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「棟梁との交渉の場についたらアルマの呼び方を『竜の姫』に変えること」をエースに許可した日から三日後。一行は馬に乗ったり降りて引いたりして、岩場やゴロタ石が多い登坂路を丸二日進んだ末に鍛冶士の集落に辿り着いた。


集落、なんて呼ばれているとどんな鄙びた場所かと思われそうだが、「青の塔」は地方都市と呼べるほど繁栄した街だった。領主の街に比べると面積こそ狭いけれど、多くの人々がひしめき合って暮らすにぎやかな街だ。栄えた様子の街並みが谷間の川を挟むように両側に続いている。


タザランド領主の街が高原地帯にゆるやかに広がっているのに対して、青の塔は街全体が岸壁に囲まれた谷底にあるうえ、異様に高い外壁に覆われた厳めしい雰囲気があった。外壁に設けられた大門には門番が立っており、外壁の外には警ら隊と思しき者らがゆっくりと巡回をしている。


エースが門番に声をかけてタザランド城からの使者であることを伝えると、警ら隊の男が一人近寄ってきて門番とともに証文を検めた。すぐに一行は問題なく門を通過することができた。門番から棟梁への先触れも出してもらえるそうだ。


「ずいぶん物々しく警備をしているんだな」


領主の証文の確認が終わったあと、確認作業に関わっていた警ら隊の男に声をかけたのはブライアだ。男はブライアと一行をじっくりと観察しながら答えた。


「ああ。この辺りは物盗りが多くてな。東のドゥラルーあたりの前線地帯からあぶれ者らが流れてくるんだ。……六年前の敗戦からこっち、この街の塀は高くなる一方だ」

「街の外から賊の襲撃があるのか?」

「日常茶飯事さ。奴ら岩山のあちこちに隠れ家を作ってやがる。あんたらも帰る時は気をつけな」

「忠告感謝する。それと、俺たち宿を探しているんだが——」


ブライアが男から滞在に都合のいい宿を聞き出したあと、一行は街の中を宿へと進んだ。街のあちこちに大きな建造物があり、太い高炉から黒煙が立ち上るのが見えた。おそらくそれらが製鉄所だろう。市中には市が立ち並び、大勢の人が行き交う喧騒と、金属がぶつかり合うような賑やかな音があふれている。交渉班の一行は誰もがこの街に来るのが初めてだったので、街の雰囲気がもの珍しくてチラチラと視線を左右に走らせた。街の建物も、タザランド城のあたりでは見慣れない雰囲気で、継ぎ目のない灰色の石の壁や金属製の建具が使われている。



警ら隊の男から得た情報をもとに、街の中心に近い『カナトコ亭』に宿を取り、荷を下ろして馬を預けた。小柄な女将さんがユサユサと大きな胸と腰を揺すりながら部屋に案内してくれた。


「カナトコとは……」誰かの口から小さな呟きが聞こえたが、誰も応えるものはいない。


そうこうしていると棟梁のファーガソン家からの使いが宿にやってきて、このあと数刻してから棟梁宅を訪問することが決まった。





二つの部屋に男女が分かれた。

ウーリャとアルマが同じ部屋に入ったのだが、なぜか今、二人きりの部屋の中でウーリャがアルマにジリジリと迫っている。今朝ほどエースから、棟梁の前でのアルマの呼び方について指示されたウーリャが、アルマに女性らしい装いをすることを主張したからだ。ウーリャは両手でワキワキと妙な動きをしながらアルマに詰め寄った。


「さあ竜の姫様、お着替えの時間ですわよ」

「なぜです? どうして私だけ?このままの服装でいいと思うんですが!」

「そんなわけないわ、姫様。とりあえず脱ごっか!」

「なに軽い口調で言ってんだですか!」


慌てたせいで口調が乱れてしまった。


「ねえ、考えてみて。タザランド領主が威信をかけて鍛冶士の棟梁に交渉をするの。万全の体制で臨みたいじゃない? エースがそう決めたんだから、あんたはエースの気持ちを汲んできちんとした姿で交渉の場に赴くべきよ」


ウーリャが聞き分けのない子どもを諭すお姉さんのような優しい微笑みを浮かべて言った。


「いやいやいやいやいやいや、ただ単にウーリャが面白そうだk……いえ、なんでもありません。とにかく! 呼び方は認めますけど、衣装はこのままで大丈夫です!」

「アルマ……」


ウーリャが眉を悲しげに下げて言った。


「私、実は出発前にマディから言われているの。アルマ様にふさわしい場では相応の装いをさせるようにって」


そう言い放つと、ウーリャがアルマの荷の一つをバーンッと開けてみせた。

荷袋の中には、用意のいいマディ侍女長とジルによって、旅行用の簡易な正装がしっかりと入れられていた。そしてアルマは自分の荷にドレスが入っていることを今知った。


「ああ、私、帰ったらマディに怒られてしまうわ。同性として姫君のお世話役を果たせなかったって責められるんだわ。女性の私がこの班に選ばれたのは、こういう時のためでもあったんだけど」


ウーリャが俯いて目のあたりを拭っている。


「ウーリャ……」


アルマは急にしおらしく嘘泣きをし始めたウーリャに目を剥いた。


「私ね、妹がいるの……。ゆくゆくは城の侍女になりたいらしいんだけど、今から侍女長の心象を悪くしちゃったら、その夢も叶えてあげるの難しいわね……。でも、仕方ないわ。竜の姫様の言うことは聞かないと……」


ウーリャは顔を伏せたままスンスンと鼻水を啜っている。何この茶番、と思ってしまったアルマは、思わずまじないの目あかしを使ってしまった。しかし、ウーリャの妹の話に関しては嘘ではないようだ。


「……わかりました。衣装を変えます。衣装が用意されているということは、ここで無理を通したらたぶん、城に戻った時に私がマディに怒られるでしょうし」


「本当?」ウーリャが勢いよく顔をあげた。やっぱり涙の跡はどこにもない。「じゃ、脱ごっか」





ウーリャは鼻歌混じりの上機嫌でアルマの衣装とメイクを整えた。


「んんまあ!どうしてこんな細腕で戦えるの?っていうくらい手足も腰も細いのに、ちゃんと女の子の体つきじゃない!アルマ、可愛い」

「あああありがとうございます。何でもいいから早く服を」


ウーリャの目つきは品定めをしているようで気恥ずかしい。アルマはサッと脱いだ服で身体を隠しながらウーリャに手を伸ばしてドレスを受け取った。


アルマが袖を通すと、ウーリャがテキパキとアルマの胸の下と背中のレース紐を編み上げてドレスを着付けていった。


「ウーリャ……。このドレス、長すぎて裾を引きずっているので外を歩けません……」

「姫は外なんか歩かなくていいのよ」

「棟梁の屋敷はこの近くなのに? 私だけ馬で乗り付けるんですか?」

「そうよ。たぶんエースがあなたを抱えて乗るわよ」

「え?さっきまで自分でまたがって乗って来たのに?不自然じゃないですか?」

「いいの、こういうのは第一印象が大切だから」


アルマはため息をついた。そして長いドレスの裾を持ち上げて覗き込みながらウーリャに尋ねた。


「これなら足元は見えないから、靴はいつもの長靴(ちょうか)でいいですよね」

「往生際が悪いわよアルマ」

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