ゴブリンの森→???
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ーー世界歴千八百九年執筆
著者・ヘルマレイ・ジアラクア
ーー研究レポート・クルーダ・ヴォーライトと世界歴三百年の大災害の結末について
クルーダ・ヴォーライトには謎が多い。
「万能」の加護を持っていたとされるほどの多彩な才能、それに加えて####級(規制によりこの文字は使用不可)の単独討伐など人間とは思えないほどの活躍をした。
これらの活躍から多くの国では未だに実在した英雄の中で、最も有名な英雄と言われている。
しかし、彼の持つ力は同時代の英雄###(規制によりこの文字は使用不可)により加護ではないと断定されて、それを彼は認めたとの記録が残っている。
では彼の力とは一体何を源とする力だったのか?
何より、世界歴三百年に世界を襲った$°●"¥(規制によりこの文字は使用不可)の解決のために倒した■■■(規制によりこの文字は使用不可)は一体何だったのか?
それに、彼にはーーー(本文書は規制により破棄されました)
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ーー新規開始ボーナス・特性隼の目を取得しました。
ーー新規キャンペーンを開始します。
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悪鬼が近づいて来る。彼らは哀れな獲物に容赦しない。
獲物を追いたてて弱った個体から確実に始末する。
木々に囲まれる森林という地は魔法使いの探知が難しい。
気づけば、囲まれていた。
端的な感想が脳裏に浮かぶ。
ーー今回ばかりは、死ぬかもしれない。
生まれて十三年、冒険者などという職を選んだからには早死にするのは覚悟していたが...いざその場面になるとどうにも震えが止まってくれない。
足音からゴブリンの群れが近づいているのが分かる。無理をして二体倒すのが限界の相手、それが恐らく八~十体だ。
...これが、終着点か。
俺は深く息を吐いた。後ろを見ると幼馴染みのユファーナが青白い顔で震えているのが視界に映る。
....幼馴染みのユファーナは、特別大層な才能を持たない俺と違い、町でも珍しい才能豊かな魔法使いだった。
本来なら、魔法使いは国からの士官枠もあって貧乏とは無縁の生活を送れる立場にある。
それに加え容姿も良く、整った顔立ちで愛嬌のあるユファーナは、本来ならばもっと好条件の職に就けるチャンスがいくらでもあった。
あったのに、彼女は幼馴染みの俺を助けるために冒険者になった。一人では怖くて戦えない俺を励まして、一緒に戦ってくれた。
俺は、今まで彼女に何もしてあげられなかった。
それなのに彼女はまた逃げずに戦おうとしてくれている。
...俺は、彼女がこんな所で死ぬのは心底嫌だと思った。
心が、熱い。
何かが目覚めるように。ここで終わるべきじゃないと告げるように。
心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。
先ほどまでの震えは、もう無かった。
ユファーナから視線を外し、前を見る。前方に三、右から五と...左から二体、ゴブリンが迫ってきているのを視認できた。
距離は三百ラード(注.ラード=メートル)ほどしかない、二人で同時に逃げてもユファーナは足が俺に比べて遅い。ゴブリンは女をさらい辱しめる生態を持つ。
一緒に逃げたらユファーナが優先的に狙われる事になるだろう。
ーーそれではダメだ。
憎からず思っている少女が自分のせいでそんな目に合うのは絶対に許せない。
まだ青白い顔色で震えているユファーナに俺はあくまでゆっくりと、諭すように告げる。
「ごめん、俺に着いてきたばかりに怖い目に合わせた。俺が囮になるからユファーナは逃げるんだ」
