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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【2章】楽しくて嬉しくて優しくて心地よい、朗らか少女の最後の日常
9/40

#2-2

 店に入ると、一人の女性が出迎えに来た。


「いらっしゃ――あら、朱里ちゃんじゃない!」


青葉姉(あおばねえ)、こんにちはー!」


 朱里が青葉姉と呼んだ女性は、エプロンについた糸片を払いながら笑顔で朱里の手を握った。


「陸ちゃんも、ひさしぶり」


「あ……こんちは」


 長い睫毛に覆われた眼がこちらに向けられ、挙動不審になりながら返事する。


 簡単に言うとこの人は朱里の父方の従姉で、名前を卯月青葉(うづきあおば)という。17歳の俺たちより5つ上。

 俺とは血はつながってないのだが、朱里と俺はよく面倒を見てもらっていたので、親しみを込めて朱里ともども「青葉姉(あおばねえ)」と呼んでいる。

 中学生以来なので、会うのは四年ぶりくらいだろうか。今ではデザイナーの資格勉強をしながら、母親から継いだこの店を経営しているのだとか。


 血の近さか、朱里同様に肌が白くて綺麗で、目元や鼻も整っている。腰まで伸びた黒髪が隅々まで手入れされて輝いている様は、嫌でも目を引いてしまう。簡単に言えば美人である。スタイルも良く、モデルみたいだ。なんでこの人は服を着るほうじゃなくて服を作るほうになったんだろう、と思う。

 ……で、


「なまぐさっ」


 正直なのも朱里によく似ている。


「朱里ちゃん、それどうしたのよ?」


「これ? 魚屋のおっちゃんに貰った!」


 発泡スチロール箱の蓋をばんばんと叩く朱里。


「うちの冷蔵庫で預かっとこうか?」


「うん、お願い!」


 朱里が青葉姉に箱を手渡すと、青葉姉はそそくさと店の奥のほうへ引っ込んでいき、代わりにお茶菓子を持って出てきた。


「粗茶ですが」


「いえいえ、お構いなく」


 カウンターを挟んで、女二人の茶番が行われる。お茶だけに。


「それで」


 青葉姉は椅子に座り、カウンターに肘をつきながら、


「どうして車椅子なの?」


 何度目かわからない質問をぶつけてきた。


「ええとね」


 朱里は、車椅子に乗ることになったいきさつを話した。足が悪くなって入院していること、雨が降る度に悪化しているかも、と思っていること。それを青葉姉は、しきりに相槌を返しながら聞いていた。

 驚いたのは、足の病気ではあるものの、進行すると死ぬかもしれない不治の病であることを、朱里自身の口から告げていたことである。さっきの魚屋のおっちゃんには言わなかったのに、だ。

 なんだかんだで青葉姉は肉親の一人だから、朱里も心から信頼してるんだなあと思って。


 ……ふと、心がちくり、と痛んだような気がした。


「そう……」


 一通り話を聞き終えた青葉姉の顔は、さすがに笑ってはいなかった。


「それで、てるてるぼうずの材料を買いに来たのね」


「布なら別に何でも良かったんだけどね」


 なんでもよくないって言ってなかったっけ。


「どうせなら、青葉姉の店で買おうかなって」


「嬉しいこと言ってくれるじゃないのー!」


 朱里の頭をわしっと掴み、うりうりと撫で回す青葉姉。遠目から見ていると、本当に姉妹みたいだ。


「あ、陸ちゃんも羨ましいって顔をしてるわね」


「いや、そんなことは……」


「遠慮しないで、ほらほらー」


 突然青葉姉がカウンターを乗り越えてきたかと思うと、俺の顔に抱き着いてきた。


「あ、青葉姉……やめてください……!」


「あら、敬語なんて他人行儀ねえ。昔はよく朱里ちゃんにいじめられて泣きついてきてたのに」


 そうは言われても……。

 顔に思いっきり、ふっくらとしたものが当たって、その……緊張が解けない。


「むう」


 助けを請おうと思って朱里のほうをちらりと見ると、朱里は膨れっ面でそっぽを向いていた。


「……あらあら」


 そんな様子を見た青葉姉が、一瞬だけ真顔になった後……すぐににやけながら俺を手放す。

 何はともあれ助かった……。昔からだ。青葉姉はいちいちスキンシップが激しいから困る。しかも俺に対しては朱里よりも多い。なんなんだ。


「朱里ちゃんってば青春ねえ」


「ち、違うもん! 仲間はずれが嫌だっただけだから!」


「ほほーう、ふーん」


 やけに悪そうな笑みを浮かべている青葉姉だった。一方で俺は、わたわたと焦っている朱里なんてレアだなあ、などと、お茶の添え物として出された煎餅をばりばり喰いながら眺めていた。


「そ、そんなことより!」


 羽を上下させて飛ぶ鳥みたいに慌ただしく手を動かした朱里が、脱線した話をもとに戻す。


「てるてるぼうずにオススメの布ってどれ?」


「うーん……てるてるぼうずなんて作ったことないから分からないわねー」


 朱里が訊くと、当然と言えば当然の反応が返ってきた。


「布に顔を描くのよね?」


「うん」


「顔を描きやすい生地、ねえ」


 青葉姉は考え込むが、カタログとか、そういう類のものは手元に無かった。全部暗記しているのだろうか。そうだとしたら、やっぱり凄い。


「綿か麻か、あと絹なら大丈夫かしら。あ、ウールはダメよ。描きにくいから」


「ふむふむ」


「あと合成繊維はにじみやすいから、ちょっと仕上がりがブサイクになるかもしれないわね」


「合成繊維は、ダメ」


 朱里は、ポーチから取り出したスマホに、情報をちまちまとメモしている。それを黙って見守る青葉姉。そういえば、前に青葉姉に勉強を教えてもらった時もこんな感じだったっけ。二人のやり取りを見つめながら、意味もなく一人で懐かしんでいた。


