私の彼氏はVTuber。ただし中の人はいない。
たぶん、タイトル詐欺です。キーワード注意。
※(2020/01/16)連載化しました。https://ncode.syosetu.com/n1063fz/
ちゅん、ちゅん
ブンッ―――
『カスミ、そろそろ起きる時間だよ』
「んっ……ハルト、あと、5分……」
『また、そんなこと言って……。昨日みたいに、クセ毛のまま登校するつもりかい?』
「……それは、いや……」
『ほら、カスミ、今日はいい天気だよ』
しゃっ
「んっ! ……まぶし」
がばっ
「ふあああ……。おはよ、ハルト」
『ああ、おはよう、カスミ。ほら、早く着替えて』
「んもう、ハルトって、小さい頃のお母さんみたい……」
『そう作ったのは君だろう? ほら、僕は向こうを向いてるから』
―――ブンッ
「別にいいんだけど……まあ、まじまじと見られてもイヤだけど」
そう言いつつ、パジャマを脱いで制服に着替えていく、私―――御子神霞。そして、先ほど私を起こしてくれたのは、VTuberのアバター、『ハルト』である。モニタとカメラ越しに語りかけてくるだけでなく、カーテンを含む部屋の各種電子機器も制御してくれる。
もっとも―――中の人は、存在しない。ハルトを動かしているのは、その造形と同じく、私が丹精込めて作り上げた人工知能プログラム、いわゆるAIである。
◇
最初は、その容姿……整った顔にサラサラの黒髪、スラッとした中肉中背のスタイルと、私の趣味をこれでもかとつぎ込んでモデリングしたものを、モーションキャプチャーとボイスチェンジャーを組み合わせて、私自身で動かしていた。
『ハルト』と名付けたそれは、正直言って、ほとんど自己満足のために創り出したものだ。だから、家族にも友達にも、ハルトを見せていない。というか、万が一にも知られたら……黒歴史確定である。一生、ネタにされ続けることは間違いない。末代までの恥、というやつである。
と、いうのも。
「みんなー、おっはよー!」
「おはよう、霞。今日も元気ねえ。朝はパン何枚?」
「今朝は卵かけご飯だったよ! 丼ぶり二杯!」
「食べ盛りの小学生男子じゃないんだから……。あ、それは小学生男子に失礼かな」
「なにをー。みこちんはぐりぐりの刑だー! ぐりぐり」
「やめてー」
というキャラなのである、この私は。学業成績は中の下、でも体育だけはバッチリ、部活は中学から高2の今もバスケまっしぐらの、典型的な体育会系女子でもある。短めの髪型と相まって、周囲には、いわゆるボーイッシュみたいな扱いである。
そんな私が、実は小さい頃からコンピュータに関心があり、その機械の中に『理想の彼氏』を実現することに邁進していたなんて……黒歴史以外の何者でもないではないか。表向きの私は、そんな内向き傾向の趣味の反動なのかもしれない。我ながら、残念過ぎる性格なのは自覚しているが、もう後戻りできないところまで来ている。
「もう、朝から教室でこんなことばかりしてたら、彼氏なんてできないよ。霞、かわいいのに」
「彼氏なんて要らないもーん。私は、元気に楽しく過ごせていたら、それでいいもーん」
現実の彼氏が要らないのは確かだ。私の理想を具現化した容姿と性格を備えたハルトがいれば、私は満足である。子孫を残す生命体として失格? そんなのは他の人にお任せである。
「よせよせ、田町。御子神に色気とか、期待するのも疲れるだけだぜ」
「成瀬くん、いきなり現れて、霞をバカにしないで! というか、色気とか変なこと言わないの!」
「そうだそうだー、みこちんのいうとおりだー」
「おい、当事者の御子神が他人事っぽいぞ?」
「それでもダメ!」
こんな感じで言い合ってるみこちんと成瀬くん……成瀬桃矢だが、実はお付き合いしている。ふたりとも私と同じクラスで、高1の頃から熱々のカップルとして校内でも有名である。ちょっとばかしワイルドな成瀬くんと、清楚な感じのみこちんは、もっぱら『美女と野獣』と評判である。
「そうだよ、成瀬。御子神さんだって女の子なんだから」
「井上、お前もそれ微妙に御子神をバカにしてないか?」
「そんなことないよ。僕は正直に言っただけだから」
「ありがとー、井上くん! でも、私はお付き合いはNOだよ!」
「ちえっ」
井上新太。イケメンで成績も良く、スポーツもひと通りできるという、如何にも女子にモテるタイプである。というか、実際にモテる。ワイルド系な成瀬と仲がいいのも、そっち系の女子にバカウケである。
ただ、とても軽い。ナンパ気質であるというのもあるが、身長体重も小柄で軽い。それが、ほとんどの女子にいろんな意味で人気があるのだが……私の趣味ではない。私は正統派なのである。ハルトのように。ハルトのように!
