平原のワイルドウルフ ③
最近食事すると腹がすごく痛くなります
ーーー「気力感知」+「ハイエナの嗅覚」発動。
標的は路地裏をすり抜け、此方を撒こうと高速で走る。
速い。そのスピードは既に「気力操作」を使った自分と同等のスピードだ。
気力操作の有効時間は残り三分を切っている。俺は残り三分でやつを上回る必要がある。
ーーー頭脳を酷使する。やつが通る道先を思考する。先回りをするべきかこのまま追うべきか思考。
息は荒い。心臓は早鐘のように鳴り響いて止まる気配を見せてくれない。
足なんて走りすぎて棒のようだ。
標的がカーブする。人間には不可能な機動は四足歩行の獣にのみ許された特権だ。
ーーその領域に、足を踏み入れる。
ワイルドボアの討伐から早十日経つ、気力操作の熟練度を鍛え最大倍率の百二十%にまで仕上げた。
速度Fの倍率である百二十%と気力操作が合わさるとほぼほぼ素の身体能力の五割増しにまで上昇する。
(あれ?改めて計算し直すと、実は大層な事脳内で述べた割にはあんま凄くないのでは?)
いや、待て。大丈夫だ。
この世界の一般人間の最高速度は時速五十ダロラード程、五割増しなら七十五ダロラード程だ。
それに比べれば遥かに速いだろう。大丈夫だ。
....とはいえ、気の操作や魔力の操作などで修行を積んだ人は人間とは思えない速度を出すことが出来るらしいが...
まあそんな人は全人口の何割なんだというレベルで低いし、俺も未来にはそこまで行く予定だから大丈夫だ。
ーー思考が逸れた。標的は確実に追い込んでいる。
次の曲がり角は行き止まり。
悲しいかな、頭の足りない獣畜生の限界はそこまでだった。
「よくもまぁ手こずらせてくれたな...」
標的は退路がない事を悟ったのか縮こまっている、哀れな姿だが、所詮は道化といったところか。
「ほんとーに疲れたわ!この...犬の捕獲は!!」
犬を全力で抱き締め逃げられないようにする。
俺は泣きそうだった。
気持ちのいい晴れた朝、たまには楽な依頼でもこなそうか、とユファーナと語りながら犬探しの依頼を受注した。ここまではいい。
犬があまりにも見つからず昼時になり、このままじゃやばいと探知系のスキルをこの十日で貯めたポイントを泣く泣く手放して取得までした。
ここまでもまあ許せる。
しかしあろうことかこの犬ーー速いのである。
ユファーナなんて最初の一回で追いかけっこを諦めたレベルだ。
最終的に俺は犬を捕まえるために予定にないスキルを二個も取得し気力操作まで使われた事になるのだ。
しかももう夕方だ、昼飯は当然の如く食べはぐれた。
夕暮れに照らされつつある町並みに、俺は黄昏れた。
そんな俺をユファーナはジト目で見つめているのであった。
最近、気づいたことがある。
ステータスランクは素となる身体能力を補正するもので、素となる身体能力を評価しているものではない。
つまり力がGでも俺の力が低いというとそうではない、という事になる。ではなぜ俺の速度は最初からFだったのか。
少し疑問に思っていたのだが回答は意外な所に存在した。
⏩
スキル・死中に活
効果・絶体絶命の危機を体が感じ、それを受け入れる選択をしたときに発動。
十%の確率でランダムにステータスかスキルのランクを一つ上昇させる。
⏩
このようなスキルが存在したのだ。
何というか正気の沙汰じゃない効果だろう。
死ぬような戦いをして一割の確率でステータスを上げるって...命が何個あっても足りない。それに絶体絶命の危機って主観的過ぎるだろう...
