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ゼブレイの丘に朝がきた。

といっても、あいかわらず朝だか夜だかわからない薄暗さだ。夜明けの近さを思わせるような中空のわずかな光量だけが、ここトリブ地方での日の出を告げている。


丘の麓の野営地では、重症だったボルグとオシンに加えてケンジも熱をだしていた。最近は朝の気温が肌寒くなり、焚き火の火を落とさずに火のそばに重傷者を寝かせている。




——別の焚き火のそばで眠っている怪我人たちも確認しなければ。




重症者の焚き火のところで毛布をかぶってうつらうつらしていたアルマが、起き上がって別の焚き火を眺めた。




リュジーら三人の、要塞(ギャリソン)の生き残りたちは、夜が明けると同時に何も言わずに姿を消した。去るときのかすかな物音でうたた寝から目覚めたアルマは、遠ざかる足音を聞きながら、もしかしたら彼らは本当に丘の上の遺品を漁りに行ったのかもしれない、と思った。




——まぁ、それも彼らの生き方だ……。




しばらくするとエースが起きてきて重病者の付き添いを交代してくれた。アルマは他の怪我人たちの様子をそっと確認した。そのあと、丘の周辺に生えていた野草や薬草になりそうな草を摘むために野営地の周辺へと出かけた。





野草は細かく刻んでスープにすれば食べられる。好運なことに、よい香りのする野草が丘の上に近づくほどに多く生えてた。アルマは株の根本がしっかりと太くて食べ応えがありそうな野草を選び、根塊ごと引き抜いてはまじないで土を払いつつ丘を登っていった。


そして、もう少し登れば丘の上が見渡せるというところで、男たちの声と走り回る音、獣のような咆哮が丘の上から響いてくるのを聞いた。




——リュジーたちか? また鎧のスケルトンかなんかが出てきてるならマズい。




アルマは摘んでいた野草の袋を肩にかけると、急いで丘を駆け上がった。


丘の上で闘っていたのはやはりリュジーらだった。相手はスケルトンではなく、これまでも大街道沿いの森でよく見かけていた「黒いヤツ」だ。屍を漁りに来た黒い獣と、荷物を漁りに来たリュジーたちが鉢合わせてしまったようだ。しかもこの黒い獣は、後足で立ち上がるとリュジーよりも一回り大きい、クマのような形の大型個体だった。喧騒に近づくと、一人の男が後方で吹き矢のようなものを持ったまま倒れているのが見えた。黒い個体は身体を揺すりながらうろつき、倒れた男の様子を窺っている。アルマがさらに距離を詰めると、獣のうなじに細い針状のものが刺さっているのがかすかに見えたので、男らが毒の回りを待ちながら応戦しようとしていたことを察した。しかし、倒れている吹き矢の男の生死は不明だ。立っている者は一人だけ。その者は、黒い獣が向いている方向から逸れた場所から獣に迫っていた。立っている男は何かを抱えている。別の成人男性と思われる身体——おそらくは遺体——を抱えたまま反動をつけ、アルマが見ている間に黒い獣に向かって投げつけた。亡骸を囮にして、倒れている人物から気を逸らそうとしているようだ。投げつけた男はリュジーだった。リュジーの非力さでは囮の身体はそれほど飛ばなかったが、獣の注意は倒れている男からリュジーに向いた。


獣は毒の苦しさに体液を撒き散らして暴れながら、リュジーのほうに向きなおった。リュジーは短剣を投げつつ全力で後退する。一瞬の間に短剣が獣の目に刺さり、しばし獣が立ち止まって異物を取り除こうと前脚で足掻く。仕草までクマのようだ。


「助けが必要か?」


アルマが叫ぶと、即座に「頼む」とリュジーが叫んだ。誰が叫んでいるか確認する余裕もないようだ。


アルマはクマの攻撃範囲に入るギリギリ手前で立ち止まり、まじないでクマの心臓をググッと縛った。獣の身体が大きいため、人に対してよりもかなり大きな力でしばる必要があり、しばらくはのたうち回る獣とアルマのまじないとの見えない攻防が続いた。なんとか獣の息の根を止めることに成功したことを悟ると、アルマは肩にかけた薬草の袋を地面に下ろし、膝に手をついて乱れた呼吸を整えた。あの巨躯が猛スピードで突進してきたらただでは済まない。アルマは攻撃を受けずに黒い獣を倒せたことにホッと安堵の息を吐いた。


