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アルマとウーリャは馬に乗り、川の流れに沿って船を追跡していた。

川沿いの道を選んで進んだものの、二人とも『青の塔』という名の山脈地帯の道のりに不案内なため、無駄に迂回したり手間取ったりした。


二人が船の姿を見失ってから随分と経つ。





アルマは、数刻前の城塞橋での出来事を振り返って考える。

警ら隊の迎撃は、賊の船が橋をくぐって通過したことであっけなく終了した。船は、橋に近づくとスピードを急速に上げて橋の下を通過しようとした。ウーリャの話だと、あの猛スピードは水の精霊力の使い手が船にいるのだろうということだった。橋の上の警ら隊にいる水の使い手たちは人質に危害が及ぶことを恐れて直接手が下せないので、水流の動きを鈍くするなどして船の通過に抵抗したはずだが、船にいた水の使い手の力が上回っていたようだ。水流を操る力比べは賊側の圧勝だった。





「馬が疲れてきたな…もうじき日も暮れる。ウーリャ、我々はこのまま追跡を続けていていいのかな?」

「いいんじゃない? ケンジも船に乗ってるなら、私たちの問題でもあるし。追跡を続けるべきだわ。さすがにそのうち青の塔から警備の人たちが追っかけてくるだろうから、このまま進んでどこかで合流できればいいんだけど」

「我々は食糧も野営道具も持たずに来ている。無策では追うにも限界がある……」


そう言ってつぶやくアルマを、ウーリャが見つめてフフっと笑ってから言った。


「やればできるじゃない」

「え?なんですか?」

「あー、あー、また敬語」

「え?」

「もう。さっきからあんた、私のこと呼び捨てだしタメ口になってたから、喜んでたのに」

「タメ口でした? 」

「敬語禁止」

「すみません、ウーリャさん」

「呼び捨て」

「……」





「……ところで、この馬、棟梁のところの馬なんだ」

「そうみたいね」

「剣も城塞橋で借りた」

「……他力本願ね」


意識してみると、知り合って間もない人に向かってタメ口はちょっと緊張するな、と思いながらも、訥々と思いを口に出してみる。ウーリャが淡々と答えてくれるので、ちょっと嬉しくなった。

アルマは思わず肩の力を抜いて、微笑んだ。年齢相応に、少し幼さの残る表情だった。


「……服、着替えたい」

「動きにくそうだもんね、それ。ずいぶん汚れて破れてるし」

「ズボンが履きたい」

「どんどん本音が出てきた。その調子よ。……この先に街があるといいんだけど。さ、行きましょ」





二人が尾根を回ると、川下を見渡せる高台に出た。船の位置を確認して、これからの道のりを考えようとしていたけれど、川に船は見当たらなかった。流れは東に向かっていて、遥か遠い場所で緩やかに蛇行して丘の向こうに消えている。丘の上には小さな町があるように見えた。


「ずいぶん引き離されたわね。船はあの丘の向こうかしら?」


ウーリャが言った。

アルマは山脈の上を舞う猛禽を見つめて、返事をしないで思案している。


「そういえばあんた、あの橋のところで船の中にケンジがいるって断言してたけど、どうしてわかったの?」

「ああ、『あれ』の目を使ったんだ」


アルマが空高く舞う猛禽の一羽を指差して言った。


「鳥? 鳥の目をどうしたって?」

「鳥の視界を借りたんだ」

「鳥の視界を借りる? 意味がわからないわ。アルマは私の近くにいたわよね? でも、空の上から船を見てたってこと?」

「そう。あまりやると気分が悪くなるから、今日はもうやりたくないんだが……船の位置は知りたい。……あの遠くの丘の上を飛んでる大きな鳥でやってみるか」


アルマがまた、馬上で丘を見つめた後、目を閉じた。しかし、さほど間をおかずに目を開けて首を横に振った。


「だめだ。弾かれてしまう。私の力はそんなに強くないから、遠すぎたり、嫌がられると入れないんだ……。手前のカラカラで試してみる」

「大丈夫? 二度目だから厳しいなら止めといたら」


ウーリャが言ったが、アルマはすでに目を閉じている。しばらくしても目を開けないところを見るとうまく行ったように思える。つと、中型の猛禽カラカラが空を滑るように飛んで、丘の向こうへ消えた。




カラカラはしばらく広々と虚空を舞っていた。川下を飛んでいたと思うと、今度は川を遡るようにウーリャたちの上空を通り過ぎて青の塔あたりまで飛んだ後で岩山の崖の上へと姿を消した。