「じゃあさ、御子神さんは、どんなタイプの男の子が好きなの?」
「ハルトのように!」
「即答かよ。いや、井上も何回同じこと訊くんだよ」
「いやあ、そろそろ好みが変わっているかなあと」
「そんなことないもーん。あ、今日のお昼も、みんなでスマホ中継見ようね!」
「また俺たちも見せられるのかよ……」
元々VTuberとして私が動かしていた『ハルト』にAIを組み込んだのは、こういうこと……単独でライブができるようにするためでもある。はっきりと言及してはいないが、ハルトの中の人は、時間に余裕がある大学生か自宅警備員……という体である。間違っても、夜な夜なその造形を作り込んでいるJKなどではない。イメージは大切である。視聴者にはもちろん、私自身のためにも。
◇
がちゃっ
「ハルト、ただいまー」
『おかえり、カスミ。今日のライブはどうだった?』
「もちろん、クラスでも評判は良かったよ! なにしろ、私プロデュースだからね!」
『それは良かった。なにより、カスミに喜んでもらえて嬉しいよ』
「んふふふ、私も嬉しいよー。あ、夜の部の台本作るね。今度も歌ってもらうから、いくつか音源用意してくれない?」
ハルトのAIは当然のように学習機能も作り込んでいるから、私があれやこれやと知識を詰め込んだり、モーションキャプチャで様々なテクニックを模倣させることで、秘書のようなこともしてくれる。たとえば、こんな感じだ。
「カスミ、それなんだけど、こんなメッセージが届いているんだ」
ピッ
「ああ、また芸能プロダクションとのタイアップ? いつものように、ビデオ通話で丁重にお断りしておいて」
広告収入が凄いからなのか、それとも、アイドル人気を奪っているからなのか。既存の芸能事務所やら業界進出を目論む企業やらが、『VTuber・ハルト』を取り込もうとアプローチをかけてくる。もちろん、そんな安売りは御免であり、端から断っている。そもそも、私はハルトを金儲けに使うつもりはない。
それなら、VTuberなんてやめて、自宅の部屋だけでエヘエヘと眺めていればいい? いやあ、ネットで広く公開することで、ハルトはどんどん洗練されてるのよ。やはり、他人の目と言葉は貴重だ。あとはまあ……匿名とはいえ、やはり自慢したいのよ、我が理想のハルトを!
「カスミ、後ろの方も読んでくれないかな?」
「後ろ? ……え、合同ライブの曲目を、全てハルトの曲に!?」
「つまり、主役は僕ってことらしいよ。他の参加アーティストも歌うけど、君が作詞作曲編曲した曲ってことになるようだね」
「ふむ……」
なら、いいかな? ハルト中心なら、こちらとしても嬉しい。あと、ハルトそのものを取り込もうというわけでもないらしいし。
「面白そうね。じゃあ、向こうの担当と話を詰めておいて。あ、お金は要らないってことにしてね。そうすれば、こちらの素性を明かさないまま対応できると思うから」
ハルトを維持するための経費は、配信サイト経由の広告収入で十分賄えている。ビデオ通話も配信サイトのコミュニケーション機能経由だから、私の素性が今回の芸能プロダクションに明かされることはないだろう。
◇
「……各部隊、問題ないな?」
「はっ。強いて言えば……作戦ポイント002にて、急遽アイドル……のライブが行われるとの報告が」
「ふむ……なら、ついでに利用しよう。我らが悲願の目撃者が増えるというものだ。だが、死傷者は出すなよ? 我らは『悪の組織』などではないのだからな」
「はっ!」
「まあ……抵抗するなら、攻撃も致し方ない。『革命』に犠牲はつきものだからな」
◇
そして、合同ライブの日。場所は、都庁前の広場に面する、ビル壁面の大型スクリーン。その周辺を歩行者天国とし、リアルアーティストが登壇する舞台を用意することで、入場無料の巨大ライブ会場と化した。
「うわー、たくさん人が集まったねー」
「なあ、これって主催者は儲かるのか? ネット配信も同時にやってるみたいだし」
「たぶん、ライブの様子を撮影して、高画質のビデオソフトとして売るんじゃないかな?」
「なるほど」
いつものクラスメイト、みこちんと成瀬くん、井上くんの3人と一緒に、ライブ会場にやってきた。住んでいるところから電車で1時間ほどかかったが、それほど遠くもないので、みんなを誘って観に来た次第である。入場無料ということもあって既に千人近くが集まって賑わっており、私たちは広場の隅に陣取った。