黒い獣はぴくりとも動かずに転がっている。


「……何をしたんだ?」


リュジーは不審げに倒れた黒い獣とアルマを交互に見つめている。


「ちょっと、な。たぶん、もう大丈夫だ」


アルマが言うと、リュジーも半信半疑な顔でアルマを見た。

倒れていた吹き矢の男がゆっくりと身体を動かした。どうやら何かの衝撃で気を失っていたようだ。大きな傷がないか、とアルマが起き上がる男の身体に目を走らせる。


「……また、あんたに助けられたようだな?」


リュジーがそう言いながらアルマに近寄ってきた。途中、自分が投げ損ねた男の遺体の横を通る時にその姿を一瞥したが、リュジーの顔にはなんの表情の変化もなかった。


その遺体になっている男は、見間違いでなければ昨夜生き残ったギャリソンの三人のうちの一人だったのでは、とアルマは考えた。


リュジーがアルマのところまできて、ガックリと肩を落とした。気落ちしているというよりは疲労のためのようだ。「さっきのはどうやったんだ?」ともう一度リュジーに尋ねられたアルマは「たまたま私の力がうまくハマっただけだ」と誤魔化すように言った。そしてアルマは地面に転がっている黒い獣に近づいた。リュジーはおとなしくアルマの後について黒い獣のところに戻ってきた。吹き矢の男も立ち上がり、こちらに来る。彼も倒れている男の遺体をチラリと見たが、状態の確認のためにちょっと視線を留めていたという程度ですぐに前に向きなおり、それきりその遺体には目も向けなかった。




「これ、下まで持って降りるのを手伝ってくれないか」


アルマは黒い獣に目をやりながら、リュジーに声をかけた。


「どうするつもりだ?」

「……朝ごはんだ。いや、調理してたら昼ごはんか」


やめておけ、毒が回っているぞ、と二人が口々に反対していたが、全く意に介さないアルマの態度に気押されて、最後には手を貸してくれた。男たちは獣に襲われる前はやはり辺りを物色していたようだった。二人はあたりに散乱していた収穫物をもう一度まとめて背負い直してから、アルマを手伝って獣を運んでくれた。男らは二人とも体格こそ大きくはないが、どちらもクセのありそうな不健全そうな、奇妙な見た目をしている。見る者を不安にさせるような近寄りがたい雰囲気だが、そんな見た目に反して、意外と気づかいができる男たちのようだ。


「あなたたちはこれからどうするつもりなんだ? どこかに行こうとしてただろう?」


黒い獣を引きずりながらアルマがリュジーに尋ねた。アルマにしてみれば、こういう世間話は作業をしながら話すに限る、とでもいうように気軽に話しかけたつもりだった。しかし、大型獣の片足を掴んで引きずっているリュジーは細い肩で息をしていて、返事をしようとするが息が上がってなかなか話せない。本当に体力がなさそうだ。


「ハアッ ハアッ、上で、食糧や荷物を手に入れたら、ずらかろうと思っていたのさ。……もともと子守りは性に合わねえ」

「メテオとかいう人が戻るのを麓の野営地で待たなくていいのか?」

「いや、まぁ……。うん。いい、そうするよ。オレの考えが甘かった。オレたちだけじゃずらかるにしても道中が危険だってことがわかったよ。ハァ、ゲホッ。しかし、おっもいなコレッ。……はぁ、さっきムクロからマントを取ってきたから、そいつを着ていたらなんとかなるかもしれないが……マント頼みなのも心許ない。一旦、野営地に留まるわ」


よく見ると、リュジーの今着ているマントは大きく破れている。聞いたら昨夜襲撃を受けた時に隠れていて鎧の亡者に攻撃を受けて破られたらしい。攻撃されながらも破れ目を握って沈黙を守ったので生き延びることができたそうだ。


「マントが破れてたからだろうな、今朝は獣に気付かれちまった」


何気なく話すリュジーの言った内容に、アルマは疑問を覚える。


「……そのマントを着てれば獣よけになるのか?」


アルマの不審げな顔を見て、リュジーは一瞬、おっと、という顔をして黙ったが、少し考えた後でまた口を開いた。


「そうか、知らなかったんだな……。二度も助けてもらったあんただから話すが、このマントはバージア城兵の亡者が着ていたマントだ。メテオさんが用意した物だ。闇の精霊力が込められていると思う。これがあれば、亡者どもや黒い獣に害されないようだ。そんで、昨夜オレのが破れたから、ムクロのやつから頂戴しに来たのさ」

「へぇ……」


アルマの力の抜けた返事に、表情を伺うようにリュジーがアルマを見た。仲間の死体から物を盗るなんて、善良な民は嫌悪感を抱く。聞き手によっては憲兵に突き出されてもおかしくない行為だ。彼女も嫌そうな表情をしているだろうか?


