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昼下がりの訓練場。
昨夜、キースから「訓練場に来い」と言われたけど、アルマとジルには訓練場の場所がわからなかった。そこで侍女長を通して各所に場所を聞いてもらったりして、キースがよく利用している訓練場の場所をつきとめた。
アルマがそこへ行ってみると、キースが1人で剣をふるって訓練をしていた。
「昼は食ったか?」
「ええ、終わりました」
「そうか、では、手加減しなくていい。いくぞ」
「はい……え?待って」
キースが手にしていた剣をひるがえして突進してきた。もちろんアルマは帯剣していない。領主を訪ねるのに武器を身につけるのは良くないかと思ったからだが、キースは容赦がなかった。
向かってくるキースに気を取られていると、アルマのいる場所に、突如、無数の氷柱が降ってきた。
アルマはとっさにまじないでその場所に自分の残像を残して、横に跳ねる。
キースの威圧で周りの空気が急激に冷えた。
アルマが跳ねた先の着地点が一瞬で厚い氷に覆われていた。
そのまま足を滑らせて転ぶが、受け身を取って転んだ勢いのままに訓練場の端まで転がる。
——壁の武器を取ろう!
訓練場の端まで転がって来ると、アルマは壁に向かって大きく跳ねて武器の棚に飛びついた。壁に揃えてかけてある木剣をまとめて抱えると、移動しながら一本づつキースに狙いを定めて投げる。
連続して何本も投げたあと、一本だけ手に残したまま移動する。
キースは飛んでくる木剣を剣で払いながら、アルマを猛追してくる。
アルマはキースから距離をとりながら左手の上に抱えるほどの大きさの火球を作った。そしてそれを自分の足下の凍った床にぶつけた。
ジュワッ
訓練場に蒸気が立ち込める。
キースが蒸気の向こうにいるアルマの影に向かって、剣を振り下ろすが空を切った。
蒸気に映る人影に反応してもう一度剣を振るうが、また空を切る。
アルマが変幻のまじないで蒸気に影を映しただけで、本体は別の場所にいた。
「おもしろい」
キースは、おもしろくもなさそうに表情を変えずに呟くと、急激に周囲の空気を冷やした。
ピシッ
訓練場内に植えられた木の幹が音を立てて裂け、蒸気が一瞬で晴れた。
蒸気が凍り、ダイアモンドダストがキラキラと空を舞う。
それも一瞬で、すぐに一陣の風で消え去った。
——まじないの風?こいつ風も使えるんだ。……しかし、なんだ? なんか痛い!
(寒さなのか? 寒さで手足が、頬が、痛いなんて⁉︎ み、耳がちぎれそうだ!)
アルマの髪の毛にも蒸気の残りが霜のように凍りついていた。
一瞬にして空気が澄みきったので、蒸気に姿をくらます作戦が潰えた。そして温暖な気候で育ったアルマは寒さに弱い。
——早く終わらせたい……
今度はキースの動きを止めるまじないを使った。キースの身体を、巨大な手が握りしめるイメージで、縛る。驚きで目を見開くキースを見ながら、アルマはすかさず木剣で打ち込んだ。
と。キースが姿を消した。
——動きを止めたからこの場所にいるはず。めくらましか! 姿を変えたか? いや……いない。
「上だ」キースの声が上から降ってきた。
——動いた? まじないは効いたはずなのに。 ……!! 解除したのか?
身体を低くして避ける。しかし反応が遅れたアルマの首に、上からキースごと降ってきた剣先が、皮膚に触れそうな位置で止まった。座り込んだ姿勢でキースを見上げるアルマの首には剣先が突きつけられている。勝負があったかに思われた。
なのにその時、キースの背後から風圧が迫った。攻撃がくる? キースは瞬時に自分が刃をむけているアルマが実体ではないことを悟る。
とっさに残像を蹴散らすように前へ跳躍したキースだが、後ろから大きく木剣を振りかぶったアルマがひと呼吸早く、キースの脇を払った。
「くそ」
すぐさま反撃に出るキースだが、アルマは木剣を放り捨てて棒立ちになった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだ」
キースの勢いは止まらない。
打ち込んでくる真剣を、アルマは逃げ腰で避けながら叫ぶ。
「た、体術か、生活魔法か、どっちか一つづつの訓練にしませんか!」
「ぬるいな」
頭を下げながら後ろに跳んだアルマの上を剣が振り抜かれる。
「敵がそんな配慮をしてくれるか」
「くっ」
——完全にキースの瞳孔が開いてる。どうしよう。
「そう、そうだ! 座学! 座学にしましょう!」
斬撃を避けてどんどん後ろに下がりながらアルマがヘラっと笑う。
訓練場の壁にアルマが追い詰められた、その瞬間。
アルマの姿が壁の中にするりと溶けて消えた。
「……どこだ?」
キースが壁ぎわで目を伏せて感覚を辿る。
するとキースの背後を取ろうとしていたアルマの姿が顕れた。文字通り、何もないところからスッと姿が浮かびあがった。アルマは攻撃に入る寸前の姿勢のまま、目を見開いて驚きの表情で止まっていた。
「むう……。目あかしまでできるんですか。降参です!」
「いやだ」
——子どもか!
両手を挙げたアルマに向かって再び剣を振り上げたキース。
「ぐっ」
しかし、その剣は振るわれず、うめき声を上げてキースがその場に崩れ落ちた。
キースは悶絶して意識を失った。
——しまった。やりすぎたか?
アルマはキースの動きを止めるために「縛り」のまじないを一瞬だけキースの心臓に使った。
力加減が難しいので、殺す覚悟の敵以外にはまず使わない方法だった。
キースの心臓がちゃんと動いているのを確認してから、アルマは壁の武器を色々手に取って試してみたりしながら時間をつぶした。
——領主様の蘇生をするべきだとは思うんだけど。
また突っかかってこられたら面倒なので、しばらくほっとこう。
昏倒していてもなおシワを寄せているキースの眉間を眺めて、アルマはため息をついた。




