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依頼は治療のあとで

フォルトゥナを育てつつ、問題を解決して行くクルス。

ひとつ間違えば破滅の旅路!

「……どうせなら、使えそうな物はいただいておくか……」


返り討ちにしたごろつきの死体から、まだ使える装備や金銭を剥ぎ取る。

元・勇者一行(パーティー)のメンバーとして旅の経験は多いものの《龍血使い(ドラゴンテイマー)》としては未熟な少年、クルス。


「キュ?」

「はぁ、もう手遅れだな……いいよ、好きにどうぞ」

「キュエ!」


クルスも止めるのを諦めたことで、装備を剥ぎ取った後の死体に改めて食いつく。

覇王魔龍オーバーロードドラゴン》の遺児であり、クルスと《契約(コントラクト)》を交わしたドラゴンの雛、フォルトゥナ。

この一人と一匹は、今。


「……あの、俺はどうしたら助けてもらえるんで……?」


右足を切り落とすだけに留めて生かしておいたごろつきの男から、遠巻きに畏怖の目で見られていた。

言う通りにしなければ、今の自分などすぐにでも殺される。

その恐怖が現実味を帯びて、服従を生む。


「まずは……ぼくはあなたに謝らない。その足のことも仲間のことも、襲って来なければぼくからは何もしなかったんだから。そうそう。今はこっちには来ないでね。ぼくから行く」


仲間の死体をまだ見せないようにして、クルスは男に近づく。

クルスが怖いのと切り落とされた足が痛むのとで、即席の杖にするよう渡された木の棒があっても、男はまだ立ち上がれない。


「とりあえず、街に戻ったら皆に言いふらしてほしい。ぼくから何かを奪おうとしたら……ぼくの敵になったら、そういう目に遭うって。本当だって証拠は、右足(そこ)に『ある』よね」

「……へい……」


また同じような襲撃を受けたくはない。

今回だけでなく二度、三度と続いたり、次はいつ来るかと警戒し続けなければならなくなったり、というのはごめんだ。

クルスはこの男を、実際に返り討ちに遭わせた『証人』として考え、警告を広めてくれるなら生かして帰していいと考えついた。


「……それと、質問。ぼくは心当たりがないから、知っていたら答えてほしい」

「な……何なりと……?」


命だけは助かると見えた男は、ようやく落ち着きを取り戻してきた。

クルスの質問に答える心の準備をして、耳を傾ける。


「手持ちの『ある魔物』の素材……皮や骨を加工して、装備を作りたい。腕が良くて口が堅い、信頼のおける職人に心当たりは?」


評判の流布の次は、職人の紹介。

土地勘も縁故もない流れ者のクルスが欲しいのは、情報だった。

周囲に影響を及ぼすための、発信する情報。

失敗を未然に防ぐための、受信する情報。

事を有利に運ぶには、どちらも大事だ。


「そ、それなら! 知ってやす! 曲がった事が嫌いな……あ、ただ……」

「ただ、何?」


男には心当たりがあるようだ。

しかし『あ、ただ……』という歯切れの悪さが気になる。

クルスは続けさせた。


「……その職人はここしばらく、女房が病気になってからはろくに働けてねェんです。俺らみてェなのがその職人の品を持ってんのも、最初は『お前らなんかに売るもんか』って言ってたのを、女房のための薬代欲しさに曲げたからこそで」


曲がった事を嫌ういい職人は知っているが、妻の病気が悩みで仕事ができない。

薬代が要るという弱味を握る形で、嫌われているごろつきでありながらその職人が作った品を買った。

そういう情報が得られた。


(本当に信頼できる腕と人柄の職人なら、薬代……お金は弾んでもいい……けど、お金じゃ手に入らない、見かけない薬が必要だった場合は問題だ)


クルスは対策を考える。

ただ金があれば買えるという話ならそこまでこじれてはいない、本当に必要な『完治のための薬』は存在しないか、存在するとしても滅多に手に入らない素材で作る必要がある、という事態を想定した。