「……ちょっと、下にいるみんなの分も盗ってくる」


しかし、アルマはそう言ったかと思うと黒い獣を放り出して丘の上に向かって走り出した。


「あなたたちは先にそれを下に運んでてくれ!」

「ふはっ」「はっはっは」


来た道を急いで登りながら、思い出したようにリュジーらを振り返って叫んだアルマを見て、たまらず男たちが笑い出した。


「待ってるよ。俺たちには休憩が必要だ。どうやってクマ公を倒したのかも聞きたいしな」


リュジーも上に向かって叫んだ。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





黒い獣の鍋が出来上がったのは昼も過ぎた頃だ。

鼻をつまんで恐々と皆が見守る中、アルマは浄化のまじないを駆使しながら、有無を言わさず獣を解体した。その自信満々な姿に妙な説得力を感じたのか、はたまた空腹には勝てなかったのか、出来上がった頃には異臭も消えて食欲をそそる香りに変わったスープを前にして、「味見(毒味)ならしてみてもいいかな」とエースが言い出した。エースは野草の下処理を任されていて、仕上げに葉の部分を鍋に放り込んでいるところだ。


しっかりと叩いて柔らかくなった獣肉と、香りのよい野草の塊根が長時間煮込まれて、えもいわれぬ芳香を漂わせている。しかも量はたっぷりとある。トリブ地方に来てからこれまで出番のなかった大鍋が活躍し、ほとんど使われてこなかった調味料類もまだまだ潤沢にあった。


鍋からは味のよさを想像させる芳しい匂いが立ち昇り、たまらず数人が器を差し出した。




青の塔の棟梁の孫であるグンナーと、グンナーと一緒に行動しているユーリスの二人もさっさと器を出して空腹を満たした側だった。二人は昨夜の襲撃の際にずっと隠れていた後ろめたさからか、お互い以外には心を開かずほとんど口を開かないが、今のところおとなしく集団に加わっている。青の塔の子どもたちについては、昨夜の恐怖体験から精神的に、怪我などから肉体的に、心身ともに回復するまでは様子をみようというエースの意向で、まだこれからのことなどをきちんと話せていない。




ウーリャはエースが食べ終わってしばらく時間が経つまで経過をみた。黒い獣の肉を食べたことによって、エースの体調に変化がなさそうなことを確認してから、ウーリャもおずおずとスープを口にした。こうして全員が久々にお腹いっぱいになるまで食事を堪能した頃だった。




ベノアの城下町の方角、かなり遠い場所から騒々しい音が響いてきた。そして、轟くような地響きが音に続いたかと思ったら、何か小さく輝くものが城下から飛び出した。それが丘の方向に向かってくるのが最初は豆粒のように小さく、じきに大きな獣の姿として皆の目に見えてきた。


獣のようなものは、一行の顔ぶれを確認できるほど近くに来ると、立ち止まった。


その大型の獣の体は美しく明るい水色の毛並みに覆われていて、毛色の濃淡で水が流れるような流麗な紋様が描き出されている。猫科の猛獣を思わせるキリリとした目元が、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。さらに、よく見るとその背中には一人の男が水色のベルトのようなもので縛り付けられている。


「お、おい」


リュジーが戸惑うように水色の獣に声をかけた。正確には、その背中でぐったりと昏倒している男に声をかけたのかもしれない。


「コルグだ……」


皆が注目する中、リュジーがそう言い、「スカッパー、手伝え」ともう一人のギャリソンの男を呼んだ。そして、恐る恐るといった様子で二人で獣に近づく。


「まさか、お前、メクシなのか……?」


リュジーが水色の獣に向かって小さな声で呟いた。

獣はリュジーの言葉には反応せず、しばらくの間、ゼブレイの丘の上のほうを向いて鼻をヒクヒクと動かしていた。それはまるで、ここが目的地かどうか決めかねているような仕草だった。しかし、周辺の様子や自分に近づき口々に話す男たちを見比べているうちに何かを納得したのか、獣は皆の見ている前で屈んで身体を伏せ、背中を優しく揺さぶった。毛色と同じ水色の、ベルトのようなものが自然に切れて獣の毛並みに溶け込んで消え、背中に乗っていた男が低いところから音もなく地面にずり落ちた。


