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正義が必ず勝つ世界で私は生きる  作者: サラミ
第1章 黒と白
3/6

#3 『いつも通りの朝』

「アークトク、俺らはお前らを絶対に許さない!」


テレビでそんなセリフが流れた。ふと見てみると、全身タイツの男たちが何か色の付いたプラスチックのようなものを鎧代わりに被って戦っていた。

これらはどうやら特別撮影、「特撮」というものだと後で知った。

でも、私はそんなこと全然わからず、とりあえず最初は何をしているんだろうと疑問を持ちながら見ていた。

でも、見続けるうちになんだかそれらがカッコいいと思えるようになっていた。

どんな強い敵も、必ず倒して人々と世界を救う。その姿勢にあこがれすら抱いていた。

あんな強い人になれればいいなと何度思ったことか、もう回数なんて数えていない。


ヒーローの活躍を見ていると、不自然な悪役の行動に目が行った。


「私はアノイアンス。この世界にとって、とても迷惑な存在なのだ」


自分のことを迷惑と自称するこの人は、物語で言うところの悪役で、彼は本当に迷惑なことしかしない。

目的は世界征服とは言っているものの、主人公であるヒーローの所為で必ず阻止されるし、そもそも征服した後に何がしたいかが彼らからは全く見えてこない。

彼らは本当に、ただただ世界に迷惑をかけるためだけに生まれた存在なんだ。


そんな彼らだから、やられても、倒れても、爆散しても、四等分に切られても、何も思わずに見ることができた。

彼らは明らかに悪い奴らだ。倒されても仕方がない。そう言った大義名分を簡単につけられたんだ。


でも、最近のヒーローの悪役はそう単純なものじゃなかった。

時には野心を、時には憎しみを、またある時は人々を守るため、異形の姿になって戦っている。

彼らには立派な行動理念と、現実的な動機が存在した。

だからヒーローも彼らを一概には否定することができない。けれどラストは、必ずヒーローが悪役を倒すんだ。

そしてヒーローは涙を流す。勝ったはずなのに、世界を救ったはずなのに、敵の死に苦しむんだ。


多くの人は、そんな物語に肯定的だ。

とてもドラマチックでキャラクターが作品の中でちゃんと生きている。

そう言った意見が大半だった。でも、私が求めていたのはそんな物語じゃない。

動機も不明瞭で、よくわからないけれど、人々に迷惑をかける絶対悪。そんな悪い奴らがばったばったと倒される作品を見ていたかったのに。


見るたびに心を締め付けられる今の特撮が、私は嫌いだ。

見ていて悲しくならない。つらくならない。そんな物語が見たい。


――ほんとうにそんなこと思ってるの?


