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タザランド領の南端から北の端まで、速馬での疾走は続く。
目的のデュトワの街までまだ道半ばというところで、一度目の休憩を終えた。
一刻も早くデュトワにて、河を渡るための船を手に入れないと、とエースらは気がはやっていた。賊らと拐われたケンジら青の塔の子どもらが河を渡ったと思われる時間から、すでに丸一日が経っていた。時間が経てば経つほど追跡が難しくなるだろう。
疲れを取るには充分とはいえない短い休憩の後、一同はまた、同じように馬替えを繰り返しながら北上を続けた。前日と同じことの繰り返しとは言え、累積していく疲労に耐えながら眠る暇もなく馬を替えながら駆け続ける苦痛が耐え難くなってきた頃。
——疾走の旅の終わりが見えてきた。
激走の二日目、デュトワまであとわずかという場所にさしかかった時だった。
「頭上に巨大な熱量を感知しました! 高度……およそ八千!」
突如ウーリャが馬を走らせながらキースに向かって叫んだ。
キースも頭上を見上げ、何かを察したようだ。キースが大声で指揮する。
「馬は止めるな! そのまま前進。 前方、隘路手前で停止せよ」
キースが指示した場所は、進行方向に見える道幅が狭くなった場所だ。そこまで来ると、全員が馬を止め、馬を降りて迎撃体制に入った。馬とキャレリーは物陰に退避させる。
上空に溜められていたエネルギーの塊が、火球として形を取り始めたのが肉眼で捉えられた。今にも降下してきそうだ。
「でかい……あれほど上空であの大きさ……只者じゃない」
エースが顔を引き攣らせながらつぶやいた。
キースが素早くウーリャに声をかけた。
「ウーリャ、迎撃弾を撃てるか?」
「はい!ですが!私一人では火力が足りません!援護が必要です!」
「わかった。俺も炎を撃とう」
「……はい!」
一瞬、ウーリャの表情がこわばった。おそらくキースに対して(お前、水属性だろ?)という思考が働いたのだろう。しかし時間はない。ウーリャはすぐに指示に応じて、みんなから少し距離をとった場所で霊力を溜め始めた。
「キース、待ち伏せされている」
火球を見上げているキースに近づき、アルマが小さく声をかけた。
「ああ」キースも気付いていたようで、表情を変えずにアルマを一瞥して応じた。「敵が左右二手に分かれているのがわかるか? その右側の壁だが、」
「わかる。そっちは十……いや九人か……」
前方で街道が狭くなっているところは、左右から崖が迫り出して壁を作っていた。
アルマには右側の崖にも左側の崖にも、向こう側に敵が潜んでいる気配がはっきりと感じられた。キースは人数が多く潜んでいるほうの右側の崖を視線で示した。
「そいつらを無力化しろ。いいか?……よく聞け。 一人も傷つけるな」
——ん?「傷つけるな」?
アルマは少しキースの言葉に引っかかったが、気にする暇はない。
「わかった。エースを借りていいか?」
「いいぞ。行け」
アルマは、小走りでキースとウーリャから離れた。二人が合図を送りあって空に向けて炎を放ち始めたからだ。アルマはエースのところに駆け寄った。
攻撃は今のところ上空からの炎のみだ。この炎はおそらく崖の向こう側にいる敵からの攻撃だろう。アルマはエースに、伏兵がいることと右側の壁の向こうにいる敵を無力化するようにというキースの指令を伝えたあと、アルマの作戦を伝えた。
天から降ってくる火球と地上から放つ火球が、はるか頭上でぶつかり合った。
街一つが瓦礫になりそうな爆発が数百メートル上空で起こり、衝撃波が届いて一瞬で駆け抜けて行った。砂塵、木端など色々なものが後を追うように巻き上がり飛び去っていく。すぐに次の衝撃波が来る。何度もそんな爆風をくらい、アルマは身体を地面に縫いつけておくのに必死になった。繰り返される閃光と衝撃波と粉塵のコンボに気が遠くなりそうだ。
——なんていう威力だ。しかも、えぇ? なんかキースもウーリャも余裕そうに会話しながら撃ってるし。エースも大変そうだが、精霊力での戦い方に慣れているのか、慌てた様子はない。……これは慣れ? 慣れるのか?