「コルグ!」「怪我してる」


スカッパーが振るい落とされた男を介抱しようと歩み寄った。

水色の獣は、男たちの動作を確認するように眺めたあとで、サッと向きを変えて去ろうとしている。


「メクシ、お前がここにいるということは、メテオさんはどうなってる……?」


立ち去ろうとする水色の獣は、そう声をかけたリュジーをチラッと振り返った。しかし、何も声を発することなく、再びもと来た方角、ベノア城の方へと急いで駆け去って行った。




アルマが地面に横たわる男に歩み寄り、観察する。


「治療したほうがいいか? かなりひどくやられてる」

「……」


リュジーとスカッパーが顔を見合わせる。リュジーがアルマの表情を伺うように言った。


「あんたら……、いいのか?」

「さぁ?」


アルマもエースを振り返る。ギャリソンの幹部らしいボルグのことも絶賛治療中だし、今更だよな、と思ったがエースの立場もあるかと思いながら、一応判断を仰いだつもりだ。


「……」


エースも黙って考えている。なし崩し的に皆の治療をしているが、男たちとエースらはもともと領地「青の塔」を襲った「ギャリソン」という盗賊団と、領主直属の兵士の一行という間柄だ。交換条件の計算をしないわけでもなかったが、少し視線を落としたあとでアルマを見やり、何も言わずただ小さく頷いた。


「……すまねぇ」


リュジーが下を向いて小さく呟いた。

そして、先ほど丘の上で犬死にした仲間に対してとは異なる、情がある眼差しを横たわるコルグに向けた。




アルマは男たちに手伝わせて、コルグという大柄な男を重症者のいる焚き火のそばに連れて行き、まじないによる治療を始めた。


——名前も顔も似てるし、そっちで寝込んでいるボルグとこのコルグは兄弟かな。


アルマはそんなことを考えながら傷を浄化しては、まじないで傷を塞いでいく。自分のまじないの威力では不十分な深い裂傷もあるので、塗り薬もしっかり使ったほうがよさそうだ。キャレリーに手伝わせながら処置をするアルマの耳に、ベノア城からの轟く地響きがさらに大きく伝わってきた。


——音が、近づいてる?


治療に集中していたアルマがやっと気付き、顔を上げて辺りを見まわした。

エースやウーリャは既に異変に気付いており、遠見をしようと丘の中腹に上がっていた。リュジーらはアルマの近くにはいたが、やはり地響きのする城の方向を眺めている。何か大群が押し寄せているようなどよめきが鳴り止まず、城下町の中から響いているように感じられる。巨大な物同士がぶつかるような、鈍い破壊音も時折り聞こえてくる。


丘の上にいたエースとウーリャたちは距離と暗さのせいで、やはり遠くまでは見通せないようだった。


「城の方向がなんだか妙に暗いんだよな。あっちだけ深夜みたいだ」

「気配も怪しいわね。城下町からもっと離れたほうがいいかもしれないけど、怪我人が多すぎるし……」


エースとウーリャがそう話しながら丘を降りてきた。

偵察がてら丘で採ってきた血止め用の薬草を、ウーリャがキャレリーに手渡している。キャレリーは受け取った薬草からきれいな葉を選んで摘み取り、薬研ですりつぶしてから傷口に塗り付け始めた。なかなかに慣れた手つきになっている。


——治療にまじないを使うから、今は鳥の目を借りたくはないなあ。


アルマは黒い飛翔体の視界を借りた時の嫌な気分を思い出して、顔をしかめた。それに、めぼしい飛翔体も音に恐れをなしたのか、今は見当たらない。


轟く地響きは大きくはなったが、ある一定の距離で止まっているのか、それ以上は近づいてくる様子がない。




フロイドとケリー、パダーも回復していた。三人とも空腹なところに芳しいスープの香りを嗅いで目を覚ましたので、黒い獣の肉だと聞かされても抵抗なく食べた。傷に薬を塗ってボロ切れを包帯のように巻いているのが痛々しいが、本人たちはかなり元気そうだった。


