問題は夜襲のあとで
序盤ということで、どうしても説明的かなとは思いますが、ご容赦ください。
「はー、ひどい目に遭ったわ……まったく、あの落ちこぼれのせいで!」
タリー。
癖のある黒髪と褐色の肌を持つ、異国から流れて来た自由人にして《魔法使い》の女性。
様々な属性の強力な攻撃呪文を、何種類も使い分けて戦う。
「まさかクルスくんが、あそこまでやるなんて……ネ」
ミウ。
真っ直ぐな長い銀髪が人目を引く、言い聞かせるような『ネ』という語尾が口癖の《女僧侶》。
回復や治療、補助効果といった、教会で修得した神聖属性の呪文が得意。
「だが話を聞くに、お前たちも悪いと思うぞ。クルスの扱いが悪すぎたからだ」
ルイス。
赤茶色の髪を短く切った《剣士》の女性。
相手の隙を見抜く眼力と、その隙を素早く狙う手数が自慢で、騎士見習いとして経験を多く積んでいる。
「なんでだよ! あんな、ろくに戦えない役立たずが!」
そして、ジン。
この金髪の少年こそが大きな運命を背負う《勇者》であり、その証の《勇者輪》から湧き出る膨大な魔力で向かうところ敵なし。
この四人は、今。
「役立たず? この宝の山を見て、まだそんな風に思うのか?」
《覇王魔龍》が持っていた財宝の数々を前に、困り果てている。
加えて、クルスがばらまいたものをどうにか拾い集めた、これまでの戦利品である財宝の数々。
山中に放置もできないそれらをなんとか一ヶ所にまとめて、覇王魔龍との戦いの後にこの広大な洞窟に……魔龍がねぐらとしていた洞窟の中に運び入れた。
しかし、クルスを欠いた上に魔龍との戦いで疲弊した一行では、それらを合わせて山と積まれた財宝の圧倒的な物量をこれ以上運ぶことができず、ひとまとめにするのがせいぜい。
行き止まりの部屋で、進行方向という意味ではなく精神的な意味で行き詰まっていた。
「今まではクルスが《亜空間収納》で保管してくれていたから、こういう貴重品だって量も重さも安全面も、何も考えずに運んでもらえていたんだ。それをお前たちときたら……」
自分が寝ていた間に勝手に話を進められたルイスは、怒りを通り越してほとほと呆れ返っている。
クルスが抜けた穴は大きい。
大きいが、これらの財宝を入れれば埋まるという部類の穴ではない。
「それに、私たちだけでは何がどういうものか、どれに魔法がかかっているか、いないか、呪われた品はないか……それもわからん。クルスの《鑑定》なしでは、な」
彼が持つ亜空間収納の『穴』でもなければ、現にこの財宝の山を運び出すこともできない。
同時に、彼の鑑定によって品物が持つ価値を把握できなければ、運んで売りに出したとしても老獪な商人には不当に安く買い叩かれてしまうかもしれない。
そういう実利の面に開いた大穴だ。
「これに懲りたら、何でもクルスに任せきりだった自分たちの態度を悔い改めるんだな。特に、ミウ」
「は、はい!?」
ルイスは突如として、ミウを名指しする。
驚いたミウの返事は上ずった声で飛び出た。
「『悔い改めろ』は、僧侶たちの決まり文句だろう。お前がまず気をつけなくてどうする。緩んでるぞ」
「はぅ……すいません……」
ルイスが分析するに、ミウには主体性が不足している。
良く言えば控え目とも取れるが、悪く言えば腰巾着。
その主体性の不足が、クルスとジンの対立を止められなかった原因のひとつだ。
「何、あんた……さっきからやたら、クルスに肩入れしてさあ……あ、もしかして。あんなのに惚れてんの?」
「お前の頭の中はそんな話ばかりか、タリー」
次にタリーを分析して思うのは、緊迫感の欠如。
気分屋で楽天的なその性格は、この状況においては悪い方にしか働かない。
「もっと現実的に考えろ。この量を……誰がどうやって運ぶ? 運び出すまで外敵からどうやって守る? 人を雇うとしたら何人要る? そいつらにいくら払う? 運んだら誰に売る? いくらで売る? 私たちはこれから、そういう問題を解決しないといけないんだ……クルス抜きで、な」