「布に何かを描くだけならチャコペンでも十分だけど……どうせなら雑貨屋とかで専用の絵の具とか買うといいわね」


「そんなものがあるの?」


「あるわよ。元々は無地のTシャツに自分好みに絵を描く用だけどね」


「ほへえー」


 目から鱗が落ちました、と言った風に目をぱちくりぱちくりさせながら、朱里がスマホをしきりにぽちぽち押している。どうでもいいがこいつは機械に弱いので、スマホのフリック入力ができず、文字を打つのが遅い。


「てるてるぼうずを作るってことは、布きれでもいいのよね?」


「うん」


 朱里が頷く。


「布片が大量に余っちゃってるから、全部あげるわ。あと、絵の具も」


「えっ!? いいの!?」


 車椅子から乗り出す朱里。


「いいのいいの。どうせ捨てちゃうものだからね」


 再び店の奥へ消えていく青葉姉。俺たち二人は学生で手持ちも少ないので、タダで譲ってくれるというのは非常にありがたい。

 ありがたいのだが、


「………………うわあ」


 洗濯カゴいっぱいに布きれを詰めてきた青葉姉に、俺と朱里の口からは思わず驚嘆の声が漏れていた。


「好きなだけ持ってっていいわよー」


 そうは言うものの、俺のリュックに全部入るかも怪しいほどの量だ。朱里のことだから「もてるだけ全部貰っていこう」って言うんだろうが。


「……こんなに大量に貰っちゃうのは悪くないか?」


 俺は朱里に耳打ちする。青葉姉に聞こえないように喋ったのに、


「うーん、確かに申し訳ないかも」


 でかい声で復唱したもんだから、青葉姉にも伝わってしまった。


「妹分と弟分のためだから気にしなくていいって」


「でも……」


 いくら服が作れない端くれとはいえ、リュック一杯に布を貰うのは少々気が引ける。俺が躊躇っていると、


「あ、じゃあ」


 青葉姉は閃いたように、ぽんと両手を合わせた。


「さっきのお魚、もらっていいかしら? ちょうど今晩は魚料理にしようと思ってたの」


「う、うん! どうぞどうぞ!」


 かくんかくんと首を振りまくる朱里に、青葉姉はにっこりと微笑んだ。やっぱり本物の姉妹のように見える。俺は服の装飾に使えるという絵の具と、大量の布を、入るだけリュックに詰め込んだ。

 貰った魚と交換で、布を手に入れた。物々交換というやつだ。


「まるでわらしべ長者みたいだね」


「そのうち家が買えたりしてな」


「家はまだいらないかなあ」


 俺もそう思う。


「石油あたりにしとこう」


「逆にハードル上がってないか、それ」


 石油王になれたなら、長者どころの騒ぎではないだろう。

 絵にかいたような皮算用をしていた朱里を尻目に、


「あ、そうだ」


 何かを思いだしたように、青葉姉が声をあげた。


「二人のLINE、交換してもいいかしら? 私からも連絡取りたいから」


「そういえば、持ってなかったっスね」


 前に合った時は携帯自体持っていなかったからな。俺は肯定した。

 が……、朱里は少し戸惑っていた。まさか、青葉姉と喋りたくないわけではないだろう。らしくないと思っていたが、朱里がスマホを持ってない方の手で太ももを撫でたのを見て察した。

 ……たぶん、交換したところで、いつか自分が死ぬからと躊躇っているのだろう。連絡先を交換したとしても、自分が死んだら、それは()()()()()()になってしまうから。


「交換しとけよ。良い話相手になってくれるだろうし」


 それでも、俺は朱里を促した。こんなに仲が良いのに、連絡先の一つも知らないなんて、寂しいと思ったからだ。

 朱里は、愛されている家族がいる。おじさんとおばさんだけじゃない。青葉姉にだって。朱里には俺がいなくても、助けてくれる人がいっぱいいるんだ。悔しいけど――



 ……あれ?

なんで俺は。

悔しい、なんて思ったんだろう。



「……うん」


 朱里も諦めたように首を縦に振った。

 三人でスマホを持ちだして、連絡先を交換し合う。先に賛成した俺の方が、少しへっぴり腰だった。

 さっきといい、なんなんだろう。この胸の中に残る違和感は……。

 登録しました、という文字が出てくるのを確認して、スマホを仕舞った。


「じゃあ、また」


「はい」


 青葉姉の言葉に俺は頷く。


「何かあったら連絡するわね」


「青葉姉も、仕事頑張ってね」


「ええ」


 朱里のエールに対し、青葉姉が口元を緩ませて軽く会釈した。

 車椅子をUターンさせ、店から出ようとすると、


「陸ちゃん!」


 青葉姉がばたばたと走ってきた。カウンターを飛び越えてくるあたりがなんとも豪快と言うか、アクティブな人だ。


「なんです?」


 俺が条件反射で振り向き、訊き返すと、青葉姉は声のトーンを落として耳元で囁く。


「また、お話しましょうね」


 青葉姉の艶やかな顔が、妙に強く脳裏に焼き付いた。

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