昏睡に陥っていた者たちの中では、体力のある大人のボルグが先に意識を取り戻した。横に寝かされている弟のコルグに驚き、異形の者、金色の髪と瞳の少女が自分たちの世話をしていることに不審げな眼差しを向けた。しかし、リュジーの説明を聞いて一応は状況を理解したようだった。


しばらくしてボルグの調子が戻ってきた頃、意識のある全員がボルグのいる焚き火の側に集まった。オシンとケンジの二人はまだ、寝苦しそうに汗をかきながら隣の焚き火のそばで眠ったままだ。


まず、ボルグはエースとアルマに深く感謝の意を伝えた。ゼブレイの丘で助けられたことやコルグのことをリュジーから聞いたからだ。さらにボルグは、弟のコルグが戻ってきた時のことも彼から詳しく聞きたがった。


「——水の精霊の眷属のような者がコルグを連れて戻ったのか。……そして、頭はまだ戻らない、ということだな」


ボルグは座った姿勢でそう言うと目を閉じ、腕を組んで黙考した。

しばらく時間が経ってから、ゆっくりと目を開いた。




「どこか痛むのか?」


ボルグが口を開く前に、アルマがすかさず聞いた。


「いや、すまん。体調は大丈夫だ。……しかし、なんだ。……本来なら相容れないはずの面々がこうして集っているのだな」


タザランド領の兵士らと異国の兵士アルマ、盗賊団の生き残りに青の塔の子どもたち、と順々に視線を移して異様な面子を眺めながら、ボルグが改めて状況を把握するように言った。


「あの、」


声の出所を瞬時に察知して、ボルグのするどい眼差しがエースの上に止まる。エースはその気迫に一瞬ためらったが、すぐに気を取り直してボルグへの言葉を続けた。


「ボルグ、まずはここにいる異国の兵士であるアルマの力によってあなたの傷が回復したことは喜ばしいことです。彼女の力が無ければあなたを含めて何人かが確実に命を落としていたでしょう」


エースの口調は固い。


「目覚めたばかりで申し訳ないのですが、率直にお尋ねします。あなたがたは青の塔の武器を奪い、子どもたちを誘い出してトリブ地方に来て、どうするつもりだったのかを教えていただきたい」


「……」


「……見たところ、あなた方はこの丘でかなりの損害を被っている。何にせよ、あなたたちの計画は頓挫しているように見えるのですが……」


「……」


厳しい顔つきで単刀直入に問いかけたエースの言葉に、ボルグはすぐには答えなかった。エースの言葉も尻すぼみになり、相手の反応を待つかのように止まった。全員が二人のやりとりを見守る中で、青の塔の少年、ケリーがぽつりと呟いた。


「あ、消えた」


訝しげにケリーを見やる者と、頷いたり同意したりする者とが半々だった。

先ほどまで轟いていた遠雷のような地響きが、急に聞こえなくなったのだった。


思案するボルグの表情が、悪い予感が過ぎったようにいっそう険しくなった。


「タザランド城のエースとやら、……もう少しだけ返答をお待ちくださらんか。我々の頭が戻れば我らギャリソンの状況も変わる」


苦々しげな表情でボルグが言った。


「ギャリソンの頭とはメテオという者で間違いないですね? 彼はあそこの城へ行ったと、そこのリュジーという者から聞いていますが?」

「そう。ベノア城だ。だが、今はそれ以上話せない」


ボルグの目がエースから逸れて、リュジーを見据えた。「余計なことをしゃべるな」という牽制だろう。リュジーは細い肩をキュッとすぼめてボルグから視線を逸らす。決意の固そうなボルグの返答を聞いて、エースも一旦は引き下がった。


「……わかりました。 では……喫緊の予定だけ決めましょうか。丘の上で夜を明かすのは危険だと分かったので、このゼブレイの丘の麓で城からの伝令か、メテオの戻りを待つということでいいですか? 」

「……あんたたち領主側の目的は何だ? なぜこんなところまで我らを追ってきた?」

「我々は……青の塔の子どもたち及びそこに眠っている少年をタザランドへ帰すことが目的です」

「……子どもを取り戻すためだと?」


おそらく領主の命で兵士が盗賊団を追ってきたと思っていたボルグは、ますます解せない顔になる。


「なぜ辺境の青の塔のためにそこまでする? その少年は何者だ?」

「それこそ、こちらに話す義務はありません。タザランド領の兵士とだけお伝えしておきます。しかし、このトリブ地方の状況について教えてもらえるなら、こちらとしても対応を考慮します」

