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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【1章】カウントダウンは突然に
4/40

#1-3

 しばらく待っていると、ようやく手前の車線にタクシーが現れた。

 朱里を抱えてタクシーに押し込み、俺も追って座席に乗り込むと、初老の運転手が振り返り、目的地を訊いてくる。


「近くの総合病院まで」


 それだけ答えると、運転手はこくりと頷き、アクセルを踏む。タクシーが静かに動き出した。


 見知った景色が流れていく。いつも通っている高校を通り過ぎた。見知った制服の群れの横をタクシーがぶいぶい走り抜けていく。そして遠ざかっていく。高校がどんどん離れていく。朱里は、どんな気持ちで見ていたのだろう……ただひたすらに、校舎と、生徒を、目で追っていた。

 俺はズボンの右ポケットからスマホを取り出した。


「ソシャゲのスタミナ消化?」


「ちげーよ」


 別にゲームをするために携帯を出したわけじゃない。


「先生に電話しないとだろ」


「えー、二人だけの秘密にしようよお」


「二人だけの秘密にしたところで、どうせ向こうからかかってくるだろうが」


 俺はそのまま連絡帳アプリを開き、学校の番号を選んだ。もはや番号を覚えてなくても気軽にかけられるのだから時代は便利になったものだ……と母さんがぼやいていた気がする。俺はそのまま学校に電話をかけようとして、

 画面が真っ黒になった。


「……電池が切れた」


 そういえば昨日は夜までスマホでゲームしてて、充電も忘れてそのまま寝た気がする。だから朝も寝坊しかけたのだが……。仕方ない。朱里の方に向き直る。


「お前のスマホ貸せ」


「貸せっていっても、学校の番号登録してないよ?」


「はあ? 役に立たないな」


「というか知ってても貸さなーい」


 べー、と舌を出しながらスマホを遠ざける朱里。


「貸せってば」


「やーだー」


「俺のスマホはいつも使ってるくせに。お前一回も俺にスマホ触らせてくれないよな」


「それはそれ、これはこれ」


 手を左に右に揺らして拒否反応を示してくる。


「貸せって」


「やーだよ」


「早く」


「いーやー」


 ぶんぶんぶんぶん。俺と朱里が手を出したり引っ込めたりを繰り返していると……

 初老の運転手が、しかめっ面で振り返った。


「あ、すんません……」


 俺と朱里は頭を下げた。


「怒られただろうが」


「りっくんのせいでしょ?」


 些細なやり取りでもめる俺と朱里。このような喧嘩なんてしょっちゅうのことだ。だからお互いいちいち気にしてられなくて、すぐに忘れる。

 ……電話は後で病院の公衆電話でも使ってかけよう。

 俺がそう決意する頃合に、タクシーがブレーキをかけた。病院に着いたようだ。

 俺は運転手にお金を手渡す。無口な運転手は会釈をすると、手元のボタンを押し、後部席のドアを開けた。


「ねえりっくん」


 財布をバッグに仕舞って顔を上げると、朱里が困り気な目でこちらを見つめてきた。


「なんだよ」


「どうやって降りよう」


「……ああ、そうか」


 そもそもこいつの足が動かないから、病院まで来たんだった。


 しかし、どうしたものか。

 普通に考えればおぶっていけばいいのだが、朱里は脚が動かない。脚が動かない人間をおぶった場合、脚でしがみつけない分だけ腕に力がかかる。そんなことをしては俺の首が締まりかねないと思った俺は、


