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タザランド領、北限の城『アゼマ城』


領主の城から北へ馬の脚で7日ほどの場所に、築かれたばかりの新しい城がある。城といっても、むしろ館と呼ぶ方がふさわしい佇まいの、洒脱で豪華な木造建築だ。木の真新しい香りの漂う客室で、客を迎えているのはタザランド前領主の次男であるアルフォンス。長い黒髪をゆったりと背で束ねた洗練された身のこなしの長身の男だ。主人よりは少し背の低い家令が側に控えている。


「呼び立ててしまってすまないね、キース。よく来てくれた」

「いや。新しいアゼマ城の様子も確認しておきたかったので問題ない」


客人の席についたキースが答える。キースはタザランド前領主の三男だ。気持ちの良い調度がしつらえられた客間に、三歳年上の兄を訪問している弟という構図ができあがっている。

アルフォンスは人のいい笑顔を浮かべて言う。


「こうして対面して話すのは久しぶりだなぁ。父の葬儀の時も家令を通してのやりとりだったから。それはそうと、良い茶葉を手に入れたんだ。君もどうかな?」

「いや、遠慮する。様子を見に立ち寄っただけだ。すぐにここを発つ」

「そう……」





二人の間に、少し含むような空気が流れた。

アルフォンスとキースは母親が違う兄弟だった。もともとタザランド前領主ブルースには四人の息子がいた。正妻フロレンスの子で長男のジュリアンと次男アルフォンス、そして愛妾アヴリルの子で三男キースと四男パーシーの順だ。それが現在、存命しているのはアルフォンスとキースの二人だけだった。


公にはされていないが、十四年前にアルフォンスの実兄のジュリアンが十歳で亡くなったのは服毒死だった。実行犯の家令は処刑されたが、裏で糸を引いていたのはキースの実母アヴリルと目されていた。


領主の寵愛が厚かったアヴリルには当時二歳のキースと生まれたばかりの弟パーシーという二人の息子がいた。


正妻の息子ジュリアンが毒を飲まされて亡くなってから三ヶ月ほど経った頃、今度は妾アヴリルの幼子パーシーが病気で身罷った。まるで報復を受けたかのようなタイミングで妾の息子が亡くなったことが、果たして偶然だったのかは、今も明かされていない。


正妻フロレンスと妾アヴリルの水面下での確執は、お互いの寿命が尽きるまで続いた。十一年前にフロレンスが亡くなり、正妻の死から三年後に妾のアヴリルも、残された息子キースが精霊儀式を終えるのを見届けるかのように病で亡くなった。


前領主ブルースは妻らの争いなど全く顧みなかった。その瞳が向いていたのは王都であり、イノーの侵略を受けてからは敵国イノーとの戦いにのみ関心を向けた。結果として、残された二人の息子は派閥に別れてしまった家令らによってお互いの仲を隔てられたまま育ち、家族という概念からはほど遠い歪な関係のまま父を失った。


領主ブルースの死から七日後に、亡くなった母アヴリルの生家でありタザランド領の南に位置するトーサンヌ家が、外孫であるキースの後ろ盾についた。それによってキースは名実共にタザランド領主「キース・タザランド」となった。長じた存在でありながら格下となってしまったアルフォンスは、キースに請われるままに北の僻地へ移封された。


移封に遅れること十ヶ月、やっと完成した新城に移ることに伴い、アルフォンスは本来ならばタザランド城を訪ねて領主に礼を言う立場だった。しかしそうせずに弟を手紙で自陣に呼んだことは、アルフォンス自身の矜持であったかもしれないし、また護身のためでもあっただろう。

キースにとってこの度のアゼマ城訪問は、そうした兄の心境を見極めるための訪城でもあった。





「すまない……」


キースはアルフォンスの入れる茶を拒んだことを詫びた。

しかし、それを受けたアルフォンスの表情は屈託のない笑顔だった。


「とんでもないよ、キース。こうして新しい城をあつらえてくれてありがとう。とても気に入っているんだよ。調度品もとても質がいい。王都の職人に作らせた一級品ばかりだ。生活についても今のところ何不自由なく過ごせているよ」

「それはよかった。調度も好みにあって何よりだ」

「それにほら、僕の精霊は『樹』だから、パストラル山脈の森に囲まれるこの館は僕の理想どおりだ。アゼマ城の周りには、牧人がたくさんいるんだよ。キースはタザランド城周辺でパストラル山脈の牧人に会ったことはある?」

「いや」

「僕はタザランド城の近くでも何度も会っていたよ。牧人は樹皮のような肌をしていてね、森を傷つけさえしなければとても穏やかな民なんだ。タザランドの森林には北から南までたくさんの牧人がいるんだよ。アゼマのすぐ北側にはペンケ川が流れているだろう?あの川の向こうの北の山脈にもたくさんいると思うから、いつか訪ねてみるのが僕の夢なんだ」


