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前説 其の2

「カンベンしてくれ…あの女、オカシイよ、絶対」


「まあ、変わったヤツじゃあ、あるな」


吉川はすでに、その場を離れていた。


黒髪を揺らしながら公園を歩き去る吉川を見送りつつ、『コウ』はにやけたまま、サーファー風に羽織ったパーカーのポケットからバージニアスリムを取り出し火をつけた。


「吉川久理子だっけ?俺らと同い年だよな、確か」


「お前…情報早いなー」


「やっさんが付き合い悪いんじゃね?」


「皆が避けてんだろ?あんまマトモに話、してくれねーし」


安田はほんの少し神妙な表情をしつつ、コウにつられた様にジーンズのポケットからショートピースを取り出し、火をつけながら小さく呟いた。


「おれはコウみたいに男前じゃねーから」


確かに、お世辞にも愛嬌があるとはいえない、厳つい安田の顔に対を成すかのように、『コウ』は整った顔立ちをしていた。ワックスでふんわりセットされたセミロングは決して祖雑でなく、少し下がった目じりと、愛嬌を感じる八重歯は、笑うと可愛げさが溢れる。

更に白のパーカーにカーゴパンツ、アンダーのTシャツも、安田のそれとは違ってブランドのロゴがさりげなく目立つ上品な着こなし。それでいてスラリと切れ上がった股下に、余分なものが無さそうなスタイル。


身の丈も充分、紛う事のない色男。


「ルックスじゃ…」


コウはその時だけ、安田を見ずにタバコをふかした。


変に気まずい沈黙。安田は、何か言いた気な『コウ』とちらりと覗くが、コウは目をそらしたままタバコを呑み、紫煙を揺らしているだけだった。


「…ところであいつ、本当に何しに来たんだ?」


意識したわけではない、安田の素直な疑問が刹那の沈黙を和らげた。


「やっさん探してたんだよ。俺が頼んだから」


「おう、それそれ。何の用だって?」


「やっさん、解剖生理の課題出してないっしょ?締め切り今日の5時までだってよ。『たっきー』が釘刺しとけって言ってた」


「マジか!?やっべー…二枚目サラだよ…コウは終わってんのか?」


「俺は朝に出した。がっつり色付けて。提出しないと6月の試験受けさせないってさ」


「居残りかぁ…5時からバイト入ってんだよなあ…マジやべぇよぉ…『たっきー』泣き入らねぇもんなぁ…」


「4限目の基礎看勝負だな。3限目体育だしー」


「うーわっ!!」


安田は顔を紫煙まみれにしながら頭を抱えて塞ぎこんだ。


「ご愁傷様」


そんな様を横目に、コウは冷静にタバコを呑む。


再び、ほんの少しの静寂。


安田は顔を強張らせながら勢い良く立ち上がり、きびすを返した。


「出してやんよ!教科書の35ページまでのまとめだったな!?」


「がんばれ、がんばれ」


安田の言葉にならない叫びと、逸る足音が、公園の静寂を横切り、隣接する建物へと吸い込まれていった。







「仁志院ソフィスト看護専門学校」


中部地方に位置する閑静な地方都市にある私立の看護学校。


関東でも大規模な仁志院医科大学グループが、昨今の看護師不足の解消を目指すべく大学の看護学部を中心にし、平成18年に設立した新規の専門学校の一つである。

校舎の外見は赤レンガの外壁を基調とした3階建ての造り、その舎内も外見にたがわず、大理石風の柱からアルマイト鍍金が施された窓枠、柔らかいホワイトの壁紙、ランプ調の照明、木目枠を意識した黒板、机、椅子等等…調度品も含め、昭和モダンさを有り余る程に魅せる凝った造りが随所に鏤められ、中庭にはレンガ枠とアール・デコ調の噴水をあしらった大きな池が涼しげに水を蓄えていた。

それでいて、至る場所にPCや周辺機器が整えられていて、PCを活用した効率的な授業が可能となっている、現代事情と懐古主義を巧みに織り交ぜた意図が伺える。


当然のことだが看護師の場合、その資格を取るには看護学校、看護大学などにて規定の科目を修了しなければならない。看護学校は3年過程(全日制)において、座学、実習の過程を踏まえて看護師国家試験受験資格を取得することが出来る専修学校である。


講義内容は一定のカリキュラムは在るものの、現状に置いては各学校の裁量で比較的自由に授業内容が組まれることが多く、その内容に応じて施設内容が学校ごとに特色を見せるのも珍しくはない。


単純に言えば、古い学校はPCの設備が充分でなかったり、グラウンドが合ったり無かったり、音楽室を持っている学校などもある。(一般教養課程として『音楽』や『体育』を取り入れる学校もある為)


ソフィストはその中でも、昨今の医療現場における高度情報化に対応すべくIT教育を打ち出している。そこには「機械、苦手〜」と嘆く女子に「これからの医療現場はPCを扱える事が必要になってくるのよ。ウチならそこを充分にバックアップ出来るから」という看板文句を謳うことによって学校の特色を出そうという目論見が見て伺えた。


そして、


「でも、そればかりじゃあ、何か殺風景じゃない?」


校長で、前仁志院医科大学付属病院副看護部長の相澤クニ子氏の一声により、殺風景さを出さないよう選ばれた昭和モダンの装飾と言う訳。


一見、不釣合いに見える組み合わせかもしれないが、独特的な思想はそれとなく生徒の目を引きつけ、概ね好評のようであった。


クラス編成は1学年、30人の2クラス。安田の同級生、つまり1年生は計61人、30人と31人の2クラス。安田はそのうち30人のAクラスに居る。


在籍番号0219−A−29番、安田尊仁。

在籍番号0219−A−3番 伊東航太郎。


以上が一年生Aクラス男子の総員数である。


コレも当然のことだが、看護師を目指す人間の大多数が女性である。「看護師は女性の職業」というのは、今を以って全世界に共通する定義であるが、「男性がなれない」という規定は定義のそれから外れて久しい。少数ながらも、看護師の道を志す男性も確実に存在するのだ。


近年「国家資格」という強み、加えて慢性的な看護師の員数不足が、男性の看護師資格取得へのモチベーションの一因となっている背景はある。それでも、女性が圧倒的に多数を占めるその環境は、多くの男性の目から見れば、さぞ異質なものに写るのだろう。全世界の定義が大きく覆る程には至っていないのもまた、現状である。

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