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ドォォン……


アルマは街の南側での救急処置を終えたあと、再び馬に乗って壁に沿って北西へ駆けていた。

その時、北の方角から爆発音が聞こえた。

アルマが今向かっている、ブライアが先ほど向かったと予想される地点よりも、さらに北の方からだ。

音のした方向を見ると、遠くに黒煙が立ちのぼるのが見えた。


——居住区の北の端の方角だな。 また壁を壊しているのか?


怒号と剣戟の音も小さく聞こえてくる。北側の半鐘も聞こえ始めた。


——だけど、賊は今、壁の中にいるはずだ。内側から壁を壊してるのか? 退路の確保? でもどうして移動しながら…? それとも建物を襲撃しているのか? 川の西側は居住区だから大きな武器商店も武器庫もないよな? いったい、何が起こってる?


程なく、目指していた騒ぎの場所と目ぼしい場所に着いた。

やはり、黒煙が立ち昇っている場所よりはずっと手前の地点だった。ブライアが見えた。


「ブライアさん! 怪我はないですか?」

「ああ。俺が着いた時はもうここでも戦闘が終わっていた。騒ぎを聞いてから動くせいで我々は後手に回っている。今の爆発音は聞いたか?」

「無事でよかったです。ええ、聞きました。ところで……、ここの怪我人は?」

「処置済みだ。ほっといて問題ないだろう。どうする? お前を待っていた」


ブライアはずっと北の方で上空高くのぼり広がった黒煙に目をやってから、アルマを見た。

落ち着いた深い茶色の瞳は、純朴な技術者のそれであり、従順な兵士のそれのようでもあった。

こいつは好んで戦いに身を投じるタイプではなさそうだな、と今考えなくてもいいことをアルマはふと思った。


「賊はこの西の壁を()()()()壊していったが、ここから侵入した賊はいないようだ。別働隊が壁の外にいて引き入れたのかと思ったが、そういうわけでもないらしい」




壁のそばでは目撃者らしい中年の女性が、興奮したように警らの男に話している。


「あいつらね、あっちからマントの集団がザーッと走ってきたかと思ったらね、さっきまであそこに倒れてたあの人とあっちの人を斬りつけたのよぉ! そんで、大勢で壁のところに何か黒い粉末を撒いてさ、火をつけたんだよぉ!いやもうぉすごい音がしたねぇ」


