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アルマは今度こそ本当に目を覚ました。

それから若い竜の名前を口の中でそっと呟いた。

もしかして泣いてしまっているだろうか、と顔に手を触れたが涙は流れていなかった。


それよりも……。


グ——。


お腹が盛大に鳴った。うん、空腹で目が覚めたようだ。


寝台に腰かけて部屋の天井をぼんやりと眺める。木で作られているようだ。故郷のような派手な色彩は使われておらず、一見して目立たない場所に繊細な装飾が美しくほどこされている。

城の建物そのものにも木をふんだんに使っていたようだったな、とここに来た時に見た景色を思い出す。




あの日からどれくらい経ったのだろうか。

何日も眠っていた気がする。何度も侍女が汗を拭いたり着衣を変えたりしてくれていたから。

身体がすっかり鈍ってしまっているのを感じる。


——私の服はどこだろう?


ゆったりとした長いスカートを着せられていた。


——動きにくいけど、まぁ、いいか。


アルマは寝台から降りると、部屋が十分に広いのをいいことに床で日課の運動を始めた。

竜の背でも欠かさなかった基礎鍛錬だ。




「お加減はいかがですか?」


物音に気付いた侍女が2人、部屋に入ってきた。後ろの侍女は、おもゆや薬湯を運んでいる。


「改めまして、侍女長のマディです。こちらはアルマ様専属の侍女ジルです」


先頭の侍女が言った。

後ろをついてきていた侍女ジルは、食事をサイドテーブルに置きながら会釈した。ジルの眉がちょっと下がって困ったような笑顔になっている。目覚めてすぐに運動を始めている少女に対して、安心したような呆れたような絶妙な表情だ。鼻のあたりのそばかすが可愛らしい。


侍女長のマディはアルマの様子を確認すると、ジルを残して退室した。ジルによると、アルマは30日ほど目覚めなかったという。どうりで身体中がなまってしまっているわけだ。


持ってきてもらったおもゆを一瞬で食べたアルマは物欲しそうな顔で椀を見ていた。


「まだ、だめですよ。また食べすぎて寝込んでしまったらどうするんですか」


——ジルに笑われてしまった。


「しばらくしたら医師が参ります。それまででも気分が悪かったり何かご用があったら呼んでくださいね」

「ありがとうございます、ジルさん」


食べ終わったアルマは運動を再開した。何度もルーティンを繰り返すうちに動きの感覚を取り戻してきた。最初に竜から降りた時に感じた船酔いのような揺れる感覚もすっかり治っている。竜を降りてから一ヶ月も経っているなら当然だ、とアルマは思った。


——それにしても、すっかりお世話になってしまった。これからどうしたらいいだろう。

すぐに引き返すことになるかもしれない。

……でも、シグルトがいうことを聞いてくれるだろうか? シグルトへの待遇のほどを考えると、あの領主にとって不要なのは、おそらく私だけ。意識が戻ったことだし、私だけ放擲される可能性が高い。……寝込んでいる間に売り飛ばされなくてよかった。


しかし、そうなったら……私は、生活魔法を稼業にして旅をしながら暮らすのがいいのかな?

以前ハンホーとかいう人に聞いた話だと、この地の人たちの精霊の力というものと私の魔法は少し違うようだから、何かしら生活に役立てることができそうだ。


意識のない私を目覚めるまで看病してくれただけ、ありがたかった。もし、これからすぐに出ていけと言われても、感謝して去る覚悟をしておこう。




医師の診察を終えると、湯を使わせてもらった。

浄化魔法できれいにする方が早いが、あの大きな温水プールに1人で入らせてもらえるというので、喜んでそうさせてもらった。湯から上がると、大きな姿見の前に立った。

痩せこけて、髪も伸び放題の少女がそこに立っていた。


——脱衣所に持ってきた手荷物の中に、たしかアレがあったな。




✁ ✁ ✁ ✁ ✁




キースはアルマの部屋に向かっていた。

一刻前に「竜の姫が目を覚ました」という報告を受けたからだ。ひと月の間にアルマを指して「竜の姫」という呼び方が定着していた。


ルイスがついて来たがったが、ブライスから書類を押し付けられて止められていた。


廊下を歩きながらアルマの部屋が見えたところで、その扉が少し慌ただしく開いて侍女長が急ぎ足で出てきた。

扉が開いていた一瞬、部屋の中から女性の泣き喚くような、悲鳴のような声が聞こえた。

侍女長は扉を閉めたあと、こちらに向かってくるキースの姿を目にしてハッと顔色を変えたが、そのまま黙って頭を垂れて廊下の端に控えた。キースが部屋の前で立ち止まった。


「何があった。説明しろ」

「はい、ア「マディ様ぁ!」マ様が」


マディが説明のために口を開いた時、再び扉が勢いよく開いて、ジルが泣きながら飛び出してきた。


「ヒィぃ!」


ジルはキースに気付いて、再び悲鳴をあげた。そしてすぐにマディの横に控えて気配を消した。いや、消せてない。青ざめながらも片手で口を押さえて嗚咽をこらえている。


キースは侍女たちを一瞥してから、アルマの部屋の開いたままの扉から中に入った。


「あ、領主様」


アルマが鍛錬をしている姿勢のまま、動きを止めて言った。

ここに来た時に着ていた旅装束を身につけている。そして、その髪の毛が、耳が出るほど短く乱雑に切られていた。


「なんの騒ぎだ」

「すみません」


アルマは困ったように眉を下げた。


「脱衣所で髪を切ってきたらジルに泣かれてしまって……」





ドサッ


「お(ぐし)が……」


廊下でジルが、堪えきれずに泣き崩れた音が聞こえた。


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