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contract the alive  作者: 劣白
15/20

大切な贈り物

 樟葉ちゃんの家と思しき場所に着いた。住所を確認し、表札に三原と書いているので此処で間違いないのだが、如何せん緊張してしまい中々チャイムを押せない。

 きょろきょろとして、チャイムを凝視している私の姿は傍から見れば不審者のようだろう。そう分かっているのに身体が石のように固くなって動かない。


「君は誰だい?」


「ひゃ! ひゃい!」


 そんな時、不意に背後から声を掛けられた。

 明らかに樟葉ちゃんではない何者かの声に、警察かと慌てふためきながらも振り返る。


「あ、えっと……」


 そこには男性がいて、歳は六十歳くらいだろうか? きっちりとしたサラリーマンのようなスーツを着た老人がいた。

 その老人の纏っている雰囲気は私の祖父のような、朗らかで優しそうだったがどこか大物のような雰囲気を漂わせている。どこかの会社の社長だろうか? そんな事を考えていると老人は何かを思いついたようにハッとした表情をした。


「分かった。もしかして君が楠葉の言っていた文音ちゃんかい?」


「あ、はい! そうです!」


「そうか。私はこの家の主人じゃ。樟葉はちょっと買い物に出かけているから、中で待つといい……」


 どうやら老人は樟葉ちゃんの家族。歳から察するにおじさんなのだろう。

 おじさんは私に優しい笑みを向けながら家の中へと招き入れてくれた。

 やはり普通の一軒家よりは大きく、豪邸と称していいくらいだ。家の外には綺麗な庭があり、家自体は三階建てになっている。年月もそこまで経っていないのか、とても綺麗な外見をしているだろう。


「此処で待っているといい……」


「あ、はい……」


 私はリビングに案内され、ソファに座り込むが視線は内装に釘付けだ。それは失礼に値する行為だったかもしれないが、他人の家にあまり上がった事が無い私にとって全てが別世界のように見える。

 柔らかくて高級そうなソファといい、部屋の中はとても綺麗に整理整頓されている。見渡す限りにピカピカで、埃や汚れは一切見当たらない。

 それ故に落ち着かず、いやそもそも此処が友達の家だと思うと余計に落ち着かなかった。


「マストに所属していた時の玲奈ちゃんの話を聞きたいかい?」


 おじさんは私の前に紅茶を置き、そう言った。

 それは爆弾だっただろう。まさか樟葉ちゃんのおじさんから玲奈ちゃんという名前が出るとは、いやそれ以上にマストという単語が出るとは思ってもいなかったため、思わず吹き出しそうになる。


「どうしてその事を?」


「いや、私はここら辺のマストを管理している……まあお偉いさんかな?」


 あははと言った風に言うおじさん。照れているのか頭を掻いているが、そんな事はどうでも良かった。

 目の前のおじさんがマストのお偉いさんとなると聞きたい事はいっぱいあった。こんな一生の一度のような僥倖を逃す訳にはいかない。


「教えてください! 私、これからどうすればいいのか!」


「まあ、落ち着いて。文音ちゃんが知りたがっている事は、多分全部分かっている。だから順を追って話す。いや、思い出してもらった方が早いかな?」


 そう言いながらおじさんは自分が飲むであろう珈琲を机の上に置き、ソファへと腰掛ける。そして、煙草で一服つくと珈琲を一口飲んで、ゆっくりと語り始めた。


「君は自分が幼い頃の事を覚えているかな?」


「それは……親はいないので祖父が面倒を見てくれて、よく玲奈ちゃんと遊んでいました……」


「間違いだよ。君は過去に家族と共に事故、いや鏡結界に巻き込まれた。そこには玲奈ちゃんもいたそうだよ」


「は?」


 私は思わず声を漏らしてしまう。

 おじさんが言った事は私の記憶の中には無かったのだ。親の顔は覚えていないし、そもそも鏡結界という存在は最近知った。だからおじさんの言い分は出鱈目だと思ったが、こんな状況で嘘を吐く意味がないだろう。

