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丘の上では生存者の確認が始まった。皆が声を出して安全を呼びかけると、潜んでいた何人かが複雑な表情で姿を現した。それから傷が深い怪我人を手分けして丘の麓へ下ろした。
作業をしている間じゅう頭上で光っているのがアルマの作った巨大な光源であると知ると、皆驚いて何度も見上げたりしていたが、そうのんびりもしていられない。ひとまずは更なる危険に備えて全員が速やかに丘の下に移動した。もちろん光源も皆と一緒に動いている。丘の北側、城下町がある方向へ下るようケンジとフロイドが主張したので、そちら側にゆっくりと降りる。
丘の上に闇が戻ると、再び鎧の亡者が出現しているようだった。鎧の亡者らは侵入者の気配を追いかけて、アルマの作った光の外側ギリギリのところまで付いてきていることが音でわかったが、光の届く場所までは来ようとはしなかった。丘を下りると同時に亡者の気配もなくなった。
まだ夜明けまでは時間があるということで、丘の麓では生き残った全員が焚き火のそばに集まり、火を囲んで休息をとっている。
「アルマがさ。人の声が聞こえるって言ってあの光源を作ったんだ。闇の中で闘っていたようだったからさ。まさか奴らが光に当たると隠れるなんて思わなかったから、戦う手間が省けた」
エースが焚き火の側に座っているケンジに語りかけている。エースもケンジも焚き火を眺めたまま、互いを見ていない。ケンジは黙ったままだ。
アルマとウーリャは別の焚き火のところで怪我人の対応をしていた。
重傷者は二名。背中から槍のようなもので突かれたボルグと刀傷の深いオシンで、見つかった時は両者とも意識がなかった。
ボルグはギャリソンのメンバーで、メテオの片腕ともいえる存在だ。大柄な中年男性で水の精霊力を持っているが、闇の中ではあまり役立たなかったようだ。鎧の亡者らは、大声を出して皆に注意を促したボルグを狙い、マントに隠れていたボルグの心臓部を狙うように一突きにした。幸いなことに急所はそれているが、傷は身体を貫通している。傷の深さと出血のせいでボルグの意識は戻っていない。一方、オシンのほうは剣で斬られたあと自力でマントに身を隠したようだ。そのまま意識を手放したことで気配が消え、結果的に鎧の亡者の追撃を免れることができたのかもしれない。オシンもまだ意識不明のままだ。背中合わせで闘っていたケンジとフロイドの二人は、しばらく丘の上で脱力して倒れていたが、皆と一緒に自力で歩いて丘を降りた。傷だらけのフロイドも今はアルマの治療を受け、手持ちの薬を塗られて、ケリーやパダーなど他の怪我人と一緒に眠っている。
丘を降りる前の検分では、見張りのフィル少年の遺体を確認した。同じく青の塔の砂鉄採取場から一緒に来たティンダルズという少年も反撃に加わり亡くなっていた。ギャリソンの配下の被害はもっと壊滅的だった。寝込みを襲われた者や襲撃直後の攻勢で十数名が亡くなっていた。怪我もなく生き残っていたギャリソンの配下は、三人の男だけだった。
襲撃者がいなくなってからひょっこりとマントから顔を出した者の中には、グンナーとユーリスという二人の青の塔の子どももいた。二人とも顔色が悪く疲れた様子だったが、皆と一緒に大人しく丘を降りた。
「……なんでお前らがここにいるんだぁ?」
エースと一緒に焚き火にあたりながらも、むっつりと黙り込んでいたケンジが、やっと口を開いた。
「ケンジを連れ戻しに来たに決まってるだろ」
「頼んでね〜〜な」
ケンジは強く言い放った。とりつく島もないくらいにエースを拒絶している。
「どうして班を離れた? 青の塔の人たちにそそのかされたのか? なんでオレたちに何も言わなかった? なぜトリブ地方に渡ったんだ? これからどうするつもりなんだ? 聖地に行くのか?」
エースが、穏やかに聞こえるように声を抑えながら、質問を並べた。
「——ってさ。お前を見つけたら胸ぐらを掴んで揺さぶりながらそうやってまくし立てててやろうと思ってたんだ……最初は。でも……」
エースは言葉を切って、ケンジを眺めた。全身に刀傷や打撲痕があり血も止まっていない。内臓か骨をやられているのか座っているのも辛そうな様子なのに、怪我人が集められている場所へは行かないところがケンジらしい、と思った。
「……なんか、お前。……ボロボロだから」
「ボロボロじゃね〜よ」
「とりあえず、お前が無事でよかった」
「……」
「で、どうするんだこれから?」
「聖地に行く」
「精霊儀式のため?」
「ああ」
「そのあとは?」
「なんも聞いてね〜」
「その後で盗賊団に利用されるとは考えないのか?」
「……」
「あと、なんであの丘の上で闘ってたんだ? 敵はあの追っかけてきてたスケルトンだけか? 人間もいたのか?」
「スケ……? 鎧の亡者のことか? 亡者だけだよ。なんで襲われたかなんて知らね〜。なんかアイツらが野営地ミスったんじゃね〜の?」
