学生の白衣は意外と丈夫 4
「何か用があってじゃねーのか?」
安田の乾いた返答。遠野は少し戸惑いながら頬を軽く染めた。
「用……ってワケじゃないんだけど……」
少しもじもじしながら、小さく微笑む姿は見ていて微笑ましささえ感じる。例え、それがどのような感情だったとしても。
「ゆっちーはあたしに会いに来たんだよねー」
不意に吉川が遠野の肩に自分の腕を巻きつけた。
「あ……ちょっと…よっしってば……」
吉川は、慌てる遠野を余所に、ぐいぐいと自分の体を遠野に押し付ける。両腕を左肩から巻き付け、Tシャツに浮かぶ胸が遠野の上腕に押されながら歪むのもお構いなし。挙句の果てに、すっかり紅に染まった遠野の頬に、自分の頬を擦り付ける有様。
あにはからんや、普段から吉川と遠野は仲が良かった。二人並んで帰ったり、教室でも二人だけで何かを喋っている姿が多く目撃されている。
なにより、クラスで吉川を「よっし」と呼ぶのは遠野を置いて他に無かった。
「ゆっちー!好きだー!」
頬へのぐりぐりが強くなり、肩に回っていた腕が次第に首元へ回る。吉川がその力をずらすと、遠野の体がひらりと向きを変え、二人は向き合いながら、吉川が遠野を抱き抱えているいる姿へと早変わりした。
微笑ましい女子高のノリ……戸はいかず。吉川は、この期に及んでもまだ、その無表情を崩しては居ない。否、無表情ながらにしてその目と口元は柔らかく、それがまたこの状況を微笑ましさから遠ざけ、単なる淫靡な女性同士の睦み合いとの誤解を生じても致し方ない風景を演出してしまっていた。
「よっし……あの……」
振り回される状況にどうしていいか判らず、ただ目を丸くしながら硬直するだけの遠野。
「愛してるよ……ゆっちー……」
鼻一つの距離に迫る吉川に、遠野は動悸を早めた。
どうして告白されているのか?
私はどう答えればいいのか?
「俺はどうすりゃいいんだ?」
安田は、そんな成り行きを呆然と見つめるしかなかった。
前触れも無く、突如として繰り広げられる百合シーン。ともすればその場に居てはいけないような、そんな迫力さえ感じる。
「人の恋路を邪魔しないで」
吉川は、安田の方を向き、冷たく言い放った。
「恋路なん?」
「人の恋路を邪魔するヤツは、クリスティアーノ・ロナウドに蹴られて死んでしまえ」
「豪華な死に方だな」
「華麗なループを描いてゴールに突き刺さって、頭ぱっくり割れて死んでしまえ」
「具体的なコースまで表現すんな。てか、そんなに軽くねえから」
「ゆっちーは俺の嫁」
「出たよ。イタい宣言」
「結婚に性別の差なんて関係ないもの!」
「いや、そこが一番重要じゃねえの?」
「子供の2、3人くらい生めるわ」
「どうやって作るんだよ」
「まずゆっちーの足首を持ってこうゆっくり開」
「やっぱいいや。18禁タグ立てたくねーし」
「なるべく前戯に時間を」
「作り方の課程を聞いてんじゃねーよ!」
「新婚旅行はアンティグア・バーブーダ2泊3日の旅」
「マイナーな外国好きだなぁ、お前。あとカリブに2泊って、何しに行くんだか」
「新居は3Kで」
「だから具体的な計画立てるなっつーの」
「スリーキッチン」
「台所三ヶ所かよ!?住み辛いな!」
「各自シンクが一個づつ」
「それは住む場所じゃなくて、どっかの厨房だな」
「じゃあ3P」
「初耳な間取りだな。なんかエロいし」
「スリーパイプスペース」
「どっかのビルの地下か?そこも住む場所じゃないだろ?」
遠野を抱き寄せたまま、安田と漫才をする。なんとも奇妙極まりない光景だった。