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前説 其の7

「やっさんは悪い人じゃないよ。見た目は厳ついけどね」


「え……そ…そういう訳じゃ……」


「よく間違われるんだって。俺も入学式の時には『お近づきになりたくないなー』って思ってたから」


確かに安田は、一見アウトロー丸出しの風貌をしている。事情を知らなければ、夜中にその辺のコンビニの駐車場で屯している連中と見間違えられても仕方が無いくらいに。


「人相は悪いし、何かとっつきにくい雰囲気でさ。俺から声をかけるの、すごい躊躇ったもん」


「でも…今は仲が良さそうですね」


「やっさんから声をかけてきたんだ。仲良くやってこうって」


「へえ……」


「クラスの男、俺らだけじゃん。それにやっさんは静岡の出で、俺は東京からだからさ。高校からの友達とかも全然居ないし。キツいなって思ったんじゃないかな」


伊東はすぐ傍の机の上に腰掛け、まるで思い出を語るかのように話していた。


そして聞き入る遠野と、全くあさっての方向を向いて立ち尽くす吉川。


「そうなんですか……てっきり同じ高校から来たのかなって思ってた……」


「俺らは現役じゃないから。でもここ一ヶ月以上、ずっとやっさんと一緒だったからね。色々聴けたよ」


「そう……」


「ゆっちーも、もっと話しかけてみたら?多分、普通に話、すると思うよ」


「ゆっちー……」


不意に、付けたてのあだ名を呼ばれ、遠野はびくっと背筋を跳ねさせた。


「あ、ごめん。吉川の付けたあだ名、すごいしっくり来たから。イヤだったらもう言わないよ」


「あ……いいです……いいです。あだ名でも…」


まるで小動物のような遠野の動き。肩を丸くしながら胸の前で手を合わせ、


「………ゆっちー……」


微笑みながら、自身で小さく呟く。


そんな遠野を、伊東は微笑ましい目で見ていた。


「私なんかでも、安田君、話してくれるかな…」


「大丈夫だよ。可愛い友達出来たって喜ぶかもね」


「え……?」


伊東の何気ない一言に、遠野はさらに顔を赤らめた。


「可愛いなんて……そんなこと…」


見る見る内に顔が上気し、せまる夕暮れを先に映さんとばかりに真っ赤になって、俯く事さえ忘れたまま伊東の顔を、焦点も合わさずに見つめた。


確かに、遠野は丸っこい、ふくよかな体系だったが、顔立ちは整い、眼鏡のせいかその瞳は大きく澄んでいる。


小動物的な可愛らしさは仕草だけではなく、遠野の全てを的確に形容しているといっても良かった。


その時、そっぽを向いていた吉川が不意に遠野に話しかけた。


「ゆっちー、帰ろ」


「え?」


驚く伊東と遠野。


「やっさん、多分時間かかると思うから」


「え……でも……」


遠野の返事を待たずして、吉川は戸惑う遠野の手を握り、ぐいっと引っ張るように入り口の方へと歩き出した。


「あ……よ…吉川さん……ちょ…」


遠野の弱弱しい抵抗も何のその、吉川は遠野の手を引っ張ったまま、お構いなしにずんずんと歩く。相変わらずの無表情だったが、その雰囲気はどこか機嫌が悪いようにも見えた。


二人は見る見る間に廊下の向こうへと消えていく。


「……何なんだ……」


残された伊東は、あまりの展開にただポカンとするしかなかった。





一階の教員室は、授業が終わったあとでも、事務処理に追われる教員や事務員、そして彼らに話しかける数人の居残り生徒達の声で賑わっていた。

机の並ぶ3列目の隅では、自分の机に座って、じっと2枚の紙を見つめる1−A担当教員、滝沢佳美の姿があった。そのすぐ傍には、さも退屈そうに立たずんでいる安田の姿。


「先生、まだ?」


安田が退屈さを全く隠さずに零す。滝沢は、そんな安田を紙越しにちらりと見ながらため息をついた。


「あのね安田君。レポートは三島先生の所に持っていって、ちゃんと目を通してもらうのよ」


そう言いながらレポートを机の上に置くと、椅子ごとくるりと回り、安田に面と向かった。


「字は汚いし、内容も粗末だし、これを見てもらうのはこちらとしても恥ずかしいわぁ…」


滝沢は、ふくよかな身体をゆっくり揺らしながら口をへの字に曲げる。


「それにもっと早く仕上げないと」


「一応、時間までに出したんスけどね」


辛い評価に対し、不満たらたらに反論を向ける安田。そんな安田の態度に滝沢は呆れたように、もう一つため息をついた。


「体育の時間中に進めてるようじゃダメって事なの」


「ん……」


滝沢の鋭い指摘に安田は絶句した。


バレないつもりだったのに。


傍から見ても、講堂の隅で大の大人が背中を丸めてこそこそしてる姿は怪しい事この上ないだろう、ずいぶんと図々しい回顧を巡らす安田をよそに、滝沢はレポートを揃え、書類棚の上に詰まれた紙の束の上に置いた。


「ま、一応出してはおくわ」


安田はぐっと拳を握り、ほくそ笑んだ。


「それはそうと安田君、どうなの?」


唐突な、的を得ない滝沢の質問に、安田はふと滝沢を見つめた。


「……どうって…何がっスか?」


「学校。何か困ってない?」


「あー…別にー…」


安田は首を傾げながら少し考える。


まさか、吉川の事を。しかし別に困っている訳でもないし…。


生活も何とかなっているし、朝も何とか起きれるし。


「今んとこ、ないっスよ」


安田はあっけらかんと、乾いた返事を返した。

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