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眉間に皺を寄せたまま意識を失っているキースのそばで。
アルマは訓練場を広く使って一人で体術の訓練をしていた。
と、キースがむくりと上体を起こした。
「……」
キースは、ちょっと離れたところに置いてある自分の剣をぼんやりと眺めている。
ちょっと離れたところに剣を置いたのは、もちろんアルマだ。
気絶させたことを怒るかな? と思ったが、どうやら頭が冷えたようだ。
キースはアルマに顔を向けると、感情の読めない表情で言った。
「俺を殺さないのか」
「なんで!?」
一言目から驚くアルマ。
「あなたは我々の王ですよ? それに今は我々を保護してくれている領主様です。殺す、なんて発想になるわけないじゃないですか」
「? 俺を殺したら今度はランゴム竜王国に俺の生まれ変わりが生まれるかもしれないぞ」
「あ! そういうことですか」
今気がついた、とアルマが手をポンと叩く。でもすぐに顔色を変えて否定した。
「……いやいや、それだと殺せたとしても私がシグルトに報復されて殺されるだけなんじゃ……そもそもそうしたところでシグルトが私を乗せてランゴムに連れて帰ってくれるわけもないですし」
「だろうな。だが国のためにはなる」
「えー。そんな重い仕事したくないですぅ」
「急に軽いな。お前、兵士だろ。国のために人を殺して自分も死ねるんじゃないのか」
キースはアルマをまっすぐに見つめた。
アルマも、自分に向けられた深い青の瞳をまじまじと見つめた。
——そうなのかもしれない。本当にそうするのが竜王国のためなのかもしれない。……自分は帰還できないどころか、生きてすらいられないかもだけど。
——でも。……なんだろう。なんか、納得できない。自分が死にたくないから? それとも、この人を殺せないから?
結論:逡巡した挙句、アルマは考えることを放棄した。
——だって王を殺すなんて、そんな大それたこと、誰にも命令されてないし!
開き直ったアルマの表情から何かを察したのか、キースはプイと顔を背けた。
「まあいい。しかし……お前は強いな。これが戦場なら俺は死んでいる」
「それは、まあ。まじないの実戦経験の差と言いますか」
「お前は戦場に出たことがあるのか?」
「ええ。これでも兵士ですから。少年兵なんでほとんど雑用ばっかりでしたけど」
「もし俺たちがこの勝負に賭けをしていたら、お前は俺を故郷に連れ帰る言質を取ることもできただろうな」
——賭けるヒマなんてもらえませんでしたけどね。
「そうですね。でも」アルマは考えながら思いを口にする。「領主様は、」
「キースと呼べ」
「キース様は、」
「キースだ」
「ええええ? 無理ですよ、偉い人なのに」
「かまわない」
「……知りませんよ。それだとたぶん敬語も崩れるかもしれませんし」
「いい」
アルマは深く深呼吸した。
「キース……は、シグルトに会って一ヶ月なのに光も風も、目あかしまで。いろんなまじないを使いこなしてます!おそらく、竜の言葉を深く理解している今なら、素地ができている状態なんでしょうね。使いこなしていけばきっとこれからもっともっと強くなります」
「そうだな。お前と戦っていて生活魔法での戦い方もわかってきた」
「そうですね……。生活魔法、まあ、ざっくばらんにまじないって呼ぶ方が自分は馴染みがあるんですが。まじないは使い込んで慣らして、細かいコントロールを磨いたり手加減を覚えることが大切になってきます。それから繊細な技と威力重視の戦い方と使い分ける訓練が必要ですね。それと心理戦」
「化かし合いだな」
「はい。まじないを効果的に使うためには、相手の心理を先に読まなければなりません」
「なるほどな」
「……とりあえず傷、治しましょう。脇を出してください」
大人しく上着を捲り上げるキースに、アルマは治療を施した。意外としっかり打撃が入っていたようで、打撲痕がはっきりと浮き出ている。ゆっくりとまじないを使いながら、アルマは言った。
「そういえば、先ほど厩務係のピューターさんと話しました」
「そうか」
「シグルトの卵が孵る時期についてなんですが、シグルトからどのように言われているか教えてください」
「シグルトは確か同じ季節が二度巡らないと産まれない、と言っていた」
「あ、それで二年後とピューターさんに話したんですね。おそらくですが、卵が孵るのはもう少し早いかと。ランゴムでは大型の竜は一年と一ヶ月くらいで卵から孵ると言われています。例えば、夏生まれの卵は、夏がもう一度来たら近いうちに孵る、みたいな」
「そういうことか。予想より早いな」
キースは眉をしかめてつぶやいた。
「戦の準備を急がなければ」
「戦、ですか」
「ああ。シグルトを戦場に連れて行く。空からの俯瞰と攻撃力が欲しい」
「シグルトを戦場に……。相手はイノー領で?」
「そうだ。六年前に奪われた霊峰プッチまでの領土を一刻もはやく奪還したい。大型の竜を戦場に連れていく場合には何に気をつければいい? 必要なものがあるか?」
「わかりました。まず、シグルトには鎧は必要ないでしょう。大きすぎて作ることができませんし。戦略的には空から前線を崩す攻撃を繰り返させ、相手の戦列が乱れたら後衛に戻して竜の魔法で攻撃を仕掛けさせるのがよろしいかと……」
「矢を防ぐプレートもいらないのか」
「ええ。シグルトほどの竜なら、眼球ですら銃弾を弾きますよ」
訓練場の二人を離れた物陰から見守る人影が二つ。
「はわわわ!ねえジル。あの二人すっごくいい雰囲気じゃない? 領主様はお怪我をなさったのかしら? 竜の姫様が傷の手当てをしているようね? 領主様の上半身があらわに!きっと、姫様は恥じらいつつも領主様が心配で……!どんな会話をしているのか聞きたい!聞きたいわ!うっ」
「落ち着いて、アビィ。ほら鼻血。 うーん、確かにここからだと表情までははっきりと見えないわね。きっと美男美女が二人きりで頬を染めているんだわ。初々しいロマンスを間近で見たいわぁ」
キャッキャと小声ではしゃいでいる二人の背後に影が立った。
「何をやっているのかしら?ジル、アビゲイル?」
背後からかけられた低い声に、ジルとアビゲイルと呼ばれた若い侍女二人が飛び上がった。
「侍女長!? どうしてここに?」
「もしかして!侍女長もお二人の仲が気になって?」
「ちょっと、アビィ!動揺して何言っちゃってるのよ」
「二人とも休憩時間が欲しくないようね。宝物蔵の中を隅から隅まで掃除していらっしゃい」
侍女長は首根っこを掴みそうな勢いで二人を城内に追い立てた。
もちろん若い侍女二人が想像した甘い空気は何もないまま、訓練場の二人は戦術談義を続けていた。