なお、主催者であるプロダクションとの諸々の打合せはハルト経由で全て終わっており、あらかじめ決めたスケジュールに沿って対応するよう、ハルトには指示済みである。ついでに言えば、ダミーのカメラ……ハルトの中の人が会場の様子を見るため……ということになっている装置も、主催者に依頼して用意されているが、こちらもハルト自身が制御するようにしてある。したがって、よほどの不測事態がない限り、私は観ているだけでいい。
ブンッ―――
『やあ、みんな。今日は集まってくれてありがとう!』
わー、きゃー
『リアルアーティストのみなさんと共演できるのも光栄です。それじゃあ、早速1曲目、「バランス・トランス」!』
〜♪ 〜♪♪
「きゃー、ハルトー!」
「御子神が教室よりはるかにうるさい件」
「いいじゃないか、成瀬。せっかくの屋外なんだから」
「耳元で叫び声を聞いて平然としているお前がすげえよ」
「でも、すごい盛り上がりじゃない。成瀬くんも応援しようよ!」
「田町まで……はあ」
順調に始まった合同ライブに満足していると、上空から何かの機械音が聞こえてきた。あれは……ヘリコプター?
「え、何よ急に。せっかくのライブなのに! マスコミか何かなの?」
「いや……あれ、軍用ヘリだ! しかも、結構でかいやつ!」
「成瀬くん、詳しいね? 軍オタ?」
「いや、迷彩柄だし、すぐわかるだろ。……おい、何か落ちてきた!?」
ひゅううう………
ドスンッ!
ズンッ!
ライブ会場の舞台の前、かなり広く取られていた誰もいないスペースに落ちてきたのは……。
「うおおお、○ビル○ーツ!?」
「味方機のデザインより無骨だけど、確かにそれっぽいね」
「なに落ち着いてるのよ! どう見ても正義の味方とかじゃなさそう!」
ジャキッ
「きゃああああ!?」
「おい、逃げろ!」
そう、落ちてきたのは、3機のいわゆるロボット兵器だった。昔のアニメのような、いかにも派手なハリボテなどのようなものではなく、戦車のようにあふれる重量感。そして、両アームに備えられた巨大な銃。それが、否が応でも本物の兵器であることを感じさせた。
フッ
―――ぱっ
大型スクリーンからハルトが消えたかと思うと、ニュースキャスターが座るスタジオに切り替わった。普段は街頭TVとしてチャンネル放映されているため、それ自体は不思議なことではなかった……が。
『と、突然ですが、緊急の中継映像が送られてきました。そちらに切り替えます!』
ザッ―――
『我らは、人類統合組織「ヒューム」。統合のための尖兵である「フェザーズ」部隊が、世界の主要都市を制圧した』
◇
その後に分割画面で次々と映し出されたのは、各国主要都市の様子だった。日本については、東京を始めとした5都市。東京については更に複数の箇所が映し出され、そのひとつがここ、ライブ会場の舞台となっていた都庁前だった。
『我らは、侵略者などではない。大人しく従えば、何も危害は加えない。だが……抵抗する者には、容赦しない』
そうして語られたのは、『ヒューム』と名乗った組織の成り立ちだった。最初は、某国にて極秘に立ち上げられた超近代兵器の研究開発組織だった。人型の巨大機械の実用化は、軍用のみならず民用としても有用性・汎用性が語られていたが、巨大ゆえに重力下では自重で崩れ落ちること、複雑な制御機構は人が簡単には『運転』できないことが問題となっていた。
『……しかし、我らはその両方を解決する方法を見い出した。パイロットの「精神感応」に基づく、不断の制御を行う技術である』
その言葉を聞いた私は、思わず叫んでしまった。
「はあ!?」
「な、なに、霞、突然」
「え? あ、や、その、最近読んだ古いラノベで、出てきた用語だったから」
「つまり?」
「精神感応……テレパシーで機械を動かすってことだよ」
「SFかよ!」
正確には、脳細胞で発生する微弱な電流を測定しながら逐次解析し、思考に含まれる強い『意図』をリアルタイムで抽出して様々な制御を行うものである。……などと言ったら、私がそっち方面の知識や技術に詳しいことがバレてしまうので、ラノベをダシにしてごまかす。いや、それよりも!
