狩人
実際に法医学者の話を聞いて、女性が狙われた事件が本当に多いことを知りました。事件に巻き込まれて、御遺体となってしまった女性を数多く見てきたという法医学者の話に、恐怖を覚えました。どのような状況で事件に巻き込まれてしまうのか…それを盛り込んだ1000文字小説です。
男の獲物は…若い女だ。
中高生〜30代前半くらいの可愛い女を目標にハンティングする。
夜道を何の警戒もしないで、スマホをいじったり、音楽を聞いたりして、1人で無防備で歩いている女を狙う。
女たちは、他のことに集中していて、忍び寄る男には気づかない。
周りに人が居なくなったチャンスを見計らい、後ろから飛びつき、ナイフを突き付けて言う。
「騒げば…コロス…」
チキンな男に人を殺める度胸は全くない。だがこれまで、それで上手くやってきた。
ナイフに驚いた女は、震えながら、おとなしくなる。
そして、適当な場所に連れ込み、お楽しみのあと、金品を全部いただいてから、恥ずかしい写真を撮って、脅す。
「誰かに言ったら、この写真をバラまくぞ」
そうして男は犯行を続けてきた。その日までは。
その日も、夜22時半過ぎ、駅から出てきた人の中に、男はターゲットを見つけた。
小柄で、おとなしそうな若くて可愛らしい女だ。
ヘッドホンをつけて、スマホの画面を見ていじりながら駅からゆっくり歩いて出てきた。
スカートは膝にかかるくらいのワンピースで、七分丈の上着を1枚着ているだけだ。全体的にピンクと白のカラーでお姫様ぽい雰囲気でいかにも可愛らしい。ヒールはやや高めで…あれでは男のダッシュからは逃げられないだろう。身なりからすると、女子大生だろうか。
男は暗がりで、ニヤリと舌なめずりをした。
女はのんびり郊外へと歩いていく。より暗い道のほうへ。
周りに人がいなくなったので、男はポケットから折り畳みナイフを出すと、忍び足で背後から近づいていった。
ガバッと飛び掛かると、ナイフを女の目の前に突き付け、ヘッドホンをむしり取り、低い声で、いつものように言った。
「騒げば…コロス…」
女は騒がなかった。ただし、いつもの女たちのように震えなかった。
女は無言で持っていた荷物を全部に地面に落とした。
「?」
初めての反応に戸惑いの様子を見せた男は、少し恐怖し声をかけた。
「お、おい…」
その瞬間、男の体は宙に舞い、背中から思い切り地面に叩きつけられた。
何が起こったのか理解できない様子で激痛のあまり一瞬呼吸が止まった。
ナイフを持っていた男の腕は奇妙な形に曲がり、ナイフは男の腹に深々と刺さっていた。
「ぐあッ!」
男は動けない。
かろうじて女を見上げると、まがまがしくニヤリと笑っていた。
「た…助けて…」
女は哀願する男の言葉を無視して、男の腹に刺さっているナイフを強く踏みつけた。
普通は、このお話のようにはなりません。女性は被害者となってしまい、最悪の場合は物言わぬ御遺体となってしまいます。確かに戦闘力の強い女性ならば、夜道や人の少ない場所や、ヘッドフォンをつけたまま無防備でいることなどは気にしなくてもいいかもしれません。襲ってきた暴漢を撃退すればいい話ですから。でも実際は、普通の女性は腕力も戦闘力も暴漢にかないません。法医学者が司法解剖で無残な御遺体を散々見てきたそうです。御遺体を解剖して判明した殺害方法は凶悪そのものだそうです。若い方はご存じないかもしれませんが「女子高生コンクリート詰め殺人事件」は、今でもググると出てきます。とんでもない殺され方でした。「市川市一家四人殺人事件」も酷い事件でした。世界の基準で見ると日本は安全だと言われていますが、日本でも凶悪事件は多々発生しており、女性の被害者がやはり多いのです。法医学者は講演会のラストに言いました。「女性の方、本当に気をつけてください。いくら注意・警戒しても十分と言うことはありません。そして、男性の方も友達や彼女に良いところを見せようと、暴漢と戦うのは止めてください。凶器で襲われたら無事では済みません。危ないと感じたら、すぐ逃げるしかないのです」と。数えきれない御遺体を解剖してきた法医学者の言葉が今でも耳に残っています。