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娯楽室、と言われてアルマは部屋を見渡した。
いうほど娯楽用品はない。身内だけで使うことを目的とした部屋のようだ。
革を張った長椅子や足を伸ばせるオットマンが置かれ、酒瓶とグラスが壁際の飾り棚に並んでいる。長椅子に囲まれた低いテーブルには、駒が乱れたままのボードゲームや地図などが乱雑に置かれているが、とくに気にかけて整理する者がいる様子もない。
部屋にいたのは四名。アルマがタザランドに辿り着いた日に、ともに食卓を囲んだ側近の顔ぶれが三つ。身知らぬ少年が一名。皆、思い思いに腰かけてくつろいでいる。
——こちらの三名は知ってる。軍師のウィリアムに、文官のブライスと、少し若いのがルイスだったか。
「ほぼ二ヶ月ぶりだね。僕はたまにアルマちゃんのこと見かけてたけど」
初めて会った時と同様、気さくに声をかけてきたのは見覚えのある背の高い青年、ルイスだ。
文官らしい長い上着をきちんと着て、まっすぐな黒髪を中心から少し左側で分けて整えている。
ひらりと蝶が舞うように寄ってきてアルマの手を取ると、優雅にエスコートして長椅子に腰掛けさせる。そして自分もアルマのそばに腰掛けた。
「覚えてるかな? 僕はルイス、そこのブライスと一緒に主に所領の運営部門を担ってる」
「はい、ルイス様とブライス様のお二人と、そちらの方も覚えております。軍師のウィリアム様でしたか。すみません、皆様のお名前しか伺っておらず……」
アルマはエスコートされた時のまま軽く重ねられた手から、そっと自分の手を引き抜きながらルイスに言った。
「気になさらず。ここでは誰もが名で呼びますので、そのままお呼びください。我々もアルマ様と呼ばせて頂いてよろしいでしょうか?」横からブライスが応えた。
「ええ、もちろんです」
頷いたアルマに、今度はウィリアムが口を開いた。
「私がウィリアムよ。殿のことも名前で呼ぶ仲なんでしょう? 私も呼び捨てて構わないわ!」
今、パンプアップしてる?と思うくらいに隆起した筋肉をまとって上背のあるウィリアムは、その堂々たる体躯に似合わない可愛らしい声で言った。声を聞いたアルマは驚愕したが、顔に出さないよう必死で隠した。
でも、ちょっと目を見開いてしまったかもしれない。
——お、女の人なのか?
アルマは、ウィリアムの声を聞くのが初めてのような気がしていた。
——食事会の時、あんまりこの人は喋ってなかったような? 自分はこの人を男と誤解して失礼なことを言ってなかったろうか? いや……大丈夫だ。そもそも私はあの時、ほとんど誰ともしゃべってないや……。
——というかウィリアムって? 男の人の名前だよな? それとも声の高い男の人? オネエさん?
「はい、領主様にはよくしていただいて。いつも稽古をつけて頂いています。お言葉に甘えてウィリアムさんと呼ばせて頂きますね」
アルマが内心の動揺を隠しながら必死にポーカーフェイスを装って答えた。ウィリアムは何も気にしていない様に見えた。若い文官のルイスも会話に加わった。
「知ってる知ってる。僕も生活魔法?の稽古?を時々見学してるんだよ。たぶん他のみんなもこっそり見に行ってると思うよー。遠くからだから何が起こっているのかあまりよくわからなかったけど」
「そうだったんですね? 領主様が戻られたらぜひ近くで見てください。領主様はとても強くなられて、今では私の能力ではかなわないほどです」
アルマはルイスに応じた後、ウィリアムに向き直った。
「ウィリアム様は領主様の剣の師をされているとか。もし機会がありましたら私にも稽古を見学させてください」
「もちろんよ。二人まとめて鍛えてあげるわ」
「ありがとうございます」
アルマが側近らと話している間も、会話に加わらない一人の少年がいた。少年は一人静かに、カウチにもたれて黄色味がかった澄んだ飲み物が入ったグラスを傾けている。アルマは少し気になって、そちらに視線を向けた。するとその意を汲んだようにルイスが笑いながら言った。
「この子は、ケンジ。親の七光りでここにいるんだ」
「……黙れ、ルイス」
ケンジと呼ばれた少年がルイスを睨んで言った。
「ほら、この口調。 なんとなく残念な感じでしょう? 彼はね、キースに憧れるお年頃で」
ルイスは、ケンジが睨んでいるを全く意に介さずニコニコしながらアルマに言った。
のっけからひどい紹介を受けた少年は、怒りか羞恥か、目尻を赤く染めてずっとルイスを睨んでいる。少年はアルマよりも背が高い。だけど気の強そうな表情と大きくて丸いアーモンド型の目と大きめな黒い瞳から、幼い印象を受ける。そして彼の一番の特徴は何よりもこの、縮れてふくらんだ黒い髪だ。
「ケンジは軍隊長のヴィクトールの息子です。見ての通り、まだ闇の子ですが剣の腕はなかなか筋が良いと聞いています」
ルイスのひどい紹介ぶりを見かねてブライスが言った。
「ああ、ヴィクトールさんのご子息で……。……闇の子?」
