本を読む理由
「佐藤くんはなんで本を読むの?」
放課後の図書室で吉川が唐突に口にした。
「なんでって? 面白いからじゃないの?」
「うん、私も同じ。でも周りに本を読む人ってあまりいないの。なんでだと思う?」
合点がいった。
さっきの質問は本を読まない人からは良く向けられるものだが、本を読む人から向けられるものではないからだ。
「うーん、僕にとっての読書は単なる娯楽の一つなんだけど、吉川はどう?」
「私も同じだよ。普段読んでる本だって大衆小説だし」
「じゃあ他の娯楽との相違点を考えた方が良さそうかな」
二人そろって思案する。
そして一つの理由に行き当たり、あくまでも僕の考えだけど――と前置きして話し出す。
「今はインスタントな娯楽が主流だからだと思う。読書って長時間の没入が必要だろ?」
「確かに。読書は『ながら作業』も難しいもんね」
「あぁ。でももったいないよな」
「もったいないって?」
「ドラマにせよ、映画にせよ、しっかりと没入しないと本当の意味でその世界を味わえないと思うんだよ。ストーリーだけ知りたいならあらすじを読めばいい。――表面だけ見て知ったような気になって中身を見ようとしないのは、僕はあまり好きじゃないしもったいないと思う」
「なるほどね。それに読書する場合は表面的な文字を追うだけだと楽しいどころか苦痛にすら感じるもんね。インスタントな娯楽に慣れすぎた人には楽しめない……のかな」
「まぁこれはあくまで僕の考えだけどね」
気恥ずかしさを誤魔化すように笑うと、吉川はなぜか嬉しそうな顔をした。
「佐藤くんって良い人だね」
「ん? なんでそういう話になったの?」
「だってきちんと中身を見ようとしてるってことでしょ?」
「そう言った……けど、何かおかしくない?」
「大丈夫、大丈夫。佐藤くんのそういうところ、私は好きだな」
何かが噛み合っていない気がして釈然としない。
しかし機嫌の良さそうな吉川を見ると、まぁどうでもいいかという気分になった。