「....!何言ってるの!?私はあなたを見捨てない!一緒に帰るんだよクルーダ!」
そう言われて、嬉しくなかったと言えば嘘になる。
だが、ここで逃げてユファーナを囮にして生きても、俺は一生後悔する予感があった。だから、勇気を振り絞って脳裏の言葉をユファーナに告げる。
「ゴブリンに連れ去られた女は惨めな最期になるのは知ってるだろ?ユファーナを連れ出してきたのは俺だ。そんな目にユファーナを合わせたくない。」
「...そんなの!!私はあなたといたかったから着いてきたんだよ!?それなのに...そんな..」
ユファーナは必死の形相だ。...元々ユファーナの性格上自分一人で逃げろって言っても受け入れられないのは分かっていた。
彼女は、優しすぎる。それは紛れもない彼女の美徳だろう...でも今その優しさは悲しいほど不要だった。
一度、深く息を吐いた。もうゴブリンとの距離は百ラードしかない。これ以上はユファーナも逃げるのに支障が出てくる距離だろう。
話せるのはこれが最期になる。拒絶するかのように彼女から視線を外し、剣を構えつつ彼女に伝える。
「今までありがとう。ユファーナ、君は生きてくれ」
ユファーナはその言葉に涙を浮かべて立ち尽くしている。
「俺を無駄死にさせる気か?せめて女を守りきった男っていう名誉は守らせてくれよ」
その言葉に、ユファーナはようやく俺の動かぬ意思を悟ったのか、ごめん、ごめんと呟きながら、涙を溢れさせつつ町に向かって走っていく。
ユファーナが去ったのを見届けて、視線をゴブリンの方向に固定させる。
ーーなんだか心臓だけじゃなく、眼も熱い、何かが刻み込まれるように。
その熱量を持ったまま、意識を切り替える。
鋭く冷たい戦闘用の意識へ。
戦闘用の冷たい思考で考える。
自分のやるべき事はなんだ?
答えは一瞬で浮かび上がる。囮としてゴブリンを足止めし数を減らす、ユファーナにたどり着かせない。それがこれから俺のすべき事。
剣のグリップを握なおし、ゴブリンを見据える。
「グギャウ!グギギ!」
「何言ってるのか相変わらず分からない...が、道連れは多い方がいい」
「さあ、始めよーー?」
急に違和感を感じた。
風の流れが妙だし、言い様の無い圧迫感を感じる。
それを振り払いもう一度ゴブリンに飛びかかり首か足を取ろうとした瞬間。
ずっと感じていた違和感が急激にその性質を変え、何らかの力場に変質し、その場の全ての動きを止めさせた。
突如世界が止まり、同時にとてつもない違和感が世界を蝕んだ。異なる規則が無理矢理に発生している。そんな感覚を俺は覚えて思わずゾッとする。
指も足も一本も動かない。そんな異常事態と人の身で踏み込んではならない領域を垣間見たような感覚。
それらに恐怖していると、どこからか無機質な声がその場に響く。
ーー新規キャンペーンを始めます。
ーー特性隼の目を取得ーー。
ーー?意味が、分からない。新規キャンペーン、とは何だ?何か世界すらも異なる言葉に聞こえる。
隼の目とは何だ?目と言うには生物なのだろうが隼などと言う生き物は聞いたことがない。
それらの疑問は、次の瞬間に身体を襲った熱さに瞬時に融解した。
「ぐっ、グオォォオ!!」
ーー熱い。熱した鉄板を体に入れられているかのような激痛。
魂が焼けている。魔力が焼けている。
意識も溶けてしまいそうだ。
ーーでも。
今溶けたら、ユファーナを助けられない。
溶けてもいい、焼けてもいい。
でもそれは全てが終わった後でだ。
どちらにしろ死ねば痛みも何もない。
だから、今だけは。
「今だけはっ!こんな痛み、飲み込んでやるっ!!」
熱気、激痛、それを以て自意識を確立する。
確立して、俺は敵を打ち倒す。
「うぉぉお!!」
強く一歩を踏み出す。
踏み出して、俺は停止された世界の中を飛び出した。