アルマが呟くように疑問を口にした。
「あぁ、やはりそこからですね。本日ここに来て頂いたことにも関係があるので、闇の子について説明しましょう。我々タザランドの民は八歳になると精霊の力を授かって使い手になる、というのはご存じでしょうか?」
「あ、そういえば。領主様も八歳で水の精霊の力を授かったと聞きました」
「そうです。その、精霊の力を得る儀式を受ける場所についての話になるのですが、その儀式はここから東に馬車でひと月分ほど離れた霊峰プッチの神殿で行います」
ブライスが穏やかに語り始めた。
「しかし、六年前のイノーの侵略で我が領は霊峰のあるトリブ地方を失いました。トリブ地方というのは、ウニュ川から霊峰プッチまでの領地のことを指します。現在ではこのトリブ地方がイノー領主の支配下に置かれており、ウニュ川からこちら、西側のタザランド領民の往来が出来なくなっています。ウニュ川以西のタザランド領民は、六年前からトリブ地方に入れないために、子どもらに精霊儀式を受けさせられないという事態になっています」
「領地を奪われたから精霊の儀式が受けられない……。それで、つまり、適齢期なのに精霊儀式を受けていない子どもらを、闇の子、と呼んでいるということですか?」
「その通りです。ここにいるケンジは今十四歳。六年前の侵略の年に八歳になりましたが、戦況が悪化していたため精霊儀式に行かせることができませんでした。この通り瞳は黒いままで精霊の力を授けられないままなのです」
アルマは言うべき言葉を失った。そして、そっぽを向いてグラスを傾けているケンジを見つめた。
「タザランド領の闇の子は、我が領が霊峰プッチを取り戻すかイノー領と和平協定を結ばない限り、これからも増え続けて行きます。送り出した使者すら戻らない今の状況では、イノー領主との対話も難しいでしょう。我々はタザランド領内から精霊力を使える民が減ってしまう前に、聖地奪還をかけて戦いを挑む必要があるのです」ブライスが言った。
アルマはなんとか頷きを返した。
ウィリアムが意識的に少し声のトーンを軽くして口を挟んだ。
「そこで、戦いに備える準備をアルマ、あなたに手伝って欲しいの。もちろんあなたを戦力として加勢を頼む大義は我々にはない。だから指示や命令じゃなく、領主からのお願いだと考えて」
ウィリアムが棍棒のような腕を胸の前で揃えて、可愛らしくお願いのポーズをとった。
「報奨についても可能な限り考慮することを領主から約束されています」ブライスも付け加えた。
「私にできることであれば……」
アルマは返事の語尾をちょっと濁してしまった。隣のイノー領は大国と聞く。思いのほかこの領地の状況は厳しそうだ。しかし、ウィリアムは何も気にしてないように話を進めた。
「ありがとう。あなたが協力的で本当にありがたいわ。本当なら依頼の内容についてはヴィクトールが説明するのがいいのだけど、彼は今、殿と一緒に視察に出ているの。私から説明するわ」
ウィリアムの言葉にアルマは小さく頷いた。
「今回あなたにお願いしたいことは、タザランドの戦力補強に関する交渉班に帯同してもらうことよ。行き先はもちろん領内。タザランド領南部の山間で製鉄業に携わっている頑固者の集落があるんだけど、その頑固者らを説得して技術提供を頼むことになったの。説得に向かう交渉役らに力を貸してほしい」
要約すると、タザランド領の目的はアルマが貸し出した銃の複製を兵器として大量に製造することだった。そのためには製鉄及び武器工場を完成させることが急務となる。製鉄の専門集団から技術提供を受け、製鉄に関する精霊力に特化した技術者をできるだけ多くスカウトできれば、武器増産への道筋はより強固なものにできそうだ。その交渉を目的とした班の護衛兼サポートをアルマに依頼したいということらしい。
ヴィクトールを通してレオネロに貸し出したアルマの銃の解析が終わった。銃の試作品も先日出来上がったという。解析と試作を担当したのはレオネロ・トーサンヌ。以前ヴィクトールに連れて行かれた霊導具工房で会ったレオネロだ。
試作が完成した銃は二丁。一つはアルマが持っていた銃を模倣したもの。そしてもう一つはアルマが持っていた銃に霊導回路を実装したものだ。順を追って更なる試作品が仕上がってくるだろうとのことだった。
銃を実用化し量産するには大量の鋼が必要だ。その鋼を作る技術者が多数いて、製鉄を生業としているという集落を訪ねて技術と人の提供を依頼するのが交渉班の任務だ。
目的の鍛冶士の集団は技術力も高ければ、プライドも高い集団なのだという。領主からの命令ではなく要請という形で話を進めるのだそうだ。
「アルマ、あなたの強さは聞いているわ。交渉班の護衛としても適任だし、銃の熟練者として実演も任せられる。もちろん、交渉班の責任は軍が受け持つから気楽について行って欲しいの」
「そういうことなら……色々とご配慮いただいているようでありがたいです」
アルマがそう言った時、娯楽室の扉がノックされ、返事も待たずにひょっこりと若者の顔がのぞいた。