中年の女性は腕を振り回してあちこちと忙しなく指さしながらしゃべっている。


「そうか。情報提供ありがとうな。どっちへ行った?」警らの男が対応している。

「あっちだよ。奴ら、騒ぎが大きくなったとこでまた、ザーッと走り去ったんだよ」


中年の女性は最後に北の空の黒煙を指差しながら言った。





アルマはその女性の様子を眺めながらブライアに尋ねた。


「南では四、五十人ほどが侵入したと警ら隊が言っていましたよね。ここでもやはりそれくらいの賊が?」

「目撃者によるとせいぜい二十人くらいだろうと言っていた」

「減ってる? 何が起きてるんだ? こんな昼間に、何がしたくてあちこちの壁を壊して回ってんだ? まるで北へ誘導するみたいに時間差で騒ぎを起こして……」

「アルマ」


ブライアに低い声で呼ばれて、アルマが直立不動の姿勢をとった。


「あ、申し訳ありません! 口調が乱れました」

「いや、……それはかまわないが。そうじゃなくてだな、アルマ」


ブライアが困惑した顔でアルマを見たが、考えながら言葉を続けた。


「それだ。……これは陽動なのか? 現に、壁を守る警ら隊が、人員を割いて北へ向かわせていた」

「……とすると、目的は? 居住区ばかり狙って陽動で騒いでるとしたら? 本命は川の向こう側の市街地か製鉄所か? それとも、武器商の保管庫? 」


アルマは視線を落とし、自分自身に問うように呟いた。


「賊の人数が減ってるとしたら、部隊が分かれた可能性が高いか」ブライアも考えながら言う。


「……うーん、我々だけでは情報が少なすぎて……。賊がどんな奴らかもわからないし」

「若い賊が多かったようだ。賊は華奢で瞳が黒かったという証言が多い……つまり、北の警ら隊長のキーガンが言っていた、ギャリソンとか言う奴らかもしれん」

「そいつらって昨夜の襲撃の? 夜中から今までずっと街を襲撃を繰り返してるってこと? それとも引いたとみせてずっと街の中にいたんだろうか……」

「さすがに何十人もが身をひそめる場所なんてそうそうないだろう。その半分でも難しいだろうに」


土地勘のない二人には情報が少なすぎたが、率先して首を突っ込むべきことかどうかも判断が難しい。ブライアが決めかねているようにアルマに尋ねた。


「とりあえず、賊を追って北へ行くか? それとも棟梁のところに一旦戻るか?」

「そうですね……ケンジのこともあるし、一旦引き上げて……あ。」

「どうした?」


動きを止めたアルマにブライアがいぶかしげに声をかけた。


「……闇狩りのギャリソン、でしたっけ。襲撃してきた賊の名前」

「! 」ブライアもその名称から一つの可能性に行き当たって息を呑んだ。「まさかっ!?」


——考えろ、武器や人間を奪った賊はどうやって撤退する? 武器も人も重いよな? あちこちの馬や馬車は狙われていたか? いや、そんな様子はない……なら、答えは。


「水路だ。……このまま川に向かいます!下流の南の城塞橋が狙われるかも? ブライアさん、戻ってエースにそう伝えてもらってもいいですか?」

「わかった。気をつけろ、アルマ」





✁ ✁ ✁ ✁ ✁






馬を走らせたアルマがやってきたのは、川の下流にあたる南の城砦橋の右岸だった。


——やっぱり、あちこちに伏兵が、じゃなかった。……賊が潜んでいるな。


アルマには目あかしで簡単に賊の潜伏場所を見つけることができた。

建物の影や河原に生えている藪などに分かれて数名ずつが隠れている気配を感じる。


——と、いうことはビンゴだ。これから川を下ってくるな……。


アルマは建物の影に潜む姿には気づかないフリをしながら、要塞橋を護る警ら隊の一人に声をかけた。


「落ち着いて聞いてください。賊が乗った船が川を下ってくるかもしれません。その時に、この辺りに潜伏している賊が一斉に出てくるでしょう。これから言う場所に賊が潜んでいます。先手を打って攻撃しましょう」


警ら隊の男はすぐに人を集め、アルマの言うことに耳を傾けた。

最初は、裂けたロングドレスに見慣れない武器を背負った毛色の違う少女が馬を引いている、という情報量の多さに戸惑っていた男らだった。しかし、一人の男が、つい先刻の南の城砦橋の近くであった戦闘の際に「異国の姫が救護を手伝ってくれた」という話を思い出して皆に伝えたため、すぐに男たちの態度は好意的なものに変わった。


「ありがとうな、小さな姫さん。危ないから下がってな。それ、武器か? そんな細っこい腕じゃ戦えないだろう?」

「怪我をキレイに治してくれたって評判になってたのはあんたか!あんたがいれば俺らも安心して賊に立ち向かえるな!」


思いのほか和やかなムードになってしまったので、アルマもヘラッと笑いそうになったが、戦闘開始まで時間がないことを予想して、速やかに行動を開始した。


「予備の剣があればお借りしてもいいでしょうか。背中の武器は遠距離の攻撃向きなので、ちょっと心もとなくて」

「ほら、これでいいだろう」


さすが剣の里の警ら隊だとアルマが驚いたことに、アルマの背丈にぴたりと合った剣を、一瞥しただけで見繕って一本渡してくれた。鞘から少し引き抜いて刀身を見た。その鈍色に光る刃から想像するに、なかなかな業物だと思われたが、手渡してくれた警らの男は割とぞんざいに扱っていた。このレベルの品質はこの辺りでは普通なのかもしれない。




男らと速やかに打ち合わせたのち、静かに戦闘を開始した。

警ら隊は、火の使い手が攻め、土の使い手が守るというように小規模の小競り合いに対応できるように精霊力に応じて数名ずつが組んで掃討にあたった。敵の潜伏場所がほぼ把握できている今は、警ら隊が圧倒的に有利で、粛々と賊を捕縛していった。

