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「大丈夫か?」


アルマは少女に駆け寄ると、少女の身体に怪我がないか確認した。大きな怪我はなさそうだ。手足の擦過傷を軽く治していく。


「う……ぅああぁ」


男らから暴行を受けるところだったがなんとか助かったのだと、少女の理解が追いついたようだ。少女は身体を丸めて泣き出した。アルマが手当をしていると、エースとウーリャがやっと追いついてきた。アルマがすでに暴徒を斬ってしまっていることと被害者が小さな女の子であることに気づくと、馬を降りてアルマに斬られた数名の遺体を子どもの目から離すように少し離れた場所に運んでいった。その後、エースが何かウーリャに告げてから遺体のそばを離れた。入江に船があるかどうか様子を確認するために河岸へ向かったようだ。


「家はどこか言えるか? 連れていくよ」


アルマが尋ねた。加害者が視界から消えて少女の感情の爆発が少しずつ収まってきていた。周りにアルマしかいないのを確認すると少女は、思い詰めたような眼差しをアルマに向けて、震える唇で言った。


「青の塔……」

「……え?」


思いもよらない地名を聞いてアルマが驚いたのを見て、絶望的な表情を浮かべて少女はまた涙をこぼし始めた。ここが青の塔から遠く離れた場所だということはわかっているようだ。


「儀式を受けられるって聞いたからついてきたの……。でも、私だけ置いて、みんな船で行ってしまった」

「キミは青の塔から来たのか? もしかして、三つの船かい?」

「うん」


アルマはそれを聞くとハッと息をのみ、エースとウーリャを呼ぼうと河岸の方を振り返った。その時、河の中ほどに三艘の船が浮かんでいるのが見えた。


「エーs……」


アルマが大きな声で名を呼ぼうとした、その一瞬のことだった。


廃墟の陰から飛び出した何者かがアルマの身体を後方から羽交い締めにした。一瞬足が地面から離れて持ち上げられた形になってしまったアルマは、とっさに身体を前に倒して勢いをつけると、背中をバネのように反らせて背後の相手に後頭部を力いっぱい打ち付けた。相手がひるんだ隙に身体を引き離して、襲撃者に対峙する。


「ふはは! スゴいじゃじゃ馬っスね」


アルマを襲ったのは年の頃が同じくらいの少年だった。アルマが向き直り反撃に出るよりも一瞬速く、少年が笑い声を上げた。クセのある伸ばしっぱなしの黒い髪が腰の辺りまで覆っていて、右目を眼帯で隠している。


アルマはその姿を見て目を見開いた。


——こいつ、ギャリソンの(かしら)!?


ヒュッと息を吸ってアルマが手加減なしの縛りのまじないを放ちながら手刀を打ち込んだが、少年はするりとその手をいなしてそのまま身体を寄せ、アルマを抱きすくめた。


——まじないが消された!?


身体の動きをしばって止めるはずが、まるで手応えがなかった。

少年はアルマを強く両腕に捉えたまま、少しだけ高い視点からフードの外れたアルマのハチミツ色の髪を見下ろした。


「髪の色も……」


そしてアルマの後頭部を抱えて反らすようにして顔を上向かせると、その瞳を覗き込んだ。


「瞳も美しい金色だ……」


眼帯をしていない左目の漆黒の瞳に見つめられて、なぜか言いようのない恐怖を覚えたアルマは、反撃の手を何十通りも考えていた。しかし、身体の力が抜けていくような気がして動けなかった。いつの間にか、少年の左肩から黒いクセ毛をかき分けるようにして金色の毛並みの生き物が顔を出して、真紅の瞳でアルマを覗き込んでいた。


——青の塔の空から、鳥の目で見た時と同じ……。やっぱり猫だった……。


アルマはその生き物から発せられる圧力のようなものにあてられて思考がぶれた。まじないを消したのもおそらくコイツだ……。


「この人を連れて行こう」


少年が言った。独り言なのか、猫に話しかけたのか……。


気が遠くなりそうな思考をなんとかまとめて、アルマは残った力を振り絞って、金色の猫に向かって目あかしのまじないを使った。


猫のいた場所に見えたのは、拳サイズの小さな炎だった。


——小さいけれども強い……竜のような……。


アルマがまとまらない思考を諦めて、意識を手放そうとしたその瞬間。





一瞬にして辺り一面が極寒の地になったかのような冷気が、アルマの肌を刺した。

同時に、ぶつかって止まるかと思われるほどの勢いで、一頭の騎馬が土煙と共に少年とアルマに迫った。





「そいつを離してもらおうか」





荒ぶる馬の背から、一人の少年が降りた。少年は冷気をまといながらスラリと剣を抜くと、アルマを抱きかかえるギャリソンの(かしら)の喉元に、剣を突きつけた。


「なんだ貴様ら! 彼女を離せ!」


騒ぎに気づいたエースが河の方から駆け戻り、剣を振りかぶってギャリソンの(かしら)の少年に向かって斬りかかった。


さらにその少年の背後には、死角を狙うウーリャが黙って迫っていた。身体の脇に巨きな炎の塊を溜め込み、渾身の力でぶつけようとしている。


ギャリソンの(かしら)の少年は、三方向から囲まれて分が悪いと踏んだのか、サッとアルマを手放すとそのまま河岸に向かって走った。エースが逃げる少年を追って河岸に向かう。


ウーリャの放った火炎が、走るギャリソンの(かしら)を追いその背中に当たるかと思われたその時。炎は一瞬で掻き消されてなくなった。


「くっ……また!」


ウーリャが悔しそうに逃げる少年を目で追ったが、すぐに視線をアルマに戻した。倒れ伏しそうになって地面で咳き込んでいるアルマともう一人の少年の間に身体を入れると、アルマを庇うように背に隠して剣を抜いた少年を睨み上げた。しかし、ウーリャは少年の顔を見て変な声を出した。


「ぃぇええ?」





「エース、追うな。無駄だ」


「は! ……って、え? 誰?……え?領主様!?」


耳に馴染む声で命令が響いた。エースはとっさに答えてから、混乱した。

エースは振り返って、アルマを捕らえていた賊の仲間だとさっきまで思っていた人物が、そこにいるはずのないタザランド領主であることに気付いたのだった。





ギャリソンの(かしら)の少年は、水の上を駆けて河の中ほどを進んでいた船に乗り込んだ。彼が、まるで地面を走るのと同じように水面を駆ける様子を、河岸からエースとウーリャと、存在を忘れ去られて隅っこに逃げていた少女と、領主キースが眺めていた。


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