若干のタイムラグを置いて、世界はようやく俺に遅れて再び動き出す。
ゴブリンも動き出した。耳障りな声を響かせながら動こうとしている。
ーーしかし、今ここに至ってはゴブリンが動くより俺の動きの方が速い。
即座にもう一歩強く地面を踏み込み正面に位置する二体の首をはねた。
はねて、あまりの呆気なさに疑問を抱く。
ーーまるでスローモーションのように動きが遅く感じた。
「なんだ?妙に遅いな、こいつら」
違和感、本来俺が余裕を持って真っ向勝負できるのはゴブリン一体までだ。しかし今現在ゴブリン二体を容易く葬ったこととその呆気なさに思わず呟く。
そして、その呟きに反応したかのように残りの一体も右手を振りかぶりながら襲いかかってくる。
「グギャア!ギィー!」
「お前も、何だか鈍い」
すれ違い様にゴブリンの胴体を深く切りつけ、その次に左に向かって全力で走った。
右からの五体を捌く前に左の二体を潰しておく必要があったからだ。
正面のゴブリン三体は上手く殺せたが、三体に同時に攻められていたら一発食らっただけで体勢を立て直せなくて死んでもおかしくなかった。
ゴブリンを処理できる限界は後のことを考えなくて二体というのが以前の現実であったからだ。
ーーそう、あくまで以前のではあるが。
(なんだ?左のゴブリン、遠くの方なのに良く見える。..さっきのゴブリンも動きがいつもより多少遅かった。ーーいや、考えるのは後でいい)
足を動かす、転んでいる暇はない。左のゴブリンは三体が瞬く間にやられたのを見て狼狽しているように見えた。
ーーそこを突く。
「この二体を殺れば最初と比べて半数だ..!」
ゴブリンとの距離はいつの間にか三十ラードまで縮んでいた。慌ててゴブリンは右手のナイフを振り下ろす、もう一体のゴブリンは視界の右手側に回り込んでいるのが分かった。
ーー視野も広くなっているような気がする。それに...
(振り下ろしが鮮明に認識できるっ!これは遅くなっているんじゃない..このスピードが完全に認識できているんだ!)
振り下ろされたナイフを潜り抜けるようにして避け、驚愕に身を固まらせるゴブリンの頭部に突きを放った。
剣を引き抜きゴブリンの目を見て簡素に死亡を確認すると、今まで回り込んできたゴブリンが思い出したかのように叫びながら襲い掛かってくる。
「ギィゥ!グギギャァ!」
「ハァ...ハァ少し疲れてきた.、」
疲労からか息を荒らげさせながらだが、襲いかかるゴブリンの足を払って体勢が崩れた隙に心臓を剣で刺す事に辛くも成功した。
「ハァ...ハッハァ...ふぅ」
息も絶え絶えにその場に崩れ落ちる。ふと今まで魔法使いであるユファーナの援護で依頼をこなしていたことを思い出す。
魔法使いというのは貴重で百人に一人しかいなく、実戦で扱えるほどとなるとその百人に一人の中から十分の一にまで数が減ると言われている。
遠距離攻撃が出来る魔法使いは前衛が戦いを始める前に細かい妨害ーー例えば風の魔法使いなら砂埃を目に入れるだとか、土なら足場を崩したりーーを行う。
今さらではあるがユファーナに助けられてきたから、今まで上手くやってこれたのだなと自覚し苦笑した。
「残るゴブリンは五体、どうするか」
音が聞こえる。ゴブリンの声だ。距離は遠い、どうやら間抜けなことに左に全力疾走した際見失ったらしい。
隠れてもいいがユファーナを追われたら囮になった意味がない、静かに覚悟を決めた。
(今までゴブリン一体や二体に、ユファーナの魔法の助けを借りながら倒していた俺が一人で五体ってなかなか頑張ったんじゃないか?)
覚悟を決めて、苦笑した。苦笑して、その後違和感に気づいた。
「ゴブリンの声?いや、あれは...悲鳴に聞こえた」
見に行くべきか?いや、悲鳴だとしたら五匹のゴブリンをこの短時間で悲鳴をあげさせた存在がいる。
他の冒険者なら良い、しかし魔物だったら不用意に近づくのは命取りになる...