何とも言い難いスキルである。
「あ、ご依頼達成ですね!最近依頼達成速いですね~この分だと中級の昇進依頼がその内来るかもしれませんよ」
「昇進?そっかもう冒険者になってからそんなに経つのか..」
「早いもんだねぇ....」
「だな、ユファーナ」
冒険者のランクは六個、下から順に下級、中級、上級、ミスリル級、伝説級、神話級となっていて下級が五割、中級が四割、残り一割をその他で占めている構成となっている。
昇進の基準は同ランク五名を集めて一つ上のランクの魔物をギルドからの指名依頼で倒すことだ。
そして上級以上のランクの少なさは魔物が上級以上になると、五人では余程の達人が揃ってないと討伐が難しいという事を示している。
そんな事をユファーナと話ながら受付嬢と依頼完了の手続きをしていると、後ろから肩を掴まれた。
「昇進~?魔法使いの影で隠れてるだけだろこいつなんてよぉ」
粗雑な声が、唐突にその場に響いた。
「うん?藪から棒になんです?」
「うるせぇ!雑魚がイキってんじゃねぇよ!」
そう言うと彼はこちらに顔を近づけて、大声で怒鳴り立てる。
彼はアブル、三十才前後の下級冒険者だ。
よく新人に絡む冒険者で、気の弱い冒険者は彼に依頼料のカツアゲをされる事もあるらしい。
以前まではこちらにユファーナという魔法使いがいた事で俺たちに絡むことは無かったが、中級になるという話は流石に無視できなかったらしい。
だが...悲しいかな、昔の俺ならビビったりもしたかもしれないが今の俺は彼が五人で倒す魔物を一人で倒せる。
端的に言って、脅威を感じてなかった。
「いや、昇進するかはギルドの判断することなんで、貴方の判断することじゃあないですよ」
「....は?お前..ふざけてんのか?」
「話聞いてました?ふざけてないですよ」
「...分かった、おめぇ死にてぇようだな...!おめぇら手出すなよ!こいつに分からせてやる!」
何か喧嘩腰のやつが出てきたぞ、やっべぇなこいつ。
とか思いながら適当に受け答えしていると彼は何が気にくわなかったのか、俺に向かって大きく右手を振りかぶってきた。
危ないやつだ。
だが、悲しいかな。単純に遅い。
その速度域では俺の反応を越えられない。
隼の目は事の「起こり」を見逃さず俺に伝える。
俺はただ彼の殴りかかってきた右手を掴み。その勢いを利用して優しく投げるだけでいい。それだけで彼は壁に激突した。
「...え?あの魔法使いの相方の子あんなに強かったの?」
「アブルだって下級だが弱いって訳じゃねぇ..それをあんなあっさりと」
「やっぱ魔法使いが相方にするだけはあるのかもな」
ギルドがざわめいている。まあ過去の俺は本当に強くなかったからな...そりゃびっくりするか。
アブルの仲間から不穏な気配を感じる。
念には念を。
....「気力関知」発動、敵意感知開始。
後方、テーブルに座ってニヤニヤしていた冒険者四名が顔色を変えて立ち上がると俺たちの方向に向かって歩み寄る。
ーーー面倒なことになった。
アブルを叩きのめした事は失敗だったかもしれない。
いや、そもそもこんなに軽はずみな人間だったか俺は?力に飲まれているのかもしれない、自制しなければ。
まあ、先にあいつらだ。
そこまで考えて気力操作を発動しようとした時。
「やめろ、格上に挑むな。その少年は中級の領域に既にいる。それに魔法使いが隣にいるのだぞ?理解したらやめておけ」
明瞭な声が響き渡った。
二十代後半ほどに見える綺麗な女性だ。
ストレートの肩にかかるくらいの赤い髪と、澄んだ茶色の瞳を持つ一見綺麗なお姉さんに見えるが、身体を包む部分鎧と背負う槍がただ者ではない事を示している。
何より...立ち振舞いに隙がない。間違いなく、今の自分では勝てない強者だ。
「仲裁感謝します。上級冒険者のお方。自分も言い過ぎていました。以後気をつけます」
「よく言う。絡まれたら適当にいなして後で闇討ちする気だったろうに、血の気が多い年頃のようだが全て殺していてはキリがないぞ」
まあそれでも別にいいが、と彼女は言ってその場を後にした。
...バレていたか。めんどうなら始末をつけるつもりだったが少しそれも難しくなったが..まあいい。
「お騒がせしましたね、僕たちは去りますので。今回は不幸なすれ違いという事にしましょう。....しなければ、始末をつけなければいけなくなる」
その言葉に冒険者四名は震え上がるとアブルを連れてすいませんでした!とギルドから去っていった。
....「ハイエナの嗅覚」は用意周到な悪意を察知する。ユファーナを狙われても先んじて始末することが可能だ。
そんな事を考えながら報酬を受け取り、ユファーナとギルドを出る。
悲しい事に、ギルドの中の人達は綺麗な女性の発言で俺に対してドン引きしていた。
ユファーナもマジかよこいつみたいな目で俺を見ている。これでは針のむしろだ。
「クルーダ...殺しちゃだめだよ?捕まっちゃうからね?」
「ユファーナ、君まで何言ってるのさ...卑怯な真似しなければ始末はしないよ」
通行人は俺たちの会話を聞いて少し距離を離した。
俺は、口に気を付けようと思った。そうでなくては俺の扱いが危険人物のそれとなってしまう。
取り敢えず、ユファーナを不安にしたのは頂けない。
夜ご飯は少し美味しい所にして機嫌を取るか...