 つまり、それは本当だという事だけど、そう簡単に信じられないのが現状だろう。それを信じてしまうと私の記憶というものは真実なのか? 危うくなってしまうのだ。


「その鏡結界で君を残して家族は死亡。君は玲奈ちゃんを庇って重傷だった。玲奈ちゃんも直ぐにヌシに殺される。そんな時に我々マストが駆けつけて救出した」


 やはり記憶の中には無い出来事で、玲奈ちゃんからも聞いた事が無い。私にとっては信じがたい事だ。

 しかし、何故か妙にしっくりとくる。まるで置かれていた物が元の場所に戻されたようだろう。自分の記憶が偽物だと言われているというのに、もはや危機感などは消え去って、心の中に渦巻いているのは真実を求める気持ち。おじさんの先の言葉がとても気になった。


「玲奈ちゃんは助かった。だけど君は重傷でとても普通の医療設備では助からない。マストの技術を使うしか助ける術はなく、玲奈ちゃんは必死に頼み込んできたよ」


「そ、それで?」


「私としても無償で助けたかった。だけどマストの技術は貴重でね。そうそう部外者のために使うのは許されなかったんだよ……」


「ああ……」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるおじさんに私は何となく察した。


「だから交換条件として玲奈ちゃんをマストに入隊させ、ある程度結果を残せば君を助けると約束をした。結果は凄かったよ。普通、マストでは小隊を組んで鏡結界の対処を行うのだが、彼女は一人で何十の鏡結界を破壊した。しかもたった一か月での話だ」


 それを聞いた私は辻褄が合った事に釈然として納得した。

 玲奈ちゃんがマストに入って活動をしていた事は最近知ったばかりだが、私を助けるという目的があっての事だったのだ。きっとその際に霧風さんとも知り合い、多大なる戦果を上げたので色んな人に知られていたのだろう。

 私は純粋に嬉しく思った。今はこの世にいない玲奈ちゃんだが、彼女は私の初恋の人であり、そんな大事な人が知らずのうちに私を救ってくれていた。それを知って私はますます玲奈ちゃんに惹かれてしまう。

 だから、彼女のいない現状がとても辛く思えて辟易する。


「玲奈ちゃんの活躍によって君は生きた。しかし、家族の事や鏡結界の事、色々と不都合なことがあったので、君はマストによって記憶を改竄され、今こうして生きている」


「そうですか……」


 記憶を改竄されていた。その事実に私は何の違和感や嫌悪感も抱かない。最初は愕然としていたが、今では現実を受け入れる事ができた。

 何故なら、私にとってその出来事は玲奈ちゃんを更に好きになる要因でしかない。

 一体、どこからどこまで改竄されているのか? 祖父はこの事を知っているのか? そう言った疑問が浮かんだが、正直知った所でどうにもならないので思考の海へ投げ捨てた。

 それよりも、もっと大事な事があるのだ。


「……それで龍について知っているんですか?」


 そう、それは龍の事だ。私はずっと龍について情報を集めているが、残念ながら成果は皆無と言ってもいい。

 もしも目の前のおじさんが龍について何か知っているのではあれば、努力が全て報われるかもしれない。そして、それは玲奈ちゃんを救う事に直結するので、私の脳内はもはや情報しか求めていなかった。


「そうだね……」


「なら!」


 教えてください! そう言おうと思ったが、それより前におじさんは私に紙の束を渡して来た。状況的にこの紙に龍の事が乗っているのだろう。


「ただいまもどりました。あ、文音さん! ごめんなさい。待ちましたか?」


「……いや、待ってないよ。私も今、来たところだから……」


 不幸にも樟葉ちゃんが帰ってきてしまった。いや、元々は樟葉ちゃんを待っていたので何も可笑しい事ではない。だけど、今はこの紙の束についておじさんに聞きたかった所なので、タイミングが悪い。


「じゃあ私の部屋に行きましょう」


 妙にそわそわとして落ち着かない樟葉ちゃんに連れられて、私はリビングを後にする。

 その際、振り返っておじさんを一瞥したが、おじさんは私の疑問に答えるつもりはないのか、ただ手を振って私たちを見送っていた。


「何か変な事を言われませんでしたか?」


 此方に振り返る事無く、樟葉ちゃんはただ背中で不安を語る。

 自分がいない所で保護者が友達と会っていたら、気になるものだろう。私には親との記憶がないが、その気持ちが分かった。


「大丈夫。紅茶を出してくれて、優しく接してくれたよ?」


「ならいいんです。その手に持った紙はなんですか?」


 階段で転ばないように気を使っているのか、此方に振り向かず、また質問をしてきた樟葉ちゃん。

 恐らくはおじさんから受け取った物と疑っているのだろう。正直に答えられる筈も無く、私は学校のプリントと言って嘘を吐いた。すると樟葉ちゃんは納得したのか、それ以上口を開く事はない。