ウーリャは手持ち無沙汰な様子で、空を飛ぶカラカラを眺めていた。


「ふー……」


アルマが馬上で大きく息を吐いた。顔色が真っ青になっている。


「大丈夫? 降りて休もう?」


ウーリャが馬をアルマの馬に寄せた。

アルマが口を開くまで、しばらく時間がかかった。


「船は、まだ川を下っている。あそこの……蛇行した少し先に、帆を張って……見えた。また気付かれるから、近寄れなかったけど、かなりの人数が乗っている……」


アルマが青ざめた顔色のままで言った。


「わかった。アルマ、ちょっと休もう?」

「青の塔からの応援部隊は見つけられなかった。……だけど、ウーリャ、エースが馬でこっちに向かってる。合流し…ろ……」


——ああ、目の前が真っ暗になる。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





アルマが気付いて目を開くと、そこはまだ馬の上だった。しかも、移動中だ。馬上に臥してしがみついているせいですっかりこわばっている腕と指を、バリバリと剥がして上半身を起こした。アルマの馬はウーリャとエースの馬に挟まれるように、並んで進んでいるところだった。


「アルマ、大丈夫?」


ウーリャがさっきよりも深刻そうな顔でアルマの顔を覗き込んだ。山道なので岩陰で少し暗くなっているが空はまだ夕暮れ色だった。アルマは、さっきよりもずっと気分が良くなっていることに気がついた。


「……ごめん、ウーリャ。気を失ったみたいだ。エースさんも、よかった、合流できて」

「アルマが教えてくれたから、呼子を使ったのよ。軍の合図ですぐに連絡が取れたわ。ありがとう」

「無茶したんだな、アルマ。ウーリャが馬から下ろそうとしたんだけど、どうやっても鞍や馬から手足をはがせないで困ってたよ。なら、いっそのこと移動するかってゆっくり進んでいたんだ」

「はは、しがみついてた? シグルトに乗ってた感覚だったのかな? 全然覚えてないや」


アルマは茶化したように言ったが、エースもウーリャも困ったように眉を下げた。


「気絶してもしがみつくなんて……。ウーリャ、俺、なんて言ったらいいかわからないよ」

「そうね。……アルマが竜の上ですごくがんばってたんだなってことは想像できるわ」


なんだか二人が悲壮な雰囲気になりそうだったので、アルマが頭を切り替えた。


「馬を進めてくれてよかった。だいぶん山を降りてきたんじゃないか? ウーリャ、さっき丘の上に見えた町を目指してるのか?」


アルマがウーリャに言った。

アルマの言葉を聞いていたエースが、彼女の口調の変化に気付き、しばらくアルマの顔を眺めていたがその表情はすぐに微笑みに変わった。



「うん。エースが大まかな地図と乾飯を持ってきてたし、今日のところは適当に野宿でもいいかと思ったんだけど、エースがなるべく急ぎたいっていうから」

「すまない。アルマのしがみつきっぷりなら大丈夫そうだったから」


エースが謝ったが、顔は穏やかに微笑んだままだった。


「ええ、大丈夫です。エースさんが馬を進めてくれてよかったです。これ以上離されるのはまずいので、もう少し急ぎましょう」

「……アルマ」


エースが呼んだ。


「はい」

「俺も敬語なしでお願いします」

「えぇっと!?」

「じゃないと、俺もずっと敬語でしゃべります」

「……っ、わかった」

「あと、呼び捨てで」

「ぜ、善処しま……する」





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





その日は、夜もふけてから丘の上の町についた。

川にせりだすように、というか川が丘を迂回するように流れていて、その上にちょこんと小さく宿場町が乗っている。


町は、小さな宿場と、そのわずかな宿泊客を目当てにした飲食店や商店が少しだけ並んでいるくらいの小さなものだった。かろうじて店の存在を示すように明かりが灯されているが、どこも寝静まっているようだ。


「どの店も閉まってるな。こんな時間だし、その空き地で朝まで休憩するか? エース」

「そうだな。食糧はこれくらいだ。明日、そのへんの店で調達できるといいな」


道すがら話していたおかげで、丘の町に着いた時にはすっかり素のしゃべり方が定着したアルマだ。馬を路傍の木に繋いで水を与え道草を食べさせながら、店舗から客寄せの明かりがわずかに届く広場に、固まって座った。三人は火も焚かずに小さな糧食をかじりながら薄い毛布にくるまった。


「南の城塞橋で隊長さんに声をかけてもらえて、毛布とか食糧とか色々分けてもらえたんだ」


エースが言った。


「ああ!ヴォクレールさんか。いい人そうだな。私もあそこでこの剣を借りたんだ」

「へー。……おー、さすがに、いい剣だな」


エースがアルマから剣を借りて、抜いて刀身を眺めた。


「あらエース、その人からアルマ用のズボンはもらってこなかったの?」

「はは、本当だな。明日、出発前にその辺の店でアルマのズボンが買えるといいな」エースが笑いながら続けた。「急いでたから隊長さんとは少ししか話せなかったけど、盗賊集団のギャリソンについては少しだけ聞いてきたよ。なんでも盗賊の頭は隻眼の少年なんだそうだ」