「ううっ……それは……そうだけど」
今述べた諸問題が色恋沙汰で片がつくなら苦労はしない。
しかし、今はそんな話をしても事態は何も進展しない。
それこそ『役立たず』だ。
「まあ、落ち着けって……何かうまい方法がきっとあるさ。な?」
「私は落ち着いてる。それに、楽な方法ならひとつあるぞ」
ジンはあくまでも、クルスがいなくても大丈夫とばかりに振る舞う。
ルイスに話しかけて来るのはいいが、やけに距離が近く、しかも肩に手をかけてくる。
その手を退かせながら、ルイスは続けた。
「全部諦めて、置いて行けばいい。運ぶ手間も苦労も、取り分での争いもなく、今すぐ解決だ」
「んなっ!? そんなわけに行くかよ!」
そしてジンを分析すれば……あまりにも欲望のままに動きすぎる、理性的な判断力の欠落。
財宝は運べないのに諦めようとしない、クルスが持つ剣が自分の剣よりずっと良い物だとわかると欲しがる、そんな物欲や、食べたり寝たりといった欲求、そして。
「それと、この際だから言っておくぞ、ジン。お前はクルスを……自分以外の男を追い出せてよかったと思っているかもしれんが、私はお前にはなびかん」
連れて行く仲間をできるだけ女性で固める、性欲。
身ひとつで成り上がりたいタリーも、教会から推薦されたミウも、王宮から寄越されたルイスも、見目麗しい若い女性ということでジンは深く考えも疑いもせずに連れ歩いては、その環境に浮かれている。
しかしそれは『勇者という立場』のジンに取り入りたい、タリー自身と教会と王宮の思惑。
そういった『裏側』に無頓着なまま鼻の下を伸ばすジンに、ルイスは利害関係以上の感情を持てない。
「まあ、全員言い争いはもうたくさんだろうから、ここは妥協案を出そうか」
馴れ馴れしく近づいたジンから距離を取って、ルイスは懐から小さなお守りを取り出した。
青い宝石が嵌まっていて、見た目にも美しい。
「これはクルスが鑑定して『緊急時に使えるから』と、売らずに残していてくれた魔法の品でな」
全員で行き止まりの部屋から出たのを確かめてから、ルイスはお守りの秘められた力を開放した。
お守りを中心に光の壁が立ち、部屋に入れなくなる。
「あらかじめ決めた合言葉を唱えなければ、この光の壁は消えないんだそうだ。便利だな」
「なるほど。これで誰も入れなくすれば、とりあえず安心です。ネ」
誰も部屋に入れないということは、誰も財宝に手出しができないということ。
他の者に横取りされる危険を防いで、問題を先送りにできる……という意味では、確かに『妥協案』と言えた。
「ここにいる四人なら誰でも開けられるよう、合言葉は教えておく。『クルスくん、ごめんなさい!』にしたぞ」
「はぁー!? 何それ!? 嫌よ!」
そしてルイスは、自分だけが財宝を独占するつもりはないことを明らかにするため、合言葉を公表した。
しかし、タリーが明らかに不快感を示す。
「開閉だけなら制限はないが、合言葉を変えるやり方は今のところない」
「『今のところ』ってことは、本当はあるんですよ……ネ?」
ミウは『今のところ』という部分に着目した。
本当は合言葉を変えられるのではないかと。
「合言葉をこっそり変えて、オレたちを出し抜くつもりじゃないだろうな!?」
「違う。と言うより、できん」
取り分が原因で発生したクルスとの喧嘩別れもつい最近のことなのに、もうこれだ。
ジンはすっかり、目の前の財宝に目がくらんでしまっている。
「私も、合言葉の変え方をまだ聞いてないんだ。変え方はちゃんとあるそうだが、クルスにしかわからん」
ここでまた、クルスがどれだけ役に立つかが判明することにもなった。
ただ魔法の品かどうかを鑑定する能力だけでなく、その使い方を完全に解き明かせる能力もまた、この中の誰にもなく、クルスにしかない。
「くっ……またクルスか……」
ともあれ、財宝については諦めるとか奪われるとかの可能性は限りなく低くできた。
運搬の手段もない一行は、今日はここで野営として、下山のために疲れを取ることに努めた。
