平原のワイルドウルフ ⑤
今回は試験的に三人称っぽくしてみました。
その光景を見て、ヴォルケ・トインスは天才というものを知った。
ヴォルケは魔法使いだ、己の力は大多数の人間を確実に上回るとの確信があったし自負もあった。
だから最初、下級からの昇進試験の依頼で少し前にお金を借りた相手のパーティーと一緒になった時は、魔法が使えない彼が怪我しないよう、補佐に目を光らせるつもりだった。
いつも口煩い同級生二人もそれには同感だったのか、魔法使い四人、前衛一人という前衛の負担が重すぎる編成に、彼をどうサポートしていくかを自然と話すようになっていった。
そんな気持ちでいたからかーー。
彼の相方の少女、ユファーナが提案した、クルーダを一人突っ込ませて後ろから狙撃するという戦法を聞かされた時にはサテファもマスフィもヴォルケも唖然とするしかなかった。
常識的な観点から言うと、ヴォルケ達の反応が正しい。
普通魔物は五人が集まって倒すものであって、断じて一人が前衛を張って、残りでフルボッコにするものではない。
それに今回の依頼の相手は最近平原に現れた魔物、ヴォーパルウルフだ。
中級の魔物であり、特徴として周囲に格下のレギウルフを率いる性質を持っており、生半可な相手では断じてない強敵なのだ。
ーーそんな相手に恩人を突っ込ませる?ありえない。
ヴァルケは使命感に燃えた。今までユファーナに頼ってきたと聞いていたがこれではいいように使われているだけではないか、恩人をそんな目に合わせるなんて許せない!と。
そう、ヴァルケは打たれ弱い性格ながら、恩や義理を重視するタイプの男だったのだ。
五人。男二人に女三人。
話は意外に盛り上がった。
借金の礼から始まり、会話は意外なほど途切れない。
それというのもヴォルケは冒険者となってから、性格のきついサテファと意外に毒舌なマスフィのサポートを常々しており、同性の冒険者と馬鹿をやったりする事に憧れていたからだ。
クルーダという同年代との会話は、ヴォルケにとって久方ぶりの気楽で楽しい会話だった。
クルーダも同年代と話すことはあまりなかった上、魔法使いの知識に興味があったという事もあり、男同士の会話は意外なほど弾んだのだ。
サテファとマスフィもヴォルケの事よりもユファーナの話ーークルーダが命懸けで自分を助けてくれた話ーに興味深々で、恋愛観について語ったりしているとすぐに会話が盛り上がった。
だが、楽しい会話の時間は件の魔物が町から歩いて二十分ほどの丘にいたことで強制的に終了する。
平原の丘を悠々と歩く、レギウルフ五体にヴォーパルウルフ一体の群れ。
事前情報よりも取り巻きが多い、ハードな依頼になる...そうヴォルケは考えた。
クルーダを一人で突っ込ませるのは危険すぎるだろう。そう思ってヴォルケはクルーダに視線を合わせた。
作戦の合図のつもりだった。ヴォルケは近接戦闘の心得がある、自分も前衛に出る、と言おうとしたのだ。
だが、
クルーダは一つ頷くとレギウルフ三体を引き受けると言って、無造作に距離を詰め始めてしまった。
(え!?え!?なんかクルーダさん見てたら謎に頷いてほんとに一人で行っちゃったんだけど!?)
ヴォルケは急展開する現状に動揺を隠せなかった。
ユファーナはクルーダの言葉を聞いて即座にレギウルフ二体とヴォーパルウルフを土の壁で囲み、分断した。
それを見て、ヴォルケはせめて彼を手助けしようとして、クルーダの方向を見る。
そして、ヴォルケは視界に入ってきた光景に血の気が引いた。
クルーダが、囲まれている。
助けなくては、ヴォルケは脇目もふらず走り出した。
ーーレギウルフがクルーダの正面からその牙で襲いかかる。
(クルーダさん、少しでいいんだ、耐えてくれ...!)
ーークルーダはそれを見て身体を捻るように避けながら右手の剣で無造作に腹を貫いた。
(おぉ!倒した!意外に強い!ってクルーダさん!左から来てる!)
腹を貫いて剣が埋まってる一瞬、二体目のレギウルフが左手側から躍動し、飛びかかる。
それを、見もせずにクルーダは手首を振るような動作をする事で対処する。
次の瞬間、レギウルフの頭には肉厚の短剣が深く刺さり吹き飛ばされていた。
(あ、あれ?なんか普通に圧倒してないか?)
三体目のレギウルフは仲間が一瞬で殺されたのを見て、逃げようとしたのだろうか?身体を反転させて走り出そうとした。
...その次の瞬間にクルーダが距離を一瞬で詰め無造作に斬りつけた事で、レギウルフが走ることは出来なくなったが。
(...え?あれ?助ける間もなく、終わって、る....?)
ーーいや、おかしくないかこれ?
