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前説 其の6

「おおー!すっげー!遠野!ありがとな!!」


遠野のノートは小さな字ながらも、見易く、丁寧に纏まっていた。


歓喜の中、安田は俄然シャーペンを走らせた。当然、丸写しではなく、遠野が几帳面に要点を赤の蛍光ペンでなぞった部分を中心に、さも自分のレポートの様に賢しく書き直す。


「ゆっちー、いいの?」


吉川が冷静な顔で遠野に問う。


「私のノートなんかで役に立つんなら…」


少し照れた様に呟く遠野。


「それはちょっと違うよーな」


伊東も、さめた様子で呟いた。


確かに、決して見栄えの良い光景ではなかった。


他人の苦労を掠め取る様な、言い方を悪くすればカンニング。しかも事の発端は安田の怠慢。恥じらいの様子など微塵も見せない安田の態度が、傍目の二人を冷めさせていた。


「んで、ゆっちーはどうしたの?」


「?」


ほんの少しの静寂の後、不意に吉川が遠野に話しかける。


「やっさんに何か用だったの?」


確かに、前後を見ても何の関わりも感じない遠野の声掛け。突発的な遠野のアクションが安田に僥倖を齎したのだ。吉川の疑問は的を得ていた。


「………別に」


「別に?」


遠野は再び頬を染め、うつむきながら、口の中に含ませるように話す。


「さっきのバレー……安田君…カッコよかったなって…」


「はぁ」


吉川の、ため息に似た相槌。


「それで?」


「私も…中学の時……バレーやってて…あ、3年間補欠だったんだけど…安田君……すごく上手だったなって……」


「それで?」

「吉川っ」


伊東が、黙々と尋ねる吉田を諌める。


「察せよな」


「何を?」


「何をって…」


惚けているのか、素で尋ねているのか。吉川の表情からは今一つ察しきれない。伊東は吉川に初めて奇妙な違和感を覚えた。


「やっさんはタダのチンピラだよ?」

「どーしてもシバかれてーか?」


安田は一時、キッっと吉川を睨みつけたが、すぐにレポートへと集中する。


「ほらね」


「吉川さんが…煽ってるんじゃ…」


やんわりとした遠野の一言に、吉川は静かにそっぽを向いた。


「やっさんは春校予選で県大会ベスト4のレギュラーだったんだよ」


「え……!」


伊東の意外な事実の暴露に、遠野は絶句した。


「コウ。余計な事言うんじゃねーよ」


安田は、目線も向けずにひたすらレポートを書き続ける。


「ブルマ姿が眩しくてねー」


「え………」


「吉川黙ってろ。あと、遠野は信じるなっつーの」


明らかに驚愕した遠野は、顔をさらに真っ赤にしながら塞ぐように俯いてしまった。


「道理で上手な訳だぁね」


珍しく、吉川が感心した表情を見せる。


「別に…6年もやってりゃ、そこそこ動ける様になるわな」


「ううん…安田君、スゴいカッコ良かったよ」


搾り出した様な遠野の一言に、安田は思わずペンを止め、気づかれない程度に頬を染めた。


「あ……そう?……そうでもないだろ……うん…」


「そんな事ないよ!私…運動とか全然出来なくて……バレー部でも記録係だったし…だから……すごいとか…普通に思ったから!」


なぜか泣き出しそうな遠野と、すっかり固まった安田。


少し日が傾き、そこにいる4人の他に生徒は居ない。傾きかけた日差しが、静かな教室をうっすらと染め、遠くで聞こえる何気ない喧騒が、いやに澄んで響く。


甘酸っぱい風景。


そんな中、微妙に部外者となりつつある伊東と吉川の心境たるや、如何ばかりの物か。


「あと10分だよ」


吉川の一言が、そんな青春に水を差す。弛まない現実が、一気に引き戻された。


「っわ……!!」


我に返った安田が、今まで以上の速度で一気にペンを走らせる。


レポート用紙の上にミミズがのたくり回り、罫線の上をとりあえず埋めていった。


「ゆっちー、勘違いしすぎ」


「………?」


「カッコいい男は、課題を誤魔化したりしないよ」


吉川の非常な一言にも、安田は反応することなく、というより構う事を振り切るように集中力を高める。


一時の悦楽よりも、明日の単位。


まだ、現実を見据える冷静さがあることが幸いといえるのか、時計の針が無機質に時を刻むその数倍の速さで、聊か邪なレポート用紙は埋まっていった。


「出来たっ!!!」


安田の歓喜が、5時3分前の教室に響いた。


「出来てないじゃん」


吉川の指摘は的確だった。


誤字脱字も何のその、乱文を地でいくその内容も、決して課題の内容を正確に表現しているとは思えないくらい稚拙だった。


「うっせーな!コウの言うとおり、レポートなんて、とりあえず出しゃあいいんだよ!」


安田は、捨て台詞を流しながら飛び跳ねる勢いで教室を飛び出した。


後に残った3人。


「ゆっちーさあ、よく考えようよ」


吉川が、満足げにほっとする遠野を見ながら呟く。


「へ……?」


遠野は、きょとんとした顔で吉川を見上げた。


「もっと良い男、いっぱいいるよ」


「………」


遠野は、吉川の言葉の真意をようやく掴んだのか、決して日差しのせいではないくらい、顔を真っ赤にして塞ぎ込んだ。


「そ……そんなんじゃなくて……その……その……」

「今のままじゃ、利用されてポイだよ」

「だから……そんなんじゃ……」

「身も心もボロボロになるよ」

「そんな……」

「夜の蝶まっしぐらだよ」


「何の話だよ」


伊東が少し微笑みながら、すっかり縮こまった遠野の肩を軽く叩いた。


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