キースは饒舌な母違いの兄を、珍しいものを見たかのように眺めた。実際、こんなにゆっくりと兄と話すのは初めてかもしれない。そもそも、アルフォンスを北の僻地に体よく追いやったのは新領主の自分だ。タザランド城を追い出されて恨まれているかとも思ったが、家令から仕入れた情報通り、アルフォンスは権力への執着が一切ない性格のようだ。小綺麗な館と道楽三昧の生活を保証すればホイホイと移り住んでくれるだろうという目論見はうまく当たっていた。担ぎ上げた神輿を失って、タザランド城内でも長兄派の力は目に見えて落ちている。





キースは予想以上に友好的な兄の反応に少し戸惑いながらも、口を開いた。


「実は八歳の時に、タザランド城の近くの森で牧人を探したことがある。自分の精霊が決まる歳だったからだ。その三年前にお前が樹の精霊に選ばれたと聞いていたから、自分もそうなるかもしれないと思って、なんとなく森へ行った……。でも、あの時は、すぐに家令に見つかったな。そう、そこにいるそいつだ。そいつに見つかって、城に呼び戻された」


キースはアルフォンスの横に控える家令を視線で示しながら言った。


「よく覚えております。その節は大変失礼を致しました。幼い領主様は大変すばしこく、いつも探すのに苦労致しました」

「トッポがキースを探して連れ戻した? 意外だな。そんなことがあったのか」


トッポと呼ばれた家令は小さな濃い緑色の目を床に向けて居心地悪げに身じろぎした。アルフォンスは面白そうに目を輝かせて家令と弟を見比べて笑っている。


「ふふ。でも結局、キースは父と同じ水の精霊に選ばれてしまったね。瞳の色も濃い青色だ」

「そうだな」


キースはアルフォンスを見つめながら答えた。

雑談をしていると思いのほか時間が経ってしまった。


「邪魔をした。なにぶん新造の城だ。不都合があれば書簡ででも申しつけてくれ。それと」キースは一呼吸置いて言った。


「知っているだろうが、ペンケ川より北はシッカイ領だ。不用意に領界を超えて他領に入らないよう気をつけろ」

「わかってるよ。ここには自警団程度の兵力しかない。さすがに他領に入るような冒険はしない」


アルフォンスは愉快そうに笑いながらキースに答えた。

キースはアルフォンスの顔をしばらく見つめて何か考えていたが、やがて納得したように小さく頷いた。


「ならいい」


ほんのわずかな滞在時間ののち、キースはアゼマ城を出た。





✁ ✁ ✁ ✁ ✁





「あいつは喜んでいたぞ」


兄を警戒させないために城から離れた場所に待機させていた配下の一隊と合流すると、キースは出迎えたヴィクトールにそう報告した。


「ブライスの見立てどおりでしたね、若君。これでしばらくは派閥争いの方面は落ち着くでしょう。兄君様が若君を騙すような振る舞いをしていなければ、ですが」

「……おそらく、謀られてはいない。今の俺には嘘を見抜く力があるのでわかる」

「ふむ、アルマ殿の言っていた生活魔法とやらですか。嘘がわかるとはまた便利な……。それはそうと若君、この後は予定どおりデュトワ城へ向かいますが、よろしいですか?」

「ああ。途中の宿場と重要な領地にはなるべく立ち寄ってくれ。領内の様子が見たい。時間と手間は惜しまない。途中で宿を取っても野宿でも構わん」

「わかりました」


アゼマ城から見ると、領主の城、タザランド城はパストラル山脈に沿った南の方角に位置する。キースらの一行はタザランド城へ向けての南下ではなく、南東へと進路を向けた。東の辺境デュボア城を目指しながら領内の視察だ。キースを含めて総勢二十四騎。

キース直属の兵の他に、これから行くデュトワ城の城主トーマス・フィネガンが途中の宿場から一行に加わった。




「フィネガン、墓所の整備はどうだ」

「はい、あるじ様。前領主ブルース様の墓所の件ですね。城の北側の丘陵地を大規模な墓所として整備しており廟の建設も進んでいます」

「よし。廟の建設にはゆっくりと時間をかけろ。資材置き場に運び込む資材については聞いているな?」

「心得ております。そちらはノランが手を尽くしております」


フィネガン家は代々デュトワ城主の名門一族だ。デュトワ城下には前領主ブルースの墓所および廟が建設中で、フィネガン家が建設及び完成後の守護を任されている。そして廟の建設にはもう一つの目的があった。廟の建設を建前として、同時にデュトワ城の西側にあるウニュ河を越える大規模な船団の造船と訓練、軍備の手配を進めていた。軍備を整えるための資材は墓所の資材を隠れ蓑として偽装して運び込んでいる。主に軍備に関してはトーマスの双子の弟ノランが担当していた。


領界のウニュ河に面しているデュトワ城は、いずれ来るであろうイノー領との衝突では前線の一つとなると予想されていた。

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