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アルマは馬上から目の前に広がる船溜りを眺めた。
「支川」とは大河から人工的に敷かれた支流で、その上流の最終地点にある船溜りには、大小まちまちな船が十隻ほど浮かんでいた。一見するとよくある運河の船溜まりのようだ。しかし、注意して観察すると、普通の船溜りにしては面積が広すぎることや、船を水から揚げるための斜路やはしけが数多く設けられていることに気づく。また、奥まった場所には浸水したまま船を格納できる大型の格納庫がずらりと並んでいる。船溜りからすぐの陸上にも、それとわからないように大型の倉庫が、景観に溶け込むような装飾を施されていくつも建設されていた。
「……軍港?」
「そうだ」
思わず口をついて出たアルマの言葉を、馬を寄せてきたキースが拾った。
アルマが振り返ると、キースと、その少し後ろには自然な佇まいでキースに馬を連ねるヴィクトールが控えていた。
目が合うと、ヴィクトールは優しげな眼差しでニコリとアルマに微笑みかけ、言った。
「まだ整備が足りていませんが、ここが「デュトワ港」、タザランド第一の軍港となります。有事の際はここからウニュ河へと船団を送り出すことが可能になりました」
一行がデュトワ港に到着し、馬から降りたところで、場所を港の司令所に移して総隊長とその側近らを交えた簡易的な軍議が開かれた。議事を進めるのは総隊長のヴィクトールだ。
「——繰り返しになりますが、我が領の軍備はまだ十分ではありません。一層の備えが必要な段階です。若君が領主に立たれて一年、前領主の墓所を作るという名目でコソコソと対岸の目に触れぬようにこのデュトワに軍港を作ったのが精一杯という状況です。これからはさらにドゥラルー含めウニュ河沿いに、十数ヶ所の軍船の拠点を建設する必要があります」
「ドゥラルーについては報告があったか?」
「はい。……五日前にドゥラルー港が賊の襲撃に遭い、中大型船が全て焼き払われたとの報がこちらにも入りました。不甲斐ないですが、地方にある各拠点の軍備と警備について見直しを行っています。軍備の脆弱性は喫緊に改善する所存です」
「わかった。今回、青の塔の交渉班をこうしてデュトワに連れてきた経緯については先ほど話した通りだ。青の塔の協力交渉は完了し、レオネロの工房の技師スミラックスが青の塔との中継役を担っている。ここからはエース、ウーリャ両名の交渉班としての任務を解き、盗賊団の追跡及びトリブ地方潜入調査に向かわせる是非について議論したい」
「今、このデュトワの軍港の存在を明かすような形でタザランド勢が対岸に渡り、イノー領を刺激するのは、はっきり申し上げて悪手、時期尚早です」
ヴィクトールが言った。
ヴィクトールの側近の一人が、ヴィクトールに同意するように発言した。
「その賊がイノーに渡ったということは、もともと賊とイノーが繋がりがあることを懸念します。盗賊団がドゥラルーの港を破壊したことや、青の塔特産の上等な武器を簒奪していることからもそのことが十分に予測できます。青の塔の件はおそらくイノー領の軍事的な策略と関連があると見ていいでしょう。これに反応してタザランド勢が動きを見せることはリスクが高い」
キースは側近の言葉に耳を傾けている。
聴き終えると、軍部の考えを汲む姿勢を見せつつも、キースがさらに材料を投下した。
「その賊は青の塔で闇の子狩りも行っている。いや、「狩り」というのは相応しくないか。誘拐、勧誘だ。闇の子をそそのかして闇の子を構成員とする盗賊団を形成していた。拠点が青の塔だったが、今回、盗賊団そのものが闇の子を率いてイノー領へ渡ったと思われる。盗賊は、闇の子らに「精霊儀式を受けさせる」というエサをぶら下げて、子どもを拐かした」
「賊の構成員が青の塔の闇の子だということですか」
