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船溜りには十数隻の船が、昼間に案内された時と変わらず小波に揺られて浮かんでいた。


まずはウーリャとアルマが一艘の船に乗り込み、船の状態を確認した。

アルマの役割はランタン役だ。アルマが極小の灯りを灯してウーリャの視界を作り、動かせそうな状態のいい船を探す。霊導具の灯りもあるが、先のことを考えて節約だ。


復路のことも考えて、ある程度の人数が乗れるよう小型船よりは少し大きめの船にしなければならない。船溜りに置かれているのが、軍港をカモフラージュするためのダミーの漁船かとも思われたが、運のいいことに置かれているのは実用性のある船ばかりだった。もしかすると普段から周辺の哨戒用に使用されているものかもしれない。目ぼしい一艘を選んだところで、陸地にいたエースが乗り込み、荷を積み込んだ。


キャレリーは護岸の闇の中で、置いていかれないかとヤキモキしながら船を眺めていた。その時、キャレリーの横に音もなく一人の男が立った。


ハッとして声をあげそうになったキャレリーを、男は一瞬だけ威圧を放ち、黙らせた。そのまま、男は静かに手のひらの上に小さな灯りを灯してキャレリーに顔を晒した。キャレリーはびくりとして身体をすくませたが、隣の男が誰かわかると、出かかった声を飲み込んだ。立っていたのは領主のキースだった。



「行くのか」



低く響いた声に、エースとウーリャがビクリとして殺気を放つが、灯りに照らされたキースの姿を見ると顔色を失った。すぐに三人は船を降りて、キースのそばに行く。


「領主様、これは……」

「いい、わかっている。ケンジを探しに行くのだろう?」


キースがエースの弁を遮るように聞いた。


「……申し訳もありません。処分を受け入れます」


エースは釈明を諦めた。キースは何も答えず、三人を見つめる。

ウーリャはチラリとアルマを見た。驚きもせず小さな灯りを宙に灯したままのアルマを見て、ウーリャはアルマがキースの存在に気付いていたことを悟った。


「……見送りに来た」


キースがポツリと言った。

キース以外の全員が目を見張った。きっと今夜の出奔は許されないと考えていたからだ。キースは一人ひとりを見つめながら、冷たい表情のまま言葉を紡いだ。


「当然だろう。ここで送り出せないなら、ドゥラルーからここまで連れてきた意味がない」


キースの言葉を聞いて、エースが詰めていた息を短く吐いた。

キースはそんなエースに、表情のない目を向けた。


「エース。ケンジを頼む。妻を亡くしたヴィクトールから、息子までも失わせたくない」


思いもよらない指令に、エースが言葉を見つけられず黙って敬礼を返す。


「ウーリャ。アルマを頼む」

「お任せください!(アルマに変な虫はつかせませんわ!)」


ウーリャが謎に張りきった表情で敬礼した。


「アルマ。二人を支えて……必ず戻れ」


アルマはキースの言葉を聞いて息をのんだ。


——戻る? タザランド領に? ここデュトワに? 違うな、タザランド城か……いや、それも違う。キースのいるところに、か。


アルマはキースの目を見つめたまま考えた。

そしてキースの言葉を噛みしめながら、一つの決断をした。その瞬間、ふわふわと落ち着きのなかった気持ちが、あるべきところに落ち着いたような気がした。


アルマは、おもむろに踊り子のような優雅な仕草で剣を抜いて片膝を地面につきながら剣を横たえ、右手を左胸に当てた。左手は地面に下げたまま、アルマは深く頭を垂れ、応えた。


「……貴方がそれを望むのなら」





アルマの見慣れぬ所作を訝しげに見ていたキースが、ハッと何かに気付いたように刮目した。アルマがキースに示したのは、はるか遠いランゴム竜王国の忠誠の礼だった。キースが焦ったように声をかけた。


「おい、顔をあげろ」


アルマが礼の姿勢をとったまま、顔を上げてキースを見た。

キースが、これまで見たことがないほど呆気に取られた表情をしている。アルマはキースの表情を見て、まず疑問を持った。そして、彼がこの礼の意味を知っていると推測した。さらに、自分の唯一無二の忠誠心を悟られたことに思い至って、はじめてアルマは赤面した。





——完全に自己満足としてやったつもりだったのに! 誓っていることが思いっきりバレてる……?? あれ? キースは前世の記憶ないんだよな……? なんで? シグルトに聞いたのか?



アルマはコホンッとわざとらしく咳きばらいをすると、気をとりなおしてなんでもない顔をして立ち上がった。そこはサラッと流して欲しかった! ここは流すんだ。何か別の、別の挨拶を……。


「さて、」


アルマは真顔でキースに向けて両手を広げると、待った。


「なんの真似だ」


いつもの表情に戻って、不機嫌そうに眉をひそめるキース。


「え? なんのって……ハグは?」

「はぐ、わ……?」


アルマは「仕方がないなぁ」という表情で、棒立ちになっているキースに近づいて抱きしめた。


「こうやって手を回して、お互いに相手の背中に触れるんだ」


アルマがキースの背に手を回したまま、ちょっと上半身を離してキースの顔を上目づかいで覗き込んだ。


「あぁ、民草の挨拶だから知らないか」


ふと気付いたようにそう言うと、再びキースをぎゅっと抱きしめて、キースの耳元でアルマがささやいた。


「必ず戻ります」


アルマはキースから身体を放すと、キャレリーの手を引いてエースとウーリャの横に並んだ。


キースは右手を宙に彷徨わせたまま、一瞬固まった。





軍からの脱走の緊張感が、なんだかよくわからない雰囲気に変わってしまっている。エースが困惑したように顔を赤らめて、隣にいたウーリャにそっと聞いた。


「え、これ、領主様大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ。領主様は自己冷却装置がついてるはず」


ウーリャも同じくらい赤面しつつ、エースに答えた。


キースはきっかり二秒で気を取り直して、またいつもの冷淡な領主に戻った。

しかし、その視線はしっかりとアルマを追っている。


「あ、そうだキース、部屋に銃を置いている。弾切れだ。どこかに捨てて行こうかと思ったんだが……ここでは銃は珍しいものみたいだから一応保管していた」

「わかった。ヴィクトールに渡しておく。いい玩具ができて喜ぶだろう」


アルマが言うべきかためらったあと、視線を落として小さな声で付け加えた。


「……シグルトを頼む」

「わかった」


キースが言った。





しばらくして、四人はウーリャがみつくろった中型の船で、闇の中を静かに出帆した。


船溜りの護岸にはキースが一人、闇の中に取り残されてしばし立ち尽くしていた。

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