なにしろクルス自身、覇王魔龍の骨や皮という『滅多に手に入らない素材』を持ち込む先を探している最中だ。

もしも、そういうレベルの希少(レア)な素材が必要なら……と考えれば、その苦悩は察するに余りある。


「あ。ということは、これもその人が作った品?」


とはいえ今は街の外、しかも夜。

実際にその職人に会いに行くのはまた明日以降だ。

今日のところは本人ではなく、作品を見て考えることにした。

剣のごろつきは上半身を斜めに両断してしまったので胴鎧もダメにしてしまったが、棍棒のごろつきは頭以外の外傷はないので、二人分を合わせれば胸当てと小手、それに足甲と、全身分がまんべんなく揃った。


「……あ、へい。あいつらが着けてたやつッすね。その装備も、そうッす」


それらの品を《鑑定(アイデンティファイ)》してみる。

……昼間に見た工房の作品とは段違いに、出来が良い。

ただ防御力を持たせただけでなく、部品ごとの重なり合いについてよく考えられており、動きやすい。

小手の片方を試しに着けたら、着け心地も良い上、体に合わせて緩めたり締めたりもしやすい構造になっている。

そして何より。


強獣(ガフー)の素材でできた装備か……」


骨から削り出して作られた装甲板を皮鎧に重ねた防具であること。

強獣・ガフーは様々な種類や亜種がいる魔物で、大きさも体色も、能力も様々。

特に強力な個体は岩のような大きさや硬さの体になったり、炎を吐いたりする。

知能が高い種類も少なくはなく、魔物使いの中にはガフーを使役する《強獣使い(ガフーテイマー)》も珍しくはない。

その体は素材としても優良なので、こうして防具に加工されることもあった。


「うん、いいね。これを作った職人なら、ぜひ会いたい」

「案内させていただきやす」


強獣素材を完全に使いこなしてこれだけの装備を作れる職人なら、きっと魔龍素材も任せられそうだ。

その職人に会うための道案内をさせる必要もあるから、片足となった男は素直に言うことを聞くなら殺さないことにクルスの心中で決まった。

あとは、寝首をかかれないように『(とど)め』だ。


「真っ暗な夜に下手に動くと危ない上、街の門だってもう閉まってる。今日はこの辺で野営(キャンプ)にして、明日行動するけど……もしも……」


クルスは男を立ち上がらせて、引っ張って移動させる。

仲間の……いや、さっきまで仲間だった『食べ残し』の所まで。


「もしも変な真似をしたら、こうなるからね?」

「ひィッ!?」


フォルトゥナが食い荒らした、二人分の死体。

生きていた時の様子と今の凄惨さの落差(ギャップ)は、脅しとしては格別に効く。

見ていて気持ちがいいものではないが、ここは自分への戒めとして、あえてクルス自身も見るようにしていた。

フォルトゥナを制御できなければ、自分も同じ末路をたどるのだから。




野営を終えて、翌朝。

焚き火に当てて焼いた骨付き肉に、クルスはかじりついていた。


「はい、朝食。食べておかないとキツいよ」


片足の男にも、同じように焼けた骨付き肉を差し出す。

人間ならば誰でも、朝に限らず食事は重要だからだ。


「う、うひッ……これ……」


しかしそれを見ただけで、男の顔がまた恐怖でいっぱいになる。

これは。


「昨夜仕留めたばかりの狼の肉だから、大丈夫だよ。毛皮だって貸したでしょ?」

「ああ、あれの……へへッ……そういうことなら、いただきやす」


先に仕留めていた、二頭の狼の肉だった。

昨夜のフォルトゥナはごろつきの肉で満足してくれていたのと、まさか自分が人間の肉を食べたくはないのとで、フォルトゥナに与える予定だったものを自分たちの朝食に回した。

