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ケンジが川に行ってから一刻ほど経った、カナトコ亭の食堂にて。


「え? 今日もドレスですか? もうズボンで良くないですか……」

「確かに。……お姫様は夜中に盗賊の襲撃現場に行ったりしないよな」


——珍しくブライアが調子を合わせてくれた。

よし、このまま一気に説得を……


「ダメよ。竜の姫様はきちんと装わせるってマディ侍女長に約束したんだから」

アルマの要望を拒むのは、ウーリャだ。


「そうだね。急に出立ちが変わると心証が良くない方向に変わってしまうかもしれないし」


——エース、お前もか。


アルマが粘って抵抗した結果、本日は少しだけウーリャが折れてくれ田。アルマの本日の衣装は、ドレスよりは簡易だが、上質な生地でできた足首丈のワンピースに決まった。


——うっかり長靴(ちょうか)を履いて行くことにしよう。


アルマは声に出さないよう気をつけながら決意した。





そう、どうして皆でアルマの衣装を相談しているかというと、先ほど青の塔の棟梁から呼び出しがあったからだ。

その日の使いは人間ではなく青い鳥だった。風の霊力の使い手によるアベリーノだ。先ほど、朝食を終えた四人がのんびりと本日の予定を話し合っていた時、テーブルに舞い降りた青い鳥がそのままクタリと紙切れに変わった。紙に書かれた「棟梁宅に来られたし」の短い文書を読むと、一堂はそのまま打ち合わせを始めたという流れだ。


ケンジだけが一人で朝食も食べずに川へ行ってしまっていたので、通りをブラついている闇の子に小銭を渡して、川までの使いを頼んで呼び戻してもらうことにした。


しかし、準備が整って出かける段階になっても、ケンジは戻らなかった。小遣いをやった闇の子が戻ってきて「川にはいなかった」と報告してくれたので、宿の女将に頼んでケンジ宛の伝言を残して四人だけで棟梁宅に向かうことにした。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





ファーガソンの館に着くと、四日前と同じ広間に通された。

集まった顔ぶれは前回と同じだったが、座る位置が若干変わっていた。




「長らくお待たせしまして申し訳ありませんでした」


柔らかい口調で話しだしたのは、前回の末席から、今回は棟梁の隣へと席を移した若い男だった。


——この人は確か、前回ブライアが銃の説明をした時に熱心に質問をしていた人だ。


「寄合衆と話し合いました結果、私の任されている瑪瑙組の者から十名ほど領主に預けるという結論に至りました。この度はこれだけの人員でご了承頂きたいというのが我々の総意です」


若い男は張りのある声で言った。


「そうですか。いえ、ご協力頂けるというお返事だけでも我々にとっては十分に朗報です」


エースが表情を明るくして、若い男に答えた。


「これから詳細を詰めていく必要があるとは思いますが、まずご理解いただきたい点は、我々は製鉄に関する監修に徹するのみで、剣を打つことは致しません」

「わかりました」

「これは、青の塔の専売制を崩したくない、というのが第一の理由なのですが、それに加えて、この地を離れると材料となる鉄の質が変わるから、という理由もあります。青の塔の職人は、ここの最高の鉄でなくては剣を作りません。それから」若い男がちょっと間をおいて言った。「お預けする十名の中には私も含まれます」


最後の一言で、場の雰囲気が少し重いものとなった。

寄合衆の他の組を束ねる男らが、深くため息を吐いて頭をかいたり、腕を組み直したり、とみじろぎした。あらかじめ内容は伝わっていたようだが、納得はしていない様子が伝わってくる。


「既に何名かの方へは名乗ったかもしれんが、この男はヒルト・ファーガソン。ワシの息子です」


棟梁のジャスパー・ファーガソンが若い男をちらと見てから言った。


「彼にも息子がおりましてな。年頃の子どもらが闇のまま成長していくのを黙って見過ごすことが難しいのでしょう。この度名乗りを上げてくれた十名は、どれも精霊儀式に適齢の子どもを持つ親ばかりです。この問題がなければ、領主の依頼など見向きもしなかったでしょうな。……いや、蛇足ですな。言葉が過ぎました」


棟梁のジャスパー・ファーガソンはこともなげに言い放った。


「なにも若大将が行かなくても……」という呟きが聞こえた。しかし、それが耳に届いていないはずはないであろう当人のヒルトが、キッパリとした口調でエースに尋ねた。


「それで、我々十名はどのように領主様をお助けすればよろしいのでしょうか。タザランドへ赴けばいいのですか?」


ヒルトがエースに尋ねた。


「いえ、製鉄所の建設の目処が立ちましたら、ご家族と一緒にトーサンヌへ移り住んで頂きたいと思います。そちらの地にて、パストラル山脈の裾野を切り拓いて製鉄所と武器工場を建設予定です」

「なるほど。そういえば、トーサンヌは領主様の亡くなられたお母様のご実家でしたね」

「ええ。ここから馬で五日ほどですので、製鉄の資材もタザランドへ移すよりは短時間で動かせます。そして、レオネロ・トーサンヌ氏が霊導具に精通しておられるのですが、彼が全てを取り仕切る上でもそこの場所が都合がいい」

