27
少しだけ時間は遡り、青の塔の棟梁邸にて。
棟梁の館の広間には、先刻までは十六人がかけていた大テーブルがあるが、今はそこに三人しかいない。棟梁のファーガソンと寄合衆の男が一人、そしてエースの三人だった。他の寄合衆の男らは仔細を打ち合わせた後、各々の組で指揮を執るために速やかに戻って行った。
エースは棟梁ともう一人の男のところに続々と届く情報を聴きながら、落ち着いた面持ちで座っていた。もちろん、彼としても交渉班として青の塔にやってきた一行が、今はそれぞれ別行動で動いていることが不安だったが、青の塔にやってきた目的だった交渉の糸口が掴めた今は堪えどころだ、と気を引き締めてもいた。
ウーリャとブライア、アルマの三人が飛び出して行ってから、もう一刻が過ぎようとしていた。
待っている間に川の向こうの居住区で、二度の爆発音が響いた。交戦する警ら隊からの情報はファーガソンとともに広間で待機している寄合衆の男のもとへと届けられた。棟梁と一緒にいるこの男はどうやら、警ら隊を総括する立場のようだ。
「三ヶ所とも壁は壊されているのだな、ミゲル」
「ああ、全てに警備を裂かなきゃならんので手が取られている。実際、最初に破られた南側の壁の穴からは賊が外から侵入しようとしてまた小競り合いが起きたようだ。ま、そっちはどうも一連の賊とは無関係の輩なのか、すぐカタがついた」
「複数箇所を攻撃して撹乱を図っているのか? 早よ賊の頭を捕まえんと、逃げられるぞ」
ミゲルと呼ばれた寄合衆の男は、次々と寄せられる情報を捌きながら、ファーガソンの言葉に苦い顔をした。棟梁のファーガソンと年の頃は同じくらいに見える。
「失礼します」
若い男が入ってきた。先ほどの会合の途中で棟梁に呼ばれて席を外していたヒルトだ。
「父上、やはりグンナーがいません。砂鉄採取にあたっていた少年らも、確認できているだけで五人ほど所在不明となっています。おそらくはギャリソンに捕らえられているかと思われます」
「ううむ」
ファーガソンが唸った。
「……どういうことですか……? 砂鉄採取って、川……?」
エースが驚いてヒルトに言った。
「ヒルトさん、我々の仲間も一名、今朝から河原に行っているんです。何があったんですか!」
「エースさん。申し訳ありません、何があったかはわかりません。ただ、ギャリソンはほとんどが闇の子で構成されているので……青の塔の子どもらが闇狩りに合った可能性があります」
「そんな……、戦闘の痕跡は? 目撃者は?」
「今のところ、見つかっていません。目撃者についても調査中です」
ケンジが誘拐されたと仮定すると、ウーリャの行方も気になり始めるエースだった。
「グンナーなら、自分からギャリソンに加担した可能性もあるな」
警ら隊総隊長のミゲルがぼそりと言った。
「何?どういうことだ?ミゲル。ワシの孫がなんだと言うんだ」
ファーガソンが訝しげに問うた。グンナーはヒルト・ファーガソンの一人息子、つまりジャスパー・ファーガソンの孫だった。
ヒルトも顔を曇らせたが、何も言わない。
「あいつの気性なら、盗賊集団に加わってもおかしくない。闇の子を裏でまとめていたのを知らんとは言わさんぞ、ジャスパー」
ミゲルが、ヒルトの息子であるグンナーの悪行を棟梁に仄めかしたのだが、ヒルトは否定も肯定もしなかった。ただ苦悩する親の顔を見せただけだ。棟梁のジャスパー・ファーガソンは息子とミゲルの二人を見比べて「なに……」とつぶやくと絶句した。
「知らなんだか……。それにな、グンナーはワシの孫でもあるんだぞ……。やれやれ、コメリーナの嘆く顔は見たくないのう」
ミゲルが肩を落としてつぶやいた。コメリーナとは、ヒルトに嫁いだミゲルの愛娘の名だった。
✁ ✁ ✁ ✁ ✁
「戻りました」
沈黙を破るように、ブライアが息を切らして慌ただしく広間に入ってきた。
「ブライア、アルマはどうした?」
エースが言った。
「アルマは、南の城砦橋に向かった。南の壁を壊した賊は、少なくとも二手に分かれたようだ。主力は闇の子を誘拐して船で川を下ると想定して動いている。ケンジとウーリャはどうだ?」
「ケンジは連絡が取れない。ウーリャもまだ戻っていない」
「川か……!ジャスパー、アベリーノを借りるぞ」
総隊長のミゲルが慌ただしく広間を出て伝令を飛ばしに行った。
アベリーノは、風の精霊力の高度な使い手だけが使える通信手段で、青の塔には棟梁付きの一名しかいない。その高度な力を持ってしても短い文章や単語などしか送れないという。南の城砦橋に駐留する警ら隊へ、緊急の指示を飛ばすのだ。
「竜の姫君が一人で城砦橋に向かっただと?」
ファーガソンが怪訝そうな顔でブライアを見て言った。
その時、慌ただしく伝令が入ってきた。
「伝令!南の城砦橋周辺にて賊と交戦中!異国の姫と見られる者と共闘し、城砦橋周辺に潜伏する賊を多数確保!」
「アルマだな」伝令の言葉を聞いて、ブライアがエースに言った。
すると、立て続けに次の伝令が駆け込んできた。
「南の城砦橋より至急の伝令!異国の姫君とその従者の方が川を下る賊の船三艘を火で攻撃中! 橋では船の接近を待って火・水・風で妨害しましたが、船上に人質がいるとの情報があったため直接攻撃は中止!おそらく現在、船は要塞を通過しているものと思われます」
「人質……。逃したか」ミゲルが声を絞り出すように言った。
「従者とはどんな人物ですか?」エースが伝令に聞いた。
「従者の方は長髪の女性でした! 火の使い手で、火炎を次々と船にぶち込んでおりました!」
「ウーリャだな。アルマと合流したようだ」ブライアがエースに言った。エースも頷いた。
「タザランド城からの使者様へ異国の姫君とその従者の方より『そのまま川を下り船を追跡する』との伝言をいただいています!」
棟梁と警ら隊総隊長が、伝令を聞いて、別の伝令に指示を持たせて要塞橋に向かわせるべく相談し始めた。
「ブライア……」エースが必死の顔でブライアに声をかけた。
「すまない。俺、ケンジを追いかけなきゃ……アイツ、何考えてるか分かんない奴だけど、盗賊に加担するような人間じゃないんだ……」
「そうか。……わかった。エース、ここは俺が残ろう。タザランドにアベリーノを送って、先に城へ戻るか、ヒルトさんたちをトーサンヌへ護送するか伺いをたてよう。これより先、我々は連絡が取れなくなる可能性が高い」
「ブライア、ヒルトさんの息子のグンナーももしかしたら拐われている可能性がある。そうしたら、この合意もいったん保留にされるかもしれない」
「……わかった。それも城へ伝えよう。こちらは任せろ」
「ブライア、……本当にすまない。途中でアベリーノの使い手が見つかったら、城と青の塔の両方へ連絡する」
エースはすぐにヒルトに向き直り、強い決意を込めた眼差しでヒルトを見た。
「ヒルト・ファーガソンさん、おそらくご子息のグンナーさんも我々の仲間のケンジも一緒に捕らえられていると思われます。我々が必ずやご子息を見つけ出して青の塔に連れ戻します」
エースはヒルトの戸惑う顔を見つめた後、返事を待たずに急いで荷をまとめ、出ていった。