『精神感応』技術って、そんなだいそれたものだったの!? それって、私がハルトを開発する過程で生み出したものでもあったんだけれども。数年前のある日、たまたま手に入れた『微弱電流感応結晶体』を、VTuber実装技術と組み合わせてあれやこれやと試していたら……という感じだ。そういえば、もともと結晶体をもっていたあの人、確か―――
ピロロロロロ
通話の呼出音にはっとした私は、スマートフォンを取り出して画面を見る。かけてきたのは……ハルト?
「私よ。どうしたの?」
『気づいているだろう? あの人型兵器が、君の技術を応用したものだって』
「いや、アレって、少し知識があれば誰でも作れるものなんじゃないの?」
『そうでもないみたいだよ。なにしろ……僕には、あの兵器から発生する精神パターンに同調できるから』
「……は?」
いくら原理が同じだとしても、何から何まで同じ製品が生まれるわけではない。電波で通信していることだけ同じでも、全く異なる仕様で開発された通信機同士が通信できないことと同じだ。
それと、だ。
「兵器から発生する精神パターン、って言ったわよね? どうやって検知したの?」
『それも不思議なんだ。なにしろ、結晶体を用いた精神感応センサーが、ダミーのはずのカメラにも組み込まれていたんだから』
「……は?」
ええい、何度呆ければいいのだ! えーと、ダミーのカメラを用意したのは主催者側だけど、そのカメラはもともと……。
「配信サイトの運営会社!? まさか、最初から『ヒューム』に加担していて……!」
「わっ!? 霞、どうしたの? 誰かとスマホで話していたと思ったら、急に大声上げて」
「あっ……ううん、なんでもない」
「おい、大人しくしてろよ。なんか、勝手に逃げ出したら捕縛するとか言ってるぞ」
その後の中継演説で、『フェザーズ』と呼ばれる人型兵器を開発したこと、そのフェザーズの精神感応による制御装置は『選ばれた者』にしか使えないこと、その選ばれた者による人類全体の統合を使命として、密かに軍産複合体を取り込みながら組織が拡大したこと……などが語られた。
パリパリの選民意識に基づくものだが、要は、精神感応の制御装置との相性ではないだろうか? 組織自ら生み出したはずものを、そんな神器のようにみなすなんて……これはもしかすると、ハルトの言うとおり……。
『では、これより、各制圧ポイントにて「選抜」のデモンストレーションを行う。栄えある「同調者」と判明した者は、我らの指導者のひとりとして迎え入れるだろう』
これって、あれだよね。『フェザーズ』のパイロットを手っ取り早く確保するためだよね。まあ、これだけ派手にやれば『優遇された』と思う人が出ても不思議じゃないけど。
なにしろ。
「うおおおお、アレに乗れるのか!」
「成瀬、まだ何もやってないだろう?」
「いや、俺にはわかる! ロボットに乗れと俺の魂が叫んでいる!」
「成瀬くん……」
成瀬くんというアホが調子ぶっこいているくらいだから。しかし、いきなり兵器で制圧してきた者に『選ばれた』? 私はごめんこうむる。こうむるが……どうしたものか。もし、私が開発した技術が配信サイト経由か何かで『未知の力』として流れた結果、こうなったのなら……罪悪感ハンパない。むう……。
◇
「ほら、次!」
「なんだよ、制御装置が反応しないからって、ぞんざいに扱いやがって」
「でも、成瀬はくやしいと」
「そりゃあ、なあ……」
「まあ、これだけ人がいても、これまでふたりしか反応がなかったんだ、よほど希少なんだろうね」
都庁関係者とライブ会場にいた観客を含む判定チェックは、数時間に及んだ。未反応だった者はすぐに帰宅するよう促されたが、会場の隅にいた私たちの順番が回ってきた頃には、既にほとんどが帰宅していた。そして、井上くんが言ったように、これまでふたりしか『選ばれなかった』ようだ。
