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交渉班と棟梁らの話し合いの場はその後一度も開かれていない。ファーガソンの言葉を信じて待つだけの日々だ。領主がタザランド城へ戻るまでに我々が帰ることが間に合わないのでは、とエースが気を揉み、ケンジが苛立つ場面もあった。


「あれ?エースは?」

「アベリーノを送りに行きました」


滞在四日目の朝。

ウーリャがのんびりと起きてきて、宿の食堂のテーブルにつきながらアルマに尋ねた。


風の霊力の使い手だけにできる、霊力を使った通信の力『アベリーノ』。風の使い手の中でもかなり秀でた者にしか使えないのがこの通信の力だ。手紙や言伝を水色の鳥の形に変えて相手に送るというもので、とても便利なのだけどそれほど一般に普及していない。その理由は、この能力を持つ者が希少だということと、伝えられるのが単純な一文とか短い文言だけ、というように汎用性が低いためだ。貴重な力だが大きな街ともなると数人の使い手が集まる。


青の塔にも一人だけ、棟梁に帰属する通信士の役割を担う者がいた。エースはこのアベリーノの使い手に頼んでタザランド城にいる上司ウィリアムと連絡を取り合っていた。


「定期連絡ね」ウーリャがあくびをしながら言った。

「ウーリャ、昨夜の騒ぎは気づいたか?」


先に席について食後のコーヒーを飲んでいたブライアが、ウーリャに尋ねた。


「ん? なんかあったの?」

「鈍いな」嘲るように言ったのはケンジだ。

「盗賊の侵入が街の北側であったそうです。しばらく半鐘が鳴ってました」アルマが言った。

「ふーん」ウーリャはパンに手を伸ばしながら気のない返事をした。が、すぐにその場の雰囲気から何か感じ取った。「え? なに? そういう時って出動した方がいいの? 私たちも?」

「騒ぎが大きくなれば行こうかって話してたんだけど、昨夜はすぐに制圧できたみたいだな」ブライアが言った。

「ん? みんな起きて集まったわけ?」

「ああ」

「まあ、一応」

「当然だろ」


ウーリャがちょっと首をすくめてヤベっという顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


「やはり治安が良くないな。俺はこのあと北の城壁の警ら隊のところに行って話を聞いてくる」

「じゃ、俺も」

「気をつけてねー」

「……ウーリャさんは行かないんですか」アルマが尋ねた。

「男に準備を急かされるのはイヤだから行かない」

「そうですか。じゃ、私も皆さんと」

「アルマは行かないよね? じゃあさ、ほら。ずっとここに滞在して身体も鈍ってきたことだし?そこの大きな広場で勝負しない?」

「……却下します」

「だって、約束したじゃない、青の塔に着いたら勝負してくれるって」

「毎日一緒に鍛錬してるじゃないですか、空いてる時間に。それに、街中でどんぱちするわけにもいかないでしょう、ウーリャさん」

「ずるい!アルマのケチー!嘘つきー!」

「……」


アルマはふと思いついた。


——広場で勝負すると人が集まるよな……。拳の勝負じゃなくて銃の試し撃ちでも人が集まるんじゃないか? 宣伝になる? いや、でも流れ弾が危ないか。


「それ、面白そう!」

「え?」

「私もその武器を使ってみたかったの!」

「あれ、私今、口に出してました?」


ウーリャが半眼でアルマを見た。


「……あんた、たまにボソボソ独り言いってるの気づいてないの。喋り方が全然違うんだけど」

「……」


——まさか!? 独り旅で独り言が増えた?


「そうかもね」

「……」

「だから、いい加減その素の口調で話せば」

「……」





アルマは心を無にした。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





「へえ、それでタラスを」

「ええ。矢を防ぐための木製の矢来では銃弾は防げないので、昨日見せてもらった建築資材のタラスを使って、即席の防弾壁を作ろうと思いまして」

「結構な量を買ったんだな」

「文官のブライスさんから、必要なものは惜しまず購入してよいと言われたので」


アルマとエースがタラスの粉末が入った大袋を片手に二袋、つまり一人四袋づつかついで話しながら広場にきた。少し後ろをウーリャが無言で四袋をかついで歩いている。足取りはしっかりしているが、会話に加わる余裕はなさそうだ。すれ違う通行人が三人を見てギョッとした顔で避けていく。


