16
アルマが馬に乗れないとわかったために出立の予定が狂うかと思われた交渉班の一行だったが、彼女がわずか一日足らずですんなりと乗りこなしてみせたため、当初の予定通りの翌朝にタザランド城を出発することができた。
交渉班は総勢五名。トーサンヌ霊導具工房から朴訥な武具職人ブライア。続いて軍部はヴィクトール配下からエース、ケンジ、それからウーリャという名の女性の三名。用心棒兼銃火器の使い手としてアルマ、という顔ぶれだった。
一行は城を出ると、牧野の石畳で舗装された道を南へと進んでいる。
見晴らしのいい山頂付近を選んで進むが、春霞で遠くまでは見えない。
青の塔までは野宿をしながら十日間ほどの行程を見込んでいる。
「ケンジさんも交渉班の一人だったんですね」
ポクポクと馬を歩ませながら話しかけたのはアルマだ。
「あ? なんだ、どういう意味だよ」
何か裏の意味を読んだのか、ケンジが喧嘩腰に返した。怒った猫のようだ。馬上でやんのかステップを踏みそうな顔つきになっている。
「いえ、他意はありませんよ」アルマがヘラッと笑って答えた。「ただ思いのほか班が少人数だったというか、若手だけだったので驚いたというか……」
「もともとはレオネロ様が率いる班になるはずだったのよ。霊導具のことを知り尽くしている人だし、貴族に準ずる立場だから説得に向いているでしょう? でも……やっぱり武器加工の職人の育成が急務だからって。ロキって言ったかな?腕のいい職人が家庭の事情で里帰りだかで居ないしで、工房が人手不足ってのもあったみたい」
こう言ったのは、今朝紹介されたばかりの女性の同行者、ウーリャだ。
ウーリャは火の使い手で、鮮やかなスカーレットの瞳をした少女だった。真っ直ぐな髪が腰の辺りまで伸びている。とても軍人には見えない可憐な見た目だ。髪が顔にかからないようにヘアバンドをつけているが、後ろは背中に流しておろしたままだ。髪がサラサラと馬の動きに合わせて揺れている。
アルマはレオネロの工房で会った中年の男のことを思い出した。ヴィクトールに警戒していた彼が確かロキという名前じゃなかったか……。
「私が武器の素材や構造については熟知しているので、工法についての折衝は大丈夫です」
最年長のブライアが抑揚なく言った。
「なるほど。具体的な資金と資材調達の交渉に関しては?」
「俺が担当する。そこまで話が進めば、だけどね……」
アルマの質問にエースが答えた。
「断られる可能性もあるんですよね? 青の塔の鍛冶士たちはプライドが高くて気難しいって聞きましたけど」
「そうなんだ。彼らは誇り高き鍛冶士だからね」
エースが、困るどころかまるで自慢するように嬉しそうに言った。
「青の塔の鍛冶士たちが作る剣は丈夫で切れ味が鋭いことで有名でね。王都や遠い他領にまで知られている。タザランドの特産品と言ってもいいほどなんだ」
「あ、それ、なんだかわかります。私の持ってきた剣はすぐに折れるんですけど、タザランドの剣は折れにくいですね。キー……領主様と撃ち合いをしていてすぐに違いに気付きました」
アルマがタザランドの剣を褒めると、エースとブライアの二人が嬉しそうに顔をほころばせた。
「そうだろう。だから、タザランドの鍛冶士は折れない剣を作ることに誇りを持っている。我々交渉班は、彼らが誇っているものとは違う武器を作ってもらうために、製鉄と鍛造を請け負ってくれる技術者を見つけなければならないんだ。ちょっとした難題だよ」
エースがちょっと遠い目をしてそう言った。
「すぐ折れるって、あんた。一体何本の剣を国から持ってきたのよ? 長旅だったんじゃないの?」
前を行くウーリャが振り返ってアルマの腰の剣を見ながら言った。
「三十本くらいですね。すぐに折れるんで消耗品の感覚でした」
「そんな剣、青の塔に持って行かないほうがいいんじゃないの。怒られそう」
ウーリャが笑いながら言った。
ケンジが明らかに侮蔑の表情を浮かべてアルマを見ていたが、何も言わなかった。
なんだかよくわからないけど、ケンジに嫌われてそうだな、とアルマは思った。
先頭を進んでいたウーリャが道を確認しながら後方に声をかけた。
「そろそろ森に降りて次の峰に向かいましょう。序盤でしっかり進んで距離を稼いでおきたいわ」
✁ ✁ ✁ ✁ ✁
旅は、山頂付近の牧野と山裾を覆う深い森とを、行ったり来たりしながら続いた。
見晴らしの良い頂上付近の牧草地帯から森へ降りると、風景が一変する。鬱蒼とした森の中を騎馬の五名が進む。森の中には、アルマの祖国では見たことがないくらい背の高い針葉樹が生えていた。時折、十人が手をつないでも幹を囲めるかどうか、というくらいの巨木も見かけた。森の樹々の幹はツタや苔に覆われており、地面には厚く枯れ葉が積もっていた。アルマの顔よりも大きな松ぼっくりが無数に落ちて埋もれている。
ところどころ巨大な樹が倒れて苔むしている場所では、森の中に日光が差し込んで、若木や低潅木を茂らせていた。二頭立ての馬車が通るほどの幅の石畳の道は、尾根の中腹をまわり込むように蛇行しながら森を進んでいく。
「見えるか?」
「いや……」
「右側の茂みの中だ」
「…………ああ。見えた」
パンッ
ガサガサッ
「……外した」
ケンジが長銃を構え、馬上から狙いを定めていたが、藪の中を逃げていく小さな獣の足音を聞くと力なく銃を下ろした。ブライアが隙のない眼差しで辺りをしばらく伺っていたが、獲物の痕跡や気配はもう見つからない。
「進もう」
ブライアが静かにケンジに声をかけた。
旅を始めてすぐに、ケンジは銃に異様な興味を示した。
霊導具職人のブライアにピッタリとくっついて銃の操作を教わり、毎日の食料調達、つまり狩猟の役割を買って出た。往復で数十日の旅程なので保存食は足りているのだが、何が起こるかわからない旅路のことだ。できるだけ保存食は節約したい。現地調達できる新鮮な食糧は皆、大歓迎だった。
——ケンジは精霊の力が使えない『闇の子』だから、霊力の代わりになる戦力を欲しているんだろうな。
アルマはそう思った。
ブライアもおそらく同じように考えたのだろう。ケンジに丁寧に銃の構造を教え、基本の扱い方から教えている。まずは腕を上げさせたいのだろう。照準を合わせる手間を霊力機構でカバーしている霊導銃ドリアグナではなく、シンプルな構造の長銃をケンジに預けている。
ケンジの熱意のお陰で、旅が進むにつれて皆の食卓に獣肉があがるようになった。
そんな旅が何日か続いたある時、ふとアルマは背後からの視線を感じた気がして、馬を止めた。
——なんだろう。この森に入ってからずっと、何かの気配を感じる。大型の獣にでもつけられてるのか。
アルマはさりげなく馬を労う素振りを装いながら、森の中に目あかしのまじないを使ってみる。
しかし林立する樹木の他にはなにも見当たらなかった。何か嫌な感じがするけど、まじないを使ってもわからないなら、おそらく大きな問題ではないのだろう。また何事もなかったように馬を進めて仲間に追いついた。




