表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義が必ず勝つ世界で私は生きる  作者: サラミ
第1章 黒と白
4/6

#4 『私は笑われている』

キーンコーンカーンコーン……


一日の授業を終わったと告げるチャイムが学校中に響いた。

それが鳴り終わる前に、教室にいる生徒たちは学校の終了を喜んでいた。


「やっと終わったー、今日どこ行く?」


「そういえば、駅前のゲーセンでゲーコスの新台が置かれたらしいし、今日行かね?」


「ねえねえ、私もとうとうピアス穴開けたいなって思ってるんだけど、手伝ってくれる?」


「えー今度こそほんとにマジなんでしょうね? この前怖いって逃げたじゃん」


「いやだってー」


「……うるさいなあ、動物園かよ」


次々に喋る生徒たちを先生はなだめるような言葉を並べる。


「ほーら、もう号令しちゃうからー、それまで我慢してくださいねー」


おっとりとした喋り方をする女性の先生だ。

まるでスローモーションの音声を聞いているのかと思ってしまうほど、彼女の声はゆっくりだ。だからこそ聞きやすい。

そして生徒からの人気は高いから、意外とこんな言葉でもクラスはまとまってしまう。


「はーい。じゃあ、日直さん、おねがいしまーす」


「気を付け……礼!」


「「「ありがとうございました」」」


「あ……ぃあ……さ、まぃあ……」


あいからわず窓側の一番最後尾にいる私は、朝から喉がつぶれていて、号令すら言うことができない。

それも仕方がない。仕方がないんだ。


――そう、お父さんは悪役じゃない。わたしは反抗してはいけなかったから。仕方がない。


でも、号令が終わったからと言って今すぐ帰るわけにはいかない。

私はあまり集団の中に飛び込むのは得意じゃないからだ。それは心の距離としても言えることだが、物理的なことでもいえる事。

授業終了直後の下駄箱は、学校から出たがっている生徒たちであふれかえっている。

そんな中に私が飛び込んで靴を取らなくてはいけない。そんなこと、私にはできなかった。


だから私は少し時間をおいて、一通りの人たちが帰った後に下駄箱に向かわなくてはいけない。

そして昨日のように意味もなく学校にいることは、今日に限ってはできなかった。

今日は週に2回ある買い出しの日。駅前の商店街に行かなくちゃいけない。


「(お買い物行かないと)」


思わず口が動いてしまう。でも、やっぱりいつもみたいな小声は出ないみたいだ。

なるべくなら人が帰ったと思ったらすぐに学校から出たい。

そうしないと夕食の時間に間に合わないし。


「今の聞いた?」


突然横から何か、女子生徒の声が耳に入った。


「え、聞こえてなかった。どうしたの?」


「聞こえてなかったの!? ……錦野さんの号令よ。面白過ぎて笑っちゃった」


ふと、そっちに目線をやれば、昨日の女子生徒三人組だった。

また私を話題にしているようだ。何かあれば私に突っかかってくる。

私に気があるのだろうか……そんな訳ないけれど。


「『あいは尊いものでした』って言ってたよ!」


「いや違う違う、『あれは山椒でした』だよ!」


「なにそれ、うけるー」


「何にしても、ちゃんと挨拶はしないとだめだよねぇ!」


「「「ねえー!」」」


三人で息を合わせてこちらを見てくる。

私はとっさに彼女たちから目をそらした。が、どうやらとっくに私が見ていたことには気がついていたようだ。

彼女たちはニコニコした顔でこちらに近づき、あっという間に私の席を囲んだ。


「錦野さん、挨拶はちゃんとしなくちゃだめですよ」


「今時小学生でもできますから」


「でも私達、優しいから錦野さんが挨拶するまで帰らないんだ。ほら、言ってみて?」


なぜ私が挨拶をしないと彼女たちが帰らないんだろう。

疑問が残るものの、このままだと返してくれそうにないので、仕方なく私は挨拶の言葉を言うことした。