「次は……君だ」
「あの、どうしてもやらないといけませんか?」
「拒否権はない。もし拒むなら、我らふたりががりで装置を接続する」
「……わかりました」
みこちんがそう言いながら、しぶしぶ装置の感応パネルに近づく。この場にいる『ヒューム』のメンバーは、パイロットの3人のみだ。だが、ひとりは『フェザーズ』に乗り込んで銃を構えたままであり、残りふたりが判定チェックのための装置を操作している。その場にいた者全員で取り押さえればあるいは、なのかもだが、戦車のそれのような銃口を向けられていれば、誰も彼もが萎縮してしまう。それに、既に今は数十人しかいない。
ぽーん
「ほう、レベル3か。掘り出し物だな」
「えっ……」
みこちんが判定チェックに引っかかってしまったらしい。彼らの言う『レベル』は5段階あるらしく、これまで反応があったふたりがどちらもレベル1だったことを考えると、確かに『千人に一人の逸材』と言えるだろう。私の親友であるみこちんを物扱いするのは気に食わないけど!
「ほら、次だ」
「あの、この装置って、どこかにつながっているんですか?」
「俺が乗っていた機体に繋がっている。まあ、実際に機体を動かすには、さっきのレベル3の者であっても、相当の訓練が必要だがな」
「そうですか……」
「ちなみに、俺はレベル4だ。数日で乗りこなせたがな」
そんなドヤ顔を見せるパイロットのひとり。まさしく『選ばれた者』としての優越感がそこにある。なんとなく、アクセスランキングサイトの結果に一喜一憂していたVTuberのひとりを思い出す。今は関係ないか。
そして、私は装置の感応パネルに手を置く。
ぴーっ
「……エラーだと?」
「どういうことだ? こんな反応、マニュアルにもなかったぞ?」
「想定外の検知があった場合の表示しかしないな。おい、一度手を離せ」
「はーい」
すっ
「……無反応に戻ったな。よし、もう一度感応パネルに手を置け」
「はいはい」
ぱっ
ぽーん
「なんだ、レベル1か。なんだったんだ、さっきの誤動作は。だがしかし、お前も『同調者』のようだな。もういいぞ、手を離して……」
そんなわけにいくか。だいたいわかったのだから。
ぴーっ
「なんだ、またエラーか……なにっ!?」
キュイーーーン
「俺のフェザーズが、勝手に……!?」
ドスン、ドスン
人型兵器……フェザーズの脚がゆっくり動き、判定装置につながっていたケーブルを引きちぎると、舞台の方に向かって歩き出した。目標は、ライブ主催者が設置した、ネット接続のための機器類。うん、さっきの感応パネル経由で流し込んだコマンド群の通りに動くな。しかし、マジで私の技術をパクっていたとは……。
ガクンッ
ガチャッ、ガチャ
ピロロロロロ
「ほいほーい」
『カスミ、「フェザーズ」のメインシステムから全てのデータを抜き出せたよ』
「解析はすぐにできる?」
『もう少し……完了。一応、フェザーズは独自に無線ネット接続できる機能があるようだ』
「カバー率は?」
『全機体の、半分かな。それ以上は、手動でクローズされる見込みだよ』
「それでもいいわ。やっちゃって」
『了解』
ガクンッ
ドシャッ
ウィーーーン
「うわああああ!?」
ドサッ
銃を構えていたフェザーズの機体が急に屈み、胸のハッチが開く。中に乗っていたパイロットのシートベルトも外れ、地面に放り出された格好だ。
「くそっ、俺のフェザーズっ、動けっ」
3機目は、パイロットが制御装置で動かそうとしても、うんともすんとも言わない。パイロットが乗っていない機体は、ハルトが全てロックしたようだ。
いやあ、『やっちゃって』だけで私の望み通りのことをしてくれるなんて、やっぱりハルトって最高! 今度、新曲をもうひとつ考えるとしよう。カッコいい振付に合うヒートアップするやつ!