それに、言葉では表せないような重厚な気配を、さっきから感じていた。
悩む、見に行くか、隠れるか。
「...!!」
悩んで、隠れるべきだったと心底後悔した。
遠く、視界ギリギリにある木が燃えている。ただの火ではない黒色の火だ。
唐突に視界の端で火の海とすら形容できそうな規模の黒色の火が現れ、森の一部を綺麗さっぱりと燃やしつくしている。
あまりの光景に頬から冷や汗が出る。
先程までゴブリン相手に高成績を叩き出して調子に乗っていた自分が、一瞬で氷点下まで冷やされる。
そして、遅まきながら異常に思い至る。
「この炎...これだけ燃えているのに暑さを感じない」
一体、どうなっている。と続けようとしたが、一瞬視界の奥底に映ったソレを見て事態が己の手が届く領域に無い事を理解し即座にその場から足を動かし、離脱した。
ソレが自分の想像通りの存在ならば、見つかって交戦した余波だけでも、先に逃げているであろうユファーナにまで危険が及ぶ可能性があるからだ。
「冗談だろ...?なんだ、呪われているのか?俺は」
恐怖からか、驚愕からか、呼吸するのも忘れて足を動かす。短距離のスピードで無理矢理に長距離を走る。
あれからもう十分近くも走っている。
ユファーナにはまだ会えていない、ユファーナは足が遅いと言っても平均的な女性程の脚力はあるから追い付けないのも不思議ではないが心配なのも事実だった。
もしかしたらユファーナは俺を放っておけなくなり戻ったのでは?そうだったとしたら不味い。
先ほど視界に入ってきたソレともしユファーナが接触したらユファーナは即座に灰となるだろう。
なぜなら、あれは
「っハァ、ハァ、フゥ......どうなっているんだ、あれは、あれは実在しないんじゃないのか!?」
黒い火、首無しの全身鎧、それらは魔物の強さの階級の一番上、存在しないと言われている神話級の魔物の内の一体と特徴が一致するからだ。
「終末を告げる者、グドルミトス...あれが、そうなのか?」
いや、まだ分からない。確かに強そうではあったが似たような魔物だったのかもしれない。
そうでなくては困る。だって神話曰くグドラミトスは世界の終末を告げ。世界に破滅をもたらす魔物と言われているのだから。
あまりに荒唐無稽。それでも黒い炎を有する魔物なんてそうはいない、一応ギルドにはぼかして伝えておくか、と決めつつ一旦後ろを振り返った。
あまりの恐怖に息をするのも忘れしばらく走っていたが、あの黒い火はもう見当たらない。
あの魔物が追ってきていないことを理解して、心底ほっとした。
ーー新規キャンペーン「ゴブリンの森」改め「黒き炎の森」クリア!
ーーボーナスポイント六十入手!
ーーネームドモンスター(???)との接触によりボーナスポイント二十入手!
ーーメニュー画面を開きますか?
ほっとして、次の瞬間。唐突に脳内で響いた声と目の前に浮かぶ四角形の板を見て、驚きの余り地面にヘッドスライディングを決めてしまったのは、まあ些細な事だろう。
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その後。
クルーダが脳内に響いた声に驚きつつも、森の入口付近に居たユファーナと涙ながらのお互いの生還を無事に果たし喜んでいた頃。
黒色の火の海の奥、燃え尽きた木が立ち並ぶ地獄のような光景の中でソレは何をするのでもなく上空を見ていた。
古ぼけた造形の黒の全身鎧に身体を覆う黒色の火。
首無しの鎧はクルーダの居た方向に一瞬視線を飛ばすも、すぐに興味を失ったかのように視線を外し周囲の木の火を一瞬で消すと、思い出したかのように森の奥に歩き、消えていった。
残されたその場には、燃え尽きた後の灰とゴブリンの骨のみが取り残され、森に似つかわしくない無音の静寂のみがそこにはあった。