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もはや状況の変化に頭が追いつかなくなったアルマの意識が現実に戻ってきたのは、見慣れない料理が並ぶテーブルについた時だった。
貴族然としたテールコートを優雅に身につけた領主キースと、同じく正装をまとったその側近らが席について酒を飲んでいる中を、アルマは侍女に導かれて着席した。
キースの右翼側の二つの席には、先ほど会ったばかりのヴィクトールともう一人の側近。左翼側の二つの席には初見が二人。アルマを含めて六人の会食だ。ヴィクトールの下座に座っているもう一人の側近は、先ほども見かけた顔だ。声はかけられなかったがヴィクトールと並んで馬を進めていた、大きな体躯をした『筋肉ダルマ』という形容がぴったりな人物だった。
ゆったりとしたテーブルの、キースの対面となる席に着席したアルマは、全員の注目を浴びていることに気まずい思いをしながら、不慣れな様子で口を開いた。
「お待たせして申し訳ありません。東のランゴム竜王国から参りました、アルマと申します。領主様にはシグルトの受け入れを大変ありがた「気にするな」く思っ……」
挨拶の途中だったが、不機嫌な領主の声が割って入った。
「挨拶はいつでもできる。今日は貴様は黙って食え」
正面に座ったキースが言い放った。
「え?ちょっと?キース!僕にも挨拶させてよ!」
キースの左翼、アルマの横にかけていた若者が身を乗り出して、右のキースと左のアルマを交互に見る。
キースが冷たい眼差しでルイスを一瞥すると、とてもざっくりとアルマに説明した。
「こいつはルイス。その隣がブライス。反対側のヴィクトールとウィリアムは先ほど会ったな?」
「ヴィクトール様、先ほどはありがとうございました。そして、お言葉をかわすのは初めてですね、ウィリアム様。お会いできて光栄です。ブライス様、ルイス様、初めまして」
強面のウィリアムはアルマに呼びかけられると、長いまつ毛に囲まれた大きな焦げ茶色の瞳でじっとアルマを見つめ返してきたが、何も発言しなかった。続いてアルマがブライスとルイスに目を向けると、隣の賑やかな若者ルイスがにっこりした。ブライスは小さく首肯した。
簡潔な挨拶の後は、あらかじめ示し合わせてあったのか、アルマ以外の五名があたりさわりのない話題で談笑しつつ食事が進んだ。
アルマは、食べた。
見慣れない食材を最初は少しずつ。
失礼にならないよう遅すぎず早すぎず、一言も話さず耳だけを会話に傾けながら、ひたすら食べた。
正面に座るキースが優雅にグラスを傾けつつ、珍獣を見るような眼差しで眉間に皺を寄せたままアルマを観察していたが、気にせず食べた。
なにせ、一年ぶりの食事らしい食事だった。
間もなく、アルマの席だけは給仕にターボがかかった。優雅に、途切れることなく、美しく盛り付けられた料理が次々と運ばれた。
淑女のように磨き上げられた外見とは裏腹に、アルマは夢中で食べ続けた。そしてその心の中は歓喜の嵐だった。
——よかった!食器とマナーは私の国の上流階級のものと変わらないから、何とか真似できそうだ!
見たことのない野菜のサラダ、美味しい!この葉っぱ、ハーブみたいな香りがする? でも初めての香りでなんだか斬新! シンプルなのに味付けが絶妙〜〜〜!
こっちのスープは、控えめな味付けだけど素材のエキスがたっぷり。はぁぁぁぁ沁みる……永遠に飲んでいたい……。
この魚は……? 故郷のバロっていう魚とよく似ているな。シンプルに焼いてあるけど香辛料が違ってて面白い。うん、バターでカリカリになった皮が素晴らしい!ハーブも柑橘系の香りも故郷のものとは違ってる!
ん?これは!あの牧野で育った牛の肉だろうか?濃厚なソース!複雑な味が絡み合って何かよくわからないけど旨味がすごい!美味しい!幸せすぎて今日死ぬのかもしれない!!