「……」


ボルグの口が重くなった。情報の価値を測っているのだろう。そんなボルグにリュジーが声をかけた。


「いいじゃねえか、ボルグ。あの嬢ちゃんがいなかったら俺たちみんな死んでたんだ」

「……」

「それに、連中はマントのことも知らなかったようだ。俺、嬢ちゃんに話しちゃったけどな」

「!」


ボルグが苦々しげな表情を再びリュジーに向けたあとで、黙ったまま自身のこめかみに片方の握り拳をあて、感情を沈めるようにグリグリと揉んだ。


「マント?」


エースがアルマを見て言った。


「あー、黒い獣の解体で忙しくて忘れてた」


そう言うと、アルマがひょいと立ち上がって黒い獣の廃棄物が置かれた辺りに行き、そこに雑多に置かれていた数着のマントを抱えて戻ってきた。


「丘の上で死んだあなたたちの仲間の分だ。悪いが話は聞かせてもらった。これはこれから私たちが身につけさせてもらう」


アルマがボルグにマントを見せながら、なんだか悪者のような口ぶりでちょっと得意げに言った。そしておもむろにマントを配る。


「アルマ?どういうこと?」


ウーリャがマントを受け取りながら、困惑してアルマに問いかけた。


「このマントはバージア城の城兵が身につけていたものらしい。その城兵ってのは、おそらくスケルトンだ。そうだな? リュジー」

「ああ、城兵の亡者のものだよ、嬢ちゃん」

「そしてこれを身につけると、どうやらスケルトンや黒いヤツに襲われないらしい」

「そうなのか!」


エースとウーリャがアルマの言葉に驚いた。


「そうだよ。オレたちは普段からそれを着てる。昨夜はそれを被って鎧の亡者から隠れていたんだ。ボルグさんに言われてね」


ケリーが言った。


「バージア城兵ってことは、あなたたちはトリブ地方に来てからずっとそれを着ているってことか? ここまで誰からも攻撃されず?それはすごいな」エースが言った。「だが待て……どういうことだ?これまではマントのおかげで無事だったのに、鎧の亡者ってやつにはマントが効かなかったのか?」


エースが言った。


「いや、マントに隠れて静かにしていたら昨夜も大丈夫だったはずだ。やられた仲間は襲撃者に気付いた時に、闘うことを選んだ者らだけだ。ワシも警告のために声を出したから、亡者に気付かれて刺された」


エースの疑問にボルグが答えた。


「……それを着て敵意を見せなければ見逃されるということか?」エースがつぶやく。

「たぶんそういうことだ。リュジーにさっき教えてもらって、それで四人の分も取ってきた」アルマが言った。


「死者の分を、ね……」


ウーリャが微妙な表情で言ったが、言うほどには嫌悪感を持っていないようだ。合理的に考えなければ兵役は務まらない。


「……それだけじゃねぇ〜」


予期しない場所から弱々しい声が聞こえた。


「おそらくだが、このマントを着ていればトリブ地方から出られる。そうだろ〜? ボルグ」


焚き火を挟んで向こう側で寝かされていたケンジが気だるげに上半身を起こしていた。もじゃもじゃの髪が寝汗でちょっとしんなりとして落ち着いている。

ボルグはケンジの言葉にもフンッっと不満げに鼻を鳴らしただけで、答えなかった。


「あんたらギャリソンは、このマントの効果を知って、これまでもトリブ地方と青の塔を行き来してた。違うかぁ?」

「違う」


ボルグは思わずといった様子で反論してしまったが、それ以上は口をつぐんだ。


「……とりあえず、マントはありがたく使わせていただこう。そして今夜はここで野営。明日のことは明日、考えよう」エースがこじれそうな雰囲気を察して強引に締めた。


「待って、エース。あの、ボルグ、どうしてトリブ地方は異相に入っているの? 領民はどうなったの? 教えていただけませんか」

「異相? いや、……」


ウーリャが必死な様子で質問をボルグに投げかけた。しかし、ウーリャの発言にボルグはちょっと驚いたように何か言いかけたが、苦しげにため息を吐き、そのまま沈黙した。


「ウーリャ、メテオが戻るまで待ってみよう。彼も独断では話せないんだろう」


エースが小声でウーリャをなだめた。

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