「ラララ♪ 夜明けの夢に♪」
「キュゥ、キュゥ♪」
「光を集めて♪」
「キュッ、キュゥ♪」
歌いながら街道筋を行く、一人と一匹。
代々続く《魔物使い》の家系に生まれて技を磨きながらも、その素質を覇王魔龍に見定められるまではどんな魔物とも契約できずにいた、アルバ子爵家の長男、クルス・アルバと。
「うまいぞ、フォルトゥナ。きみは本当にすごいよ」
「キューッ♪」
今は小さく弱い雛の、フォルトゥナ。
覇王魔龍の遺児であり、魔物使いの《契約》で結ばれたクルスの相棒、クルスの兄弟。
「あいつらにばらまかなかったお金もたくさん。素材も本人のお墨付きで、使ってもよし、売ってもよし。将来は明るいぞ!」
かさばる物も金目の物も、他人は手出しできない亜空間収納の中。
父親譲りで姉と同じ紫色の髪をやや長めに伸ばして、その頭にはフォルトゥナを乗せる。
先行きの不安もほとんどなく。
「しばらくはきみが成長するのを助けながら、ゆっくりのんびり、旅をして行くからね」
「キュッキュ?」
『使役して戦わせる魔物としては、フォルトゥナはまだ弱すぎる』という問題を時間が解決してくれるまで、自分とフォルトゥナを鍛えながらものんびり過ごすと、クルスは決めていた。
(その間に……いい職人を見つけないと)
もちろん、もしもの時の備えも忘れない。
素材ごとの性質をよく理解して正しく取り扱い、それらを的確に加工できる腕があり、口が堅く秘密を漏らさず、欲深くない職人。
そういう職人を見つけて、魔龍の素材を使った装備を作らせることを思いついた。
(一人旅に……いや、フォルトゥナと二人旅か……とにかく、ここ最近になってから見た中では……そこまでの腕はなさそうな人か、性格に問題がありそうな人ばっかりだったからね)
意地になって死守した『黒い魔剣』はまだ手中にあるものの、実のところはこれは入手の時点において『魔物使いとして魔物と契約できない自分は、こうでもしなければ今後は戦えない』と思ったから欲しかっただけのもの。
しかし《龍血使い》となった今は、フォルトゥナを無事に、強く育て上げればいい。
そうなった後にもまだジンが魔剣を求めるなら、譲ってしまってもいいとさえ考えていた。
魔龍の素材で爪の剣や牙の短剣が作れれば、それこそ魔剣にこだわる必要はない。
また、防具に関しては正直なところ、すぐにでも買い換えたいほど心もとない状態だ。
今の服装は、防具は軽い胸当てだけ、それ以外は厚手の服とその上に外套程度という様子で、防御力に難がある。
ジンたちから軽視されていたために、旅の間の収入をそう多くは分けてもらえなかった、というのが原因だ。
(ドラゴンの……それも覇王魔龍の素材を使って作るなんて、余った切れ端や欠片を残して行くだけでも大騒ぎになって、目立っちゃうし)
とはいえ、簡単に手に入れられる素材でもなければ、誰にでも任せられる素材でもない。
なにしろ素材の提供元は『先代の魔王』だ。
希少さも強靭さも他に類を見ない、優れた装備を求める者なら誰もが欲しがるほどの、超最上級激レア素材。
(下手な職人に任せて失敗作にされたら、目も当てられないし)
素材の存在をみだりに知られることと、きちんとした装備を作れずにその素材を無駄にされることは、いずれ劣らぬ恐怖だ。
まず、腕の悪い職人は問題外。
かと言って、腕が良くても口が軽く、秘密をべらべらと喋ってしまう職人もダメ。
そして、欲が深い者も避けたい。
職人としての報酬を惜しむつもりはないが、欲が深い者は金品に釣られて、結局は口が軽くなる。
良い装備を得て身体を守りたいだけでなく、素材を持っていること自体を隠して秘密を守りたいクルスにとって、それが悩みではあった。
(誓って、秘密を漏らさない人じゃないと)
そう考えながら歩いて、昼過ぎ。
次の街に着いたクルスは、まず職人を探した。
何軒かある工房のひとつに入り、並べられている展示品を鑑定してみる。
「うーん……? いや……」
少し見ただけでわかる。