よく進んだ料理はもう一皿追加され、飽きないように違う食材の料理の皿も横に置かれる。
給仕の目が鋭くアルマの卓を監視している。
——うわぁい!料理の美味しい国はいい国!間違いない!
アルマはその場の会話が途切れたことにも気付かず食事に没頭した。
いつしか皆、黙り込んでアルマの食べっぷりを眺める会になっていた。淑女然とした振舞いのまま、食べること食べること。
ほんのわずかながらペースが落ち着いてきただろうか?
給仕らがデザートのタイミングを見極めるために目を光らせた時だった。
アルマがおもむろにナイフをそっと置き、右肘を静かにテーブルについて額を押さえた。
——絶対食べ過ぎだ!気分が悪いのか!?
と誰もが心の中で思ったが………………アルマはそのままの姿勢で寝落ちしていた。
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「はははは!可愛いのに凄い子だね!」
少女が去ったあとの晩餐の間ではルイスが笑っていた。
彼女は念の為救護室に運ばれて行ったが、問題ないだろうとそのまま寝室に運ばれたという。
「あの食べっぷり良いわね。惚れ惚れするわぁ」と、ごつい見た目に反して可愛らしい声で言ったのは筋肉質な女、ウィリアムだ。
「無理もないでしょう。ほぼ一年旅をしてきたと話していましたから」とヴィクトール。「あまり制御の効かない生き物に乗っていたのですから、地上で食事などほとんどできなかったのでは?」
「しかし東の海を超えてきたとは……果てがないと言われているのに」
そう呟いたブライスは考えこんでいる。向かい合うヴィクトールと同じく濃い赤い瞳を細めて、何かを綿密に考察している表情だ。
「制御が効かないと言えば、キース。あの生き物?竜?あれは大丈夫なの?火を吐いて街を焼き尽くしたりしないの?」
「ルイス、竜は火を吐かない。だが炎の霊力くらいは使えるかもな」
「そうなの!? 吹かないの? というか使うの? 霊力」
「……正確には、霊力とは異なるようだが……」
思案するようにキースが言葉を途切らせたが、続きが出てこない。
「キース様、竜と話せるというのはどういう感じなのですか?」
ブライスが話題を変えるようにキースに尋ねた。彼らの年若い領主の口数が少ないのはこれに始まったことではない。こういう時に当たりさわりのない話題を振るのがブライスらしい気配りだ。
「……音ではなく意識に直接伝わってくる、という感覚か」
「殿があちらの国の女王の生まれ変わりというのは?……確かなの?」
ウィリアムが核心に触れることを尋ねた。
「……」
キースはウィリアムの質問には答えず、代わりに言った。
「……あの竜をタザランドの戦力に加えたい」
領主の突飛な発言に、側近らが揃って難しい顔をした。
「どのような力を持つのか、制御できるのか、戦力の見極めが先でしょう、若君」ヴィクトールが言った。「見た目だけのコケ脅しにしかならないかもしれません」
「そうだな」キースは視線を落とし思案したまま答えた。
「先ほどの娘の待遇はどうします?キース様」ブライスがキースの目を見つめて言った。
「生活魔法という力が使えると言っていた。霊力のような力らしい。だが俺を国に連れ帰りたいとか。……おそらく今後、邪魔になるだろうな」ブライスには目を向けずキースが答えた。
「たぶん殿より若いわよね、あの子。それにしても、少年兵を制御もできない竜に乗せて調査に送り出すなんて、捨て駒みたいな使い方ね、その国」
「それ、僕も思った。まぁ、他の国の考え方なんてよくわからないけど。それに、竜の飛行で一年というのが距離がつかめないけど、あの子が遠いところから来たのは間違いないね。竜が実在するなんて聞いた事がない」
「私もあの銃器という道具は初めて知りました。火の使い手でなくても扱える火器というのは画期的です。明日にでもあの道具を借りて魔道具師に調べさせましょう」ヴィクトールが言った。
しかし、ヴィクトールの希望はすぐには叶わなかった。
なぜなら、アルマがその夜から高熱を出して寝込んでしまったからだ。