「わかりました。いつ頃になるでしょうか」

「遅くとも来月には移住をお願いすると思います。出来れば施設の設計と建設についても監修をお願いしたいので、移住が早すぎるということはありません」





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





「——というわけで、工場が稼働するまでに必要な物資をここから運搬する方法としては、貨車用の線路を架設することが望ましいかと」

「大丈夫か? それじゃ運搬中に盗賊に盗んでくださいと頼むようなもんじゃないか? 手押し式のトラックじゃ盗賊の馬に追いつかれちまうだろう」

「あ、それじゃ逆に、盗賊を護衛に雇うという方法はどうでしょう?」

「ふーん、そんな簡単に行くかね」




アルマは、寄合衆と交渉班の話し合いが続いているのを聴きながら、祖国の戦争で見た、敵国の自走する鉄の塊を思い出した。敵国のかなり奥地に入り込んだ作戦の時に上空から眺めたのだ。黒煙を上げて蛇のように地を這う様がとても恐ろしく、遠目に見ただけで近寄れなかった。あれも確か、線路の上を走っていた。架線の上以外は走れないらしいので特に危険はない、と仲間の竜騎兵から教わった。


——軍糧を運ぶのに便利そうだったけど、あれが何なのか自分で説明できないから、ここでは何の案も出せないな。


「なんにせよ、働き手が必要になるのはいいことだなぁ」

「そうだな。トラックの架線で宿場なんかも必要になる。賑やかな街道ができそうだな」

「いや、でも警備が——」




少し話がまとまり始めたところで、枝葉のように議題が出てきて、寄合衆の男らも交えて議論が白熱、いや、どちらかというとグダグダになってきた頃——


少し遠い場所で半鐘の音が鳴り始めた。


「またか……」

「ううむ、多いな」

「昼間っから、なめられたもんだ」


寄合衆の男たちが口々に言った。

二日間で三度目の半鐘だ。うんざりした空気と共に緊張が張り詰めた。


五分ほどして家令姿の男が入室してくると、棟梁のファーガソンにメモを見せた。

ファーガソンは「失礼」と言葉を残して席を立つと、部屋を出て行った。少し離れた場所で家令と話し込んでいるようだ。


少し遅れてヒルトも呼ばれ、部屋の外へ出て行った。


ファーガソンが足早に部屋へ戻ってきた。ヒルトは戻ってこない。


「皆、申し訳ない。街の南側の壁に盗賊の襲撃があった。一旦議場を締めさせてくだされ。寄合衆は残ってくれ。タザランド城の方々は宿にお戻り頂いてもいいが、ここでお待ちいただいても構いませぬ。外の状況の報告がまだ届かん。南の壁からここまで馬なら十数分、半鐘が鳴ってから時間が経ちすぎておる。今は外での安全は保証できん」


ウーリャがエースの袖を引いた。


「まずいわ。ケンジが外にいる。私が宿へ行って彼が戻っているかどうか確認してくる。宿で会えなかったら川を探すわ」

「すまない。一人で大丈夫か?俺がここに残る。川にいなければここに戻ってきてくれ。無理して探し回るな」


ウーリャは短く頷くと、颯爽と髪をなびかせて館を出て行った。


「馬をお借りできますか? 私は南の壁へ。救護にあたります」

「うむ。案内させる」


アルマの申し出に、棟梁が即答した。


「アルマ、大通りは混雑しているかもしれない。早駆けは気をつけろ」

「はい!」

「俺も行こう。いや、俺は自分の馬がある」


ブライアも箱から銃を取り出して肩に装着し、もう一丁の銃をアルマに手渡した。

アルマの銃だ。本日は姫らしい衣装だったから、ブライアの箱に一緒に入れておいてもらったのだ。

アルマとブライアは一緒に部屋を出ようとした。


「竜の姫よ」


部屋を出ようとする二人に、後ろからファーガソンが声をかけた。アルマが立ち止まる。


「……昨夜のこと、感謝しております。……怪我人を頼みます」


——やっぱり知ってたか。


アルマはとっさに棟梁を振り返った。ファーガソンの眼差しは相変わらず炯々と光を放っていたが、不思議と威圧感は感じなかった。アルマはヘラりと笑って片手をあげた。


——しまった、これ姫の仕草じゃないな。


手を上げてしまったあとで気付いたアルマは、そのまま逃げるようにブライアを追って外に出た。





「おい、なんとかならないのかその乗り方!」


隣で馬を走らせているブライアが見かねて叫んだ。アルマはワンピースを太ももまでたくし上げて馬にまたがっている。


「ええ……? じゃあ……んん、こうするか?」


アルマが馬の背で短刀を使ってワンピースの片側を腿まで裂いた。


「はい、これで片足は隠せました」

「まったく、なんて姫だ」

「はは、姫じゃありませんって」


——やっぱり、長靴(ちょうか)を履いてきてよかった。さっきは途中で気づいたウーリャが目をむいてたけどな。




✁ ✁ ✁ ✁ ✁





南側の壁は穴が開いていた。

三名ほどが横並びのままで通れそうな大穴だ。火薬を使った匂いが漂っているので、精霊の力で爆砕したわけではなさそうだ。


襲撃は終わったあとで、迫る危険はなさそうだった。

刀傷を負った者が数人いる様子で、警ら隊の看護を受けていた。あちこちで目撃した市民らが警ら隊と話している。どうやら賊は壁の内側に沿って西へ向かったようだ。西の居住区で騒ぎが聞こえ、そちらの半鐘も鳴り始めた。


「ブライアさん、私はここで看護の人たちと一緒に動きますね」

「わかった。ここの怪我人は多くなさそうだな。その後はどうする?」

「そうですね……。ここが落ち着いたら西の騒ぎの方へ向かいます」

「では、俺は一足先に西側に行って様子を見よう」

「……ブライアさん、一人でも大丈夫ですか?」

「問題ない。試作品の射撃でかなり上達したと思う」

「無理なさらず……十分な距離を保って戦ってください」


ブライアが去ると、アルマは看護人に声をかけてまじないの施術を始めた。

それほど力の強くない者のしわざなのか、怪我人たちは浅手の傷が多く、それほど労せずに処置を終えることができた。

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