「混ぜる容器とか木枠は? (まと)にする物と、 的を置く台なんかもいるよな? 買ってこようか?」


エースが広場の隅に荷を下ろしながら聞いた。


「そうですね…… 的と、 的の台と、 的に当たったときの景品なんかがあるといいかもしれません。お願いできますか?」アルマが言った。「容器と木材はとりあえず無しで。材料を直接混ぜて固めながら壁にしてみます。うまくいかなかったら後で用意します」





エースが頼まれた物を買って戻った時には、広場の一角に胸の高さくらいのコの字型の囲いができているのが見えた。


「ずいぶん壁が低いな。材料が足りなかったか? 木枠買ってこようか? って……なんだこりゃ」


囲いの近くまでやってきて、中を覗いて驚くエースの肩を、囲いの外にいたウーリャがポンと叩いた。


「何も言わなくていいわエース。アルマ……恐ろしい子……」

「どうするんだよ、これ。終わったあとのこと考えてないだろ……」

「私だってもっと簡易的な壁を想像してたわよ」

「なあ、これ……土の中に撃ち込むんだったら、タラス要らないんじゃないの?」

「……そうかもね」


広場の片隅の射撃場は半地下に造られていた。区画分の広範囲の土を掘り起こして、下を平らにならしてある。残土で地上部分に壁を作ったのだ。ここまでの工程はアルマが一歩も動くことなくまじないを使ってやったらしい。本人いわく、祖国でよく塹壕を掘らされていたから慣れているそうだ。こうして床を掘り下げたことで、射撃場の壁は中から見ると人の背丈よりも高くなっていた。当のアルマは土の壁にタラスを塗りつけている最中だ。


これだけ大きなものを造っているので、広場では人が集まってザワザワとアルマの作業を見物していたし、偶然通りがかったタラス職人がアルマの近くまで降りて腕を組んだまま作業を眺めていた。昨日会った職人の一人だ。粉末のタラスがアルマの持つコテで壁に押し付けられると、コテで抑えている間に水と混ざり、コテが通り過ぎる時には硬化していく。水分の量など気づいたことがあると、その職人がアドバイスしているようだ。職人はおもむろに予備のコテを手に取り、アルマが練習として水と混ぜておいたタラスの山から適量を取っては壁の高い位置に塗り始めた。


「お嬢ちゃん、あんたの背が足りない部分は塗っておいた。あとでこっちも乾かしておくといい」

「ありがとうございます!」

「お嬢ちゃんみたいなのは初めて見たが、水と風の両方の精霊力を持つのかい? よくわからねえが、うらやましいねぇ」

「えへへ、そんな感じです。教えていただいたり手伝ってくださって助かりました」

「こちらこそ、面白いものを見せてもらったよ」


職人は手を一振りして立ち去ろうとした。


「あの! よかったらこれから新しい武器の実演をしますので、時間があれば見ていってください」


アルマが声をかけると、職人は「用を済ませたらまた立ち寄るよ」と言って去っていった。



銃の実演は大盛況だった。

二丁の長銃を使って、最初はアルマがエースとウーリャを教えた。素人が初めて銃を構えて撃つまでの様子を見ていた観客らは、アルマが声をかけると一人、また一人と途切れることなく試し打ちに挑戦した。


昼食時に実演について話しておいたので、ブライアが川まで行ってケンジに声をかけてくれたようだ。ブライアとケンジが何人かの年長の闇の子らを連れてやってきた。闇の子らもケンジに教えられながら的を狙い、当たったはずれたと騒ぎながら実演を楽しんでいた。


射撃を楽しんだあとは、その武器の用途についてしみじみと考察を深める者、景品をもらって、ああ楽しかったと笑いながら家路につく者など様々な反応がみえた。先ほどのタラス職人も、後からやってきて銃の実演を眺めていた。アルマが勧めたが「なんだか恐ろしいよ」と言って武器を手に取ることはせず、土の精霊の使い手であることを示す茶色い瞳を細めて微笑んでから、さっきと同じように手を一振りして去って行った。


夕方、誰もいなくなった広場には、タラスで塗り固められたままの巨大な窪地だけが残された。

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