「『鎧の亡者』って呼ぶのか……。 たしかに鎧の音がしてたけど。あいつらが着てた鎧、ゴツかったな。 だが、灯りだけで居なくなったのには驚いた」
「おそらく昼間はあいつらは出てこないんだろ。丘の上には集落もない。だからギャリソンの奴らも丘は安全だと考えてたんだと思うぜ〜」
「あのメテオとかいう盗賊の首領の少年はいなかったようだけど、スケルトンにやられたのか?」
「いや、二日前から別行動だ。今日あたり丘の上で合流する予定だった」
ケンジが肩で息をしていることに気づき、エースは話を途中で切り上げた。
「ケンジ、アルマに診てもらってこい」
きっと反発されるんだろうな、と思ったが意外にもケンジは素直に立ち上がり、足を引き摺りながらゆっくりとアルマのいる焚き火のほうへ行った。
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アルマは皆の軽い傷を清潔にしたり治療したあとで、ボルグとオシンに付き添っていた。キャレリーとウーリャも先ほどまで手伝ってくれていたが、落ち着いたので怪我人のいる焚き火の近くで休んでいる。キャレリーもウーリャも身体に毛布を巻き付けて、しばらく前から静かだ。きっと朝まで目を覚まさないだろう。
——傷はふさいだし、骨も継いだ。薬も効いてるようだし、体力が保てば二人の意識も戻るだろう。明日から熱がでるだろうから移動は無理だな。さて次は……冷やした布でも用意しておくかな……。はぁ……。
「おい」
「ん?」
背後から声をかけられた。ケンジだ。さらに近づいて来たケンジを見てアルマはフッと息をもらした。近くで見ると予想以上にボロボロだったからだ。
「笑ってんじゃね〜」
ぶすっとした表情のままケンジがアルマの横に立っている。アルマは怪我人の横の地面に座っている。アルマはケンジの態度にかまわず言った。
「座ってくれ。診るから」
ケンジはアルマの口調が砕けていることにちょっと驚き、アーモンド型の目を丸くした。アルマは自分の口調が変わったことなどすっかりと忘れているのか、ケンジの驚きに気付かない。
なかなか横に座ろうとしないケンジに、アルマは不審に思いながら顔を見上げた。すると、
「……ありがとう」
目が合ったケンジの口から、とても小さな声で感謝の言葉が漏れた。先ほどと同じ、怒ったような表情で突っ立ったままだが、アルマには伝わった。アルマは片方の眉をちょっと上げてからまたフッと息を吐いて言った。
「どういたしまして」
あとは無言で、横に座ったケンジの仕草を観察し、すぐに「そのまま横になれ」と有無を言わさずその場にあった布の上にケンジを仰向けに寝かせた。アルマが簡単に身体の状態を確認して言った。
「ケンジ、これから治療をするんだけど、たぶん治療の効果であなたは眠ってしまうだろうから、先に頼みたいことがある」
アルマは真剣な表情だ。ケンジはそれを見て、ちょっと構えた表情になった。
「……んだよ?」
「その……、なんか食べるもの持ってないか?」
「クソッ」と言いながらケンジは遠くにある自分の荷袋を指差した。
もう起き上がれる気がしなかったからだ。アルマはすぐにその袋を取りに行く。一足ごとに明るい黄金色の髪がふわふわと揺れている。アルマの気持ちが食べ物を前にして弾んでいることを察しながら、ケンジはアルマの後ろ姿を呆れたように見ていた。袋を手渡されると、大したものねーぞ、と言いながら寝たままで袋を漁り、糧食をいくつかアルマに投げて寄越した。アルマは目を輝かせて受け取ると、腹減ってて、とか、すまんな、とか言いながら渡された分を全てたいらげた。食べ終わると居ずまいを正して、横たわるケンジに寄り添う。
「では」
気を取り直して、ケンジの痛み具合などを確認しながら手のひらを患部にあててまじないを使っていく。アルマの頬に食べカスがついていたが、ケンジは何も言う気が起こらないまま、すぐに身体の力を抜いた。ケンジが眠ってしまうまで、そう時間はかからなかった。
盗賊団ギャリソンの大人で生き残っていたのは、ボルグを除いてたった三名。いずれもボルグの指示を聞いてマントにくるまって難を逃れた、非力そうな男たちだった。隠れていたので怪我もない。
三人はウーリャの作った焚き火の一つを、断りを入れて使っている。そのうちの狡猾そうな鋭い目つきの男が、エースらとの交渉を担うことになったようで、先ほどの助力と焚き火とボルグの治療についての礼を言ってきた。そして驚いたことに、配下三人の手持ちの食糧の全てを、生き残った者らやエースら全員に配ってくれた。
「なに、朝になりゃ丘の上の死んだ奴らの食糧を取ってこれるから、全部配っても問題ねえよ」
男は鋭く細い目をさらに細めて笑い、冗談とも本気ともとれないことを言った。男はリュジーと名乗った。ガリガリと言えるほど痩せた体躯が不気味さを感じさせるが、不思議と瞳の色は淡く澄んだ空を思わせる美しい水色だった。風の精霊の力を持つらしい。




