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退廃した雰囲気が漂うドゥラルーの旧市街を、エース・ウーリャ・アルマの三名が騎馬で進んでいた。
青の塔から追跡の旅に出てから九日が経っていた。探索に時間がかかってしまったのは、アルマの鳥の目を使ったまじないによる船の位置確認が二日に一度の割合でしか使えなかったからだ。
なんとか船の影を追いながら辿り着いたのは、やはり予想したとおりドゥラルーの街だった。アルマの目が、盗賊らの船が大河ウニュの河口沿いにあるドゥラルーの港の一つに入ったのを二日前に確認し、三人はできる限りの速度でドゥラルー入りした。
六年前にウニュ河左岸が奪われた時から、この地は幾度となく前線として戦禍に巻き込まれてきた。そのため、ドゥラルーの街の秩序は長い間乱れたまま放置されてきた。昨年、前領主ブルースが落命したのもこの地の戦乱に紛れての出来事だった。当時の領主の死に際し、ドゥラルーの街の未来は絶望的に思われたが、不思議なことにまるで彼自身が戦火の原因ででもあったように領主の死後は対岸からの侵略も途絶えた。街の雰囲気は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。ただ、戦況が読めない以上、去った市民らの多くはドゥラルーの街には戻らないままで、それにつけ入るように素性の知れない輩が街に増えている様子が見てとれた。街の中では残った人々の営みが細々と続いているようだが、荒んだ雰囲気が隠しきれていない。
「建物が崩れたり空き家になっているものが多いわね。真っ黒に焼け焦げてるわ」
「そうだな。不審火か? だけど……どれも、建物の内側だけが燃えている。延焼した感じじゃないな」
「火事になったから放棄されたのかしら?」
「……単独で火事になった家がこれほどたくさんあるのは不自然だ」
エースとウーリャが塵埃にまみれた街並みを眺めながら話している。
「おそらく市民か、自警団のような連中が火をつけたんだろう」
黙って手綱を繰っていたアルマが、目だけを動かして建物を眺め、言った。
旅の途中で手に入れたのか、彼女の服装は男子用の簡易な旅装束に変わっていた。背には銃を負い帯剣していることもあり、遠目には少年のように見える。目立つハチミツ色の髪を隠すようにローブも被っていた。
「私も戦地で家屋を焼いたことがある。家財道具を残しておくと敵や賊徒のアジトにされやすい。トラブルを防ぐためにも、手っ取り早く空き家の中を燃やしたり壊したりしておくんだ」
「そうなのか?」
「そんな……もったいないわね」
「価値のあるものはとっくに持ち去られて、残されていなかったと思う」
エースとウーリャが驚きを隠さない表情で戦地の光景を目に焼き付けている。エースが十七歳でウーリャが十五歳。二人とも精霊力を持つ戦力として軍に配属されているが、まだ戦場には立ったことがない。
「二日前にアルマが見た港はあっちの方角だよな。港に行くか、それとも市場で賊の情報をあたるのが先か……」
「まずは賊の船を確認したいところだけど、ここからだとたぶん……港に行く途中に市場があるから、先にそっちに寄りましょうか」
「そうだよな……市場が残っていればだけど」
エースとウーリャが馬を進めながら、記憶を辿るように話している。
「二人とも、この街に来たことがあるのか?」
アルマが言った。
「ああ、俺は八つの時に。ドゥラルーはもともと、ウニュ河を渡って精霊儀式のために対岸のトリブ地方に向かう人たちのための渡船業が盛んだったんだ。俺もその時にこの街には来てるんだけど、幼かったから街の位置関係はよくわからないな。ウーリャがここに来たのも八つの時だとしたら、七年前か?」
「ううん、六年前よ。私、トリブ地方の出身なの。六年前の侵攻の時にウニュ河の向こうから避難してきたの。初めて来た“山のタザランド”がドゥラルーだったってわけ」
「そっか……。君は“海のタザランド”の人なんだな」
「そう。ちなみに、ウーリャってのは海岸沿いに育つ木の名前なのよ」
アルマは二人の会話を黙って聞いている。それに気付いたウーリャがアルマに説明した。