ヴォルケはまだ冒険者になって日が浅いが、それでも凡百の冒険者がどれだけ動けるかは把握していた。
その経験を踏まえて言える。
そこらへんの冒険者は絶対にこんな動きをしない。
ヴォルケは震えた。これが上級以上のベテラン冒険者なら納得もできる。全冒険者のたった一割のトップ層は不思議な力を使う者が多いからだ。
(だけど、クルーダさんはどこからどう見ても自分とそう変わらない年齢の筈だ。それなのに、あの強さ。少なくとも自分が魔法を使えなかったら、彼のようにやれるか?いや、やれるわけがない)
答えは簡単、絶対に無理だ。
自分より力もスピードも強い魔物に勝つ方法は、普通囲んで倒すか、遠くからチマチマと攻撃するかしかない。
だって一発でも攻撃を食らえば重症は免れないのだ、いや、一発で死んでしまうことなんて珍しくもない。
そんな相手に、育ちきってない身体で近接戦闘を正面から挑む。
(そんなの、命が何個あっても足りないだろう...!)
だが、クルーダはそれをヴォルケの目の前で、淡々とこなした。
そして、更に気づく。
ーーまだ、戦闘開始から三十秒も経ってないぞ?
ヴォルケは震え上がった。全てが可笑しい、今現在作業のように殺されたレギウルフも、本来なら下級冒険者五人がかりで安全を取って狩る魔物だ、それが三体。
それだけいて、まるで流れ作業のように始末された。
それも、飛びかかる速度を完全に見切って腹に一突き、死角から襲った敵には短剣を投擲、逃げようとしたレギウルフを先んじて仕留めるという予定調和のような戦いで。
可笑しいと言えばそれだけじゃない。当然のようにレギウルフの逃走に追い付いていた。
レギウルフのスピードは人間よりも遥かに速い、その筈なのにレギウルフは逃げる事すら許されないのだ。
レギウルフに追い付くスピード、剣が腹に埋まってる状態での落ち着き払ったカウンター。
ーーこれで魔法使いじゃないのは、逆におかしいだろ。年上ならまだしも恐らくほぼ同年代...今の時点でこの強さって、成人する頃にはどうなるんだ?
底が見えない。
まるで、神話の英雄のような才能だ。
ーーー戦ってみたい。
ヴォルケは身近な所にいた強者を認識し、思わず震えが武者震いに変わるのを自覚した。
そして、ヴォルケは唐突に悟る。
ユファーナとクルーダ、後方支援と前衛。
たった二名だけの魔法使い頼りのパーティー?
違う、これはそうじゃない。
逆だ、そもそもクルーダだけで完結している。魔法使いなんて彼さえいればついでの要素でしかない。
ヴォルケは魔法使いと才覚のみで同等の力を発揮しうるクルーダに、畏敬の念を覚えた。
ーーーーー
戦局が動く。
レギウルフ三体を殺したことで残りは、レギウルフ二体とヴォーパルウルフ一体になった。
ユファーナは壁をもう一度操り、レギウルフ二体とヴォーパルウルフ一体を分断した。
「ヴォルケ!呆気に取られてる場合じゃないわよ!ヴォーパルウルフはクルーダとユファーナが押さえてくれてる!私たちはレギウルフ二体をとっとと始末!」
ーーー負けてられないわ!三十秒で片付けるわよ!マスフィ!
サテファが叫ぶ、負けず嫌いな彼女はクルーダの活躍に触発されたようで魔力を暴力的に荒ぶらせている。
「サテファ...熱くなりすぎですわよ!」
マスフィはその激励に結果を出すことで答える。
「ティーノ・ディガメルフェス!」
幻覚魔法。水属性と光属性を組み合わせ視覚情報や嗅覚情報を操作する魔法。
二体のレギウルフの前足が、消える。
それに応じてレギウルフの体勢が崩れる。
視覚と感触を弄られ、脳が極度の混乱状態に入ったためだ。
ある筈なのに、ない。ない筈なのに、ある。
その状態はレギウルフに正常な判断力を失わせる。
そして、考え事をしていたとしても、その明確な隙をヴォルケは見逃さない。
「ありがとうマスフィ!右は、俺がやる!」
ーーー「アイシクル・チェイン。氷の造形!!」
氷結魔法。空間に氷柱を発生される魔法で体勢が崩れたレギウルフを貫く。貫かれたレギウルフはじわじわと凍らされ、ピクリとも動けなくなる。
「んじゃ左は私がやるわ!」
意気揚々。
気合い十分、といった表情でサテファが呪文を唱える。
「ウィンド・ムーブィン!」
鋭い風がレギウルフの皮を削ぐ。
風魔法は衝撃波を発する事で空間を削ぐ事が出来る。
それを食らったレギウルフは足を削られ、胴体を削がれ、命を削がれる事となった。
ヴォルケとサテファとマスフィ。上級以上の冒険者やクルーダという例外こそあれど、本来魔法使いは一般的な人間とは比べ物にならない強者なのだ。
特にその中でもこの三人は、ラルバルグ魔法学校のトップ五に入る実力者であり生半可な実力ではない。
彼らの魔法を横目で見て、クルーダが声を発する。
「...そうか、魔法ってそうなってるのか..」
ヴォーパルウルフの相手をしながら、クルーダはその様子を横目で見て考えを張り巡らせた。
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ヴォルケ・トインス
田舎の貴族の元に生まれた次男で、魔法属性・氷を有している事が分かると将来家族を楽にさせるため、魔法に励むようになる。
サテファとマスフィは魔法学校の魔法対抗戦の選手に選ばれた事で知り合うことになる。
近接戦闘もそれなりの練度で、遠中近に対応した隙がない魔法使いと評されている。
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