取り逃した賊が上流へ逃げたことからも、これから本丸が下ってくるかと思われた。




城砦橋の上から見張りをしていた、とある警ら隊の若者が、粛清の戦況を見守っていた。

全体を見渡して討ちもらしがないか、新手がいないかを警戒しながらも、どうしても一人の少女の動きに目が奪われてしまう。異国から来たらしい鮮やかな明るい髪色の少女は、どうやら不思議な力を使うらしい。虫も殺せなさそうな華奢な身体をしているのに、賊に対して剣も構えず、手をかざすでもない。それなのに、なぜか次々と賊が地面に転がっていく。まるで見えない網か縄に絡めとられてしまったように。




今アルマが対峙している賊は、まだ精霊力を持たない十代前半の少年だった。年若い割に、戦い慣れた様子で剣を振りかざして懐に飛び込んできた。精霊力の使い手は遠距離攻撃をしかけてくることが多いので、剣で戦うにはすぐに間合いに入らなければ不利になるから自然とそういう戦い方を身に付けたのだろう。

アルマは突進してきた少年を軽くいなして跳ね上がると、片足で少年の横胴に蹴りを入れた。長いドレスがヒラリと舞い上がり、裂け目から一瞬だけアルマの脚があらわになる。体勢を崩した少年にまじないを使って身体をしばり、戦闘不能にしたのち、アルマは目を上げて戦況を見渡した。


——こっちはあらかた片付いたな。


アルマが立っていたのは要塞橋の近くの河原だった。そして、川の上流に船影を見た。


「来たぞ! 上流から船だ!」アルマが叫んだ。


ほぼ同時に何人かの警ら隊員もそれに気づいて、口々に大声で伝令を叫んでいた。

要塞橋から割れるような音で半鐘が鳴り始めた。潜伏する賊を逃さないために、今まで意図的に鳴らしていなかったようだ。周辺から応援を呼んでいたのか、橋の右岸、つまりアルマらの周りには数十人の警ら隊が集合していた。


小型の船が三艘見えた。この川は、砂鉄を採取するために上流で多量の土砂を流すせいで、川幅が広くなだらかに蛇行している。


と、現れた船影と同時に、一艘の船から左岸の土手に向けて火炎が一筋飛んで行き、左岸の土手からも一筋の火炎が船に向けて飛んだ。まだ距離のある船と岸の間で、炎が何度か交差する。


——誰かが対岸から交戦している? 土手から賊を追っているのか。我々とは反対側の岸だな、加勢に行くか。


少し離れたところにいた警ら隊のリーダー格の男がすぐに大声で叫んだ。


「火の使い手同士で戦闘状態だ!水と火を応援に行かせろ!」

「俺がいく」

「水は俺が」


指示を聞いて、素早く数名が馬を出した。

指示をした警ら隊のリーダーは、船から目を離さないままアルマの近くに来た。


「あなたが異国の姫だな? 南を任されているヴォクレールだ。橋の上から見ていたが、なかなか強いな。賊の潜伏場所もあらかじめ教えてくれていたとか。迅速な対応で助かった。ありがとう」


男はサッと右手を伸ばしてアルマの手をとり、握手を交わした。

アルマは城砦橋を見上げたあと、男に視線を戻して言った。


「どういたしまして。ヴォクレールさん、早速ですが私も彼らと一緒にあの橋を渡って応援に行っていいですか」


するとヴォクレールは口を大きく開けて笑顔を見せてから言った。


「は、豪胆な姫だな。いいぞ、馬はあるか? ああ、あるな。皆、上から見ていたから、あんたなら通すさ」


アルマはサッと手を上げると馬のところに駆け戻り、馬で橋に上がる通路へ向かった。


「あ、ヴォクレールさぁん! 剣をお借りしまぁす!」


ふと思い出して遠く離れた馬上から剣を振って叫ぶと、ヴォクレールは肘から先だけを上げて、軽く一振りした。

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