 やがて、二階にあった樟葉ちゃんの部屋に私は招き入れられた。

 その部屋は白を基調としたシンプルで、勉強机やベッドなどがあり、部屋の真ん中には机が置かれている。本棚には至って普通の小説や教科書が綺麗に並べられていて、樟葉ちゃんらしいだろう。

 だけど寂しくも思う。何故なら、この部屋は優等生のようで漫画やゲームと言った娯楽関連のものがないのだ。


「実はケーキを買いに行っていたんですよ。今から用意しますので、座って待っていてください」


「あ、うん。何か悪いなぁ……」


 先程から樟葉ちゃんが持っている取っ手がついた箱。その中身はケーキだったようで部屋から出て行った。

 残された私は樟葉ちゃんのおもてなしに申し訳なく感じつつも、部屋の中を見回してみる。


「これって……」


 勉強机の上に置かれた写真立て。特に可笑しくはないが、何だか気になった私は徐に立ち上がって、その写真を間近で確認する。

 写真は幼い頃の樟葉ちゃんが映っており、その両隣には恐らく両親であろう男女。背景には森があるため、きっと遠くに出かけた時に記念写真なのだろう。

 微笑ましい光景が見て取れる写真だが、私は反対に悲しく思った。

 何故なら、この家には樟葉ちゃんの祖父がいて、両親はいない。そして、樟葉ちゃんは過去に鏡結界に巻き込まれ、玲奈ちゃんに助けられた。つまりは鏡結界によって樟葉ちゃんの両親は亡くなっている。


「私の親は小さい頃に亡くなりました……死因は鏡結界です」


「あ……樟葉ちゃん……」


 いつの間にか戻って来ていた樟葉ちゃんの表情は悲しそうで、きっと両親の事を思い出してしまったのだろう。

 掛ける言葉は見当たらない私は視線だけを樟葉ちゃんに向ける。

 樟葉ちゃんはトレイを持っており、その上には買ってきたケーキと紅茶。それらは高級そうな皿とコップに盛りつけられていた。


「どうぞ……」


「ありがとう。美味しそうだね」


 仕切り直して私はもう一度座り込み、目の前にケーキと紅茶が置かれる。

 紅茶はおじさんから頂いた物と同じだったが、イチゴのショートケーキは初めて頂くものだ。態々樟葉ちゃんが買いに行ったものなので美味しいに違いない。

 その予想は当たり、フォークで一口食べてみると程よい甘さが広がった。思わず頬っぺたが落ちてしまいそうだ。


「ふふ……」


 そんな私の緩んだ表情を見てか、樟葉ちゃんは笑みを零す。

 普段なら恥ずかしく思う所だが、私の間抜けな笑顔のお陰で樟葉ちゃんの表情に笑顔が戻った。そう思うととても嬉しかった。


「良かったです。先程からずっと思い詰めた表情をしていたので……」


「え? あ……」


 その言葉に私はハッとした。先程まで頭の中には蟠りばかりで、苦悩を続けていた。しかし、いつの間にか私は笑顔になっている。美味しいケーキを食べているのもあるが、何よりも友達である樟葉ちゃんと一緒にいるからだろう。