「そりゃー私もね?クルーダがかっこよくあいつ倒したときはスカーっとしたよ?したさ。でも殺しはしちゃだめでしょ~?」
「ユファーナ、俺はまだ殺してないぞ」
「まだって殺す気なんじゃん!、最近のクルーダはスキルとか考えすぎててつまんないし物騒だぞ~」
こいつ、めんどくせぇ酔い方するんだよなぁ。
俺たちは十三才だが王国では飲酒制限などはないため酒が飲める。
まあ俺は成長期の身体に悪いから飲まないが...
ユファーナは飲む、そして酔う。
しかしユファーナの素直な考えを聞けるという点では酒も悪くはない、普段のユファーナは不満を言わないで溜め込んでしまうのだ。
それは良くない。
やはり人間足るものほどほどに不満を消化するのが一番だ。
「にしても上手いなこの肉」
「このお肉はね~巨鳥種の物なんだって!やっぱ焼き鳥は至高なのねっ!」
こいついつもと人格違いすぎるだろ二重人格か?
と心配する俺をよそにユファーナは、呑気そうに笑顔でむしゃむしゃとサラダを食べているのであった。
その姿を見てふと思う。
キラキラした金の髪。
本来透き通った肌は上気して真っ赤になっている。
碧眼はキラキラとしてて宝石のようだ。
ーーーー端的に言って可愛かった。
場酔いしたかなぁ、と考えてそれもいいか、と思った。
なんだかんだユファーナはいつも可愛いので全ては些事だった。
「って寝てる....ハァー運んでやるか...」
急いでお店の支払いを済ませて、ユファーナを背中におんぶして気力操作を発動し、帰路につく。
「むにゃむにゃ...クルーダはかっこいいねぇ...」
背中からは、ユファーナの寝言が時おり聞こえる。
...間抜けな顔だな。
そんな事を思いながらユファーナをベッドに寝かしつける。
ユファーナはスヤスヤと寝ていて起きそうにない。
ーーーー。
最後に頭を撫でて。
俺も自分の部屋に戻り、ゆっくりと意識を手放すことにした。
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「くそ!なんなんだあいつは!調子乗りやがって!」
町の外、アブルは荒れていた。格下からの侮蔑の表情そしてその奥深くにあった殺意。どれもアブルを怒らせ、それ以上に恐怖を抱かせるものだったからだ。
格下と思っていた者に恐怖を植え付けられた事実はアブルの自尊心を酷く傷つける。
「アブル...あいつはやめておこう。お前は気絶していたから分からなかったかもしれないが、あいつは殺すと言ったら本当に殺す。あの殺気は俺たちの事をゴミ程度にしか思っていない」
アブルの仲間が言う、彼らにはクルーダがマトモな者とは思えなかった。
異常には近づかない、彼らには彼らなりの処世術があったのだ。
「それで舐められて黙っていられるかよ!あの魔法使いの女を利用すればあいつだって俺に逆らえねぇ!そうだろ!?おまえ」
それでも納得できず。
お前ら、と振り返り告げようとしたアブルは、周りにアブルの仲間がいない事に気付き肝を冷やした。
ーー物理的に。
「ーーぁいぇおれ...?食われて」
アブルは己の上半身が一部、食いちぎられているのを見て呆然とした。夜の闇では視界が悪く分からなかったが、今さらになって何かがいる事に気づく。
ーーあぁここは、何かの狩り場だったのか。
その次の瞬間、彼は大きな口に丸飲みにされその生を終わらした。
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平原の奥深く、何かが揺蕩う。
それは今しがた食べた人間の骨を吐き出すと、静かにその場から消えた。
夜の闇は、未だ深い。
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気力操作
気力操作の倍率はFで百六十%となります。
再使用時間も短くなりもっと有用なスキルに!
ちなみに上位互換の仙力操作の倍率は千%以上だとか...
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