「あ、それ私が見た奴だ」

「見た? どこで?」

「エース、たぶんアルマに聞いても意味がわからないと思うわ……この人、鳥の目を借りたんだって」

「鳥の目? どういう意味だ?」


ウーリャが呆れた顔をしながらエースにかいつまんで話した。

エースは話を聞き終わってからも、わかったようなわからないような微妙な表情のままだ。


「船の積荷にはコモがかかっていたんだが、そのうちの一つからモジャモジャの髪の毛が覗いていたんだ。目あかしで確かめたかったけど、そのギャリソンの頭に気付かれたみたいで、チュウヒも嫌がったから一瞬の間に意識の外に追い出されてしまった」


アルマがウーリャの説明を補って言った。


「頭に気付かれるってどういうことだ? その頭からは鳥にしか見えないわけだろう? 鳥を眺めただけかもしれないよな」

「うーん、確信はないけど、鳥じゃなくて私を見られた気がする。あと、ネコかなんか動物がいて、そいつに最初、気付かれたんだ」

「ネコ……?? すまんウーリャ、俺にはアルマが何を言っているのかよくわからん」

「うん。聞けば聞くほどわかんないのよね」

「意識が自分に戻った直後に、あの頭が私に向けて火炎を放ってきたし、たぶん奴も何かを察した気がする」

「その頭って人もアルマみたいな不思議な力があるのかしら? 火の精霊力を使っていたと思うけど……」

「わからん……。ケンジが、無事だといいんだが」


エースがつぶやいた。


「そうね」「そうだな」


ウーリャとアルマもさらわれた闇の子らに想いを馳せた。

ふと、アルマがエースに尋ねた。


「青の塔の警ら隊からは応援がないのか?」

「おそらく、ない」


エースは、北の城塞橋のキーガン隊長から聞いた、さらわれた闇の子らが賊に加担している可能性について二人に話した。


「そっか。じゃ、ケンジ以外は賊とみなしてOKってことね」

「ウーリャ、違う」


エースがウーリャの短絡的すぎる結論を一蹴した。

アルマが視線を落として考え込んで言った。


「奴らの目的地はどこなんだろうな。すぐに上陸するのかと思ったら、このまま川を下って行くつもりなのか? 闇狩りの奴ら、青の塔の岩山が拠点だって言ってなかったか?」

「そうだよな。他にも拠点があるのか、どこか違う街に流れるのか……」エースが言った。

「流れるって青の塔の拠点は捨てるってこと?」ウーリャが尋ねた。

「青の塔は大きな街だが、盗賊にとっては寄生して暮らすにはリスクが高いと思わないか? 街の防衛意識が強すぎる」

「そうだな。私が賊だったら、もっと治安の悪い、荒廃した貧民街みたいな場所の方が暮らしやすい気がするな」


エースの言葉に、アルマが同意する。


「そっか。でもなんで今? これまでも拠点を移すことは出来たはずでしょう?」

「そうだよな……」


ウーリャの素朴な疑問に、エースもアルマも答えを持たなかった。


「だが、そうだな……荒廃した街があるとすれば……」エースが記憶を辿るように右上を見た。


「ドゥラルーね」ウーリャがきっぱりと言った。


今三人が船を追って下っているこの川は、いずれ大河であるウニュ河へと合流する。そのウニュ河が大海に流れこむ河口付近にあるのがドゥラルーの街だ。ドゥラルーはウニュ河を挟んで敵対するイノー領との紛争の最前線であり、一年前には前タザランド領主のブルースが命を落とした場所でもある。


「ドゥラルーか……確かに戦乱で荒れていると聞くけど……遠いな。馬で10日近くかかるんじゃないか? 」

「だから船で向かってるのかもよ?」ウーリャが言った。


「馬で追うには遠すぎるか……。途中でケンジが逃げ出してくれるといいんだが」アルマが言った。


「それなんだが、ケンジだけが逃げ出してもだめなんだ。青の塔の棟梁の孫のグンナーって子もさらわれているはずなんだ。その子も連れ帰らないと、父親のヒルト・ファーガソンの協力が得られなくなる可能性がある」エースが言った。


「少なくとも二人を救助する、と」ウーリャが作戦を頭に叩き込むように繰り返した。

「さらに言うと、グンナーは自分からギャリソンに加担している可能性が非常に高いそうだ」

「あら、嫌だ。対応が難しいわね」


エースの言葉に、ウーリャが顔をしかめた。

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