 どうやら樟葉ちゃんも私と同じ心境だったようで、私が笑顔になったのを心から喜んでいる。だけどその蟠りを思い出してしまった私はまた悩んでしまう。


「……ずっと浮かない表情をしていますが、何かあったんですか?」


「ううん。何もないよ……」


 私の抱えている事なんて、とても樟葉ちゃんには言えない。言った所で何も変わらず、樟葉ちゃんに心配をかけてしまうだけなのだ。


「文音さんは優しいですね……」


「え?」


「だって、私に余計な心配を掛けないため、言わないんですよね?」


 図星だった。まさかそこまで思考を読まれているとは思ってもいなかったので、私は黙り込んでしまう。

 そして、ふと思った。


「そんなに私って優しいかな……」


 優しいとは玲奈ちゃんだけでなく、祖父や霧風さん、樟葉ちゃんにも言われた。

 しかし、私は自分が優しいとは思えない。だって私の行動は何もかも玲奈ちゃん第一優先なのだ。現に私は鏡結界に犠牲になった人たちの中から、玲奈ちゃんだけを救い出そうとしている。所詮は独りよがりでしかない。


「優しいですよ。今の時代、文音さんのように優しい方はいません。自信を持ってください」


「うん……」


 私はどうすればいいのだろう。

 樟葉ちゃんに褒められたのを素直に喜べず、更に今まで自分が分からなくなった。まるで何もない、真っ暗な空間にいるようだ。それほどまでに未来が見通せない。

 これから私はどうなる? 無事に龍を見つけ出し、玲奈ちゃんを生き返らせることが出来るのだろうか?


「実は家に招き入れたのは文音さんに渡したい物があったんです……」


 私が迷っていると樟葉ちゃんはそう言って、自分の机を漁り出す。

 そんな彼女を横目に私は考える。渡したい物と言われても、本当に突然だったため見当すらつかない。何を貸している訳でもなく、欲しい物もない。いや、ある事にはあるのだが樟葉ちゃんが持っている筈がないのだ。


「ありました。これです」


「これって!」


 樟葉ちゃんが渡してきた。それは私にとってあり得ないもので、もう二度とお目にかかれないと思っていた物だった。


「シンパシーイデアがどうして……」


 私の手の中にあるのは紛れもないシンパシーイデアだ。一度は手にして、玲奈ちゃんと一緒に戦ってきたので間違える筈も無い。あの鏡結界の森で拾った。あのシンプルの剣の柄で、まだ未契約のシンパシーイデアに違いなかった。


「これは小さい頃に、おじさんが私にくれたんです」


「え?」


「用途は分かりませんが、おじさんがくれた物なので大事にしていました」


 先程から続く急展開。思考が纏まらず、私の頭の中はごちゃごちゃとしていたが樟葉ちゃんはマストのお偉いさんの子。シンパシーイデアを持っていても何も可笑しくはない。


「そっか……どうしてこれを私に?」


 そう自分に言い聞かせ、そうなると色んな疑問が浮かんでくる。その内の一つを私は樟葉ちゃんにぶつけた。


「文音さんは大事な物が壊れたと言っていました。だから私の大事な物をあげようと……ほら、私のこれって文音さんの大事な物に似ているようでしたから……」


 似ているも何も、私と全く同じ物だ。とは言えず、私はイデアをもう一度見つめて考えに耽る。

 これがあればもう一度戦う事が出来るだろう。しかし、契約対象は誰にすればいい? こうしてシンパシーイデアに触れているにも関わらず、玲奈ちゃんの姿はない。やはり前のシンパシーイデアが破壊されたため、魂も消滅したと考えるべきだろう。


「ど、どうしたんですか?」


 玲奈ちゃんの事を考えると無意識に涙が出てきた。

 それに気がついた樟葉ちゃんは慌て、私は止めようとしたが止まらない。今まで溜めていた物が溢れ出るかのように涙が滴る。


「迷惑でしたか?」


 不安そうに聞いてくる樟葉ちゃんだが、それは勘違いだ。

一刻も早く誤解を解かないといけないと感じた私は溢れ出る感情の中、静かに言葉を紡ぐ。


「違うの。樟葉ちゃんの好意が嬉しくて……だけど悲しくて……」


 嘘は言っていない。樟葉ちゃんの好意は私にとって救世主のようなものであり、同時にこれからの生き方に選択肢をくれた。だから泣いて喜ぶのだが、何故か悲しい。

 やはり玲奈ちゃんを思い出したから? それともシンパシーイデアを手にしたにも関わらず玲奈ちゃんが見えないから? 恐らく、それだけでなく色々な原因があるだろう。

 すすり泣く私の手を、樟葉ちゃんは優しく握り、ただ黙って頭を撫でてくれた。


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