アルマは自分の中の疑問をちょっと首を振って霧散させると、エースと一言二言打ち合わせて、すぐに自分のまじないに集中した。アルマのまじないとエースの精霊力で、合同作戦の開始だ。
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「うわぁっ」
「ギャァッ」
「ヒィぃぃぃ……やめろ来るな!」
口々に叫びながら複数の男らが右手の壁の向こうから姿をあらわした。まるで後方からの何かに怯えるように飛び出してきたあと、街道の横のひらけた場所に身を寄せ合って集まった。身を隠すものが何もない場所で、彼らの姿はアルマらから丸見えなのだが、敵の男らは前方の敵のことはすっかり失念しているようだ。ただただ後ろの何かに怯えていて、彼らだけで固まって立っている。
——いち、にぃ、……うん、九人ともいるな。
敵の九人が見えない何かに怯えながら集まっている場所は、アルマがあらかじめエースに伝えていた場所だ。アルマは人数を確認してエースに合図を送る。
「あれ?」
エースが男らを見て、場にそぐわない声を上げた。しかし、アルマからの合図を受けると、また集中した表情に戻り、そのまま土の霊力を呼び出して男たちの足元の地面を変化させ始めた。
エースはもともと、それほど霊力が高くない。
このタザランド領において、霊力の性質はその人の瞳に現れる。土の精霊力の使い手であることを示す茶色の瞳は、霊力が高ければ高いほど色が濃く出るのだけど、エースの瞳は明るい茶色だった。ただし、彼は霊力をコントロールする能力が高く、軽微な調整などの器用な使い方ができるために重宝されていた。
土の霊力の持ち主はおもにインフラの整備や細かい手作業などを任されることが多く、軍では後方支援で力を発揮する者が多い。エースもそのタイプだ。土の霊力は、炎や水に比べると地味だよな、とエースは思う。霊力が少ないエースにとっては、上から降ってくる火の塊なんてどうにも対応に困るところだ。
……ところで、とエースは霊力を操りながらアルマが先ほど伝えてきた作戦について考える。どうやら、アルマのこの作戦は、先日までの旅の途中でしていた会話から着想を得たものらしい。青の塔からドゥラルーまでの道程で、青の塔でのことやエースの土の精霊力について、暇つぶしに話したときの会話だそうだ。あんな何気ない情報から作戦を思いつくなんて、とアルマの機転に驚きながら、エースは目の前の敵に意識を戻すと、霊力を練り始めた。
九人の男たちの足元がずぶずぶと沈み始めた。エースは必死に敵の足元の土を操作する。アルマがまじないという力で土中に水を加えてくれているので、エースは自分が土から生成した素材をアルマの加えてくれる水と丁寧にかき混ぜるイメージを保った。敵の足元のぬかるみは、力を振り絞れば抜け出せるくらいの、膝までの深さのものだけど、男らは怯えて身を寄せ合うばかりで逃げようとしない。アルマが彼らに幻覚を見せると言っていたけど、あの怯えようを見ると一体どんな幻覚を見せられているのか、考えるのも恐ろしい。
程なく、よく混ざったようなのでエースはアルマに合図を送った。
今度はアルマが、ひと息に土の中の水分を抜いた。土は、あっという間に硬化し、九人の男たちは膝から下を地面に捕らえられてしまった。と、地面の硬化と同時に幻覚も解かれたようで、男たちは混乱して、急にジタバタし始めた。
しかし、一体何でこんな戦闘を……?