私はその言葉が聞こえると、そっと目を開けた。


「……また、これ」


今のは夢、昔見ていたヒーロー番組の記憶だ。不思議なことに、この夢を一週間に2回ほど繰り返して見てしまう。

最近はもう、ヒーロー番組なんてめっきり見れていないのに。

いつまで引きずっているんだと思ってしまう自分もいるけれど、引きずっている自分がいるのも事実だ。


ドラマチックになり過ぎた現代の物語は、私にとってはただ現実を突きつけられているに過ぎない。

現代の良さもわかるけれど、昔にも良さがあったことを忘れてほしくない。

でも今はそんなことを考えている時間じゃない。


「仕事、しないと……」


準備をしようと上半身を起き上がらせると、思い出したかのように腹部が痛み出した。

服を裏返してみてみれば、そこには大きく生々しい痣ができている。

あれだけ殴られれば当然だ。

こんなことは一度や二度ではない。それでも、毎度毎度受けるたびに私の中の恐怖は増大していく。


だが、これの比にならないくらいお母さんの体は痛めつけられている。

それを考えると、まだ私は幸福だったと言えるだろう。

この程度で終わっているのだから。


今の時刻は午前4時。これはアイツ、父親である錦野裕二が起きる1時間前の時間だ。

この時間になると決まって、私は目が覚めてしまう。

今の時間帯から朝食を作らなければ、朝からまた暴力を振られてしまう。その恐怖が私の体に染みつき、睡眠時間を制限しているのだ。

おかげで私は音が鳴るアラームを使用しなくて済んでいるが、快眠というわけじゃないから直しようがない寝不足に陥っていた。


私は痛みに震える体に鞭を打ち、寝間着のまま寝室を後にする。

キッチンに着くと、お母さんが細い手でコップを握りながらテーブルに座っていた。

おそらく、眠れなかったのだろう。これも別に珍しいことじゃない。

お母さんだけは毎晩同じように暴力を振られている。心身ともに疲れていて当たり前だ。


「おはよう、お母さん」


私がそう言うとお母さんはクマがこれでもかと黒くなった目で私を見て、小さな声で「おはよう」と返してくれる。

その返事にはあまりにも力がない。もはや聞き取るのすらやっとなほどだ。

お母さんに精いっぱいの笑みを返した後、私はキッチンへと向かう。


朝は夕食と違って、多すぎても少なすぎてもアイツの反感を買うデリケートな時間帯だ。

だから私は決まった量の食事を作らなくてはいけない。今日は冷凍していた鮭、白米、お味噌汁、お新香。

これをタイミングを見計らって作らなくてはいけない。


アイツが起きる一時間前に起きたのは、調理器具のセット、洗い残した食器の処理。

そして、アイツが起きてちょうどの時間に温かいご飯を出さなくてはいけないからだ。

少しでも冷めていれば、それは機嫌を損ねる要因となりえる。


私はそこに最大限の注意を払ってタイミングを見極めている。

とは言っても一時間前、まだ時間はある。

その間に食器洗いを行う。昨日の夕ご飯の分は洗えていないから、今のうちに洗わなくては食器がなくなってしまう。

だけど、洗いきれないから放課後にも食器洗いを行っている。


「亜美。少しいい……?」


食器を洗い始めようとスポンジに洗剤を付け始めたとき、お母さんが声をかけてきた。

私は手に持っていたスポンジを置き、手を洗ってお母さんの元へと駆け寄る。


「どうしたのお母さん」


「お母さん、ね。今日、亜美の夢を見たの」


お母さんは少しだけ頬を上げて、か細く笑った。


「お母さんと亜美で、草花がいっぱいの公園で、シャボン玉とかキャッチボールや追いかけっこして、たくさん遊んで、ころんじゃって、たくさん笑う夢。それでね、亜美がお母さんに言うの『楽しいね』って」


「そう、それは良かったね」


私がそう言うと、お母さんは「また遊ぼうね、亜美」と言って、また目線を下に向けた。

お母さんの顔は笑っていたが、目線を下に向けるとまたいつもの無表情に戻った。

私とお母さんがそうやって遊んでいたのはもう十年ほど前の話だ。まだアイツがそれほど荒れていなかったとき。

その時を思い出しているのだろう。

そう思うと心が苦しくなった。アイツに殴られた時とは違う心の苦しさ。


私は知っている。もう、そんな日々が来ないことを。

アイツの支配から逃れられるわけがない。アイツが死ななければ、私たちに自由はない。

……アイツが、死ねば、私たちは、解放される?


そう私たちはアイツが死ねば自由になれる。

もっとご飯だっておいしくたくさん食べられる。

遊ぶことだってできるし、勉強だってできる。

お母さんの笑顔ももっと見ることができる。

アイツがいなくなればきっと、楽になれる。


――けれどお父さんは悪役じゃない。殺せない。


そうだ、アイツは悪役じゃない。殺せない。

殺してはいけない。アイツは殺しちゃいけない。


私の中の正義の心が、アイツを殺すことを邪魔した。

殺人はいけないこと。絶対にやっちゃいけない。

でも、この状況を警察に言ったってきちんと動いてくれるかわからない。

現行犯でなければ、こっちの話だって聞いてくれるかどうか。


――だけどお父さんは悪役じゃない。警察に突き出してはいけない。


そうだ、アイツにもアイツの理由がある。きっと仕事で上司に叱られてストレスが溜まってるんだ。

それなら『仕方ない』。私たちはどうすることもできない。

『仕方ない』ことなんだ。


――そう、『仕方ない』こと。お父さんにだって事情がある。わたし達が不当な扱いを受けるのは『仕方ない』。


「……」


私は心を整理して、キッチンに戻った。お皿洗いはまだ何も終わっていない。

少しお皿洗いをして、時間を見るともうそろそろ朝食を作らなくてはいけないタイミングになっていた。

私は少し慌てて、ご飯を作る。

たとえ慌てても平常心をもって行動をする。ミスは許されない。


「私は、大丈夫……」


そうつぶやいて、作業をこなす。鮭を電子レンジで解凍をする。この時も、注意が必要だ。

電子レンジの音でアイツの眠りを妨げると、たとえ起床予定の10分前だったとしても怒りを買ってしまう。

だから必ず、電子レンジの温め終了の音が鳴る前に扉を開け、音を出さないようにしなくてはいけない。


私は慎重に冷蔵庫の下部にある冷凍室を開いた。

冷蔵庫に関しても、あまり大きな音を立てて開閉するのは冷蔵庫としても、アイツにしてもよろしくない効果がある。

慎重に、それでいて最速を目指さなくてはいけない。


冷凍してある鮭を取り出し、平皿に乗っけて電子レンジを使って解凍をする。

電子レンジの終了音をぎりぎりで鳴らさないようにして取り出す。

解凍が終了したら鮭を取り出し、水で少し全体を洗ってからガスコンロに格納されているグリルの上に乗っける。

そしてグリルで加熱調理をしてもらう。


その間に、白米の調子を確認する。昨日炊いたばかりなので、まだ硬い部分は出てきていない。

あまり放置していると白米が硬いなってしまうので、炊いてから2日目の夜にはすべてを器に出して、冷蔵庫にしまっておかなければならないが、そう言ったことはまだしなくてよさそうだ。