食べ終わったら、夜の寒さをしのいだ防寒具を……自分用の毛布や男に貸した狼の毛皮を《亜空間収納サブスペースストレージ》に片付けて、骨と焚き火の後始末をして、街へ向かう。

フォルトゥナは頭に乗せて甘やかすが、男には即席で切り出した木材を杖代わりにさせて、片足でも歩かせた。


「なんもかも見えねェ所にスッポリですかい……そりゃあ物盗(ものと)りもお手上げッすよ。いやあ、本当……兄さんにはかなわねェッすね」


『兄さん』と来た。

この男は今ではすっかり、クルスの舎弟になったつもりでいるようだ。


「兄さんってのは困るよ。ぼくはあなたの兄貴分になるわけじゃない」

「そうは言いやすが、名前も教えてもらえてやせんから……あ、俺はアーチって言いやす」


片足の男……アーチに対しては確かに、クルスはまだ名乗っていない。

しかし、どうしたものかと思い悩む。


「仕方ない、今は兄さんでいいや。通り名を考えておくよ。本名は聞かないでね」


素直に名乗って、例えば勇者一行の追跡を受けた時などに余計な情報(こと)を喋られても困るが、とはいえ名無しのままというのも不便だ。

こんな時のいい手は、少しの妥協と。


「余計なことまで知りたがったり喋りたがったりする人は、長生きしない……そう言えばフォルトゥナ、お腹空いてるだろ?」


遠回しな脅迫。

フォルトゥナを撫でて、腹具合を確かめる……その様子を見せるだけなのだが、それで充分。


「あわわ! き、聞きやせん! 首突っ込みやせん!」

「うん。そうして」


とりあえずこの件は先送りにしたものの、決して先送りできない件もある。

何しろ脅しでなく本当に、まだフォルトゥナに今日の朝食を与えていない!


「……キュ」


クルスはそう思い……内心では焦ってもいたが、フォルトゥナはあまり空腹ではないようだ。

周囲を見ると。


「……野ウサギ?」


野ウサギの死体がいくつも転がっていた。

乱暴に傷つけて仕留めて、食い散らかした感じの傷口。


「これは……フォルトゥナが?」

「キュ!」

「……すごいね」


どうやら、昨夜だけでフォルトゥナはすでに狩りを覚えたらしい。

完全に予想外の成長速度と知能だ。

賢いのは嬉しいが街の中で暴れられては困るので、魔物使いの技で意志疎通して、釘を刺しておく。


「すごいけど、これからは、ぼくが『いいよ』って言う時以外はやっちゃダメだよ。お腹が空いた時も勝手に食べないで教えてね」

「キュェー?」


気長にしつけて行こう。

改めて固く誓うクルスだった。




街に到着。

着くまでだけでも昼になってしまったので、手近な酒場で昼食を済ませてから職人に会いに行くことにした。

適当に注文して待っていると、クルスの装備が良くなさそうなのとアーチの片足がないのとで、他の客の中にはバカにした視線をよこしてくる者もいる。

さらに、そのうち一人の男がアーチと顔見知りのようで、気楽に話しかけてきた。


「よう、アーチ。何だそのザマ? いい気味だな」


あまり品のいい態度でも、友好的な態度でもない。

結局、この男もごろつき程度ということだ。

クルスは興味なさそうにしていたのだが。


「兄ちゃんよ、こんな奴に奢るくらいなら、見かけによらず持ってんだろ? 俺にも奢ってくれよ……あるだけなあ」


対象が自分となると話は別だ。

『また面倒なのが来た』と思いつつ、アーチに目配せで対処を促す。


「この兄さんはやめとけ。俺がなんで片足(こんなん)になってると思う? なんで片足にされても従ってると思う? 昨日まで元気だったハンスとランがなんで帰って来てねェと思う?」


