表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/46

42

コツ、コツ、と鈍い革靴の音が、石の回廊に響く。

歩くのは全身を覆う漆黒のマントを目深に被った二人の男だ。

石の回廊は、かつての栄華の名残を忍ばせる重厚な造りの城の中へと続いている。城内は地下通路を歩いているかのような不自然な闇に沈んでいた。


一人は歳若い体格だがヒョロリと背が高い。マントの袖からのぞく右の手指には紋章の入ったシグネットリングが銀色に鈍く光っている。マントの上から帯剣しており、剣の柄にも同じ紋章が見えた。背の高い少年の後ろを周囲に気を配りながら歩くのは中年の男だ。筋肉質な人特有の足運びからして護衛のようであり、同じくマントの上に腰ベルトで帯剣している。


ほぼ闇の中といえるくらいに暗い回廊の石畳の上は、長い間誰も手を入れていないかのようにところどころ泥のような塊がこびりつき、埃が厚く積もっている。長い間換気をしていない古びた匂いが通る者の気分を滅入らせる。壁面には、今にも消えそうなロウソクがずらりと回廊に沿って灯されており、炎を瞬かせている。灯りが届く範囲は小さいが、頭上には分厚く垂れ下がった蜘蛛の巣に埃が積もっているのがうっすらと見える。描かれていたはずの美しい天井画は、暗さと汚れでその存在を完全に隠していた。


回廊に沿って続いているのはロウソクの明かりだけではない。


黒いマントと色褪せたボロボロの布切れを申し訳程度の身に纏った亡者たちが、歩くものを見定めるように壁沿いにずっと立ち並んでいた。亡者たちは朽ち果てたように微動だにしない。一様に空洞な眼窩をしており、その形を成している白骨のところどころに乾いた肉が張り付いているのが見える。手には各々、柄の長い戦斧や槍、盾などの武器を携えて、身じろぎもせずに並んでいる。一見して悪趣味な装飾のようでもあるが、望まない通行人に対してもそれらの亡者らが静寂を保っているかどうかは怪しく思えるほどに、その眼窩の奥から敵意に満ちた視線が発せられていた。


彼らは見つめている。通行人がそこを通るに値する身上であるかどうかを。そう思わせる緊張感が回廊には満ち満ちていた。


ふと、二人が歩みを止めた。


回廊が終わり、謁見の間の前に来ていた。


二人のうち、前を歩いていた若い少年が、立ち止まったまましげしげと謁見の間の入り口と、その向こうの筒抜けになった謁見の間を眺めた。


謁見の間の入り口には重厚な扉があったはずだが、一つは外れて入り口の横に横たえられ、埃をかぶっている。もう一方の扉はどこにも見当たらない。いや、入り口の横に粉々になった瓦礫の山があり埃をかぶっているが、もしかするとそれがかつて扉だったものかもしれない。


足を止めて扉の行方について思案していた少年は、チラリと同行者を振り返ったのち、マントのフードを外した。身長の割に幼い顔立ちの少年の風貌があらわになった。右目には隻眼用のパッドがあてられている。ボサボサの長い髪がマントの中に収められているようで、襟から背にかけてふくらみでその存在を主張している。少年は青の塔で悪名を轟かせた盗賊団『要塞(ギャリソン)』の頭、メテオだった。


メテオは再び歩を進め、ひびだらけの壁をくぐり、謁見の間に足を踏み入れた。メテオの配下らしい同行者もフードを外し、大きく息を吸い込んで主人に続いた。





謁見の間も、回廊と同じように儚げなロウソクの灯りが壁に沿って据えられている。

さらに何百体という数の亡者が謁見の間を埋めるほどに立ち並んでいる。どれも微動だにしない。異様な雰囲気の中、二人は乱立する亡者らの隙間を縫うように玉座の前まで進み出た。


かつての豪奢な色は褪せて、灰色と闇に支配されたような玉座が一段高い場所に備えられていた。そしてその玉座には、一体の白骨化した遺体のようなものが鎮座している。頭蓋骨は右に大きく傾いだまま時を止めたように背もたれにもたれ、王冠はそこから落ちたままに床に転がっている。かつてシルクや天鵞絨だった豪華な衣服は色褪せ、埃に白く覆われてところどころ朽ちていた。


「……」


メテオとその配下の男はしばし、その玉座を眺めていた。玉座も玉座のあるこの部屋も、もともとこのように仰々しい広間だったろうか。一介の領主の謁見の間としては悪趣味なほどに豪奢な造りになり、そしていつの間にか朽ちていったようだ。






「……父上」


やがてメテオが玉座に向かって、そっと独りごちるように言った。


するとしばしの沈黙ののちに、事切れて久しいはずの身体から、じわりと暗くうごめく闇が染み出した。


濡れた紙に墨が滲んでいくように、闇は亡骸を取り込んだ。闇が亡骸全体に染み渡ると、操られるような奇妙な動きで亡骸が身を起こした。玉座から溢れた闇が床をつたい、転がっていた王冠をすくいとり、ゆっくりとした動きで王冠を亡骸の頭に戻した。


「……」


互いに沈黙が続いた。


メテオは亡骸の変化に一瞬だけ、驚きと哀しみが入り混じるように目を見開いたが、すぐにその表情を優しげな微笑みに変え、その場に跪いた。


「父上、ご健勝のことと見受けます。不肖メテオ、赦免を乞うため参内いたしました。これより聖地への巡礼ののち、ベノア領主である父上の力添えのために再び戻って参る所存です」