「よっと」


「りっくん!?」


 朱里を担ぎ上げた。いわゆる、お姫様抱っこ、というやつだ。


「恥ずかしいんですが!?」


 朱里は脚をジタバタさせようとして……足先が動かないので、代わりに腕をぶんぶんと振り回している。


「俺だって恥ずかしいわ! というかお前重いんだよ、もうちょっと痩せろ!」


「重くないし! グラマラスなだけだし!」


 半分認めてないか、それ。


「大体こんな……お姫様抱っこなんて……」


 言いかけて、朱里の腕の動きが止まった。


「どうした?」


「別に! なんでもない!」


 朱里はぷい、と顔を背けてしまった。なんだってんだ。


 病院に着くと、受付で俺たちの様子を見かけた係員の人が、車椅子を貸し出してくれた。痺れる腕をもうひと踏ん張りさせて朱里を車椅子に座らせる。


「車椅子なんて初めて乗ったよ」


 俺なんか乗ったこともない。松葉杖くらいなら経験あるのだが。

 受付を済ませると、担当の診察室へ案内された。待合室で十分ほど待った後、女性の看護師さんが診察室から出てくる。


卯月朱里(うづきしゅり)さん」


「あ、はーい」


 朱里は手をぶんぶんと振っている。小学生じゃないんだぞ。付き添いの俺まで恥ずかしくなってくる。


「こちらで診察します。中へどうぞ」


 看護師さんが、空いたスライド式の扉を手で押さえながら促してくる。


「お連れ様はどうなさいますか?」


 看護師さんは俺に尋ねてきた。どうなさいますか、とは、立ち会うかどうかということだろう。ここまでついてきた以上は当然席を合わせるべきだが……。


……トイレに行きたい。


「すみません、トイレはどっちですか?」


「トイレですか? この先の通路を真っすぐ行って、突き当たりを左に行ったところにあります」


「ありがとうございます」


 俺は看護師さんにお礼を言った後、朱里に向き直る。


「先に行っててくれ」


「ん」


 朱里は軽く返事をし、看護師さんに車椅子を押され、診察室に吸い込まれていった。

 ……のんびり眺めてる場合じゃない。漏れそうだ。

 俺は教えてもらった方向に走って向かい、トイレで用を足す。

 トイレを済ませて来た道を戻る途中、通路の脇に公衆電話があるのを見つけた。


「あ」


 電話。担任への電話を忘れてた。

 うちの担任はそういうとこうるさいから、こっちがかけなくても向こうから電話がかかってくるだろう。やましいことはしてないんだし、今のうちにさっさとかけてしまおう。

 俺は受話器を取って十円を入れ、学校へ電話を掛けた。しばらくして聞こえてくる男の声は、都合よく担任のものだった。


「おお、和泉田(いずみだ)か、どうした?」


「先生、実は……」


 俺はこれまでのいきさつを担任に話した。朱里の脚が突然動かなくなって病院に来ていること、俺がその付き添いで一緒にいること。

 「ふむ、ふむ」と相槌を打ちながらちゃんと話を聞いている風だった担任は、俺たちが今日学校を休むことにも納得してくれた。


 俺が電話を切ろうとしたところで、


「ところで和泉田」


 仕切り直すように俺の苗字を呼んだ担任が、声をすぼめて続けた。


「バスケ部の顧問がぼやいてだぞ。お前に復部してほしいって」


「……そうっスか」


 俺は掠れるような声で返した。


「なにかあったのか?」


「別に……」


 俺はバスケ部だった。が、去年に辞めた。理由が何もないなんてことは当然ないわけだが、それをわざわざ担任に説明する義理もない。


「大方、一度サボって以来復帰し辛くなったってとこだろ? 今度、頑張って戻ってみないか? 高校の部活動ってのは、人生でも大事な時間だぞ」


「……」


 的外れな推測に辟易する。そもそも、朱里が病院騒ぎになっているわけだから、そっちをもっと心配すればいいのに。なんで俺なんだろう。だんだんイライラしてきた。


「バスケ部に居づらいというなら、転部なんかでもいい。何か熱中することがあるというのは大切だからな」


 もはや返事も億劫になって、公衆電話って十円玉で何分話せるんだろう、なんてことを考えていた。


「そうだ、先生が家庭科部の顧問なのはお前も知ってるだろう。どうだ? 男の料理ってのも案外悪くないぞ?」


「別に、興味ないんで」


 あんまりしつこかったので、それだけ言った。


「おい、和泉田? おい、おーい――」


 受話器を置く。多分担任には、ツーツーという無機質な音が聞こえていることだろう。


 ……バスケ部への復帰、か。

 あんなことがあったのに、今更戻るなんて御免だ。


 俺は悪態をつきながら、朱里がいる診察室へと向かった。

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