こういう時こそ、舎弟となったアーチの出番だ。

ハンスとランというのはクルスが後で聞いてみたら、三人組だった時の残りの二人の名前だった。

どっちがハンスでどっちがランかは、もうどうでもいいというか、今さらどうしようもないというか、とにかく意味がないので聞かなかったが。


「おい、アーチ……まさかあいつら、もう……」

「そういうことだ。この兄さんはマジでヤベェんだよ」


アーチもアーチでやはりそういう生き方をしてきたごろつきだったので、心得ていた。

全部言って、丁寧に説明してしまっては逆にナメられる。

こういう時は『皆まで言わない』……断片的な情報から相手の想像力に任せるのがいい手だ。


「そうそう、いいね。これからもそんな感じで頼むよ。ここは奢るから」

「へい、ゴチになりやす」


アーチの顔見知りが引き下がって元の席に戻ったことで、満足してクルスは食事代を約束した。

喧嘩になるのは避けたいだけなのでおとなしくして、やって来た注文の品を次々と食べて行く二人と一匹。

こんな街中で『狩り』はさせられないので、フォルトゥナの分もここで注文して済ませる。


「あのアーチが……まるでパシリに……」

「あいつらを軽く返り討ちかよ……マジもんか、あの小僧」


アーチは素行こそ良くはなかったが、腕の方は確かだったらしい。

そのアーチが平身低頭、従順な手下となっていることで、間接的にクルスが『危ない奴』という印象で映る。

噂の種を蒔きながら昼食を済ませた後、いよいよ目的の工房へ。

中に入ると、いかにも憂鬱そうな店主らしき男が座っていた。


「いらっしゃ……お前! よくぬけぬけとここにまた来られたな……」


店主の対応が客に対するそれではない。

クルスは初めて来る工房なので『また』というのはやはりアーチのことだ。

前回来た時……クルスにかいつまんで話した『薬代のためにしぶしぶ……』という時におそらく相当横暴な、横柄な態度でいたのだろう。


「待ってくれ。俺は今日は、この兄さんに道案内をしただけだ。この兄さんが、あんたの腕前を見込んで……」

「何?」


クルスの方を見る店主。

この街に来てまだ二日目で初めて来る工房なので、クルスと店主は初対面だ。


「はい。このアーチから、あなたは曲がったことが嫌いで腕が立つ職人だと聞いて来ました。それと……奥さんがご病気だとか」


つとめて丁寧に接するクルスだが、店主は渋い顔。

妻が病床に臥せっていることまでアーチに喋られていたせいだった。

その表情のまま、半ば自棄(やけ)になった様子で重い口を開いた。


「あいつの……家内の病気を治す薬を作るには、ドラゴンの骨が……それを粉にした《龍骨粉(りゅうこっぷん)》が要るんだ。だが、ドラゴンに勝てる奴も、ドラゴンに勝ったところで骨まで持って帰って来る奴もいやしない。どうしても高値になる……いや、高値というより、まず市場に出回らん」


龍骨粉。

ドラゴンの骨を砕いて潰して、粉にした物。

普通は手に入らない代物だ。


「その龍骨粉以外の材料は、手に入るんですか?」

「ああ。他はありふれた材料や、少々値が張る程度の材料だけで、もう揃えてあって薬屋に取り置きを頼んであるが……どうしても龍骨粉だけは……」


……普通は。

しかし今回ばかりは、クルスが抱える事情も、抱える素材も『普通』では済まない。


「これを見てください。ぼくが加工をお願いしたい素材ですが」


クルスは得意の亜空間収納から、加工を依頼したい骨を取り出す。

そう。

覇王魔龍の骨を。


「おい、これはまさか……ドラゴンの……!?」


店主の表情が、絶望から驚愕に変わる。

追い求めていた薬の材料の、そのまた材料が、すぐ目の前にある。


「手に取って、確かめてください。これが防具に使えるなら……」

「『使える』なんてもんじゃない! 俺も素材に関してなら《鑑定》できるから、わかる……間違いなく、ドラゴンの骨だ! しかも、初めて見るほど上質な、強いドラゴンの骨……」


