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「……いっつっっ」




「あ、ケンジが目を覚ましたよ」


ボリュームのあるくせっ毛の少年が、船底で寝転んだままの姿勢でこめかみを抑えている。


おお、とか、ああ、とのん気な声をあげて何人かの少年が倒れている少年の顔を覗き込んだ。


覗き込まれていることに気付いたケンジは、きまり悪げにのっそりと身体を起こした。


「……んだよ。薬なんか盛らなくても逃げね〜よ……」

「君はタザランド城の人間だからねぇ。念の為だよ。それにしても、よく寝てたね」

「クソッ、寝不足だったんだよ!」


見慣れた者からの問いかけだと気づいたケンジが、噛み付くように答えた。

ケンジの顔を覗き込んで言葉をかけたのは砂鉄採取の河原で一緒だったオシンという名の少年だった。


「おい、オシン。ほっとけよ。船狭いんだからケンカすんな」


ケンジはオシンを諌めた者の方を見やった。それは舵台の近くに立っているフロイドという少年だった。ケンジは船の上をざっと見て、ケリーという名の少年もいることに気がついた。オシンとフロイドとケリーの三人が、砂鉄採取をしていた闇の子の最年長組で、河原では十四歳トリオなどと呼ばれていた。メテオが率いる盗賊集団『闇のギャリソン』にケンジを引き入れたのは、この三人だった。


ケンジが今乗っている船には、河原にいた闇の子らばかりが集めてられているようで、チラホラ見たような顔もいる。この船だけで全員で八人の闇の子が乗っていた。


ケンジは座り込んだまま上を向いた。帆桁に登って帆を固定しているケリーと他の子どもの姿が見える。その横から見上げた空は、夕暮れ色に染まっている。


(あいつ、心配してるだろうな)


ケンジは、エースの顔を思い出した。が、すぐに考えるのを止めた。

全ては自分のためにやったこと。自分はタザランドの任務ではなく私欲を選んだ、ケンジはそう思うと、自分にはエースのことを考える資格がないような気がした。


ぼんやりしているケンジに、フロイドがまた、船首から声をかけた。


「おい、気分が悪いなら船の外に吐けよ。船を汚すな?」

「……吐かね〜よ」


ケンジは立ち上がると、帆を張る作業をしているケリーに手を貸した。

帆は簡易な横帆が一枚だけだ。舵はあるが、フロイドがそばに立っているだけで握ってはいなかった。


やがて帆が風をはらんだが、船の進む方向とは少しズレて斜め前方に向かって膨らんでいるようだった。


「おい、この船……」

「お、船遊びは初めてか? 一つ前の船にいるメテオさんが船を動かしているから、ほんとは何もしなくて大丈夫なんだぜ。帆はちょうどいい風が吹いている間だけ補助的にあげてるんだ。だが、うーん……あまり風向きがズレるようなら精霊様の邪魔になるから下ろさないとな」


ケリーが帆布の向きを微調整するために手を動かしながら言った。ケンジは驚いたように前の船を見た。


「三艘とも? アイツが水の精霊力で動かしているのか? 」


すごいな、とケンジは船が作る波頭を眺めながら呟いた。


「アイツって言ったらダメだよ、ケンジ。あー、俺も前の船に乗りたかったなー! グンナーだけちゃっかりあっちでさ。俺らは荷物みたいにこっちにまとめて積まれて、ずるいよなー」


オシンは、さっきまでケンジが寝ていた場所にどっかと腰を下ろしながらぼやいた。


「腐るなよオシン。 それに、グンナーだけじゃないだろ? あの子も前の船じゃないか」

「ん? あー……あの子ね。付いてきちゃったから乗せたんだけど。あれ、まずかったかな? 後で怒られたら嫌だな」

「どうだろうな……。まぁ、本人がどうなっても構わないって言ったんだから、もうどうでもいいだろ」

「あの子? 何の話だ?」


文句を垂れているオシンと、それをおざなりに構っているフロイドとの会話に、ケンジが口を挟んだ。


「ああ。女の子が一人、船に乗り込んでたんだ。いろいろ面倒だから男ばっかりにするつもりだったんだけど……。それがメテオさんに見つかって、その子だけ前の船に連れて行かれちゃったわけ」