あまりいい出来映えではない。
見た目だけはまあまあ悪くないが、強度が不足していたり、精度が甘かったりと、どうにも満足できない。
そもそもクルスが持っている素材は骨と皮と爪と牙なので、皮鎧はともかく鉄剣は見ても参考にならない、というのもあった。
「むしろ……他の人が着てるやつを見た方が……?」
工房を出て、次は酒場を探す。
自分以外の旅人の装備を見て、参考にする作戦に出た。
ジンたち勇者一行は、クルスに交渉と換金をさせて得た収入をろくにクルスに分け与えない一方で、自分たちの装備品については金に糸目をつけず、常に良い装備を使いながらまめに買い換えてもいた。
命は買い換えられないのだから、あれはあれで正しいと言えば正しいやり方ではあるが、端から見て参考になるやり方ではない。
子爵家長男とか勇者一行とかの『特別』な立場でない人々、どこにでもいる『普通』の立場の人々から学ばなくてはいけない。
「いらっしゃい!」
土地勘のない初めての街で、初めての酒場で、遅めの昼食。
フォルトゥナのことは見られないように、外套で隠して懐に入れて、酒場に入る。
席に着いて、安い定食と少しの燻製肉を頼んで一休み。
ここに集まる他の客は、いわゆる冒険者。
旅慣れしているだけでなく、魔物との戦闘にも慣れた者ばかりだ。
鑑定とまでは行かないまでも軽く眺めてみると、防具は……
「やっぱり、いいの着けてるなあ……おっ、あの人の鎧《魔銀》製……でも……」
……さすがに、魔物の骨を素材にしている者はいなかった。
よほど強い魔物でもなければ、金属で作った防具より強い骨は取れない。
それ以外の用途を考えたところで、亜空間収納がない普通の人々には骨まで持ち帰る旨味はない、という理由もあるだろう。
必然、取れやすい魔物の皮や一般的な金属で作った防具ばかりだ。
そういう感じで他の客の装備を見ているうちに、頼んだ食事がやって来た。
自分は定食を食べながら、懐のフォルトゥナには燻製肉を。
「キュエ、キュエ」【おいしい おいしい】
「静かにね、フォルトゥナ」
育ち盛りのフォルトゥナは味に不満はないようだが、量についてはこの程度では満足できない様子だ。
食べさせて行く餌……その食費が問題として浮上しかかった。
しかし、当分は暮らして行ける金銭がある上に、雑食であるドラゴンならば野生動物でも魔物でも適当に狩って与えれば事足りるはずで、今は無理でも、大きくなれば丸呑みだってできるようになるはずだ。
そうなれば金銭の支出だけでなく、解体する手間をも省くことができる。
魔龍素材を任せられる職人を見つけて、それによる防具の作成を依頼するという難題に比べれば、些事と思えた。
「ごちそうさまでした」
「キューゥ?」【もうないの?】
「はいはい、街の外で何か探そうね」
定食と燻製肉の代金をきちんと支払い、酒場を出た。
食べ足りない上に窮屈そうな様子のフォルトゥナを懐から出させて、また頭に乗せる。
今のところは金に困る旅路ではないが、この分ならフォルトゥナに与える餌を調達するには、いちいち金銭で買うより外で狩りをした方がいいだろう。
安上がりだからというだけではない。
フォルトゥナのことは単に育てて可愛がるだけでなく、どこに出しても戦える魔物として、強く立派に鍛えたい。
ならば早いうちから狩りを教えることで、戦いに慣れさせることも大事だ。
餌は金銭で買えても、狩りの経験や胆力は金銭では買えない。
生家で受けた魔物使いの教育内容からその結論に至ったクルスは、街の外に出て弱めの獣か魔物でフォルトゥナに狩りを教えることに決めた。
フォルトゥナを頭に乗せて、クルスは街の出入口に向かって歩く。
しかし。
「……やっぱり目立つ、かな?」
「キュ?」
懐に入れていないと、フォルトゥナがどうにも注目を集めている気がする。
言わなければドラゴンの雛とはわからないかもしれないが、謎の小動物と捉えた人々の目には珍しく映るだろう。
これは仕方ないかと諦めながら、日が傾いて杏色がつき始めた門をくぐった。