これには当然、居合わせたアーチも驚く。

この街に来たばかりの、しかも見るからに安物の防具しか着けていないクルスがそんな素材を持っているなどと、想像できるはずもない。


「ぼくは『加工をお願いしたい』と言いました。加工ということは、この骨を切ったり削ったりするということですよね。その時にはどうしても削りカスが……」

「この骨の削りカス、ということは……龍骨粉!」


クルスは黙って頷く。

加工の際の切れ端や削りカスの使い道まではさすがに思い浮かばず、秘密を守るために始末に悩んでいたほどだ。

それで店主の妻に必要な薬の問題が解決して話が済むなら、こんなに楽なことはない。


「むしろこちらから頼……っ、いや、どうかお願いします! やらせてください!」

「やっぱ兄さん、マジですげェッすね! ただもんじゃねェや!」


どんな珍しい素材が要るものかと内心では肝を冷やしていたクルスだったが、なんと手持ちの素材で、しかもその場で済んだということで、店主とアーチの二人から尊敬を集めてしまう。

いつも通りなのは、それこそフォルトゥナだけだ。


「んー……やっぱり、きみと出会ってから幸運(ラッキー)になったのかな? ありがとう、フォルトゥナ」

「キュエ♪」


フォルトゥナを撫でる。

スキンシップに慣れさせながら、意志疎通で感謝の気持ちを伝えた。

こういう日頃の触れ合いも、魔物使いには大事だ。


「まずは一回分か二回分だけでも粉を取って、薬屋に調合を頼みましょう。薬ができてからの方が、ご主人も安心でしょうから」

「ええ、これで家内が助かります。ありがとうございます!」


工房の道具で軽く削って魔龍の骨の粉を作ったら、今日は店じまいして三人で薬屋へ。

薬屋に着いて粉を見せると、やはり薬屋の主人も驚くばかりだった。


「ぼくはこのお店も初めてなんですけど……調合のお代って、いくらします?」

「いやいや、この粉の残りをいただけるというお話なのに、調合代なんてとんでもないことですよ。むしろこちらが大金を積むべき貴重な素材なんですから」

「でしたら、あちらのご主人が奥さんに飲ませてあげたい薬は、しばらく使い放題ということで」

「はい、それでよろしければ喜んで」


薬の調合までは詳しくないクルスは、持ち込んだ粉が『余るかもしれない』と薬屋から聞かされた。

『龍骨粉が余る』などという出来事は、もちろん薬屋にしても初めてだったが。

ともあれ、これで店主の妻の《治療》が始められる。


「ティモシーさんもよかったですね。これならきっと、アデルさんも治りますよ」

「あ、そう言えば、名前か……」

「失礼しました! 恩人のあなたに名乗りもしないで!」


薬屋の口から出た、ティモシーとアデルという名前。

それが工房の夫妻の名前だった。


「しまったな……ぼくの方がちょっと、名乗れないんですよ。いや、誓ってぼくは、悪事を働いてこの骨を手に入れたわけじゃありませんけど」

事情(わけ)ありなんですね。わかりました。しつこくは聞きません」


通り名を考えておくのを忘れていたため、まだ名無しで通すことになった。

クルスはまだ、いいものが思い浮かばずにいた。




場所は少し戻って、そう大きくはない農村。

覇王魔龍がその生涯を閉じた『終わりの場所』にして、クルスがフォルトゥナと出会った『始まりの場所』だ。


「たまたま通りかかった旅の商人が、地面についた血以外は全部片付けたって言うの? あのバカでかいドラゴンを? 本当に?」


