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「タザランド領の敵とは、どんな相手なのですか?」

「最も危険視されているのが東の隣のイノー領ですね。六年前にウニュ河の左岸を侵攻されたため、我が領は領土の三割を失っています。それから北側にあるシッカイ領。こちらは宗教で団結している領で、今の所は穏健派で、それほどの脅威ではありませんが要警戒といったところです」


アルマが質問しているのはタザランド領主の軍隊長であるヴィクトールにだ。

アルマとヴィクトールは城を出て城下町を二人で歩いている。アルマはさっきキースと一緒にシグルトの伽藍を見てきたところで、意識を取り戻したのが今朝のことなので病み上がりかつ空腹だった。主に後者の理由で過酷なスケジュールだ。しかし、アルマの目覚めを心待ちにしていたヴィクトールをこれ以上待たせるのは申し訳なかったので、アルマは二つ返事で見舞ってくれたヴィクトールに同伴することを決めたのだった。


「このタザランド領は現在、非常に危うい均衡状態にあります。前の領主であったブルース様、若君のお父上ですね。その方がちょうど一年前に、イノーとの小競り合いの中で亡くなったからです。イノー領主マルカスはその情報を得てすぐに領内の勢力をまとめ上げ、今では磐石な地位を築いていると噂されています。それでもさらに前線を押し上げて来ないのは、タザランドが天然の要塞に囲まれているおかげです」

「西はパストラル山脈、北はペンケ川、東はウニュ河、南は大海、ですね」

「そうです。現在の領地のほぼ全体が山脈の裾野のような地形だということも攻めにくい理由です。相手は低地から高地へと攻め上らなければならない。そして」


ヴィクトールがいったん話を止め、周囲に目を走らせてから言葉を継いだ。


「今現在、イノー領主のマルカス自身が病魔に侵されているという情報もあります。しかし、これは真偽不明です。偽の情報を流した上で、ウニュ河を超えてタザランド領を急襲することもあり得ない話ではない」


ヴィクトールの話し声はいつもと変わらず柔らかい。アルマの異邦人丸出しの質問にもきちんと答えてくれる。


——そっか、キースのお父さんは去年亡くなったんだな。……それにしても。


アルマはフワフワとヴィクトールの頭の後ろで揺れている縮れた毛束を眺めながら、素朴な疑問を口にした。


「たしか、ここの領主様はラシュビルという国の中の領主だと言われていたような……? この国の国王は領主同士の争いに介入しないのですか?」


「不運なことに中央の権力は、形骸化しています。王太子がまだ幼く、その後見人と公家らが権力争いの真っ只中なので、地方にまで気が回らないのでしょう。王都はタザランドの西側のパストラル山脈の向こう側です。こんな状態の王都なので絶賛勢力拡大中のイノー領と距離的に離れていることだけが救いでしょうね。」


そういうわけで我々は自分の身を自分で守らなければならないのです、と言ってヴィクトールは寂しげに笑った。アルマは強い隣国と弱体化した王都に挟まれているタザランド領に、そして目の前にいるその領の軍隊長に少し同情した。




「さて、話しているうちに目的の工房に着きましたね」


ヴィクトールは立ち並ぶ長屋の一つをアルマに示して見せ、その扉を叩いた。しばらくして中から、もっさりした動作で中年の男が顔をのぞかせた。しかし男は、朗らかに声をかけたヴィクトールの顔を見た途端に慌ててその扉を閉めようとした。


「こんにちは、レオネロさんはいらっしゃいます?」

「こ、…ここは火気厳禁です!」

「はは、ご冗談を。さて、入らせていただきますね」


ヴィクトールは閉まりかけた扉の隙間にガシッと音をたててブーツを履いた足をねじ込んだ。その左手が締まりきっていない扉をしっかりと押さえている。しばし、いかつい軍人としがない中年男の扉の開閉をめぐる攻防が繰り広げられた。しかし、軍隊長を務めるヴィクトールの腕力に市井の男がかなうはずもなく、扉は開け放たれ、ヴィクトールがニコニコと中に入る。


「ロキさん? 誰か来ました?……って。うわ、ヴィクトール!店先で何をやってるんですか!ロキさん、しっかりして!」


奥から顔を出したのは二十代前半の若い男性だ。一目で状況を察するとヴィクトールを咎めながら敷居の内側に転がっている中年の男に駆け寄って助け起こしている。


「レオネロさん、お久しぶりです。ちょっと用がありまして。」


アルマは、悪びれずに微笑んでいるヴィクトールと、対照的に青ざめてよろよろと身を起こしたロキさんと呼ばれた男の顔を見比べた。そしてさっきヴィクトールに同情しかけた自分を反省した。


——この人、絶対ここでなんかを爆破させてるよな。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





「お話はわかりました。……でも、ヴィクトール、どうしてこれをここに持ってきたんですか?」

「かなり複雑な作りのようなので、腕のいい技師じゃないと武器の再現が出来ないと思いましてね」

「褒めてもダメですよ。ここは霊導具工房ですよ? そして、これには……霊力機構はなさそうです」

「いいですね。ついでに霊導具に改造してしまいましょうか」

「「……」」


噛み合わない返答に黙り込むレオネロとロキだが、ヴィクトールはお構いなしだ。


「ということで、アルマ殿、しばらくこの武器をこのレオネロに預けて解析させてください。レオネロ、急いで欲しい。できれば複製や改造品もどんどん試作して欲しいです」


アルマは銃を預けることを快諾した。レオネロも不承不承な様子ではあったが、アルマからその構造について説明を受けると興味深そうに聞いていた。不満げな風を装っているけど、さっさとアルマの銃と弾丸ベルトを持って「また連絡します」と言い残して奥に戻って行ったところを見ると、職人魂に火がついたようだ。


ロキに見送られて、二人は工房を後にした。ロキは、ヴィクトールが退出するまで目を光らせていた。彼が工房内の道具類に手を触れないよう見張っていたようだ。




「ヴィクトールさん、あの工房で何かやらかしてますよね?」

「いえ? 何のことですか? あの工房には時々ですが戦で壊れた霊導具を持ち込むんですよ。先ほどのレオネロも私も火の使い手なので、一緒に再現実験などするとちょっと大きな火が出ることはありますが……」


なるほど、本人に自覚はないようだ。


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