用していたものは全部持ってきました」

「使用済みの物をか?」

「済んでいませんから! 使いかけですから!!」

「ふーん」



 アリアがいなくなった部屋からは、ごっそりと染髪用の洗剤やクリームがなくなっている。

 元々はシルヴィオの手配で用意されていたものだ。

 今までずっと使っていたが、アリアがいなくなった後にどうするのか尋ねたところ「捨てます」と、ノエルが平気で言ったため、勿体無い! と、アリアが強引に貰い受けた。

 当初はノクラウトのように初めから手配するつもりだったが、高級品を部屋の人間がいなくなっただけで捨てるなんて理解できず、かといってノエルに下賜するには使用済みということもあり、抵抗があった。

 そのため、アリアは昨日まで使ったてい洗髪料をボトルのまま箱詰めし、今日箱を開封して風呂場に置くつもりだ。

 その話を聞いたノクラウトは「でもなぁ」と、少し言いづらそうに口を開いた。



「オレの使っているやつをアリアに使ってもらおうと思っていたんだがな」

「え、何故」

「そういうもんなんだよ……毒味、って言えば感じ悪いだろ」

「あぁ……なるほど」



 業者は学園側が手配した。ノクラウトの使用するものに毒物が入っている可能性も、なきにしもあらずだ。

 昨今、第一王子と第二王子の派閥問題は水面化で大きくなっている。

 クラスから早々に撤退した理由はそこにもあった。あのまま居座れば間違いなく取り入ろうとする新興貴族か古格貴族に声をかけられていた。

 声をかけられる程度は構わないが、流石に入学初日に面倒ごとは勘弁願いたい。

 荷解きもあったため、それを理由にアリアとノクラウトは教室を後にした。だが、危機探知は何も教室だけで満足してはならないらしい。


 唯一のセーフティルームの私室でさえ、ノクラウトにとっては安全圏ではない。

 第一王子が好き勝手しているせいで、弟である彼に飛び火している。ノクラウト自身は兄と争う気はないのに、周囲が勝手に外堀を埋めていく。

 派閥問題をあらためて重く受け止め、アリアはシュンと項垂れた。その様子を見て、ノクラウトはいつも通りからからと笑った。



「可能性としては限りなくゼロだ。誰だって、犯人がすぐにわかりそうなものに仕込まないだろ」

「そうですけど……」

「王室御用達のやつを使わせてやろうという優しさだってあるんだからな」

「それはどっちでもいいです」

「いいのかよ」



 可愛がりのないやつだな。と、言葉を続けた青年は背を見せる。

 今、ノクラウトがどんな顔をしているのか、覗き込みたくなった。


 ノクラウトは王族として生きるには情に脆い。

 アリアが浮浪者のような姿をしていた理由を知った時はやけに菓子を食べさせようとしたし、似たような服ばかり着るアリアに新しい服を用意させようとした。

 変わり果てた兄を捨てきれず、こうして学校に乗り込む愚直さも人の上に立つべき者の行動ではない。

 だが、そういう人間だからこそーー見過ごせないなと、思う。



 ふと、時計を見る。時刻は夕食前だ。

 寮では食堂が決まった時間に開く。部屋にキッチンもあるため、侍従に作らせる貴族もいるそうだ。

 アリアも軽食なら作れるが、王族に食べさせるのは恐れ多い。だから、二人は基本的に食堂で食べることになる。


 朝食と夕食は女子寮と男子寮で食堂が分かれている利点が大きい。

 そうでなければ、食堂すらレーヴェルシュ嬢の独壇場になっていただろう。

 彼女には男子寮まで足を運ぶ気概がある。今更だが、今朝のあれは新入生に対し「私の王子様たち」を、見せつける行動だったのだろう。



「じゃあ荷解きも一通り終わったので自分はさっさと風呂を済ませます。ノクト様も今日は早めに休みたいですよね?」

「まあな」

「あ、今日、自分はどっちの浴室を使えばいいですかね。ノクト様の方?」

「できればオレの方だな。昔さぁ、蠍とか虫を仕込んでたやつがいたらしいぜ」

「へぇ。じゃあ撲殺できるようなもの持って行きます」

「怖がれよ。いってらっしゃい」



 ひらひらと手を振るノクラウトを確認し、アリアは脱衣所に向かう。

 手にはタオルとイースノイシュ家から持ってきた使用中の洗剤類を入れた籠がある。

 籐で出来たそれを抱えながら、襟足を束ねる髪留めを外す。ふわりと揺れたハニーブロンドが、室内に入る強い西日に輝いた。




 ◆ ◇ ◆ 




 風呂に入りながら満遍なく脱衣所、浴室を確認したが、特に不審な点は見当たらなかった。

 入浴前にノクラウトが蠍や虫を入れられていた人もいる、と言っていたため念の為に木剣も持ってきていたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 彼の使用する洗剤類も確認し、ついでの次に入浴するノクラウトのために浴槽を洗い、着替えの準備もする。