飛び去った覇王魔龍の行方を追ってやって来た勇者一行が、村人を集めて話を聞いていた。

語られたその顛末を、タリーは信じられないと言った様子だ。


「そんなに運べるような大きい商隊(キャラバン)なんか、通ったの?」

「もしもクルスくんだったらできることよ。あの魔剣で細かく切って、亜空間収納にしまえばいいもの、ネ」


タリーは不思議に思ったが、ミウは落ち着いてその結論にたどり着いた。

だいたいは間違っていない。


「あいつ! 魔剣をよこさないだけじゃなく、ドラゴンの素材をまるごと横取りかよ!」


憤慨するのはジンだ。

クルスが抜けてから、どうにもあれこれ思い通りにいかない。


「横取り? それは違うだろう。あの戦いで傷を負わせたのは確かに私たちだが、飛び立たれて取り逃がした時点で『私たちの獲物』とまでは、必ずしも言い切れん」


ルイスは冷静なまま、正論をぶつける。

『自分たちの獲物』だと主張したいなら、最後まで自分たちの力で仕留めて、自分たちの手で確保するべきだった。

それができなかったのだから『横取り』という言い分は通用しない。


「で、その『商人』はドラゴンをバラした後、金貨でこの村の酒を樽で買って、目玉や心臓なんかを漬けて運んだと……その金貨を見せてくれないか? 奪いはしない。見せてくれるだけでいいんだ」


そして、村人たちの口が重いように感じたルイスは、手がかりを別な方向に求める。

村長が預っていた金貨が、しぶしぶながら取り出された。

その金貨に描かれた肖像には。


「……これがなければ、わしらは税を納められず、生活もできんのです。どうか……」

「わかっている。見せてほしいだけだ」


どれにも顔がない。

そこだけを熱で溶かして、顔を潰してある。


「ありがとう。よく『わかった』よ」

「……まさか、偽金貨なんですか!?」

「そうじゃないさ。ちゃんと使える本物の金貨だから、心配ない」


偽金貨をつかまされたかと慌てた村長だったが、その可能性を否定するルイス。

それは彼女にとって、見覚えのある金貨だったからだ。


「北門から道沿いに行くと、ここより大きい街があると」

「はい、徴税の役人も、必ずその道から来ます。旅のお方もそちらの道へ」


クルスらしき人物の足取りがつかめた。

急いで後を追いたい上に、この農村には宿らしい宿もない。

勇者一行はそのまま、北門を出た。


「あの金貨で何がわかったのよ?」

「ってか、なんで肖像が顔なしなんだ。あんなの使えんのかよ?」


タリーとジンには意味がわからず、ルイスの自信満々な態度の根拠も謎のままだ。

全員で道なりに歩きながら、ルイスが『やれやれ』という顔で説明を始める。


「まさか知らんのか?……まあ、お前たちは運搬から換金まで全部クルスに任せきりだったからな。あれはきちんと公式に、皇帝のお触れがあって顔なしなんだ」

「あ……もしかして《破壊命令デストラクションオーダー》で?」


破壊命令という言葉を、ミウが口にする。

ルイスは頷き、話を続けた。


「この国に入る前に通った南方の帝国で、新しい皇帝が即位したのはつい最近のことだろう? で、その皇帝が命令したんだ。『あらゆる品物から、前の皇帝の名前が書かれた部分や顔が描かれた部分を壊したり潰したりして、消せ』とな。前の皇帝は今の皇帝からしたら実の兄だが、王権をめぐって争い、憎み合っていた。その憎い相手の記憶を、人々の間から消すために」