「あ……あ、あいなおうおしゃいまいあ」


……精いっぱいの声を出したが、まだのどが回復しておらず、まともな声が出ない。

こんな声を聴いて、彼女たちは笑い転げている。


「あははははは、何その声!」


「っはあ、はあ、はあ……もおう、そんなに笑わせないでよ、おなか痛くなっちゃう!」


おなか痛いのはこっちなんだけど、そんなことはどうでもよかった。

もうそろそろ私が学校を出たいと思っていた時間だ。

でも、このままだとなかなか返してもらえそうにない。


だからって先生を大声で呼ぶのは……


――このひと達は悪い人じゃない。先生を呼ぶのはかわいそうだ。


そうだ。いくら馬鹿にしてきても、彼女たちには彼女たちの事情がある。

こんな一つの出来事だけで先生たちに怒られるのは可哀そうだ。


「ねえねえ、もう一回、もう一回だけ言ってみて!」


三人のうちの一人が言ってきた。

私の力だけでこの場を乗り切らなくちゃいけない。

大丈夫、今度こそ言える。


「あにまもうごじゃいましあ」


「いひひひひひ、もうだめ、むりぃ……」


「錦野さん、おもしろすぎるぅ」


「あはははは、はあ、も、もう一回!」


言えない。ダメだ、今の喉じゃ声が上手く出せない。

どうすれば……やっぱり先生を!


――それはかわいそうだ。このひと達は別に悪気があるわけじゃない。ただ純粋にわたしを面白がっているだけなんだから。


そ、そうだよ。私はむしろ笑いを提供している側。

ここで、私がこれを止めてしまえば、彼女たちが若いそうだ。

例え、夕ご飯が遅れても私は彼女たちを笑わせなくちゃいけない。


「ありしゃろうごじゃりまいた。なみゅじゅあほぅごやいまいら。あいがおうおらいましあ……」


「ひぃいいい、そんな連続で言われたらおなかが持たないって!」


「あー、だめ。もうだめ」


何が面白いかわからない。でも、彼女たちが笑ってくれるならそれはきっといいことなのだろう。

私は笑ってもらえてうれしい。彼女たちの人生の一つの娯楽になれて嬉しいんだ。

とっても嬉しい。そう、嬉しいんだ。


もっと言わないと、もっともっと。

彼女たちは悪くない。何も悪くない。だって私を笑ってるだけなんだから。


「――あなたたち!」


「はあ、はあ、はあ……え?」


突然、彼女たちの笑い声が終わった。

どうしてだろう。どうして笑ってくれなくなったんだろう。


そう思い、ふと教室の扉に目線を向けた。

そこに居たのは……


「風紀委員の白石です。あなたたちがまたいじめをしていないかと定期的に見張っていましたが……石井さん」


「は、はぃ!」


「下村さん」


「は、はい……」


「野木さん」


「あー、はい」


白石先輩は彼女たちの名前を呼びながら、こちらにじわじわと近づいていく。

それにしても彼女たちは白石先輩に名前を呼ばれると、どうしてかこわばった表情をしている。


「前回も一年生へのいじめで厳重注意しましたが、どうしてあなた方はこうなのですか?」


白石先輩が口調を少し荒げていると、野木さんが口を開いた。


「いえ、私たちは何もしていません。ただ、この錦野さんがあまりにもふざけて号令を言うもんですから、どうしてそんな声で号令をするのか、そして改めて号令をさせて、号令の大切さを分からせてやりたいと思ったことによる行動でした」


まるで台本のセリフを覚えたかのような軽快な口ぶりで答える野木さんに、白石先輩は声高らかに反論をした。


「彼女、錦野さんは、口の中を念入りに洗浄してごまかしていますが、口の匂いからして今朝に2から3回ほど嘔吐を繰り返しています。そうなれば胃酸で喉がつぶれてしまうのも無理はありません。それに、喉がつぶれていて号令ができないのは彼女の声を聴けば誰でもわかります。これを『ふざけた号令』と言うのでしたら、あなた方のやる気のない号令のほうがよっぽど『ふざけた号令』と言えるでしょう」