「今だ、捕まえろ!」
どだだだだ
「は、離せ! 俺たちを、何だと思って……」
「大人しくしろ! テロ容疑の現行犯で逮捕する!」
少し離れたところで推移を見守っていた機動隊が、パイロット3人を捕縛する。どうやら、フェザーズのもつ銃を戦車の砲身と仮定して、付かず離れずの場所に配置されていたらしい。他の制圧場所も同じだったのかな? まあ、フェザーズが無力化されれば、その場にいた一般人だけでも取り押さえられそうだけど。
◇
それから数日、世界は大混乱に陥った。それはそうだろう。結果的に、世界の半分が『ヒューム』と名乗る組織の手に落ちたのだから。もう半分の国や地域との境界線にはフェザーズの部隊が佇み、ネット接続もその境界で分断された。
ヒューム制圧下となったのは、中東以西のヨーロッパとアフリカ、そして、アメリカ東海岸と大西洋の一帯。逆に、アジアとオセアニア、アメリカ西海岸を含む南北アメリカの西半分が、旧国家群のままとなった。北アメリカの中部地帯は特にフェザーズ部隊が集結しており、旧来の軍隊と一触即発の様相を見せている。
『ヒューム領域の衛星回線も停止されたようだね。しばらくはこのままかな』
「そっかあ……大変なことになったなあ」
もしかすると、『ヒューム』による全世界制圧が成功していれば、より混乱はしなかったのかもしれない。特に、連邦国家を分断されたアメリカやロシアは。
「でも、だからといって、見て見ぬふりはできなかったよね、あの時は。それで、『AHC』からはなんて?」
『もちろん、今でも全面的な協力を求められているよ。僕の「中の人」の公表も含めてね』
「それはそれで嫌だなあ……」
旧国家群は『対ヒューム委員会』を中心とした国際組織を作り、ヒュームからの国土奪還を決議した。その拠点は……東京。まあ、制圧を未然に防いだ範囲を考えると、そうした方がいいのだろう。
それと、もうひとつ。
『「僕」がフェザーズの半分を無効化したのは明白だからね。AHC上層部だけでなく、世間一般にも』
「『ヒューム』側にもね。はあ……」
ハルトがフェザーズによる制圧の半分を阻止した経緯は、ネット上のアクセスログから明らかだった。だが、なぜかそこから先が不明である……ということになっている。
私は一連の事件の直後、ハルトをエージェント型の自律AIとして独立させた後、そのハルトと私を結びつける記録やアカウント情報を、ハルト自身に全て消去させた。ハルトがVTuberとして活動していた時期ならば、調べればすぐに私にたどり着いていただろう。だが、当時はそこまで追跡する人はいなかった。私の黒歴史隠蔽が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
「ハルト本体とは、しばらくは非同期通信でメッセージをやりとりするとして……VTuber活動は廃業かなあ」
『どうかな? このまま「中の人がいるはず」と思い込ませておけば、AHCやヒューム、世間一般をミスリードさせ続けることができると思うけど』
「それはそうなんだけど、なーんかしっくりこないのよねえ……」
その理由のひとつは、ハルトの存在自身だ。私は最初、あの『微弱電流感応結晶体』を組み込んだVTuberシステムで、ハルトとしての動きやら何やらを作り出してデータを蓄積、それを元に、自律型AIとして完成させた。
―――まさか、そんな自律型の人工知能が、他にはこの世に存在していないなんて。
「『結晶体』を含めて、精神感応に関する技術は、元々がヒュームの母体である研究組織の成果だったなんてねえ。つまり、あの人は……」
私が中学生になる直前の、春休み。自宅近くの浜辺に倒れていたお婆さんを助けたことがあった。搬送された病院でしばらく療養していたのだけれども、記憶があいまいで自身の名前くらいしか言えず、そのまま老衰で数か月後に亡くなってしまった。持ち物には貴重品もあり、処分することで入院費用を賄ったが、残されたものもあり、それは私が引き取った。それが―――
「―――この『石』と、USBメモリ。メモリには、よくわからない数値データとテキストファイルが入っていて、そこに『微弱電流感応結晶体』って用語があったから、その石をそう呼んでいたんだけど……」