オシンがこともなげに言った。


「ふーん」


ケンジも、物好きなやつもいるんだなと思っただけで、あまり関心を持たなかった。それよりも進路が気になる。


「しばらくはこの船で下るのか」


ケンジが河岸を眺めながら、誰に尋ねるでもなく言った。


「そうだね。ドゥラルーに着いたら、また俺らがこき使われるんじゃないかな?」

「そうか。オシン、お前武器は持ってるのか? 盗賊稼業は腕が立たないとダメだろ?」

「そうだなぁ。持ってない。でも、剣術だったら青の塔の子どもらはみんな小さい頃から教わってるから、大体できるよ」

「ドゥラルーで武器をもらえるか頼んでみるか」

「どうだろ。船降りるまでは武器なんて持たせてもらえないんじゃない? 狭いし」

「船を降りるまで、か……。やることがない。筋トレでもするか〜」


座り込んだオシンの横に戻ってきたケンジは、またゴロリと船に転がって言った。そしてそのまま腹筋を鍛え始めた。


「やり過ぎんなよ。食料が減る」


のんきにぼやいていた少年らに、生真面目そうにフロイドが言った。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





パストラル山脈の中央高原に広がるタザランドでは、春になると牧野で家畜を飼う農家らによって野焼きが行われる。枯れ草や低潅木に火を入れて取り除くことで、新芽が育ちやすい環境を整えるためだ。こうして人々の手を加えることによって、夏場には美しい一面の緑の牧野が手に入る。


そんなタザランド城下に広がる牧野にて、野焼きがほとんど済んで、灰色の地面を緑に塗り替えるように新芽がいきいきと育ち始めた頃。


タザランド城の、白木造りが美しい執務室に二人の文官がいた。

一人は若々しさの残る二十代半ば。やや細く吊り上がった目が、神経の細やかさを表しているようだ。もう一人も同じく丈の長い文官服を着ているが、少し歳若く十代後半といったところか。真っ直ぐな黒髪をやや左側で分けてきちんとした印象を醸しているが、明るく大きな目が人懐こさを感じさせる。

二人とも腰かけているが、座り方は双方で大きく異なっていた。

年上の文官は執務机についていて、手際よく書類を捌いているが、年若い方は来客用の長椅子にくつろいで座って、茶を飲んでいる。


「用がないなら娯楽室に行きなさい、ルイス」


執務机から長椅子に向かって声をかけたのは、文官のブライスだ。書類から片時も目を離さず言い放った。


「わぁ、ありがとう。美味しそうだね。いただくよ」


ブライスの声は聞こえているはずだった。しかしそちらには反応せずに、長椅子に背を預けたまま、侍女に愛想よく声をかけているのがルイスだ。ちょうど侍女が茶請けに焼き菓子を持ってきてくれたからだ。そしてそのまま焼き菓子を手に取って口に入れる。タイミングが合わなくて上司に返事ができなかったというわけではなさそうだ。


「うん。いいね。バターが惜しみなく使われていて、いい香りだ。今年もしっかり牧草が育って、たくさん乳が採れるといいな」


ルイスは焼き菓子を食べ終わって、背を起こすとカップを持ち上げて茶をすすった。

ブライスは、部下の姿を見つめながら目を細めて苛立ちを抑え、ため息をついて書類に目を戻した。


「無視ですか、いいでしょう。ルイス、休日の気分転換にぴったりの仕事があります」

「……あれ? 聞き間違いかな? 僕、今日非番なんだけど……気分転換に仕事ってなんかおかしくない?」

「ですから、サクッと終わる、ちょうど良いのがここに」

「あ、そうだ。僕、これから娯楽室に行くんだった」

「……たった今、青の塔から私宛にアベリーノが届きました」


腰を上げかけていたルイスが、す、と真っ直ぐに座り直して、ブライスを見つめた。ルイスの表情を彩っていた軽率なノリが、一瞬で影を潜める。


「それで?」

「すぐにキース様宛にアベリーノを手配してください。ケンジが盗賊に誘拐されたようです」

「誘拐? あの小さい暴君みたいなヤツが?」


その時、執務室の窓をすり抜けて、ヒラリと青い鳥が舞い込んできた。鳥はそのままブライスの机に舞い降りて紙切れに変わる。


「続きがあるようですね。……“エース・ウーリャ・アルマ三名が追跡中、ブライア塔で待機”……」


三度、アベリーノが舞い込んできた。


「貴重な鳥の使い手を酷使しますね……。“青の塔協力者の息子も誘拐さる。三名の目標は両名の奪還”……」


「僕ならこの三羽分を一度に送れそうだ。先にここまでの内容をキースに送ってくる」


ルイスはアベリーノの文書に手をかざして霊力を写し取ると、そのまま部屋を飛び出して行った。

部屋からアベリーノを送れなくもないが、風が強い塔の上などから送る方が容易い。城にはアベリーノを使えるレベルの風の精霊力の使い手らがよく使う塔があるので、ルイスはそこへ向かい、アベリーノを飛ばした。





執務室に残ったブライスは手をとめて思案している。


「ケンジは最初から何かやらかしそうだとは思っていましたが……どういうことでしょうね」


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