「タザランド城はパストラル山脈の上にあるでしょ?だからウニュ河より西側の山脈地帯を“山のタザランド”って私たちは呼んでいたのよ。反対に、タザランド城側の人たちは、ウニュ河の向こうの低い土地「トリブ地方」のことを“海のタザランド”って呼んでいたの。ウニュ河から霊峰プッチまではずっと海岸沿いで、漁業が盛んだったから」
話しているうちに馬は市場にたどり着いたようだった。エースの持つ地図にはドゥラルーの場所が小さく載っているだけで、市街の詳細までは載っていない。記憶と古い看板を頼りに来てみたが、二人には目の前の寂れた市場が、幼い頃に来たことがある市場と同じ場所かどうか確信が持てない様子だ。エースが手近な露店で暇そうにしている老婆に声をかけるが、老婆はチラッと少年らを見ただけで返事もせずに裏に引っ込んでしまった。
「参ったな。俺、胡散臭いかな」
「私が声をかけるよりマシだろ」
顔を赤らめて眉を下げるエースに、アルマはフォローにならないフォローをする。
不審、不安。露店商らの表情は暗く、常連以外に商売をしたくなさそうな排他的な雰囲気を発しているが、彼らの表情には敵愾心すらも持てない無気力さが根底にあるように思われた。
「渡りか? 船はないぞ」
遠く離れた露店から不機嫌な男の声が聞こえた。
馬を降りて手綱を持ったまま立ち止まって戸惑っている少年らの姿に、ほんの少し警戒を解いて声をかけてくれたようだ。
エースはゆっくりとその声の主の露店に近づいた。
「ん、霊力持ちか。なら、『渡り』ではないな。なんの用だ?」
露店商の男からもエースの瞳の色が見えたようで、男は一人で得心したように言った。その口調は硬いままだ。
「俺たちは青の塔から来ました。賊にさらわれた知り合いを追っています。二日前に港に入った賊の船について何か知っていますか」
その言葉を聞くと、露店商は露骨に目をギラつかせてエースを睨んだ。
「お前ら……、いや……」
とっさに言葉が出てこないようで、少し喘いだように口をぱくぱくさせたのち、怒気をはらんで叫んだ。
「あいつらはなんなんだ!?」
「何かあったんですか?」
エースも負けじと声を張り上げて尋ねた。久々に頬まで赤らんでいる顔を眺めて、アルマはそういえばエースの赤面を見るのも久々だな、私にも慣れたのか? と呑気に考えていた。
「……何を張りあってるのよ」
ウーリャが呆れながらエースと露店商に近づき、声をかけた。
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「そうか……俺も直接見たわけじゃねえ。だが、二日前に港に入った奴らが夜中にこの辺一帯の船舶をみんな焼き払っちまったって話で持ちきりだ。確かにイノー領に渡る人もいない中で船は丘に揚げたまま放置されていた。だが、なんで焼く必要がある? ひでえことしやがる」
「賊の船はまだ港にいるの?」
「そんなわけねぇよ。すぐに追われて港を出たって話だ。だが、昨夜も残った船がやられたっていう話だからまだどっか岸の近くで潜んでいるんじゃねえか?」
露店商の男とウーリャが話していたが、ウーリャは少し考え込むとエースに向かって言った。
「ここまでの騒ぎを起こしたら、奴らはここには長居しないでしょうね。何処かへ行ってしまう前に探し出さないと」
「そうだな。ここから近い港町がわかる地図を手に入れた方がいいかな……奴らがウニュ河沿いを北上するか南下するかだけでもわかるといいんだが」
エースも考えながら答えた。
二人は露店商に礼を告げて、少し離れたところで待っていたアルマのところに戻る。アルマが瞳を開いて、エースに言った。
「海鳥の目で船の影を見つけた。ここから北へ数キロの小さな入江を三艘が航行中だ」
「よくやった! 急ごう」
目的地の入江に一行が到着した時だった。一行の耳に子どもの悲鳴が聞こえた。
「近い! こっちだ!」
瞬時に目あかしのまじないを使い、廃墟の陰に数人の揉み合う人影を見つけたアルマが馬を寄せてから飛び降りた。足が地につくと同時に抜いた剣で、アルマは撫でるように加害者らしき者数名を切り捨てた。
悲鳴の主は、十歳くらいの少女だった。漆黒の瞳を見開いて廃墟の壁に縋りついていたが、しっかりと意識を保っている。