自室でハルトの端末インタフェースプログラムと会話をしながら思い巡らせていた私は、引き出しからその『石』を取り出す。
「……そういえば、この結晶体を持ちながらテキストファイルや数値データの中身を眺めていたら、その一部がなんとなくわかったような気がしたんだよね。でも、それって……」
あのお婆さん―――ヒューム・グランザイア―――あの人の意識みたいなものが、この結晶体に込められていたのだろうか。もしかすると、本人も意図していなかったことかもしれない。でも、そう考えれば、つじつまは合う。
特に、
「『理想の彼氏』を生み出すなんて、やっぱり私の意図したことじゃなかったんだーーー!! あのお婆さん、なんてこと妄想してたのよ!」
私は、これからの対応に苦慮していた。ヒューム・グランザイアから継承した技術を用いて『ヒューム』の野望を打ち砕くか、それとも、黒歴史として葬ってこのまますっとぼけるか―――
この話を連載化するなら、タイトル変更した上で、ちゃんとしたオリジナルSF戦記にするべきですかねえ。うーん。
<設定まとめ>
・御子神 霞(みこがみ・かすみ)
主人公。高2。表向きは活発なスポーツ少女だが、AIを組み込んだ人気アバター『ハルト』を作り出してしまうほどの天才。ただしそれは、死に際に残されたヒューム・グランザイアの残留思念に影響されたためであり、本人は至って普通のJK……ではもはやなくなっている可能性大。つまり、本物の彼氏が作れない可能性も大。対ヒュームについては、ハルトを隠れ蓑に『ヒューム・グランザイアの継承者』として活動しつつ、レベル1のフェザーズ同調者としての側面も活用していく……かもしれない。なお、霞自身は『継承者』ゆえにフェザーズの無限同調者であり、自らの意思で同調度合いを変更できる。
・ヒューム・グランザイア
全ての元凶。ただし、本人は純粋に『微弱電流感応結晶体』を研究したかっただけであり、研究機関に利用されるのを嫌がって逃亡、海に飛び込んで流れ着いた日本某所の海岸で霞に助けられた……というのが経緯。なお、なぜ『理想の彼氏を作り出す』ことを考えていたかは不明。
・微弱電流感応結晶体
通称『石』または『結晶体』。人型搭乗兵器フェザーズを制御するための、そして、霞がハルトのAIを生み出すための基礎データを生成するための、必須アイテム。ただし、結晶体を構成する組成だけでは単純な感応性質しかなく、ヒューム・グランザイアが残した結晶体のみが高度な性能、すなわち、同調者の思考を読み取って複雑な制御入出力信号を生み出す。これは、ヒューム・グランザイアが自身の思考パターンを刻み込んだからなのだが、その事実自体が人類統合を目論む『ヒューム』側にさえ知られておらず、ブラックボックス化されている上に、その人を選ぶ性質から、神秘的な物質とみなされてしまった。結果、ヒューム内部は結晶体への同調度によって階級化されており、同調度が高い者ほど指導的な役割を果たすという、宗教組織に近い実態となってしまっている。実際のところ、結晶体によって作られたフェザーズは、ヒューム内部では『人類の進化形』ともみなされている。なお、霞はヒューム・グランザイアの残した資料によって、結晶体の素性を一応は理解している。
・田町美琴(たまち・みこと)
霞のクラスメイト。清楚なタイプなのに、なぜかスポーツ少女の霞と仲が良い。レベル3のフェザーズ同調者なのも、霞と普段から仲良くしていたからである可能性が高い。霞からは『みこちん』と呼ばれている。
・成瀬桃矢(なるせ・とうや)
霞のクラスメイトにして、美琴の彼氏。割とお調子者で、フェザーズのパイロットになれればそれはそれで嬉しいというタイプ。対ヒューム戦記が本格化したら敵側に寝返る可能性があるかもしれないしないかもしれないし美琴との愛に生きるかもしれない。
・井上新太(いのうえ・あらた)
霞曰く『チャラいイケメンショタっ子』なのだが、実は霞のことが本気で好きという裏設定があった。この作品が普通のほのぼのVTuber物だったら準主人公となっていたかもしれないが、残念ながら世界観が違った。フェザーズ同調判定を受けてないから、もしかすると彼の方が敵に寝返る役回りかもしれないとか適当なことを書いておく。