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大河の真ん中を、帆にゆるやかな風をはらんだ三艘の船がゆったりと進み去っていく。船には今しがたこの河岸から逃げ去った賊の少年が乗っているはずだ。


ここはウニュ河が大海に流れ込む河口に近いため、河幅が広くて向こう岸は見えない。一度船が河の中央付近まで出てしまうと、その後どの方角に向かうのか、岸からは判別不能だ。


ウーリャは豆粒のように小さくなっていく船から視線を外して、近くに立っている少年、タザランド領主キースを再び見上げた。片膝をついたウーリャの足元には、静かに突っ伏しているアルマがいる。


キースはまだ、船影を追うように河を見つめている。その表情は冷たく、ウーリャには伺えない。


彼の衣服や顔は、どこを駆けてきたのかと思いたくなるほど土埃に塗れていた。





「あの、領主様。どうしてここに?」


声をかけられて、少年はゆっくりとした動きで剣を収めた。


「デュトワから来た」

「デュトワ!? 北の端の!? んん……、失礼しました」


驚いて声を上げたウーリャをキースが冷たく一瞥した。ウーリャは片膝をついたまま急いで姿勢をただした。


「城のルイスから俺のところに、青の塔にいるブライアのアベリーノの内容が転送されてきた。ところで……そちらの状況を報告しろ」

「は!エース・ウーリャ・アルマの三名は青の塔からドゥラルーまで陸路で賊の船を追跡、本日ドゥラルー入りしました! 青の塔は治安が悪く、数日おきに盗賊の襲撃に遭っておりました中、ケンジが闇の子狩りの盗賊団の襲撃に遭った際に誘拐されたためです。レオネロ・トーサンヌ霊導具工房のブライア氏は、青の塔に残ってタザランド城からの指示を待っています」


「……」


キースはウーリャの言葉に反応を返すことなく冷たく整った眼差しを伏せたまま何か考えているようだ。エースが河岸から駆け戻り、ウーリャの横に直立して話を聞き始めた。ウーリャが続ける。


「報告します! 青の塔では、交渉班が棟梁ジャスパー・ファーガソン氏の子息ヒルト・ファーガソン氏の協力を取り付けました。しかし、今回の襲撃でヒルト・ファーガソン氏の息子のグンナーという子どもがケンジとともに誘拐されたという情報がありました。交渉班がヒルト・ファーガソン氏の協力を得るためにも、我々がグンナーを取り戻すことが必要と判断し、目標をグンナー・ケンジ両名として盗賊団を追跡中です」

「なるほど。……先ほどの男は?」

「……不明です。しかし青の塔の警ら隊長からの情報によると、今回の襲撃者『闇狩りのギャリソン』の頭と特徴が似ているようです」


キースは埃だらけの頬を袖でグイと拭ってから、ウーリャの方を向いて言った。


「わかった。そいつは?」


そいつ? と、疑問を顔に浮かべてウーリャはキースの顔を見た。そしてキースの視線を追って、ウーリャはアルマを見た。そいつ、とはアルマのことのようだ。ウーリャはアルマの背に触れ、何度か背中をさすったり軽く叩いたりした。すると、アルマがぶはっと息を吐き出した。


アルマは丸めていた背中をパッと翻して身体を起こし、ウーリャを見た。


「すまないッ、どれくらい気を失っていた? 奴は?」

「数分間よ。奴は逃げたわ。それより……」


素早く周囲を警戒したアルマは、ウーリャの返事を聞くよりも早く、そこに立つ少年に気づいて目を見開いた。


「キース……?」


キースは黙ってアルマを見下ろしている。


「やっぱり、あの冷気はキー……あ、領主様だったんですね。助けてくださってありがとうございました」


アルマは周りに人がいる事を意識して呼び方を変え、キースににっこりと笑いかけた。


アルマの言葉を聞いたキースの眉間に険しくシワが寄り、不機嫌さを示すように冷気が辺りの空気を冷やした。ウーリャがゾクリと身体を震わせる。


「はは。冷たいです」


アルマはそう言って呑気に笑った。


「あ、そうだ! あの子は?」

「そこにいるわ」


アルマがウーリャに問いかけながら周囲を見回して、廃墟の隙間に縮こまっている少女を見つけた。アルマはすんなり立ち上がると、少女を呼びに行った。


キースが、直立しているエースに目を向けた。キースは彼を頭の先からつま先までたっぷりと眺めてから言った。


「おい。情報を整理したい。今回の交渉班にレオネロは加わっていないんだな?」

「は! トーサンヌ氏は武器製造の技術者養成のためタザランド城下に残られました」

「……なぜ、ケンジが交渉班にいた? ハンホーはどうした」

「ハンホーは……交渉班の出立直前に食当たりになりました。そのため、次点のケンジが繰り上がりました」


チッ、とキースが舌打ちした。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





アルマが少女を連れて輪に戻ってきた。

少女は、キャレリーと名乗った。まだ十歳くらいのちょっと垂れ目気味のあどけない子だった。伸び切らない髪を二つ結びにしてなんとか結わえている。薄汚れた身なりだった。


「青の塔から連れ去られたのか?」


アルマがキャレリーを崩れかけた建物の壁の基礎に座らせ、自分は地面に座りながら尋ねた。


「ううん、年長組が一緒に行く人を集めていたから……私も連れて行ってほしいって頼んだの。みんなから女はイヤだって言われたんだけど、オシンが許してくれて……」

「年長組?」

「うん。オシンとケリーと、フロイドさん」

「青の塔の闇の子か?」

「そう」


アルマとキャレリーの会話に、エースが加わった。


「キャレリー、ここまでよく頑張ったな。船にケンジって名前の奴が乗っていたかどうか、わかるかな? 青の塔の人じゃないんだけど」

「ケンジ、いたよ……。モジャモジャの髪の、よく河原で年長組と一緒にいた人……」

「そう!そうか、よかった……」


エースがキャレリーの返事を聞いて、安心したように大きく息を吐いた。


「キャレリー、船にグンナーって人はいた?」


ウーリャが尋ねると、少女は頷いた。


「一緒の船だった」

「そう……」


一堂は顔を見合わせた。キャレリーを囲むように車座になって座っている。誰が質問するか、少し間ができた。


「さっきの男に見覚えはあるか」


キャレリーを正面から見据えて質問したのはキースだ。


「……はい。……グンナーがメテオ様と呼んでいました」


話しかけられたことに怯えたように一瞬ビクリとしてから、キャレリーが答えた。キースはわずかに眉をひそめた。


「そうか。あいつがリーダーか?」

「たぶん……そうです」

「なぜ、闇の子を集めた?目的はなんだ?」

「……えと、メテオ様は青の塔のみんなに精霊儀式を受けさせてくれるって……」

「精霊儀式だと? 」


キースが唸るように言った。


「まさか、あいつら霊峰プッチに向かうつもりか!? 今の船はウニュ河を渡ったのか?」


エースが強い口調で叫ぶように言い、キースとエースの反応の大きさにキャレリーが怯んだ。

そして、不安からか、置いて行かれたことを思い出したのか、その瞳に涙が浮かんだ。


「……うぅ」


アルマとウーリャの二人が、涙をこぼし始めたキャレリーをなだめるように優しく声をかけた。





「霊峰プッチ……」


キースが聖地の名を小さくつぶやき、瞳をわずかに揺らした。


「無茶だろう……。イノー領の奴らに捕らえられたらどうするんだ……」


エースも、表情を翳らせて小さな声でつぶやいた。


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