 侍従がいないため、今後はアリアが彼の着替え等の手伝いをしなければならない。

 結局、親しみやすさがあったところで王族という点は消えない。ノクラウトは貴族として考えると自主性のある人物だが、それでも着替えや片付けや掃除の経験はなく、アリアはなかなか大変だなと思う。



「そもそも、どこからどこまで手伝うんだろ……」



 風呂上がり、脱衣所で己の下着をジィッと見ながら思わず考える。


 下着は自分で着るのか?

 下着まで着せるのか?


 邸にいた時、アリアはノエルに着替えを頼んだ事がない。

 身の回りのことは、自分でできることは自分でおこなった。

 元々平民ということもあり、彼らはアリアの意志を尊重して手出ししなかった。

 学園生活が寮暮らしという理由もある。王子の護衛は王子の世話とほぼ同義だ。何もできない貴族より、何かをできる平民の方が都合が良かった。けれど、だからこそアリアは貴族の()()()が分からない。

 一体、どこまで彼の手助けをするつもりなのだろうか。


(しまった……自分の勉強しか意識してなかった)


 そもそも、こういうことを直接ノクラウトに尋ねてもいいのか、それすら分からないのだ。

 食事の手伝い、掃除、洗濯、着替え、起床の準備、考え得るだけでも雑多に仕事はある。

 特に着替えのような動作の時、どうすべきなのだろう。やれと命じられたら行うが、それにしては些かアリアとノクラウトの距離は近くなりすぎた。


 彼にも、羞恥心はあるだろう。

 ーーなにせ。



「おい、いつまで入ってるつもりだ。食堂開いてるぞ」

「あ」

「え」

「……」

「……」



 ーーなにせ、自分は異性()だ。


 白い皮膚が桃色に変化し、ハニーブロンドの髪がぺたりと濡れて肌に引っ付いている。

 濡れた前髪をかきあげ、晒された表情には突如現れたノクラウトに対する驚きがあった。だが、目を見開き驚愕を浮かべたのはアリアだけではない。

 むしろ、ノクラウトの方が驚愕とーー次第に、頬が真っ赤に変色していく。



「おま、お、おまえ」

「おっと、御前を汚して失礼致します」



 咄嗟に体にタオルを巻きつけ冷静に対処するアリアと比べて、ノクラウトは慌てて踵を返し、転がる勢いで脱衣室を出る。

 実際に転がったのだろう。どんという鈍い音の後に「イッテェ!」と、大きな悲鳴が聞こえてきた。



「ノクト様! 大丈夫ですか!?」

「だっ、いじょうぶだからっ! おま、お前出るなよ!!」

(大丈夫じゃなさそう)



 体に巻きつけたタオルを外し、アリアは急いで裸身に服を纏わせる。

 普段ノクラウトが放っている、柔らかな石鹸の香りを漂わせるアリアは、そっと扉を開きーー四つん這いで俯いている自国の王子を見た。

 一回扉を閉め、開ける。姿勢に変化がない。

 もう一度扉を閉め、開ける。姿勢に変化がない。

 四つん這いの姿勢のままの彼を見下ろしていると、ノクラウトから地鳴りのように低い音が響いた。



「あ、あり、あ」

「はい」

「お前、お。……女、なの、です?」

「(なのです……?)まぁ、はい。そうです」



 アリアは、一度も己の性別を語った事がない。


 ごく自然にシルヴィオにも、ノエルにも、メイソンにも、ノクラウトにもーー男性として扱われていたが、まあ、気にする必要はないと思っていた。

 浮浪者のような見た目をしていると男性と間違われやすい。アリアの身長が一般的な女性と比較すると高いことも要因の一つだ。

 護衛云々言っていたため、王子のそばを離れないように男性の立場を欲し、また、明らかにレーヴェルシュ嬢に惹かれている人間が男性にしかいないため、彼女に耐性のありそうな女性を希求しているのかと考えていた。


 貴族籍を用意する事ができて、公爵家という立場もある。頭も顔も悪くなく、男性として流用できる女性。


 これを、シルヴィオが求めているのだとアリアは思い、納得し、ここにいる。

 だから、彼女(アリア)は平然と告げた。



「自分は、産まれた時から女です」



 ノクラウトは四つん這いで吠える。



「言え! 言っくださいよ!! わかるかよ!!! あと覗いてしまい誠に申し訳ありません!!!!」



 いつかのアリアのように土下座したノクラウト第二王子の姿勢は、王族らしく、非常に美しい姿勢だった。

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