幾人かがキースの言葉に唸った。
「盗賊団がイノー領へと渡ったのであれば、再びタザランドへ戻るとも考えにくい。脅威は去ったと考えてもいいのでは?」側近の一人から消極的な意見も出た。
「……もし盗賊団がイノー領と繋がりがあったとして、なぜタザランドから、いえ、青の塔から、その子どもらをさらう必要があるのでしょう?」
怪訝な顔で問うたのはヴィクトールだ。
「わからん。今回、新たに拐われた闇の子は大体十名ほどだったか……?」
キースがチラリと視線をエースに流した。
「結果的にその数になりましたが、おそらくはもっと唆された子どもがいたかと思います。アルマが青の塔の城塞橋で、賊の集団捕縛に参加していました。その時に青の塔の警ら隊に捕らわれた賊の中には、青の塔出身の闇の子らが数十名いたそうです。おそらくは青の塔を脱出した後で賊の本体と合流する予定だったと思われます」
エースがキースの視線にあわてて姿勢を正して、緊張のあまり赤面しながら報告した。
「盗賊団が、自前の軍隊を育成しようとしているのか……?」
キースがつぶやいた。その疑問に答えられる者はこの場にはいない。
「青の塔の自作自演とは考えられませんか?」ヴィクトールの側近の一人が思いついたように言った。「青の塔の製鉄業は、将来的に精霊力の使い手が減ってくることで衰退すると予測されています。その盗賊団とやらは、精霊儀式で霊力を得るために青の塔が仕立て上げた集団か、中央の目を欺くための義賊のようなもの、と考えることができませんか?」
その言葉に、今度はエースが考え込みながら、答える。
「……それではドゥラルー港を破壊する理由がありません。それに、襲撃の一報が入ったとき、青の塔の寄合衆や棟梁と我々は同じ部屋で会議中でした。青の塔の上層部は皆、寝耳に水の様子でしたので、棟梁が盗賊団と通じ合っていたとは思えません。さらに、棟梁の指揮下にある自警団が、その盗賊団とは対立関係にありました。確証はありませんが、青の塔が示し合わせて子どもを送り出したというわけではないと思います」
それに、と意を決したようにエースが声を張って言葉を続けた。
「今回の襲撃では、青の塔の次期棟梁の息子である、グンナーという少年が盗賊団に攫われました。これは棟梁も次期棟梁も予期していない状況でした。今回のことは、我々がこの棟梁の孫を救出することで、青の塔に大きな貸しを作る絶好の機会となるのではないでしょうか。我が領の軍備を拡大するためには青の塔の製鉄技術協力が欠かせません。ここは敵地偵察の任を兼ねて我々がイノー領に潜入し、誘拐された子どもらの救出に向かうべきと判断します」
一同に沈黙が落ちた。
「……そのような懐柔策に腐心しなくても、青の塔の助力など、領主命令で従わせれば済む話では?」
ヴィクトールがいつもの柔らかい微笑みを収めて、感情を込めずに言った。
「私も!」 しかし、ヴィクトールの言葉をぶった斬る勢いで、唐突にウーリャが声を張って言った。エースに加勢するように言葉をつなぐ。 「私もイノー領への潜入調査に参加を希望します」
ヴィクトールは発言を遮ったウーリャを咎める様子もなく、気持ちを落ち着けるように一度息を吐いた。そして固い表情のまま、ウーリャを諭すように言った。
「……ウーリャ。エースもですね。あなたたちの考えていることは想像がつきます。……我が息子ケンジのことは、気にしなくていいのですよ」
ウーリャはハッとしたようにヴィクトールの表情を伺った。ウーリャは何とか反論しようとして逡巡したが、結局は発言を思いとどまった。父親が私情を殺しているのだ。他人の自分が触れていいことではないのだろう。ウーリャはヴィクトールの顔を見つめて、唇を噛み締めた。
「船は出すべきではありません」
ヴィクトールが断言するように言った。
キースは何も言わず、冷めた目で双方を眺めている。
