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青の塔の棟梁ファーガソンの館に、馬車が到着した。

馬車のステップを踏みながら、アルマは今更ながら、自分の浅慮を後悔していた。


——もしかしなくても、この扱いはマズいんじゃないのか?


彼女の本日の装いは、白い薄布を重ねて仕立てた細身のドレスだ。ドレスの上には床まで届く藍色のガウンをピッタリと体に添わせて羽織り、ガウンの腹側と背中側をレース紐で編み上げている。つまり日頃のアルマからはほど遠い、身分の高い女性の正式な装いで棟梁の館の扉の前に立っていた。


アルマの所在なげに前に揃えられた手からは、ガウンの裾と同じく床まで届くフレアスリーブが美しくうねって垂れている。伸びかけたハチミツ色の髪が耳の横でふわふわと儚げに揺れて、なんとも庇護欲を誘う姿だった。


アルマの横にはウーリャが控え、彼女を守る女性騎士のようだ。エースが先頭を、ブライアとケンジがアルマの後ろの守りを固めるように立っていた。


まるで高貴な身分の令嬢であるかのように装うのは、タザランドに来て三度目、つまり人生で三度目か。一度目は長寿の竜シグルトとタザランド城に到着した日の晩餐会。二度目はキースとの夕食。そして今回、青の塔の鍛冶士らが住むという集落で棟梁の家を訪問して、これから棟梁その人に会おうというこの瞬間だ。


青の塔の棟梁ジャスパー・ファーガソンの住む屋敷は、他に比べて飛び抜けて大きいわけではなかったが、大勢の人が出入りしやすいよう公共施設のような簡潔な造りになっていた。

ちなみに、ファーガソン宅からは迎えの馬車がやってきたので、ドレス姿のアルマがエースに抱えられて馬に乗る必要はなかった。


交渉班の一行は、まるで「竜の姫とその護衛のご一行様」といった様相で、広間に通された。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





広間では十人の屈強な男らが待っていた。

男らを束ねる棟梁のファーガソンもその中にいる。年の頃四十代後半というところだが年齢の割に深く横皺の入った額と、肉の削げ落ちた頬をした男だった。白髪まじりの伸びっぱなしの髪は頭に布を巻いて抑えてある。窪んだ眼窩からは思慮深い光をたたえた紅い瞳が一堂を見渡していた。


その双眸がアルマに注がれると、アルマは思わずいつものようにヘラっと笑ってしまった。

ウーリャが恭しくアルマの耳に口を寄せ、「表情筋」と小さな声で一言呟いた。


交渉班の一行と青の塔の男たちが互いに挨拶を交わして席に着くと、まずファーガソンが口を開いた。


「タザランド城に異国から竜と姫が飛来して棲みついたという噂はここまで聞こえとりますよ。あなたが竜に乗ってきた姫君ということでよろしいですな?」


——おう、やっぱりその話題から入るのか……。


アルマが、必要以上に目立つ装いを恨めしく思いながら口を開いた。


「ええ、わたくしが竜王国ランゴムから参りましたアルマと申します」

「タザランドの若い領主をたぶらかして毎日骨抜きにしとるとか」

「それはないです」


アルマが即答した。


「ほう? 何やら怪しい霊力を使って領主を操っておるとか」

「それも事実ではありません」

「 領主をいずれ竜の国に連れ去ろうとしておるとか」

「……それは、できません」


アルマは口ごもった。


「『してない』ではなく『できない』とな。まあ良いでしょう。領主なんざ誰がなってもこんな辺境では何も変わらんです」


ファーガソンを取り巻くように席についている肉塊のような男らは、領主の言葉に追従することもなく黙ったままだ。皆、突然の来客に対して今後の展開を見定めようとするかのように注視していた。


「そういうわけでもないんです」


話題を変えるべくエースが穏やかに口を挟んだ。発言しておきながら、にわかに注目を浴びて少し顔を赤らめつつエースが話し始めた。


「青の塔の棟梁、ファーガソン殿。今回我々がこうして参りましたのは、他でもなく領主の意向です。単刀直入に申しますと、領主は向こう一年で新しい鉄製の武器を量産する計画を進めております。その武器製造工場に青の塔から製鉄の技術者を数多くお招きし、製鉄の技術をご指導頂きたく思っています。そして新しい武器製造に関してもぜひ顧問などの立場で青の塔の叡智を貸して頂きたいのです」


エースの言葉を聞いたファーガソンが鋭く目を光らせた。


「新しい鉄製の武器とな」


ブライアとエースが目を合わせ、二丁の銃が入った箱をテーブルの中央に置いた。

それからブライアが、銃を一つづつ手に取って青の塔の鍛冶士らに構造を丁寧に説明した。交渉班に近い位置に座っていた一番年の若い男が、長い方の銃を手に取ると、ブライアにいくつか質問をしながら仔細に調べ始めた。


棟梁のファーガソンは、ブライアの説明を聞き終えると目を閉じて深く長い息を吐いた。


「すぐには回答できませぬ。ここに集まった寄合の者らがおのおの組に持ち帰って意見を出してくるでしょう。城の皆様にはしばらくこの街に逗留していただくのがよいでしょう」

「わかりました」エースが言った。


ファーガソンは厳しい眼差しで言葉を続けた。


「しかし、ご理解頂きたい。ワシらは剣を作る鍛冶士だ。その技術は一子相伝で伝えられるものであり、剣を作るために長年培われてきた技術は、歴代の名士らによって多様な形で現代まで練り上げられてきた。この技術は間違いなく青の塔の宝であり屋台骨だ。もちろん、これまでも貴公らのような組織や機関から同様の相談は数えきれぬほど受けてきたものよ」


ファーガソンの射抜くような眼差しを受け止めてエースが頷いた。


「この銃という武器は、そこの竜の姫君が持ち込んだものを複製したと言われましたな。ワシ個人の意見を言わせてもらうが、そのロクに鍛錬もされてない鉄の塊を量産するためにワシらの技術が必要とは思えんのです。そして青の塔が守らなければならん矜持こそが、こういう外の世界の技術に我々の培った技術を付与することなく秘匿したまま未来へ継承することであろうと思うんですよ」


エースがファーガソンから視線をそらさずに言葉を探している間に、ケンジが堪えきれないように口火を切った。


「おい待てよ、じーさん」

「ケンッ? ジッ、このばかッ!」


エースが慌てて隣のケンジを止めようとして、声を裏返らせた。ケンジはバンッと机を叩いて身体を乗り出すと、エースの言葉を遮るように続けた。


「鍛冶だって精霊の力を使うだろーが!このまま剣だけで戦ってイノーに勝てるのか?霊峰を取り戻さなきゃ〜、あと十年もすりゃ青の塔だって剣を打てる者が減っちまうだろうが!」


ファーガソンはケンジの剣幕もさして気に留めず、口をへの字に歪ませながらまた深く息を吐いた。


「言ったろう、ワシの個人の意見よ。……おまえさんが言うことは、ここじゃ赤子でも知っとるわ。青の塔がそれを考えていないわけがなかろう。しかしのう……」


しばらく沈黙が続いた。やがてポツリと独り言のように、しかしその場にいる皆に語りかけるように口調を改めて、ファーガソンが重い口を開いた。


「時間が必要なのですよ。……なんとかこちらの意見をまとめて後日相まみえましょうぞ。皆様は鍛鉄や剣作りの視察をご希望されるでしょうから案内をつけましょう。しばらくゆっくり遊山でもして旅の疲れを癒しておってください」


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