それが炊飯器のためでもあるし、アイツのためでもある。ご飯が少し硬いと、例のごとく逆鱗に触れてしまう。

私はそれを確認すると、次の工程に移った。


冷蔵庫に入れいている絹ごし豆腐。野菜室で保存している、長ネギ。

そうして、まな板の上でそれらの食材を包丁で一口大に切っていくが、この時にも注意が必要だ。

まな板と包丁を使うと、コツコツといった接触音が出てしまう。これらの音を出してはいけない。

勿論、アイツのためだ。あいつの眠りを邪魔してしまう音はすべてなくさなくてはいけない。


……音はすべて。


一言も発さず、私は料理をこなしていった。

昨日もそうだったが、アイツは料理自体が簡単なものでも怒ったりはしない。

まともな味がして、おなかが満たせればそれでいいのだ。

元から期待していないということかもしれないけれど。期待してもらいたくもないのでどうでもいい。


そうしてアイツの起床時間。

大きなあくびを上げながらアイツはリビングの椅子に座り、テーブルに並べてある私が作った朝食を何も言わずに平らげる。

私は音を立てないために部屋へ。お母さんもアイツが来たと同時に寝室へ行く。

このようにうまくいけば朝は比較的平和に終わる。


「おい、アミ! ちょっと来い!」


だが、平和なのもうまくいけばの話である。

私は仕方がなく入ったばかりの自分の部屋から出て、アイツがいるリビングへと向かう。


「早くしろよ、ちんたらするな!」


「はい、今行きます」


私がリビングに付くと、呼び出された理由は一目瞭然だった。

鮭の一部が少し発色が良い。これは生焼けだ。

疲れていたからか、私は解凍のの時に使った電子レンジでのつまみを少し早めにセットしてしまったようだった。


「これ、見ればわかるよな? 鮭が生焼けだ。これ、どういう意味か分かるか?」


「はい、オトウサンがおなかを下して仕事をまともに続けられなくなる可能性があり……」


「分かってるならどうしてこんなことをしたかって聞いてるんだよ! アミ、お前は何か。俺が働けなくなってもいいって言うのか? ああ!」


「いえ、そんなことはありません。毎日働いていただいてとてもありがたいと思っています」


「思っているなら行動で示せって毎日毎日言わせるなよ! ああ、クソッ……責任もって、お前が食べろ」


「で、ですがオトウサンの朝食が……」


「――いいから食べろよ!」


アイツは私の口に鮭を放り込む。骨なんて取っているわけがない。さっきできたばかりの熱い鮭を私の口に入れてきた。

頑張ってそれを食べようとするが、のどのある部分に鮭の何かが当たってしまい、咳をして吐き出してしまう。


「ゴホッ、ゲホッ、ゲホッ……」


咳の影響で、アイツに食材がかかってしまう。

その時、私は咳の反動で思わずその場に倒れてしまった。まずい、この体制はまずい。


「ふざけんなよ、汚いものを俺にかけて、しかも食材を無駄にして……お前は何してるんだ!」


そう言ってアイツは私の腹部を蹴った。

まだ昨日の痣は残っている、その痣の部分を容赦なく。

まるで弱点を知っているかのように、何度も何度も同じところを蹴っていた。


「お前はッ、俺がッ、苦労してッ、稼いできたお金をッ、無駄にしたんだッ!」


そのうち、私は無意識に口から嘔吐してしまう。

昨日からほぼ何も食べていないため、出てくるのは胃酸と、血のような赤黒い液体が一緒に飛び出していた。


「汚ねぇもの出してるんじゃねーよ! もういい、食べる気が失せた。学校行く前に片づけておけよ」


「は、はい……オトウサン」


私はかすれながらも声を出した。のどが痛い。

腹部は抑えなければならないほど痛い。痛いなんてものじゃない。

すこし、じっとして私は体力がある程度回復するのを待つ。

酸の匂いが部屋中に充満する。口からは血の味がして気持ちが悪い。


キィィィィ……バンッ!


玄関が開けられた音が聞こえた。

これで今日も、私は朝を乗り切った。


「お……わ……ぁ」


喜びの余り声を出したくなったが、もう出せない。

私は横たわったまま、動けるようになるのを待った。

そうして後片付けをして家を出て行ったのは8時半のことだった。


「い……ぇ……あす」


行ってきますもまともに言えず、私は家を出る。

まだ私の一日は始まったばかりだ。

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