さて、狩りを教えると言っても、フォルトゥナはまだ生まれたばかり。
そこで最初は、実際に獲物を狩るのはクルスが様子を見せるだけに留める。
それから、狩った獲物を解体してフォルトゥナに肉を食べさせて、満足させて『餌付け』した後に残った骨を使って遊ばせる形で擬似的な体験をさせる。
そして体ができてきたら、実際に狩りをさせる。
これは生家での勉強中に父の書斎から借りて読んだ手引き書にも書いてあったやり方で、実際に父もそうして幼生から魔物を育てたことがあったとも聞いている、実績のあるやり方だ。
それなら自分も同じようにすれば、まず間違いはないだろう。
「何かいないかなー、っと」
もう日も落ちた。
勇者一行にばらまかなかった魔法の品々の中から灯りを選んで、闇夜を照らす。
それを提げつつ少し歩いているとすぐ、野生の狼に出会った。
数は二頭。
「おお、いいね。ちょうどいい」
十頭以上の群れならともかく、二頭だけなら好都合。
狼たちはクルスたちを襲うつもりでも、むしろ襲いたいのはクルスの方だ。
ここは亜空間収納から取り出した黒い魔剣を振るい、二頭とも軽く返り討ちにする。
勇者一行としては凶悪で大きな魔物とも、個々の凶悪さはそれほどでもなくても数が多い魔物の群れとも戦ってきた。
その経験からすれば、狼二頭程度はどうということはない。
「まあ、襲ってきたのはむしろ狼たちの方なんだから、仕方ないよね」
黒い魔剣と入れ換えて、戦闘用ではない野営用の短剣を持つ。
まずは狼の毛皮を剥いだ。
続けて解体して、肉は骨つきの生のままでフォルトゥナに……と思いきや。
「キューァ!」
これまで聞いたことのない鳴き声を上げて、フォルトゥナが遠くを威嚇している。
灯りをかざしてフォルトゥナと一緒の方向を見ると、また何かが近づいてくる輪郭がクルスの目にも見えた。
今度は……人間だ。
「よう。街で見かけてたが、珍しい魔物に、魔法の灯り……小僧、いいもん持ってんじゃねェか」
数は三人。
まだ年若いクルスを露骨に見下した薄ら笑いを三人が三人とも浮かべて、手にはそれぞれ、剣、手斧、棍棒を持ったごろつきども。
後はもう説明されなくてもいい。
これは《夜襲》だ。
「いいでしょ、あげないよ」
こういう手合いも、勇者一行との旅では出くわしたことがある。
黒い魔剣の力に頼ってもよければ、三人程度なら倒せるだろう。
ただし、問題はフォルトゥナの方にある。
生まれたばかりの雛に戦闘能力は期待できない。
奴らが狙う標的として、捕まえられて連れ去られたら大変だ。
黒く小さい体は夜の闇に隠れるのに有利ではあるから、今は回避に専念させるか。
「黙ってよこしゃあいいんだよッ!」
手斧を持った奴が、最初に飛びかかってきた。
クルスは灯りをその場に投げ、低く屈んで迎撃の姿勢を取り、踏み込んできた右足、脛あたりを狙って魔剣を振るう。
あっさりと通りすぎた魔剣の黒い刃は、簡単にそこから上下を切り離した。
「うッ、ぎゃあああッ!」
斬られた右足の激痛と喪失で立てなくなった奴が、手斧を取り落として倒れる。
まずは一人。
残る二人が予想外の素早い反撃に驚きの声を上げる。
「うおぉ!?」
「こいつ、やる!?」
落ちた手斧を素早く拾って棍棒を持った奴に投げつつ、剣を持った奴に向かうクルス。
おそらく手斧と棍棒から出た衝突音を背に受けて、距離を詰めたら、また低く屈んだ姿勢に。
構えを取って、そこから上に斬る。
「てめ、ぇ!……ぉ……」
右の脇腹から左の肩口へ。
防具もろとも斜めに切り離された上半身が、ずるりと滑り落ちた。
これで二人。
魔剣の力と今までの戦いの経験を活かせば、このくらいの立ち回りはお手の物だ。
あとは棍棒の……
「捕まえたぜ! こいつ!」
……棍棒を持っていない。
最後の一人は、思い切って捨てたのかあるいはさっきの手斧のせいで落としたのかはわからないが、とにかく棍棒ではなく。
両手でフォルトゥナを捕まえていた。
(……しまった!)