ヴィクトールはそのまま、言葉少なにエースらに休むよう伝えて、略式な軍議の終了と翌日の再開予定を宣言した。
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「あ〜、とにかく疲れたな。どうなるかわからないけどとりあえず休もう。今なら俺、立ったまま寝れそうだ」
話し合いが終わってキースとヴィクトールが席を立った。ヴィクトールの側近らが部屋に残り、エースとウーリャ、アルマとキャレリーの処遇について相談しているそばで、エースが立ち上がって伸びをしながら大きな声で言った。
「本当ね。二日間、駆け詰めだったから、寝る暇もなかったわ」
ウーリャも立ち上がり、はっきりとした声で同意した。
二人はうだうだと愚痴るように話し始めた。
——なんだ? 急に二人とも大声で。
アルマは座ったまま、エースとウーリャを見上げるようにして眺めた。
キャレリーは軍議が始まった途端にアルマにもたれかかるようにして眠ってしまっていたので、アルマはキャレリーを支えた姿勢のまま座っている。
そばにいるヴィクトールの側近たちは、大声で疲労を訴えているエースとウーリャの二人をなだめるように頷き返しながら、訪問者用の部屋だの食事だの、タザランド城に戻る時の手配だのについて相談を続けた。
しばらくして、交渉班全員プラスアルファ(キャレリー)の処遇が決まるまでの当面の滞在について、話がまとまった。一行は本日、ヴィクトールらの拠点であるデュトワ城まで戻るのではなく、司令所がある軍港の兵屯施設で全員が宿泊することになった。
激走の二日間が終わり、四人は久しぶりにまともな食事にありついた。キャレリーも目を覚ますとすぐに、喜色を浮かべて食事をほおばった。なかなかたくましいなとアルマは感心した。そのあと部屋へと案内された。もうすっかり夜だった。
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寝具の整った二人部屋に案内されてから数刻が経った。
——なぜ。
アルマは、建物の外の暗闇の中で思った。
彼女は建物の外壁に張り付くようにして、周囲の様子を伺っている。
そばにはエースとウーリャと、キャレリーがいる。
——さっきまで、快適な寝台でくつろいでいたのに……せめて一晩くらいはゆっくり寝れると思っていたのに、なぜ。屋外にいるんだ私は。
アルマは複雑な想いでエースとウーリャの後ろにいた。エースはいつもの旅装に加えて、大きな袋を背負っている。考えるまでもなく中身は大量の食糧だろう。軍の規定では食糧の盗難は厳重に罰せられるんじゃないだろうか、とアルマは他人事のように考えた。アルマの後ろにはキャレリーがいる。
それぞれが部屋へ案内されてから数刻、今頃はみんなの疲労もピークでもう眠りについているだろうなと思っていたその時、アルマは部屋のドアをそっと叩く音に気づいたのだった。
同室のキャレリーを起こさないよう静かにドアを開けると、とてもいい顔で微笑むエースとウーリャが立っていた。そしてアルマは二人にさっと腕を取られ、連れ出された。その後、すっかり寝付いていると思われたキャレリーが、置いていかれたことを察して追いかけてきて、酷くブスくれた顔で合流した。それが、ついさっきのことだ。
——だからさっきは。エースとウーリャの二人は、抜け出す前に側近らの警戒を解こうとして「疲れた」アピールをしていたんだな。どおりで大きな声で話していたわけだ……。
「行けるわね」
「警備もいないな。やはり夜が更ける前に動くのが正解だった。行くぞ」
エースとウーリャが「進め」の手信号を送りながら身体をかがめて船溜りに向かって駆け出した。
——そんなに警戒しなくても、船のあたりには誰もいないよ。……あの人を除いては。
アルマは目あかしを使って周辺の様子をサッと索敵した上で、黙ってついて行った。




