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「はは!頭でっかちになってますよ!キース」
そんな声がしたかと思うと、キースは頭を上から押さえられた。
前方からの攻撃に構えていたキースの目の前に急発進で迫ってきていたアルマが、その目前で大きく跳ね上がったと思うとキースの頭に手をついて、後方へ飛び越して行ったからだ。
キースの後方足元に着地したアルマは、着地と同時に後ろからキースの両足を横なぎに蹴って払った。
しかし、その足払いを予測していたキースは、瞬時に自分のいた場所に氷の塊を作る。膨大な霊力で築かれた氷の塊は、一瞬にして巨大な氷山に成長した。
キースはいつの間にかアルマの背よりも高い氷山の上に立っていた。
「痛ったぁぁ」
こつ然と現れた氷の壁にしたたかに足を打ちつけて、アルマが右足を抱えて転げ回った。
「……これだから底なしの霊力持ちは……。そこはもっとシンプルに、体術で避けてくださいよ……」
アルマは痛みが治まってくると、その場に大の字になってぼやいた。起きあがろうとしないアルマのそばに、キースがやってきて腰を下ろした。
「そうだな。何の霊力かまじないで切り抜けるかしか考えてなかった。近接戦なら体術も選択肢に入れるべきだ」
「ま、それだけの霊力とまじないが使えれば体術に頼ることもそうないでしょうし、まずは敵が近寄ることすらも難しい。あー、悔しいです」
初めて共に稽古をしてから、一ヶ月が経っていた。
あいかわらず表情に乏しいキースだが、こうしてそばに腰かけてくれるくらいには距離が近くなった気がしているアルマだった。
キースは今では、元から適正のあった水に加えて火、風、土、樹の全ての力を使いこなしている。精霊の力としては水だけだが、それ以外はアルマの使う生活魔法、つまりまじないを使用していて、そのまじないに関してもますます力をつけている。
アルマは元から威力では全くキースに及ばないが、白兵戦では一歩先んじていた。
だというのに、近頃はキースにしてやられることが多くなった。キースはほぼ毎日シグルトのところに顔を出して竜との対話をしているようなので、竜の力であるまじないについてもアルマよりもずっと造詣が深くなっていることは間違いないだろう。
「明日からしばらく城を空ける」
キースがポツリと言った。
「どちらへか、お伺いしても?」
「北の領地の視察だ」
アルマの日課は、シグルトの様子を見ることと、ほぼ毎日キースの稽古に付き合うこと、この二つだけだ。
——キースのいない間は私は何をすればいいのかな。
「留守の間、何か私にできることがあれば申し付けてください。こうして暇を持て余している身なので」
アルマが何の気なくキースに言った。
「そうだな。……ブライスに頼んでおこう」
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閑話
アルマの朝は早い。
といっても、領主の城の使用人らの朝が早いため、人が動く気配に敏感なアルマまでつられて起きてしまうからだ。朝まだきから部屋での鍛錬を始めてしまうので、アルマの身の回りの世話をするジルは早々にアルマの早起きに付き合うのを諦めた。ジルは、前日の夜に翌朝の分の衣類をアルマの枕元に用意してから下がるようになった。
アルマが目を覚まして日課の鍛錬をこなし、ひと汗流した頃になってやっと、ジルが朝食を持って部屋に入ってくる。最近の朝食は大体、長いパンに切れ目を入れて、たっぷりの具材を詰めたサンドイッチだ。
もとは美しく皿に盛り付けられた朝食だった。しかし貴族然とした洗練されたテーブルマナーに疎いアルマが、出されたパンを手で破って、皿の中身をパンにぎゅうぎゅうに詰め込んでかぶりついていたのを、ある時ジルに見られてしまった。それ以来、このようなサンドイッチスタイルで出てくるようになった。
肉とハムと生野菜ではち切れんばかりになった長パンのサンドイッチが、アルマの定番朝食になった。
「なんだかパンが窒息しそうなくらい具が詰め込まれていますね」とジルが笑ったので、そのパンには窒息サンドイッチという不名誉な名前が付けられてしまった。
——欲を言えば、ここに『チリス』をかけたいんだけど。
アルマは祖国でチリスと呼ばれている、赤くてピリリと辛い香辛料をかけた料理を好むのだが、このタザランド領の人々はあまり刺激の強い食べ物を好まないようだ。タザランドでは、黄色くて少し辛味のある、風味の良い『カラシ』という粒々を「地獄のように辛い」と表現して食する習慣がある。しかしアルマにはそのカラシの辛さではちょっと物足りない。
——まずはチリス。それから、このサンドイッチにトマトソースをたっぷりとかけたい。でも、ここでトマトは一度も見たことないなあ。あ、荷の中に干したトマトが入ってた。種ごと干したものだから、植えたら芽が出るかな? 後でジルに相談して、どこかに庭の隅の方に植えさせてもらおう。
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キースが領内の視察に出立した翌日。
朝食後、アルマはいつものように伽藍へ行き、卵を抱えているシグルトの様子を見守った。
それから部屋に戻ると、ジルが紙に書かれた伝言を渡してきた。伝言を持ってきた家令が返事を待って待機しているという。伝言は文官のブライスからで、本日娯楽室を訪ねてほしい、との内容だった。特に予定のないアルマだ。待機していた家令にそのまま案内してもらい、城の中枢にある部屋の一つに到着した。
「僕らの娯楽室にようこそ〜」
執務室の扉を開けると、中で待っていたのは見覚えのあるタザランド領の側近らだった。