私は驚いた。口の中は気持ちが悪かったので念入りにゆすいで自分ですらもう匂いを感じなくなったというのに、そのにおいを感じて、しかも回数まで当ててしまっている。

そうやって私が驚いているように、女子生徒三人も驚きを隠せていなかった。


「ま、まさか授業中から私たちを見てたの!?」


下村さんがそう言うと、白石先輩はニヤリと笑って、さらに彼女たちのすぐ近く、パーソナルスペースにグイっと入り込んだ。


「当たり前です、あなたたちのような問題を起こしそうな生徒を、私はいつでも見ていますよ……どこにいても、ね」


白石先輩がそう言うと、彼女たちは「へ、変態だー!」と言いながら、慌てて自分たちの席に置いてあったスクールバックを持ち、3人仲良く教室を出て行った。

彼女たちの後姿を見ながら、白石先輩は少しため息をついた


「人聞きの悪いことを言わないでほしいですね。ただカマを掛けてみただけなのに」


そう言っている白石先輩の背中を見て、私は思わずカッコいいと思ってしまった。

昨日も思ったが、この人はあまりに私とは生きている世界が違い過ぎる。

あ、お礼を言わないと。


「あ、あいあろ……」


――なぜわたしはお礼を言おうとしているんだろう。かのじょ達は何も悪いことをしていないのに、かわいそうだ。


でも、私は彼女たちに迷わ……


――わたしはかのじょ達を迷惑だなんて思っていない。かのじょ達がかわいそうだ。


そう、だ。彼女たちは悪いことをしていない。彼女たちが可哀そうだ。

私は、どうして叱ったのか、白石先輩に聞くことにした。


「お……おうしれ……うむっ!」


私が喋りだすと、白石先輩は右手の人差し指を、私の唇の前まで持っても来た。


「大丈夫、無理やり話さなくていいです。私は読唇術を会得しています。あなたは声を出さず、大きく口を開けて喋ってくれれば私は理解することができます」


私は一瞬目を丸くして驚いたが、あの白石先輩ならやりかねない。

とりあえず百聞は一見に如かずと思い、口パクを実行してみた。


「(どうして彼女たちを叱ったのですか?)」


「私から見たら、彼女たちの笑いは錦野さんを馬鹿にしているように見えたので……違いましたか?」


ほ、本当に喋れてる。しかも、私が口パクしてから発言するまでの時間は、普通の会話の速さとほぼ変わらない。

え、この人、本当に人間?


「(彼女たちは私の行動にただ笑いを求めていただけと感じていたので、彼女たちに申し訳ないです)」


「あなたは少し自尊心が低下しているようです。それに……」


先輩は、私の腹部を見て、少し難しい顔をした。

まさか、服の上からなのに痣に気が付いた?


「少しだけ、制服が乱れています。これでは心が乱れても仕方がありません。ブレザーの腰ポケットに付いている布は必ず出してくださいね」


「(は、はい)」


どうやら気が付いていなかったようだ。

少しホッとする。この痣に気が付かれると、教職員たちにばらされて、中途半端な注意警戒でアイツを刺激してしまうから。

アイツを刺激しないために、いつもどおりが一番だ。


私は注意された腰ポケットの布を表に出した。

白石先輩は制服の注意が終わると、改めて笑顔を見せた。


「お買い物、行くんですよね?」


「へ?」


突然のことに私は動揺した。

な、なんで白石先輩が知ってるんだろう。私、声には出してないはず……。


「先ほど、錦野さん、確かに『お買い物いかないと』って言っていました。声は出てませんでしたが」


ど、読唇術!?

嘘、そんなことまでわかるの? だって、あの時は白石先輩は教室には入ってきていない。

私と白石先輩の距離は少なくとも教室の入り口から窓端の席、教室の横幅一つ分はあったはず。

しかもその時は私正面向いてたから、最短距離だったとしても私の横顔しか見えなかったはずなのに。


こ、怖い白石先輩。完璧超人過ぎる。


「(た、確かにお買い物に行かなくてはいけません。ですがそれは夕飯を作るためであって)」


「そうでしたか。ですが、残念ながらそれを見過ごすわけにはいきません」


「(そんな。お願いします、食材を買わないと)」


食材を買わないとご飯が作れない。

そうなると、アイツが一体どんなことをしでかすのか……もう考えたくない。


「それでは、そのお買い物に私もついて行きます。もともと今日は風紀委員のお仕事がお休みでしたので、何の問題もありません」


「(分かりました。それで大丈夫)……ん?」


えーと。白石先輩が買い出しについてくるということなのだろうか。

私はいまいち思考が追い付いていなかった。だけどそんな私を横目に先輩は笑みを浮かべ続けている。


「あー、よかったのですね。断られたらどうしようかなと思っていたのです。それでは一緒に行きましょうね、錦野さん」


「(は、はい)……?」


私がそう言うのを待たずに白石先輩は私の腕を引きました。

手を引っ張られる私は、慌ててスクールバックを左手で何とかつかみ、まるで事故車のように引っ張られながら教室を出ました。

終始笑顔の美少女を目の前にして何も言えなくなってしまった私は、その美少女と一緒に買い出しに行くことになってしまったようです。


「(先輩、何を考えてるかわからない)」


「私は全部わかりますよ」


なんで引っ張りながらで見えてないのに読唇術できてるの!?

やっぱり怖い、この先輩。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