クルスはせめて、口で『しまった!』と言わないように気をつけて、そちらへ魔剣を向けた。
いつでも斬れるように狙いながら威圧して、フォルトゥナの解放を迫る。
「う、動くんじゃねぇ! こいつがどうなってもいいのか!」
ごろつきの口からは、ありきたりな脅し文句しか出てこない。
あっという間に二人の仲間をやられて、気が動転している。
「こいつを放してほしけりゃ、そのヤバそうな剣を……あ?」
「イイイィィィ……」
そんな脅し文句に割り込んだのは、他でもないフォルトゥナ自身。
高い声を漏らしながら、深く息を吸い込んで。
「アァ!」
一閃。
フォルトゥナの口から、深紫色の鈍い光が走った。
ぐらりと後ろに倒れるごろつきに慌ててクルスが駆け寄ると、その体には。
「うっ……!? これを、フォルトゥナが……?」
「キュ!」
もう、頭がない。
線を引いて切り取ったかのように、首から上が跡形もなく消え失せていた。
あの光に呑まれて消し飛ばされたのだと悟って、さすがにクルスでも戦慄してしまう。
当のフォルトゥナは涼しい顔。
「ひ、ひィ!?!?」
低い位置から悲鳴が聞こえた。
最初に足を切り落とした、手斧のごろつきだ。
こいつだけはまだ命がある。
起き上がれない様子なので、クルスの方から近寄る。
「たッ、助けてくだせえェ!」
なんとも情けない声だが、無理もない。
『弱そうな装備の小僧と、珍しげな小動物』と思って舐めてかかった相手にあっさり右足を切り落とされたばかりか、仲間の二人もあっさり殺された。
当然、次は自分が殺されるとしか思えない。
「落ち着いて。ぼくの言う通りにできるなら、殺さない」
「はッ、はひいィ」
ぐしゃぐしゃの泣き顔で鼻水を垂らして、命乞い。
最初の威勢も敵意もまるきり消えてしまっていた。
それこそ、フォルトゥナにやられた奴が吹き飛ばされた頭のように……欠片も残らず。
「あなたたちはぼくを殺そうとした。でも、ぼくはあなたの命だけは助けてもいい。相応の働きをするなら、だけど」
「な……何でも、しやす……ひひッ……」
斬った右足の血止めをして、近くに立っている木から太めの枝を選び……
選び……
……選び……
「ちぇ、ダメか。即席のでいいやと思ったけど」
……選んでも、求める強さと十分な太さの枝がなかった。
仕方なくクルスは木ごと斬り倒して、薪割りのような感覚で棒を切り出す。
魔剣の力を、わざとごろつきに見せびらかしながら。
「あ、あわわ……」
とんでもない相手に手を出してしまった。
その恐怖で震え上がるこの男は、もはやごろつきとは思えなくなるほどに弱り切っていた。
「はい、これ。街に帰るまでの杖にして」
薪と言うにはまだ長い木の棒は、即席の杖。
右足を失っても自分で歩け。
歩いて帰って、相応の働きをしろ。
そういう意思表示の品でもあった。
「さて、まずは……ああっ!?」
すっかり忘れて、気を抜いてしまっていた。
フォルトゥナがいる方から、ぐちゃぐちゃと嫌な音がする!
「フォルトゥナ! ダメだ! それは!」
ごろつきを返り討ちにして『フォルトゥナに何かをされる危険』を排除した安心感と、フォルトゥナと契約してまだ日が浅いことと、龍血使いとなったばかりで経験が少ないこととで『フォルトゥナに待てと命令すること』を……
言い換えれば『フォルトゥナが何かをしてしまう危険』を忘れてしまっていた。
しかし、もう遅い。
ごろつきたちの死体が。
「キュエ、キュエ」【おいしい おいしい】
「やめろ! フォルトゥナ!」
フォルトゥナに食べられていた。
街での薫製肉だけではとても足りなかった上に、毛皮を剥いでこれから解体という所だった狼の肉は、邪魔をされて食べそびれていたのだ。
クルスが止める声も聞かず、フォルトゥナはひたすら食べ続ける。
「くっ……こうなったら! 《禁止指令》!」
魔物使いの契約が持つ強制力で、無理にでもフォルトゥナを止めようとするクルス。
しかし、フォルトゥナはそれを意に介さず、一向に食事をやめようともしない。
クルスからの命令よりも、本能からの食欲が完全に優先してしまっていた。
「この食欲に……さっきのあれは……《息吹》……」
制御不能。
覇王魔龍の遺児は、その食い意地と共に無惨な死体と、そして恐るべき危険性を、まざまざとクルスに見せつける。
「ぼくはもしかして……大変な《運命》と契約してしまったのか……!?」
思えば、このフォルトゥナは生まれた初日には自分が入っていた卵の殻だけでなく、親である魔龍の巨体についた肉をまるまる食べ尽くしていた。
小さな体のどこにそんな量が入ったのか、入ったそばから滋養に換えて消えていたのか、それはわからないが。
何であれ、この食欲を制御できなければフォルトゥナを制御できない。
制御できなければ、フォルトゥナはあらゆるものを本能のまま貪り喰う捕食者になるか、それとも自分自身がフォルトゥナの捕食対象に……餌になるか。
いずれにせよ、つまりは破滅だ。
食費などという些事よりも余程大きな《問題》が、クルスの眼前に立ち塞がった。
第二話にして人食で、フォルトゥナが人肉の味を覚えてしまいました。
事前にR-15チェックは入れていますが。無理な人は本当に無理かもしれません。