エースはひと仕事を終えて、どっと疲れを覚えた。
地面に囚われた九人の男は、エースと同じく軍属の装備を身につけていた。
いつの間にか、天からの炎の攻撃も止んで静まりかえっていた。
上空からの炎で攻撃していたのは、地面に両手をついてジタバタしている九人とは反対側の壁に潜んでいた者らの仕業のようだ。火球の攻撃が止んだのは、対面の壁に潜ませて支援を頼んでおいた九名の仲間らが、まるで操られるように持ち場を離れて、あれよという間に地面に囚われてしまった光景を攻撃者が目のあたりにした頃だっただろうか……。
ポンッ
九人の男たちの頭の上の方で、小さな花火のような破裂音がした。少量の煙が頭上をたゆたい、煙の中から真っ白な布の切れはしが一枚ヒラヒラと舞って落ちてきた。
「敵は降伏した。攻撃中止」
キースが白布を見て、敵陣にも聞こえるように大声で言った。
エースが目に見えてがっくりと脱力した。
ウーリャは「ヤッタァ!」と拳を突き上げて歓喜したあと、なぜか満面の笑みを浮かべてふんぞりかえって立っている。キースはその横で不機嫌そうに眉をひそめていた。キャレリーは隠れていた物陰から出てきてアルマのところまで駆けてきたが、こちらもなぜかアルマの陰から身をのりだすようにして九人の男たちを見ている。アルマは状況がよくわからず、みんなの顔を順番に眺めていた。
「若君、無事のおかえりで何よりです」
そんな声が響き、街道の左側の壁の陰から三人の男が出てきた。若君、と声を出したのは先頭を歩くモジャモジャ髪をひとつに結い上げた男だ。タザランド軍の総隊長を務めるヴィクトールとその側近たちだった。
「……たった今の戦闘が、道中で唯一の危険だったな」
キースが渋面でヴィクトールに応えた。
ヴィクトールが十分に近寄ってくると、キースがヴィクトールに向かい合い、交渉班を連れてきた経緯と状況の説明を始めた。ウーリャは、キースの横でニコニコと嬉しそうな顔をしてヴィクトールの側近らと言葉を交わしている。ヴィクトールとその側近二人が先ほどの火球を降らせた火の精霊力の使い手のようだ。
エースは九人の仲間に歩み寄り、霊力で地面を割ってやって、地面に囚われていた男たちを救出した。すると、キャレリーもアルマのそばを離れてエースのところに駆け寄った。キャレリーは、しゃがみこんで硬化した地面を不思議そうに触りながら、エースを見上げて聞いた。
「これ、タラスだ! どうして急に土がタラスになったの? どうやったの?」
エースが霊力を使って土の組成をタラスの粉末に変えたこと、アルマのまじないで水を加えたり抜いたりしてタラスを混ぜたり固めたことをキャレリーに説明すると、キャレリーは目を輝かせて聞いていた。エースはそんなキャレリーの顔を見ながら言った。
「そうか。キャレリーは青の塔の子どもだから、タラスを知ってるんだね」
「うん! 私のお父さん、タラス職人なんだ!私もいつか土の精霊力を手に入れてお父さんの役に立ちたくて——」
キャレリーがエースと楽しそうに話している。
エースはキャレリーの話を聞き流しながら、土から発掘した仲間の男たちの服を払ったりして労った。彼らに変なトラウマが出来なければいいな、と思いながら。
アルマは悟った。
この攻撃は、事前の打ち合わせ無しの、突発的な模擬戦だったと。
——なんでみんな、こんな平然としているんだ……? あの巨大火球、一歩間違えば死ぬだろ⁉︎
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アルマたちは、ヴィクトールらと合流したのち、最後の宿場に着いた。
はるか南のドゥラルー周辺から続いてきた速馬の街道は、領地の北端にあるデュトワ城の目前の宿が終点だ。デュトワ城前の宿場で、最後の馬替えをした後、一行はヴィクトールらに導かれてさらに馬を進めた。
デュトワ城に立ち寄るのかと思われたが、キースらは城を横目に通り過ぎ、そこから進路をウニュ河のある東側へと外らせた。
一行は、デュトワ城の北側の丘陵地帯に隠されるように配された「支川」と呼ばれる水路へと進んだ。支川は、幹川であるウニュ河からデュトワ城のそばまで人工的に建造された、幅の広い運河だ。支川の終点となる大きな船溜りで一同は足を止めた。




