#5-5
「さありっくん、正真正銘、最後の儀式ですよ」
朱里は、白い袋の端からチューハイを取り出し、俺に手渡しながら言った。
「このあまーい? お酒を、みんなに飲ませてあげるの」
童謡の二番の通り、晴れのお願いを叶えてくれたてるてるぼうずたちに、ご褒美としてお酒を与えること。それこそが最後の儀式だった。まさに人間がやっているように、今までの頑張りを労う会合だ。
俺は缶の蓋を開けてやり、朱里に手渡した。朱里は缶を振り、勢いよく周囲にばらまく。
空に撒いた酒が、降ってくる雪と混ざる。それが街灯の弱い光を受けて、まるでイルミネーションのように、きらきらと輝いていた。
綺麗だと思った。
そして、とても悲しいと思った。
こんなにも綺麗な光景を見たら、朱里が満足して、天国に行ってしまうんじゃないかって思って。
目からぼろぼろと、大粒の涙がこぼれてきていた。
「やだなあ、なんで泣いてるの? こんなに綺麗なのに」
「……なんでもねえよ」
否定はするものの、涙は止められない。俺はただ、朱里が光をまき散らしている光景を、ただ見つめていることしかできなかった。
それは数分のことだっただろうか。
朱里は全ての酒を撒き終えていた。たった、いくつかの缶を振り回しただけで、朱里はもう息を切らしていた。
「つかれた……」
「お疲れ、朱里」
俺は朱里の頭を撫でてやる。髪はふわふわで柔らかく、猫みたいだ。
「へへ……」
嬉しそうに微笑んでから、朱里が俺にもたれかかってきた。
二人で並んで座って、空を見上げる。
「ここまで、長かったよな」
雪が鼻の先まで落ちてきた。それはすぐに溶けて、水になる。こんなに儚いものが朱里をずっと苦しめていたなんて、微塵にも思えなかった。
「そう、だね……」
朱里は消え入るような声で返事をする。たぶん、疲れたのだろう。朱里が静かなので、代わりに俺が喋ろうと思った。
「青葉姉にさ、バカみたいに布貰ったよな。これだけてるてるぼうず作ったのに、まだ余ってるんだぜ? 笑えるよな?」
「……」
朱里からの返事はない。でも、こうやってたくさんのてるてるぼうずを見ていると、喋りたいことが次々に出てくる。朱里は黙って聞いているのだろうと思って、俺は続けた。
「赤也が公園で怪我してて、助けたお礼に鈴を貰ったよな」
「で、お前がそれを落として犬に奪われて」
「バカみたいに車椅子を押して追いかけたよな」
「結構疲れたんだぜ、あれ」
「お前が願い事を書いた紙をてるてるぼうずの頭の中に詰めるって言うからさ」
「俺、何度も紙の補充に神社に通ったよ」
「てるてるぼうずいくつ作るつもりなんだって、坂を登りながら思ったよ」
「そうそう、俺もてるてるぼうずに手足生やす練習してさ」
「赤也に見せたら怖がられてさ、なんでお前みたいにできないんだーって」
「というか赤也のほうが上手かったんだよな」
「俺、不器用だからさ。お前の作るてるてるぼうずには敵わないってな」
「でも、楽しかった」
「バスケ辞めて初めて、楽しいって思った」
「お前がいてよかったよ」
「なあ、朱里」
「お前は楽しかったか? 俺と同じくらい、楽しかったって言ってくれるか?」
俺は呼びかける。隣にいる、幼なじみに。……でも。
「……朱里?」
返事はない。
ちら、と朱里の顔を見てみると、朱里は目を瞑っていた。頬に触れてみる。
朱里の身体は、空から降り注ぐ雪のように、冷たい。
「……そうか」
俺は全てを察した。
腕時計を見る。
二〇一七年十二月二十五日午前一時四分。
朱里の闘病生活が、終わった。
「疲れただろ?」
俺は動かない朱里に向かって、そう問いを投げかけていた。当然返事はない。俺はため息を一つついてから、朱里と向かい合った。
「おじさんの約束通り、連れて帰ってやるからさ。ゆっくり、休めよ」
力を失った朱里の首が、がくりと前に倒れる。それは頷いているようにも見えたし、全ての力を使い果たして居眠りをするようにも見えた。
「さあ、帰るぞ」
俺は動かなくなった朱里を背負おうとする。雪原中に広がるてるてるぼうずが、俺の背中を見つめているような気がした。
なんとなく、振り返ってみる。
朱里が置いたてるてるぼうずのうち、一体と目が合う。すでに雪帽子を作っていたそのてるてるぼうずは、まるで意思を持っているかのように、俺の顔を見上げていた。気になって、なんとなく拾い上げる。
「もしも、雨が止まなかったら、最後に作ったこの子の首は、ちょん切っちゃうかなあ」
朱里の言葉を思い出す。
最後に作られたてるてるぼうず。やはり朱里のこだわりなのか腕と足が生えている。
これは俺自身に似せたてるてるぼうずだ。ぼさぼさの髪に、気怠そうな右眼。決定的なのは左頬にあるほくろだ。朱里によくいじられていたほくろ。これがあるから俺のてるてるぼうずだと理解できる。
――てるてるぼうず、てるぼうず。
――あした天気にしておくれ。
――それでも曇って泣いてたら。
――お前の首をちょん切るぞ。
朱里が持っていたポーチの中にあったハサミを取り出す。それをそのままてるてるぼうずの首にあてがう。自分そっくりの人形の首を切るというのは少々抵抗がありそうなものだが、今の俺は不思議と、何の躊躇いもなく、俺そっくりのてるてるぼうずの首をざっくりとぶった切った。
頭の中に、丸められた紙きれが入っていた。
当然だが、くしゃくしゃになっている。そのうえ雪に濡れてところどころにじんでいるが、てるてるぼうずの頭に包まれていたおかげか、かろうじて読めそうだ。
「全部、同じだよ」
朱里はそう言っていた。願いを書く紙に、全て同じ事を書いた、と。朱里が作ったすべてのてるてるぼうずが、同じ願いを抱いている。今、俺たちの周りにあるてるてるぼうずのすべてが、たった一つの想いを集めている。それを、俺は読みあげる。もう細かい字を書く気力もなかったのか、全ての文字がひらがなだった。
その紙には、こう、書いてあった。
「すき」
知ってる。
「せかいでいちばん、りっくんのことがすき」
ああ、知ってるさ。
「だから、りっくんのいるこのせかいで、ずっとずっと、いきていたい」
知ってるに決まってる……。
知ってるはずなのに――。
俺の目からは雨のように大粒のしずくが、流れ落ちていた。
泣いた。
声を出して泣いた。
人目を気にせず泣いた。
白銀の世界の中に、無数のてるてるぼうずが佇んでいた。