それが破壊命令の内容。

物を壊すのは部分的でも、それらに刻まれた名と姿が忘れ去られれば、物が残っていても思い出されなくなる。

そうすることで二度と思い出されることがなくなるように『記憶を壊す』ための政策だった。


「私もその時、自分の取り分をそこの通貨にいくらか換金したからな。持っているぞ」


ルイスが金貨を取り出すと、さっき村で見たものと同じ。

顔がない、誰ともわからない肖像だった。


「……ってことは!」

「あそこでドラゴンをバラして、酒樽を買って村に金を落としたのは、クルスで間違いないだろう。手口は、ミウがさっき言ってた通りだろうな」

「決まり、ネ」

「追うぞ!」


ルイスが得た確信が全員に伝わり、四人の行き先が決まる。

クルスの後を追って、一行は歩いた。




後を追われることは、クルスとしても当然予想していた。

防御を固めるためだけでなく身元を隠すためにも、見た目をがらりと変えてしまいたい。

そこで工房の店主、ティモシーに全身分を改めて《依頼》した中で最初に作らせたのは。


仮面(マスク)……着けた感じはどうです?」

「いいですね。着けてみて痛くないのはもちろん、視界もなるべく狭くならないように工夫されてる」


仮面だった。

飲食が面倒になるので口元は出しているが、額から目元、鼻先まで隠して人相がわからないようにしている。

そして意匠(デザイン)は角を生やした感じで刺々しく、攻撃的な印象だ。


「あの一本だけじゃなくて、小骨まで持ってたんすね……」

「それはまあ、全身残らずもらったから」

「ぜ、ん……マジッすか!?」


そして、これも素材は魔龍の骨。

今後もまだ使うであろう龍骨粉をとりあえず追加で取るのと、武器や防具の素材としては使いにくい小骨の使い道をどうするかとで、利害の一致もあって惜しまず使った。


「それを売りに出しゃ、もう億万長者になれるんじゃ……いや、どうやっても足がつくか……」

「そういうこと」


アーチは一瞬だけ一攫千金を夢見たが、すぐにその浅い考えを頭から追い出した。

希少な素材ではあるが、むしろあまりにも希少すぎる。

出処をたどられたくないと思っても無理だろう。

誰もが欲しがり、非合法な手段を辞さない者もすぐに現れる。

そんな危険な品は、商材としては盗品以上に危険だ。


「なので、ティモシーさんは皮の切れ端などについても厳重な管理をお願いします。持ち込んでおいて言うのもあれなんですが、この素材の価値はぼくが思っていた以上に、人を狂わせるかも」


そして、切れ端が工房に残っているだけでも、それが狙われることも充分にありえる。

皮については裁断を最優先で済ませて、すぐに切れ端を回収することにした。


「全身分ですから、時間だけはどうしてもかかってしまいます。本当に申し訳ないのですが」

「それは仕方ないことです。焦って失敗されるくらいなら、ゆっくり待ちますよ」


予想される追手は、もしも出くわしたらとりあえず仮面でやり過ごそう。

仮面以外にも、装備を見直す。


「出来上がるまではどうするかな……」

「それならあいつらから剥ぎ取ったやつを……あいつらのことはもう、しょうがねェんで……使ってくだせェ」

「なるほど、あいつらを返り討ちにしたから持ってるんですね。どうぞそのまま、お持ちください」


アーチの仲間だった、ハンスとランが着けていた防具。

ティモシーも事情を察して、返せとは言わない。

そして実用面でも、強獣の素材をティモシーの腕で加工されてできた品だから、実は非凡な防御力を持つのだ。

ただ……どうしても魔龍素材とは比べ物にならないだけのことで。


「いくらなんでも、その安い胸当てだけじゃあナメられちまいやすぜ」

「それは『ナメてかかってきた本人』がそう言うんだから、間違いないね」

「……兄さんにはかなわねェや」


とはいえ、服が変わらないのでは意味がない。

用意しておいた新しい服に着替えて、それから装備を付け替えた。

体型に合わせた調節についてもよく考えられた構造なので、問題なく装備できる。

当面はこれでもやっていけるくらいだ。


「その胸当てはどうします? 正直、そんな程度ではうちでも商品として見られませんが」

「大丈夫です。使い道はきっとありますから」


今までの服と胸当てを捨てずに亜空間収納に入れて、クルスは自分に改めて言い聞かせる。

あらゆる可能性を考えろ。

フォルトゥナの能力と制御が未知数な今は、先読みこそが最大の武器だ。

「記憶を壊す政策」というのは、実際に古代ローマで「ダムナティオ・メモリアエ」というのがありました。

使い捨ての雑魚のつもりだったアーチが、意外と使えるキャラになってきたかもしれません。

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