妃の真実
悪魔のような女
「久しぶりね、お義母さま」
隣国の王子の結婚式に呼ばれた王妃は、
意外な人物の歓迎を受け身を凍らせた。
白雪姫だ。
確かに殺したと思っていた白雪姫が今、
自分の目の前にいる。
しくじったのか?
計画は万全だったはずだ。
毒林檎は最高の出来であったし、
魔法を知らぬドワーフどもに、
解毒剤など作れるはずはない。
「ほほほほほ。驚いているようね。
私はこの国の王子に助けられたのよ。
残念だったわね、お義母さま」
白雪姫は、
真っ赤な口紅をひいた唇を艶かしく光らせて、
さも可笑しそうに言った。
彼女は城を追い出した頃とは比べものにならないほど
美しく成長していた。
王妃はきびすを返して、
その場を立ち去ろうとした。
しかし両脇に控えていた兵士達に
腕を掴まれてしまう。
「ほほほ!逃げられなくてよ、お義母さま。
今まで受けた恨みつらみの数々を、
ここではらしてさしあげるわ!」
白雪姫が悪魔の様な声で叫ぶと、
王座の脇の扉が開かれ、
立方体の鉄箱を台車に乗せた兵士が現われた。
鉄箱の中には真っ赤に焼けた石が
ギッシリと詰められている。
兵士は鉄の棒で石を掻き混ぜると、
中から何か取り出した。
靴である。
真っ赤に焼けた鉄の靴。
「私の婚礼祝いのため、
死ぬまでステップを踏んでもらいましょう。
この特注の赤い靴をはいてもらってね!!」
白雪姫は唇の端を歪めて笑った。
王妃は白雪姫を睨み付けると、
「結局私は、お前に勝つことが出来なかった」
恨み言のように呻く。
「得意の魔法で逃げ出したらどう?」
白雪姫は二人の兵士に押さえ付けられている
王妃を見下ろし嘲笑した。
しかし王妃は白雪姫を睨んだまま、
身じろぎ一つしない。
「あまりの恐ろしさに
呪文も思い出せないようね。
やっておしまい」
白雪姫が片手を上げると、
王妃を押さえ付けていた兵士達の腕に力が入った。
鉄の靴を持った兵士が、王妃の前でひざまずく。
「さぞかし幸せだろうね白雪」
王妃は抵抗もせずに白雪姫を睨み上げた。
白雪姫が眉を寄せると、
「こんな所から逃げ出すのは造作もないこと。
しかし、やめておくよ。
今逃げ出したって、
私には何も残らないのだから」
王妃は自分の足から
靴が脱がされるのを見詰めながら呟いた。
「どういうこと?
あなたには城があるじゃない。
お父さまから奪った城が。
逃げ出せないからって
負け惜しみ言うんじゃないわよ」
白雪姫は憎々しげに王妃を見下ろす。
王妃は小さく笑うと、
「王のいない城などもらっても、
ありがたくもない。
今この世に私のほしいものなど
存在しないのだよ!」
誰に言うとでもなく叫んだ。
「お前さえいなくなれば、
すべては思惑通り進むと思った。
しかし、それは違っていた」
王妃は大きく息を着くと、
「どうせ生きていてもしかたがない。
それならば王が愛した娘の為に
死ぬまで踊ってやろう!」
半ば投げ遣りな口調で叫び、
自らドレスの裾をたくしあげた。
「私がほしかったのは国や城ではない。
後妻に入って、私は本当に幸せだった。
だが王は私を見てはいなかった。
私はお前の母親として城に入れられただけ。
王にとっての妻は、
お前の本当の母親でしかなかった。
はじめはそれでもいいと思った。
死んだ妃の事が忘れられないのなら、
私が忘れさせてやろうと思った。
でも、それは無理だったのだ。
白雪、お前がいたから。
王の愛情は、すべてお前に注がれた。
私はいつまでたっても三番目にしかなれない。
死んだ妃と、白雪の次にしか
私は想ってもらえないのだ。
邪魔なお前をやっと追い出したと思ったら、
王は心労で死んでしまうし...
お前には判らないだろう白雪。
何の苦労もなく、
王の愛情を受けられたお前には!」
王妃は一気にまくしたてると、
自分の自由を奪っていた
兵士二人の手を振りほどいた。
細い腕の何処からこんな力が出るのか不思議だが、
相手は魔女だ。
これくらい造作もないことだろう。
「お前の望みどおり、
鉄の靴でも何でも履いてやろうじゃないか!」
「まって!」
王妃が、鉄の靴を持った兵士に
飛び掛かろうとした時、
突然、白雪姫が王妃の腕を掴んだ。
「何するんだい。
早くしないと、
私の気がかわるかもしれないよ!」
王妃は白雪姫を突き飛ばし叫んだ。
「お義母さまの言い分は分かったわ。
別に私は城から追い出されたことに関しては
恨んではいないのよ。
かえってその方が気楽で良かったし。
お父さまは私にべったりで、
全然自由にしてくれなかったんだから。
あのままだったら結婚なんて出来なかったかも
しれない。
この国の王子に会えたのは、
お義母さまのおかげでもあるし...。
そんな理由があったなら、
なぜ話してくれなかったのよ!」
白雪姫は手のひらを返したように、
やさしい顔つきで言う。
先ほどと、まるで別人の様な顔つきになれるなんて、
白雪姫にも魔女の素質があるのかもしれない。
強く望めば、誰でも魔女になれる。
そんなご時勢だ。
「そんなこと、恥ずかしくて言えるわけないだろう。
その時お前はまだ小さな子供だったのだし、
子供相手に本気で嫉妬など妬いてみろ。
格好悪いったら...」
王妃は顔を赤らめた。
「これ、片付けてちょうだい」
白雪姫は王妃の手を取って立ち上がると、
兵士に言い付けた。
「私を見逃すのか?」
王妃は目を丸くして白雪姫を見詰めた。
「いまさらあの城に未練があるわけでもないし、
手に入れようと思えばいつでも手に入るわよ。
ここは軍事国なのだから」
白雪姫はニッコリと笑った。
「後で後悔するかもしれないよ」
王妃は意味ありげに言ったが、
白雪姫は素知らぬ顔で、
「生き地獄を味わうのも良いかもよ。
なんて思ったりして」
ほほほほほ!と高笑いだ。
「そんな簡単には取られやしないよ。
王が築いた城と国なのだから」
妃は苦笑して肩に掛けていた絹のローブを一振りし、
床に投げ出された自分の靴を履くと、
優雅な足取りで王室を後にした。
「さあみんな、
結婚式の準備の取り掛かるのよ!」
白雪姫の嬉々とした叫びは、
いつまでも王妃の心の中で響いていた。
おわり