「……」


玉座に動きはなかった。しかし、その玉座からブチリ、ブチリと不気味な音が広間に響く。闇が亡骸の表面を覆い、筋や肉を形成するようにうねる音だった。


長すぎる沈黙ののち、跪いていたメテオは立ち上がった。そして、後方でメテオにならって立ち上がった配下の男と視線を交わす。二人は、もとより快い返事は期待していなかったように頷き合い、謁見の間を後にするべく玉座に背を向けた。


しかし、入ってきた時と同じように亡者たちの間を縫って歩いている途中で、メテオは玉座から唸り声が上がるのを聞いた。


「……eセ……」


その声が聞こえた瞬間、メテオは目を見開いて玉座に向き直った。


「ち、父上ッ、……ですから、それをこれから聖地で……ッ」


立ったまま、玉座に向かって思わず言葉を放つ。

しかし玉座からさらに濃い闇が溢れ、呼びかけるメテオに向かって波のように一気に押し寄せた。とっさに、配下の男がメテオを庇うように玉座とメテオの間に身体を滑り込ませる。


「コルグ、 父上を傷付けてはダメっす!」

「しかし!」


剣を抜いた配下の男を制するようにメテオが言った。

コルグは剣を持った腕の動きを止め、代わりに風の精霊力で闇を退けてメテオと自分の周りに風の壁を作った。


「ヱ……せ……カァゑ……セ……」


玉座の主は立ち上がり、メテオに向かって手を伸ばしている。


「頭、あれでは対話はもう無理ですぜ。それに、亡者に囲まれる。逃げたほうがいい」


コルグと呼ばれた配下の男は一瞬だけ玉座に目を走らせ、メテオに声をかけた。玉座からの闇の波動を受けた周囲の亡者が、操られるような奇妙な動きでメテオらに向かって動き始めた。


「カ エ セ!!」


一際大きな呻き声でベノア城の主が叫び、二人を取り巻く闇の濃度が増した。

亡者が大きな波に押されながら、二人を潰しにかかる。コルグの作る風の壁が小さく脆くなってきた。その隙をついて、鎧を着込んだ亡者の一群が、流麗な剣技でコルグに狙いを定めて斬り込んできた。


「頭、もたない」


風の壁を支えながら剣でも攻撃を交わして、コルグがうめく。それを聞いたメテオの左の黒い瞳が赤く色を変えて瞬いた。その瞬間、二人を取り巻く壁が風から炎に切り替わる。風の壁を作る役を免れたコルグは、代わりに剣の威力を増して周囲の亡者に腕を振るう。


「くッ 父上がこんなに酷くなってるなんてッ! コルグ、お前は、お前だけでも……! なんとか丘に戻るっス」

「頭は!? どうするんです!?」


メテオはコルグの疑問には答えず、咄嗟に炎の壁を通ってきた回廊のほうへ延ばした。コルグの退路を作ったのだ。コルグは命令に抗うように必死でメテオから離れまいと風と剣を操るが、鎧の亡者に囲まれて徐々にメテオから離されていく。連携を欠いた二人の動きの隙をついて、一人の鎧の亡者の剣がコルグに届いた。コルグの背が袈裟がけに斬られる。のけ反って倒れるコルグに亡者が次々と折り重なるように剣を振るう。


「コルグ!」

「頭、それはダメだ!」


斬られながらもメテオに目を向けたコルグが、主人を諌めるように叫んだ。


しかしメテオはかまわず右目のパッドをかなぐり取った。左目と変わらない形のよいまぶたが開かれ、青い瞳が現れた。瞬時にコルグの周囲の闇を祓うように忽然と水の波が現れ、圧倒的な威力でコルグを囲む鎧の亡者を薙ぎ払う。コルグは深傷をものともせずに立ち上がり、メテオに駆け寄ろうとするが、自身の血糊に滑って倒れた。


「頭、その力は使っちゃいけねぇ……」


玉座の主が、メテオの右目がもたらした水の精霊の力を見た。

そして辺りを揺るがす咆哮を上げた。猛烈な怒りがこもった咆哮は文字どおり城を揺るがし、廃墟をいっそう崩させる。もはや咆哮は言葉にならない叫びへと変わる。


「ガァ……ヴェ……ゼェエエエエエエエエエア“ア“ア“ア“ア“ア“」


立ちこめていた濃厚なモヤのような闇が少しずつ形を取り始め、亡者の形をした人型の闇となった。人型となった新たな敵は、群れとなってメテオに絡みつく。メテオは炎の精霊力でその力に抵抗するが、玉座へは悔しげな目を向けるだけで攻撃の手を上げない。即座にコルグをかえりみると、水の精霊に命じた。


「メクシ、コルグを連れてゼブレイの丘へ逃れろ」


メテオの陰から一匹の水色の大型の獣のようなものが飛び出した。水色の獣は、崩れかけた炎の壁に沿ってコルグに駆け寄り、メテオの方へと這いずっていたコルグを咥えあげ、勢いはそのままに回廊の亡者を蹴散らしながら一目散に外へ駆けて行った。


残されたメテオの右の瞳は水色から黒へと変わっていた。左の瞳は変わらず炎のような赤を宿していて、そのちぐはぐな双眸でコルグの無事を確認しながら、メテオは周囲の亡者に炎を繰り出す。


「……カァエセェ……」


玉座の間を覆うほどの闇でできた大浪が、怒涛の勢いで押し寄せてメテオを鎧の亡者もろとも城壁に叩きつけた。メテオの姿は一瞬で闇と瓦礫に呑まれた。


黒々とした大浪はそのまま、駆け去った水色の獣を追うように回廊を押し崩しながら城の外へと溢れ出した。亡者を巻き込んで何度も繰り返し押し寄せる闇に飲まれ、メテオは耐えきれず左目も閉じた。


——父上は相変わらずオレのことには関心がないんスね。オレが奪ってしまったメクシのことにしか……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