花を調理して食べさせてくる女の伝説
まな板の上に、花束がある。
むき出しのまま束にした花が、木のまな板の上に置かれていた。
桔梗とひまわりの花束だ。
どの花も、余分な葉をちぎられて、無防備に茎をさらけだしている。
と、まな板の前に、着物の女が立った。
小袖の着物は、薄紫色。模様も柄もない着物であった。女は長い黒髪を、首の後ろで、一つに束ねている。瞳は茶色。光の加減で、金粉が散っているようにも見える瞳だった。
女は、花束に、丸めた左手を添える。包丁をあてがい、根元から一寸の長さに、茎を切っていく。
ざくん、ざくん。小気味よい音が台所にひびいた。
女がまな板を持ってかまどに向かう。包丁の背で滑り落とすように、茎だけを鍋に入れる。火の通りやすい花は、後入れだ。
調理台に戻り、ひまわりを上向きに、まな板に並べなおす。包丁を十字に入れて、四等分に切る。桔梗は、半分に切る。
茎を煮る間に、盛り付けにとりかかる。
おひつを開けると、中には白菊の花。湯気をたたせて、ふうわり開いた白菊を、しゃもじですくい、茶碗によそう。
蜜に絡めたカスミ草は、小鉢に盛る。汁物はお椀によそう。すり潰したタンポポの根が入っているので、深い茶色の汁だった。そこに、小ぶりのタンポポを2~3浮かべる。
そろそろ頃合いだろう。
かまどに向かい、先ほど一口大に切った花を、鍋に入れていく。女が、数をかぞえる。4、3、2、1……。網じゃくしで花と茎をさっと拾い上げ、そのまま大皿に盛りつける。仕上げに、金木犀の花を振りまいて、主菜が完成した。
「加納さん、できましたよ」
食事を乗せたおぼんを持って、女が寝室に入る。
男が布団で寝そべっていた。右目を覆うように、包帯を巻かれている。浪人風の男であった。男は、ゆっくりと布団から体を起こす。
「いつもすみません、千代さんには、なんとお礼を言ったら……」
「気になさらないで。冷めない内にどうぞ」
男は深々と頭を下げ、お椀を手に取る。汁をすすり、ほう、とため息を吐いた。
「ところで千代さん。この山には、“常世の花”があるという噂を聞きました。あらゆる傷も病も癒す、伝説の花……。友の病を治すために、俺は花を探しにきました。千代さんは常世の花を見たことが――」
「存じませんわ」
いつの世も、人間たちは、花は花の形をして、咲いていると思い込む。
誰を治すかは、“花”が決めること。
女は袖で口元を隠しながら笑う。
ちろりと出した舌は、白百合の花弁のように、薄く白かった。